第二十九話 プリンと作戦
魔王城を囲う城壁の外で、魔王無き今の魔王軍最強戦力が集い、争う。
そんな苛烈な戦場の中心で、俺はプリンを食べていた。
「あ~!プリンピヨ! あぁ~!! ピヨ~! ピヨ~!」
魔障結界の中から忙しなく鳴くピヨコを横目に見つつ、プリンを口に運ぶ。
「―――!」
美味………いや、なんかちょっと嫌な味がする気がする。
なんだろう?
なんかちょっと嫌な味がする。
だが、嫌な奴:ぺギルの言っていた通り、このプリンの回復力は本物らしい。
食べ進めるごとに傷が癒え、骨が繋がり、身体の力が回復していくのを感じる。
ビン底に張り付いたプリンを削ぎ落して最後の一口を味わった頃には身体が完全に元通りになり、魔力についても二割程度回復した。
流石はフェニックスのタマゴで作ったプリンだ。
これほどの回復力、そこらの治癒魔法使いとは比較にもならない。
「黙々と食べてましたねぇ~。そんなにプリンが好きなんですかぁ? 味覚も歳を重ねない、ってことですぅ?」
ぺギルはいつものように下卑た笑みを浮かべ、皮肉を飛ばす。
ホント普通に話してくれたらお礼だって言いやすいのに、なんか嫌なこと言ってくるからいつも素直に感謝出来ないんだよなぁ。
それにさっき「私の作戦」とか言っていたし、何かの策略であることは間違いないだろうし。
まあ、窮地を救ってくれた上、回復までしてくれたんだ。
ちゃんとありがとうしよう。
「ありがとうぺギル。助かったよ」
「―――ギッ!!!」
感謝を口にすると、ぺギルは何故か自身の舌を噛み、特殊な呻き声を上げる。
「えっ!? どうしたの!? 大丈夫!?」
「な、なンでモアリまセんYO!」
ぺギルは首を横に振るが、喋りの抑揚は完全にイカレていて、焦点も全く合わない上に泡を吹いている。
こわっ。
折角ちゃんと感謝したのに、こんな反応されたら嫌なキモチになるなぁ。
―――はっ!? まさかこれも何かの作戦か!?
油断するな俺。こいつの行動には全て裏があると思え!
「ピエ~! ピエ~!」
「!………ピヨコの分はありませんよぉ~!」
「ピ―――!?」
ピヨコはプリンを目にしてからずっと鳴いていたが、様子が回復したぺギルに自分の分が無いことを告げられて自失。
その目と口を開いたまま動かなくなってしまう。
そんなことで自失するな?
あとでいっぱい食べさせてあげるから。
「よ~しよしよし!」
ベルベルはそんなピヨコの頭をしきりに撫でている。
いい子だ。ピヨコのことは頼んだぞ。
立ち上がり、手を動かすなどして身体の状態を確認した俺は、戦況を見渡す。
俺がプリンを食べている最中にライオネル騎兵隊約五十が到着していたようで、敵側はそこにタウロスとサキュバスを含めた大戦力となっていた。
しかしその強大な相手に一切怯まずに応戦しているのが、ぺギルが連れてきたヒヨコ魔人二十。
「突撃ィ!!」
「ピタ~!」「プチ~!」「ペチ~!」
「ライオネル隊長! こいつら、とっても力持ちです!!」
「数で押し切れええ!!!―――っぐ!?」
「プヨ~!」「ピヤ~!」「ポヨ~!」
ピヨコ同様にとっても力持ちなようで、突撃してくる魔獣騎兵にタックルをかまして吹き飛ばし、また瓦礫で殴ったり投げたりすることで数に分があるライオネルら魔獣騎兵と渡りあっている。
タウロスとサキュバス相手にはそれぞれに三人ずつで立ち向かっているのだが………。
「モオオオオオオオ!!!」
「ぐええ死んだピチ~!!!………あ、大丈夫ピチ」
「………」
「『エグ・ヤンデレア』!!!」
「うわあああ燃えちゃうパチ~!!!………でも大丈夫だったパチ」
「………」
四天王の猛攻に手も足も出ていない。
出ていないのだが、鈍感なのか身体が頑丈なのか、或いはそのどちらもか。
ヒヨコ魔人達は攻撃を受けては絶叫し、でもその直後にはケロッとして立ち向かっている。
その締まりの無い顔と緊張感の無い戦いぶりに、歴戦の四天王二人も大層戦い辛そうにしている。
それらの戦いを総合的に見て、現時点では拮抗していると言いたいところだが………。
「まずいですねぇ」
ぺギルがポツリと溢す。
どうやら俺と同様のことを考えているようだ。
現状だけで言えば拮抗した戦場に見える。
しかし、タウロスやサキュバスが戦い辛そうにしているのは突如現れたヒヨコ魔人という不思議な相手に困惑しているからであり、それはやがて克服されてしまうだろう。
またライオネル騎兵隊を相手取るヒヨコ魔人達も、おそらく本人達は気付いていないだろうが、きっと疲労が蓄積されているはず。
そちらもやがて数に押しこまれてしまうのが目に見えている。
よって、今の戦況は五分に近い劣勢、それもじわじわと劣勢の方向へ傾き続けている、というところだ。
ここに俺が参加したとして、果たして覆すことが出来るだろうか?
いや、おそらく出来ないだろう。
仮に上手くいったとしても、共倒れが良いところだ。
それも俺が逃走を諦め、全ての魔力を使用して、だ。
しかも俺達にはこれ以上の援軍は見込めず、一方魔王軍側は城内の負傷兵が回復すればすぐに戦列に加わることが出来る。
というわけで、長期戦は絶対に避けたい、かといって短期戦で押し切る力も無い。
何らかの手を打たなければいずれ負けてしまう、というのが現在の状況だ。
どうする?
いっそのこと逃げるか?
ぺギル達が乗ってきた巨大な魔鳥―――フェニックスが上空を旋回しているのを見つめる。
あれに乗り、全ての魔力を防御に充てればサキュバスの追撃も受けきって逃走出来るだろう。
だが、これ見よがしにアレを飛ばしているのは、俺にそう考えさせる為のぺギルの策略なんじゃないのか?
飛行能力の無い俺達は空では無力………ぺギルの目的は分からないが、危険な気がしてならない。
それに、あんな目立つ鳥に乗って逃げればどこに逃げたのかが一目瞭然だ。
そうなれば体制を整えてから後を追われ窮地となること確実。
………ふむ。やはり逃走するにしても、タウロスやサキュバスをここで倒さない限り避けるべきだな。
となると、やはりこの戦場を制圧する必要があるのだが………。
一体どうやって?
イチかバチか上級魔法で纏めて………いや、それで倒しきれなかった場合もはや手立てが無くなる。
それに周囲にはヒヨコ魔人達がいる。
何も理解していないであろう彼らを巻き込むのは後味が悪過ぎる。
それに―――
「ピ―――ピ――ピ」
「よーしよし!ピヨちゃん元気だしてー!」
―――ピヨコの同胞だしな。
クソ。
もっと魔力があれば、こいつら全員纏めて魔障結界で覆って、神級魔法で一掃出来るのに………。
何か、何か無いのか!?
この戦場を一掃しつつ、安全に逃げる方法は―――!?
やはりリスク承知で逃げるしかない、か?
俺は現状を打開する策を求め、苛烈な戦場を見渡す。
左には魔獣騎兵隊、右にはサキュバスとタウロス、それらに奮戦するヒヨコ達。
後方には壊れた城壁、そしてその裏には地を裂き、天へ伸びた無数の石柱―――
―――ある。
一つだけ。一つだけある!
こいつらを纏めて倒し、かつ安全に逃げ切る方法が―――!!
「やっと動くんですかぁ~? てっきりもうお眠なのかと思っちゃってましたよォ~!」
腰を回し、両手を伸ばして準備運動をする俺に、ぺギルはいつものにやけ面を向ける。
「ふん。お前の思い通りになる気はない、が、危害を加えるつもりもない。大人しくそこで見ていろ」
「―――え? 一体何を」
俺は少し前に出て、大きく息を吸い―――叫ぶ!
「タウロスッ!!!」
群がるヒヨコ魔人を棍棒で吹き飛ばした牛魔人が、鬼気迫る形相でこちらを振り向く。
その全身からは湯気が立ち上り、それはまるで武人としての迫力を可視化しているようだ。
当然失敗する可能性はある。
が、これが成功すれば、俺達は安全な逃亡とその後の安寧を手にすることが出来る。
そんな明るい未来に胸を躍らせ、俺はしたり気に笑いながら………。
いや、これから立ち向かうことになる困難への不安が俺の顔を強張らせ………。
………俺は苦笑いで、それでも自信たっぷり感を出せるように頑張って―――
「―――貴様に一騎打ちを申し込む!!」
俺の言葉を聞いた四天王全員が、とても苦い顔をした。
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