第三十話 決めたい時


「貴様に一騎打ちを申し込むッ!!」


俺の提案に、言葉を向けられたタウロスだけでなく、サキュバスとライオネル、それにぺギルまでもが顔をしかめる。


タウロスが返答に困り硬直する一方、反応が最も早かったのはぺギルであった。


「ちょ………! ぶ、ブレイン様ぁ? ついにボケがはじまっちゃいましたぁ?」


ぺギルは口調こそ普段通りだが、顔を引きつらせている。

老人扱いしやがって。無視だ。


「一騎打ちだああ!? そんなもんするわきゃねえだろうがこのガチキモ脱糞性犯罪者がああ!! 寝言は寝て言えよゴミ!!! ロリコンは死ね!!! カス!!! 立場分かってンのかああん!?」


サキュバスはすごい怒っている。

あまりの暴言に座りそうになるのを堪え、


「当然自分の立場は理解している! 俺は罪人であり、貴様らに包囲され劣勢の状況! このまま戦えばいずれ殺されるだろう! だが―――」


彼女らからするとこちらの提案など聞く道理は無い。

裏切者である俺をこの優勢の戦況を継続して討ち取ってしまえば済む話だ。


だが―――


「―――貴様はこれでいいのか? タウロス」


「モォ………」


視線を落とすタウロス。

タウロスに話を振ったのは別にサキュバスが怖かったからじゃないし、泣きそうだったからじゃない。


彼自身思うことがあるような様子だったからだ。


よし。タウロスを見て話そう。


俺は一歩前に出て、


「魔王を失い、魔王城は崩壊。更には参謀と宰相を務めていた俺も居なくなる。………これが一体どういうことか、貴様らも分からないワケではあるまい」


「お前がやったんだろうがぁ!!! なぁ!? お前がやったんだろって言ってんだぁ!!! 」


沈黙するタウロスに代わり、声を荒げるサキュバス。

その声色には明確な殺意が込められている。


顔は絶対に見ない。

だってタウロスと話しているからだ。


「この魔国領は我々魔王軍が統一して以降、敵対していた各種族が手を取り合い、他国とも争わない安寧を過ごしている」


「何シカトこいてんだテメエ!? 死ぬか!? アアッ!?」


サキュバスはこちらに降りてきて、真横で俺を恫喝している。


「だが、それは魔王:ヴェルヴァルドという絶対的武力と、政治的実権を握る俺の献身が創り出した仮初の平和だ!此度の事件が広まれば、血気盛んな貴様ら魔人は各地で反乱を起こし、数か月もすれば再び魔国領は戦乱の時代に突入するだろう」


「こっち見ろや!? オオイ!!!」


もう唾がかかるくらい顔を近くに寄せ、俺を恫喝している。


「そうなった時、貴様らはどうする? 兵を集め魔王軍を立て直すか? だが主もおらず、拠点も失った兵士共を集めた『ソレ』は、果たして魔王軍なのか?」


「おいケツ出せ。テメエのケツから黒炎ブチ込んで一生クソ出来ねえカラダにしてやんよ………!」


右の至近から空気が焼ける臭いがする。

それになにやら熱気を感じる。


「いや違う! 魔王軍とは『魔王:ヴェルヴァルド』という絶対的象徴があり!それに群がる者共を束ね、動かす『参謀:ブレイン』という管理者があって初めて成立するものだ! 貴様らがどれだけ集まったところでそこに軍隊は生まれない!」


「なんだオメエ泣いてンのか!? ぎゃははは!!! こいつ泣いてんゾ!? もっと泣けやコラ!」


「………貴様らがちゃんと理解出来るように言っ」


「死ねコラカス肛門野郎」


「ま、魔国領にはもはや」


「ロリコン脱糞童貞」


「魔王軍はっ………存在しな」


「死ねコラアアアア!!!!!!」


「―――」


絶句するタウロス。そして俺も絶句。

タウロスが押し黙る理由は俺の演説が効いているのか、それともサキュバスに罵られ泣いている俺を憐れんでのものか。


俺は伝えたいことと、隣のサキュバスが怖いことでもういっぱいいっぱい。

何度も話す内容が飛びそうになったし、後半は完全に被せてきて本当に辛かった。


もうどこかで思い切り泣きたいし、横になりたい。

でも、まだタウロスに言いたいことがある。


頑張れ。頑張れ俺。

負けるな負けるな。


「ぎ、ぎさまらが」


「ボケコラアアアア!!!!」


「おれっ、を゛っ」


「童貞があああああ!!!!」


「こ゛ろ゛」


「オラアアアアアア!!!!」


「………う゛っ」


嗚咽がこみ上げ、もはや口が言うことを聞かない。

視界がぼやけ、膝に力が入らず震える。


もうダメだ。

もうこれ、我慢できない。

大人なのに、何百年も生きてるのに、統一戦争の英傑なのに。


―――大声で泣いちゃう!


口を曲げ、目を瞑り、喉が鳴り―――その時だった。


「ピ~ヨ゛……ピヨ゛は~………頑張れ゛のッピ~………!」


「―――!」



歌。



「ピ~ヨ゛ッ………ゥ゛ッ! ピ~は゛~! プリンッ、の゛ヨ゛~!」


歌声は震え、そして拙い。

でも―――


「ピヨピッピ~は~!ぅ゛………おうま゛っさ~ん!」


俺は誘われるように歌が聞こえる方へ向き直る。

そこには、大粒の涙を溢しながらも懸命に歌うピヨコと、ピヨコの頭を懸命に撫でるベルベルの姿があった。


「ピ~ヨヨ………ッピ~ピ~! ピ~ヨヨピ~ピ~!」


ピヨコは時折声を詰まらせながらも、必死に歌を送り出す。

俺はその歌声をただ黙って受け取る。

彼がそうまでして俺に歌を届けた意味を、その思いを考えながら。


そして―――


「ピ~ヨサク馬牧場~!!」



―――よく分からなかった。


ただこれが牧場の宣伝歌だったことは分かった。


ピヨコの異常行動に呆気にとられてしまった俺は、いつしか泣きやんでいた。

もう喉元まで来ていた号泣がウソのように消え去り、冷静さを取り戻していたのだ。


そしてそれはサキュバスも同様で、先ほどまでの苛烈はどこへやら、キョトンとした様子でただピヨコを眺めている。


俺はピヨコとベルベルに一つ頷いて見せ、タウロスに向き直る。


「俺を殺したい、処刑したい理由は仇討ちか? 見せしめか? それとも罪を犯したからか? それぞれの思いがあるだろう。だが、貴様らは重く考えねばならない。貴様らが殺そうとしているのは魔王殺しの罪人である前に、統一戦争の英傑である、ということを」


「モォ………」


「考えろタウロス。魔王無き今、魔王軍が無くなろうとしている今、誰がこの国を纏め上げる!? 誰なら兵を束ねられる!?」


押し黙るタウロス。

しかしその眸には、小さな火が灯っている。


「魔王殺しの元参謀にッ、統一戦争の英傑にッ! この俺に真っ向から打ち勝つことの出来るヤツだ! 魔国領の武の象徴を勝ち取り、俺こそが新たな王だと! 俺こそが最強だと! そう皆に知らしめることが出来るヤツだ!」


「モオオ………!」


「俺が何故サキュバスでもライオネルでもなく、お前に一騎打ちを申し込んだか………もう分かるな?」


「モオオオオオオオ………!」


「戦えタウロスゥ!!! 俺と魔国領最強の座をかけてえええ!!!」


「モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!」


タウロスは感情を爆発させ、空に向かって咆哮する。

全身は肥大した筋肉で張りつめ、浮き出た血管が脈打っているのが分かる。


戦士の顔。

かつて牛魔人族の長として魔王に立ちはだかったあの時と同じ顔。


「ちょっとタウロス! あなたまさかホントにやるつもり!?」


冷静になったサキュバスが詰め寄る。

それも当然、サキュバスにとってはなんの利点もない。

サキュバスが俺を殺そうとしているのは俺がロリコンだと思っているからであり、自分も死ぬと言っていたことからも分かる通り、彼女は魔国領や魔王軍の未来などもはやどうでもいいことなのだ。


「すまねえサキュバス。モーは絶対にやらなきゃなんねえ。そして勝たなきゃなんねえモー。それが魔王軍の、いや魔国領の為だモー!」


だが、タウロスは違う。

元々魔王の圧倒的な強さに心酔して魔王軍に下った男だ。

その魔王を消した男から「魔王になりたきゃ俺に勝て」と発破をかけられ、黙っていられるワケがない。


タウロスは漲って止まない身体の力を抑えるように大きく息を吐き、


「参謀、アンタには感謝しなきゃいけねえみてえだモー。モーは魔王様が居なくなったってことを受け入れられていなかったみてえだ。だがアンタの言葉で目ぇ覚めた! そうだよなぁ! あの人はもう居ねえ!そして! その後を継ぐヤツなんざ、モー以外にいるワケがねえモー!」


タウロスはそう言いながら棍棒を地面に叩きつけ、


「モーがアンタを、英傑『カッとなって天地崩壊男』を倒すモー!そんで『英傑殺し』の称号引っ提げて! 俺が魔国領の新しい王になるモー!」


どうやらタウロスの心は完全に決まったようだ。

サキュバスも、そして離れて戦っていたことで蚊帳の外だったライオネルも、彼の決意に水を差す気は無いようだ。


つまり―――


「じゃあやろうか」


魔王城脱走作戦の成否は、タウロスとの一騎打ちで決まる。



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