第三十三話 第一章マクマ「フェニックスと言いなさい」



圧倒的な武の行使によりずいぶんと視界が開けた戦場。

一方は魔王殺しの罪人を捕らえ、殺す為、一方はその罪人を逃がす為に戦っていたその戦場が、今や誰一人動けず、例外なく全員が言葉を忘れてしまったかのように―――


「お腹空いちゃったピヨ~」


「食べてからそんなに経ってないぞー! ふふっ!ピヨちゃんは食いしん坊だなー!」


―――二人を除いて沈黙していた。


その一部を除き完全な凪と―――


「ピ―チクピー」「パーチクパー」「プヨッピー」………


―――それなりの凪となった戦場に仁王立ちする褐色の老人:チ〇ポこそが、このそれなりの凪を生じさせた張本人であり、またこれから嵐を引き起こす男である。


俺を含む全員がチ〇ポが行使した武に自失している一方で、チ〇ポは俺が指示した内容を黙々と遂行する。


チ〇ポは次いで腰を抜かしたライオネルにゆっくりと近づき、その頭を掴む。


「え―――」


ロン毛の獅子男は、自身の頭を鷲掴みにする男をただぼんやりと見つめ、間抜けた声を漏らす。


「貴様は―――南だ」


チンポはそう呟くと、ライオネルを掴む腕を振りかぶり―――


「ふんぬ!!!!!」


―――南の空に放り投げる。


ここから見える限りでは放物線は描かれず、ただ真っすぐ空に飛び、見えなくなってしまった。


「ねこ飛んでったピヨ。いいな~」


「ねこちゃん大丈夫かな? まあポンちゃんいい子だから大丈夫か! 頑張れポンちゃ~ん!」


ポンちゃんことチ〇ポは「ママ上」ベルベルの声援を受けると、残る魔獣騎兵の一団に歩み寄る。

一歩、また一歩と進むチ〇ポを見た魔獣達は圧倒的強者を前に立ち位置を改めたいようで、お腹を見せ、喉を鳴らして服従の意思を示し始める。

その周囲にいたヒヨコ魔人はチ〇ポには目も暮れず魔獣を触り始め、魔獣達は「お前らに服従してんじゃねえ」とでも言いたげな様子。


一方で獣魔人兵士達は隊長が彼方で飛ばされたのを間近で見た影響か、ただ呆然と立ち尽くし、近づくチ〇ポを見つめる。


「カ―――ッ!!!」


「―――」


チンポはただ気迫をぶつけると、それを受けた獣魔人全員が膝から崩れ落ち、その場に伏す。


以上、戦闘終了。


ものの数秒。

俺があれだけ苦労していた魔王軍を、ものの数秒で制圧したのだ。


しばらく自失してしまっていた俺はそこでようやく我に返り、労いの言葉をかけようとチ〇ポに歩み寄る。


が、俺はひとつ伝え忘れていたことがあったと気付く。


「ウヌはヒヨコか? 皆と様子が少々異なるが」


ぺギル―――思惑はあるだろうが俺のことを助けてくれたペンギン魔人。

俺はチ〇ポに指示をした時、彼について言及するのを忘れていた。


ぺギルは話しかけられたことで我に帰った様子。

まあアイツなら上手く誤魔化して難を逃れるだろう。


「はぁ!? この私がヒヨコに見えますかぅ~? もう目にキちゃってるみたいですねぇ~? お・じ・い・ちゃ・―――え?」


「ふんぬ!!!!!」


ぺギルの頭を掴んだチ〇ポは、そのまま南の上空を旋回するフェニックスに向けてぶん投げる。

フェニックスの呻き声が聞こえた、と思った時にはもう姿が見えなくなってしまった。


………よ、よし!よし!


こ、これで一件落着!

うん。最後のは見なかったことにしよう!


後は! 俺達を逃がしてもらうだけだ!


おそらく………龍にでも乗せてくれるのだろう。


龍に乗るなんてまさに夢物語だ。

きっとピヨコ達も喜ぶに違いない!


俺はチ〇ポに近づき、


「よくやったぞチ〇ポ!」


「ふん。パパ上よ。掃除は終わった故、これよりウヌらを逃がす。方角を言え」


「あ、ありがとう。方角は東………ってえっ?」


チ〇ポは俺が方角を伝えるや否や俺を持ち上げ、ピヨコに担がせる。


あ、あ~!

俺達を纏めて担いだほうが龍に乗せやすいもんね!

そっかそっか!


「鳥の者よ。ママ上を頼んだぞ」


「………? わかったピヨ!」


チ〇ポは何も分かってないピヨコにそう言うと、俺、ベルベル、フェンリルが乗ったピヨコを右手で持ち上げる。


「ではママ上、父上。遠い地で平穏に暮らせ」


「じゃあね!ポンちゃん!」


え………ちょっと待って?

なんか、様子が違うぞ?


「龍に乗せてくれるんだよね?」


「? 違うが?」


「え?」


「上級加速魔法―――『シヌク・ライハヤイ』。上級防御結界魔法―――『コレホン・マ・カチカチヤン・フィールド』」


チ〇ポは二種の魔法を唱え、俺達の周囲に半透明の防御結界を創造。

そしてピヨコのケツが火を吹く。


「達者で」


「ちょっ!? え!?」


そう言うとチ〇ポは思い切り振りかぶり―――東に向けて、ぶん投げた。


「うわあああああああああ!!!!」


防御結界に守られ、風も受けなければ外の音も聞こえない。

その結界から感じる膨大な魔力からも、これから何が起きようと中にいる俺達を守ってくれると確信できる。


しかし、空の星々すらも置き去りにしていくような超高速の飛翔に、俺の本能が悲鳴をあげて止まない。


「はやーい!」


ベルベルはなんとも簡潔で質素な感想を述べながら、映りゆく景色を楽しんでいる。

その豪胆さたるや、この少女が元魔王であることを再認識させてくれる。


元参謀の俺は怖くて怖くて仕方がないよ。

もう何がどうしたとか、これからどうしようとか、なんにも考えられないよ。


「ブレインさま~!ブレインさま~!」


そんな俺を、ケツから火を吹く飛翔体:ピヨコが呼ぶ。


「ど、どうしたピヨコ!? 何かあったか!? 大丈夫かあ!?」


正直ピヨコの話なんて聞いている場合ではない。

が、もしピヨコの身に何かあったら大変だ。


だが、俺の心配は杞憂に終わる。


「フェニックスピヨ~! ボク、フェニックスになったピヨ~!」


正面を向いたピヨコの顔は見えない。

が、その声色は喜びに満ちていて、どんな顔をしているのかは容易に想像がつく。


そっか。

「飛んでる」し「燃えてる」もんな。

確かにそうだ!

確かに―――


「そうだなぁ! ピヨコ! お前は今! 間違いなくフェニックスだ!」


「ふふふ!」


「良かったねーピヨちゃん!」


「「ふふふふ!」」


夢が叶い嬉しそうに笑うピヨコ。

魔王軍四天王:狡猾のぺギル配下の拷問官を務めていた(本当に務められていたかは不明)ヒヨコ魔人。

黄色くて大きなふわふわで、好物はプリン。

昨日二十歳の誕生日を迎えた、明るく優しい力持ち。


ピヨコを祝福し微笑むベルベル。

魔国領史上初の統一魔王:ヴェルヴァルドだった亜人の少女。

癖のある長い金髪にちっちゃな赤い角が生えた、魔王の面影一切無しの美少女。

豪胆で優しい自称「ブレインのお嫁さん」にして「ポンちゃんのママ」。


眠るフェンリル。

魔王城警備兵長にして天性の嗅覚を持つ狼魔人。

その職務への責任感で俺を追い詰めた優秀な男にして、俺に記憶を奪われ、昏睡する被害者。

そしてこれから頼れる仲間になる予定。


以上三名―――俺がこれから生活を共にする仲間達。


彼女らを見て、俺はようやく平静を取り戻す。


そうだ、俺は生きてる。逃げ延びたんだ!

そしてこれから魔王の我儘も、膨大な量の仕事もしなくていいんだ!


きっかけも、ここまでの道中も、おかしなことだらけで大変だった。

魔王城は消し飛び、魔王軍も壊滅………正直罪悪感はある。


が、しかし!

そもそも俺と魔王始めたものだし、二人とも居なくなるんだし?

アレだよね? もう俺達のことは忘れてもらってさ?

魔国領に残った皆で、また一から始めてもらえればいいんじゃないかな!?


………そう!それでいい!

俺なんて人間だし?

普通魔国領に居るはずないんだから!


俺は魔国領に居なかったんだ。

魔王城もなかったし、統一戦争なんてなかった。


そういうことにしよう!


「よーし!ベルベル、ピヨコ! これから楽しいぞ~? やりたいこといっぱい考えとけよ?」


「やったー!」


「ピヨピッピ―!」


こうして俺の、魔国領で起こした非行の責任から逃れる旅―――「逃非行」が始まったのだ。

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