第三十六話 オシリアナの門番
「プリンの黄色はピヨヨ~ん! プリンの茶色はピッピピピ~!」
「ピヨちゃんはお歌が上手だなー! いい子いい子!ほら、ブレインも撫でてあげて!」
「あーそうね。上手だねーよーしよし。でも一応静かにしてくれる? ここ歩いてるのバレちゃうと怪しまれちゃうから」
「プリンの赤色はだっピッピ~! だだだ! だだだ! ピエエエエエエッ!!!!」
「ぴえー!」
「ちょっと叫ばないで!? あと何の歌? プリンに赤色は無いよ!? ホント静かにして!?」
ケツタニア王国国王の記憶を奪ってその辺に捨て置いた俺達は、夜中の森に入り、王都オシリアナの南門を目指していた。
幸い、近くに兵士がいる気配は無い。
王城がぶっ壊れたこともあって酷い混乱状態で、外の捜索どころではないのだろう。
念のため明かりをつけていないが、月が出ている為前後不覚ということも無い。
アホのピヨコが歌うのを止めないこと以外はそれなりに順調と言える。
王都東の森を南に向かって歩き、森を抜けて王都の南門から入る、という旅程。
森に入る前に見た壁とのから考えて、大回りではあれどこのまま歩けば二時間もすれば到着出来るだろう。
「いたっ」
隣を歩いていたベルベルが声を上げる。
「どうした?」
「なんか踏んじゃった」
そういえばベルベルは裸足だった。
しゃがみ込んでベルベルの足を見ると血は出ていないようだが、夜の森をこのまま歩かせるのは可哀そうだな。
「ほれ」
しゃがんだまま背中を向け、ベルベルにおんぶを促してやると、
「えへへ。ありがとね」
と嬉しそうに背中に飛びついてきた。
「よっこいしょ。もうすぐ森を抜けるから、みんな我慢してね」
「「は~い」」
それから、一時間ほどで森を抜け、南門へ伸びる街道に突き当たる。
日中は行商人やら旅人やら、数千の人々が往来する広い街道だが、夜中だからか一人も人が居ない。
「ここまでくれば安心だ。ベルベル見て。あれが王都オシリアナの南門だ。あそこから入るからな………って寝ちゃったか」
反応が無いベルベルが寝息を立てていることに気付く。
元魔王と言えど体力はあまり無いらしい。
大抵の亜人は人間よりも身体能力に優れているものだが、この子はそういうのも見受けられない。
耳の上から生えた小さな赤い角以外はまるきり人間。
魔力も感じないし、世界最強の魔王とは真反対に位置する、最弱の生き物と考えてよさそうだ。
よくよくここオシリアナまで来れて良かった。
平和な場所でなければこの子は真っ先に死んでしまうに違いない。
そんなか弱い生き物の重さを背に感じながら、歌を歌うピヨコと共に街道を歩く。
ピヨコは五時間以上も俺達を乗せて飛び(というか投げ飛ばされ)、それからも成人した魔人であるフェンリルを抱えて歩いているというのに、全く疲れている様子が無い。
ぺギルが連れてきていたヒヨコ魔人達の戦闘を見た限りこいつらは本当に頑丈らしいから、体力も物凄いんだろう多分。
知能と引き換えに、って奴だ。
「ピヨピッピ~は~おうまさ………あっ!門の前に人が」
二、三十分ほど歩いただろうか?
南門まであと数分、というところまで来た時、同じような歌を延々と繰り返していたピヨコが門番に気付いたようだ。
「あの人は王都の外から来た人が悪い人かどうかを見る人だ。魔王城にもいただろ? あの人に怪しい、って思われたら街に入れないんだ」
「へ~! ボク達は入れるピヨ?」
「大丈夫だ。人間の俺や亜人のベルベルが居るから、俺が説明してなんとかするよ。だから普段通り歌でも歌ってて」
「分かったピヨ!ピ~ヨピヨは~」
王都オシリアナを囲うようにそびえる巨大な石壁。
特殊な鉱石を使用しており、生半可な魔法や攻撃じゃ傷一つつけることが出来ない強固な造りとなっている(さっき東側は崩壊したが)。
かつて魔人が人間社会を蹂躙していた百年以上も前、最後の砦として人々を守ったソレは、異世界召喚者という抑止力が魔人の脅威を退けて尚、安寧の象徴として存在感を放っている(東側は崩壊したが)。
その強固な守りの内側に入るには、四方に一つずつ存在する門をくぐる他ない。
例え夜間であっても門番が常駐し、許可無しに出入りすることが出来ないようになっているのは、昔から変わっていないようだ。
俺達はようやく門をあと十数歩でくぐれるところまで辿り着き、変わったメンバーで現れた俺達を怪訝そうに見つめる傷のほとんど無い鎧を着た中年兵士二人に呼び止められる。
「こんな夜中に何の用だ! 」
向かって右側の兵士の強い口調。
左の兵士も黙ってはいるが敵意を感じる。
どうやら王城破壊の件でピリついてるらしい。
がっつり年下の奴らにへこへこするのは癪だが、これも安寧を過ごす為だ。
「いやぁ~、これはこれはご苦労様ですぅ! 私達は旅をしている者でして、金が無いもんで南のイボジの村から歩いて来たらこんな夜中になってしまったんですぅ」
「旅……ねえ」と訝しげに俺達の顔やら身なりやらを確認する兵士。
「人間と亜人、それでその歌ってるデカい鳥は………魔人か? 」
「はい。ヒヨコの魔人でして、可愛いから連れてるんです」
「かわ……いい?」
二人の兵士は歌うピヨコをまじまじと見つめるが、どうやら可愛さに気付けてないらしい。
「ほら見てくださいこの顔。アホでしょう? 可愛いでしょう?」
「ピヨ~ッ!? ボクはアホじゃないピヨ! 」
「………う、うん。まあアホではあるな」
アホそうに反論するピヨコを見てどうやらアホで無害そうだと判断したようだ。
「僕はフェニックスピヨよ~!? お空も飛んだピヨ!」
「………お、おい!」
いらんこと言うな!
空を飛んだとか言えば王城を攻撃出来るかも、とか思われちゃうだろ!
「ははは、フェニックスか。そりゃあカッコいいね!」
大丈夫だった。
兵士がピヨコを見る目がもう完全にアホな子供を見る目に変わってる。
特に全面封鎖、という様子でも無さそうだ。
まあ一撃で王城破壊して森まで引っぺがすような攻撃だ。
中にいる誰かがやったとか、そういう次元の話では無いと判断されているのだろう。
だが、念の為聞いておくか。
「そういえば煙が見えたんですが、何かあったんですか?」
「ああ。王城が攻撃されてな。堅牢な造りの上に強力な魔法障壁が貼られた王城がもう粉々。東の壁もぶっ壊れて森までめちゃくちゃらしい。幸い『癒しのおさわり』が居たから死者は一人も出なかったがな」
癒しのおさわり………変な名前だし、おそらく召喚者だな。あれほどの状況で死者を出さないとはさすが規格外だ。
「それはそれは良かったですねえ! 安心しましたよ! あの善王もご無事なんですか?」
「ああ。森の中まで飛ばされていたみたいだが奇跡的に無事でな! 頭を打って気を失っているみたいだが、じきに目を覚ますだろうって」
「ほう。幸いにして被害は建物のみ、ということですか。………しかし一体誰の仕業なんですかねえ」
「まあ間違いなく人間ではないだろうな! 魔国領にいるっていう魔王の仕業なんじゃないかっていう噂だ。………もしかしてお前ら様子を見に来た魔王軍の手先か?」
「そんなわけ」
「そんなわけないか! だってこの『フェニックス』に偵察なんて出来るワケが無い!!! はっはっは!!!」
マズイ!そんなこと言ったらピヨコがムキになって
「ボクのことフェニックスって呼んだピヨ!ふふふ!」
大丈夫だった。
兵士はピヨコにまるで脅威を感じてないようだし、ピヨコもバカにされてることに気付いてないらしい。
「じゃあ私達は入らせてもらいますね」
そう言って門をくぐろうとした時、黙っていた兵士に「待て」と止められて、
「鳥の魔人………ピヨコと言ったか。そいつが背負っている者も魔人だろう。おい、起きろ。おい!」
兵士は乱暴にピヨコの背で眠るフェンリルを揺さぶる。
こいつのことを完全に忘れていた。
記憶を破壊したと言えど、どの程度覚えているかは目が覚めてみないと分からない。
もしこいつが目を覚まし、魔王軍であることを覚えていれば?
武装した人間を見たら攻撃するんじゃないか?
そうなったらもう大騒ぎだぞ!
どうする!? もういっそのことこいつら兵士の記憶もぶっ壊すか!?
でもそんなことしたらいずれ国王の記憶喪失と結びつけられて捜索が始まってしまう!
俺達はこの街に居られなくなる!
自身の失策により追い詰められた俺が思考でいっぱいいっぱいになっている間に、フェンリルが目を覚ます。
「………んぅ」
フェンリルは目を擦り、頭を振ってから目を開ける。
その場の全員が凝視する中、辺りを見渡したフェンリルが口を開く。
内容次第でまたもや逃亡生活が始まる。
俺は、その口から発される言葉に全神経を注ぐ。
そして―――
「あぱー!!!」
あぱー。
と、フェンリルはまるで知性を感じない声を発した。
頭が真っ白になりそうなほどの衝撃を覚えつつも、俺は彼がどうしてそのようなことを言ったのかを知る為、彼の顔を観察してみる。
魔王城の警備兵長として周囲を厳しく観察していた凛々しい目は、今やまあるく開いて焦点が合っていない。
そして鋭い牙を持つ威圧的な口元は、だらしなく開かれてベロを投げ出している。
これはそうだな。つまりアレだ。
パーになっちゃってるぅーーーーー!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます