第二十八話 四天王ぺギルの思惑
―――魔王城南城壁最東の上空。
大勢の兵に囲まれて無様にも蹲る元参謀ブレインをフェニックスの背から見下ろす私:四天王ぺギルの胸中は、ある感情が支配していました。
その感情とは―――
間に合って良かったァー!!!!
―――安堵です。
一般的に知能が低く、力が強いと言われる鳥系魔人として産まれた私は、一族の中でも一際力が弱かった。
かといって他に秀でたところもなく、戦いの才能も無ければ気も弱い。
力が全てを支配するこの魔国領において、私は紛れもなく落ちこぼれでした。
その上、私の喋り方や態度はどうやら人を怒らせてしまう類のようで、「落ちこぼれのクセに生意気だ」とよくイジメられたものです。
私は一人でした。ずっとずっと。
だから、私は本を読みました。
初めは遊んでくれる友達が居なかったから、その寂しさを紛らわせる為に。
しかし、徐々に読書は趣味になり、そして別の意味を持つようになりました。
無能な私に出来ることは無いか?
どうすれば人の役に立てるのか?
何も出来ない自分の使い道を探す為、必死に本を読みました。
でも、魔国領は後に統一戦争と呼ばれる大戦争の最中。
私は周囲の同調圧力に逆らえず、一人の兵士として戦火に飛び込むこととなりました。
こうなったら私も一人の戦士だ。
一族の為に戦おう。
そう心に決め、私は本を置き、剣を取りました。
でも、結局人に刃を向けることも出来ず、ただ恐れ、ただ逃げることしか出来ないまま戦争が終わりました。
ああ、私はやっぱりダメだった。
戦後の荒れた時代、私は喪失感に苛まれていました。
何かを失った?
いや、何も持っていなかった。
何も持っていない自分にも、実は何かあるのではないか?
その何も無いのに何かあると信じ、やはり何も無いのだと気付かされる―――無の実感という名の、偽りの喪失感。
そんな時、統一戦争を制した鬼魔人:ヴェルヴァルド様が率いる軍の参謀であり、魔国領の宰相となった御方―――ブレイン様と出会ったのです。
ブレイン様は、戦後処理の一環として各部族を訪問しておられ、その日は我々ペンギン魔人の集落へいらっしゃっていたのです。
ブレイン様は人間でした。
細く、小さい。明らかに戦いに向いていないであろう姿形。
強大な魔法を操る魔法使いの人間がいる、という噂は勿論耳にしていましたが、いざこの目で見た時は本当に衝撃でした。
呆気にとられる私に気付いたブレイン様は、私が手に持つ本に気付き、話しかけてくださいました。
「本を読むのか?」
「意外ですかぁ~? まあ人間の皆さんからしたら僕ら魔人なんて本も読めない畜生同然なんでしょうけどねぇ~!」
私は話しかけてもらったのが嬉しくて、つい早口になってしまいました。
「そんなことは思っていない。それに、これから魔国領は平和になる。そうなったら力よりも頭だ。君のように本を読み、知識を蓄えようとする者は今後重宝される」
またも衝撃でした。
宰相様が、私が今後重宝されると、私が大事だと、私を欲しいと、そう仰ってくれたのですから!
「えぇ~? 仕方ないですねぇ~! じゃあついていってあげますよぉ~!」
「え?」
「私の名前はぺギルですぅ。これから宜しくお願いしますねぇ~!」
「え?」
それから、私はブレイン様の付き人となりました。
「ブレイン様に見初められた」という事実が自信となった私は、知識を蓄え、知恵を働かせ、急速に魔王軍内での存在感を高めていきました。
そして、サキュバス殿、タウロス殿、ライオネル殿が三強と言われていたのが気に食わず、私を入れて四天王と呼ぶように方々へ働きかけ、四天王という地位に就くことが出来たのです。
その後はブレイン様が私に信頼を置いて任せてくださる職務を全うし、私を見出してくださったブレイン様の一番の部下として充実した日々を送っておりました。
しかしある日、玉座の間から出てきたブレイン様を偶々見かけ、そのブレイン様の様子を見てあることに気付きました。
―――ブレイン様は、魔王様を嫌っている!
―――つまり、暗殺したがっている!
私は考えました。
きっと、他の者であればこの件に関してブレイン様に深く肩入れすることは無いでしょう、と。
当然です。相手はあの天下無敵の魔王様だ。ブレイン様に出来ることと言えば精々愚痴を聞くくらいが関の山でしょう。
が、私は違う!私は全力でブレイン様を手助けする!
だって私はブレイン様に見初められた一番の部下なのだから!
そうして私は、あらゆる人脈を使用して転移魔法の魔札を扱う商人を見つけ出し、ブレイン様と引き合わせました。
思惑通りブレイン様は魔札を購入され、私はブレイン様が魔王様を暗殺される日を心待ちにしておりました。
どんな方法で魔王様を暗殺されるのか?
魔王様を暗殺するなんてことは出来るのか?
でも、ブレイン様なら絶対に成し遂げてくださる!
そう、私は確信しておりました。
そして十年の時が立ち、私が幹部会の為に魔王城に宿泊していた昨晩、遂に事件が起こりました。
初めはブレイン様がやり遂げられたのだ、と嬉しくて仕方が無かった。
だって私の力がブレイン様の役に立ったのだから!
しかし、様子がおかしい。
兵士に状況を聞くと「ブレイン様が現場で脱糞していた」などと言うのです。
え?暗殺モロバレじゃん!
絶対処刑されるじゃん!
そう思った私は、どうすればブレイン様を救えるか考えました。
すぐに逃がそうとも考えましたが、ブレイン様にはサキュバス殿がべったりと張り付いていて難しい。
となると、サキュバス殿を引き剥がす必要があります。
そこで、私は拷問を管理する立場であることを利用することにしたのです。
まず、事情聴取ではブレイン様を拷問させる方向に持っていかなければなりません。
その為に現場のウンチに魔力が込められていたことにし、かつライオネル殿の部屋に異世界召喚者の本を置いておくことでブレイン様が「肛門から魔王を転送させた」という間違った推理をさせることにしました。
そうすればサキュバス殿はブレイン様を軽蔑し、かつブレイン様は誤った推理を否定されるはずです。
そして、「ブレイン様は隠し事をしている」などと理由をつけて拷問する方向に持っていき、拷問部屋に隔離することで、サキュバス殿から引き剥がすことが出来ます。
ブレイン様が途中ワケの分からないことを言い出したのは肝を冷やしましたが、最終的には計画通り、拷問部屋に隔離することが出来ました。
あとは拷問官に「『魔王軍を裏切る』という状況を理解せず、懐柔しやすい」ヒヨコ魔人を投入して手助けをさせれば、ブレイン様の頭脳とお力があれば魔王城からお逃げになることが出来る、と考えていたのですが、まさかの事件が起こりました。
私は拷問部屋のある地下の一室に隠れ、様子を見守っていたのですが、何故かブレイン様は拘束されたまま部屋を出られ、挙句階段から落ちて意識を失わてしまったではありませんか!
私は急いでブレイン様とピヨコを看守室に運び、様子をピーチクとパーチクに見守らせました。
そして、私はもはやブレイン様を救うには無理矢理連れ出すしかない、と考え急いで城を出て、兵を集め、フェニックスを呼んだのです。
フェニックスが何故かやたらと怯えていた為に戻ってくるのに時間がかかってしまいましたが、ブレイン様の魔法により打ち上げられているピーチクパーチクを回収した上、なんとかブレイン様を見つけ出すことが出来ました。
良かった。
本当に良かった。
ブレイン様は、無力だった私を見出し、四天王の地位まで押し上げてくれた御方。
こんなところで命を落とされるなど、絶対にあってはならないのです。
「ぺギルゥ!!! どうして貴様が参謀の味方をするモォ!!??」
のしかかるヒヨコ魔人達を押し退け、怒りの形相で叫ぶタウロス。
どうして?
そんなの決まっているじゃないですか!
―――お世話になったブレイン様を助けたいからです!
「―――分かりませんかぁ~? 貴方の頭では一生懸けても分からないでしょうねぇ~!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「どうして………お前が?」
幾度となく現れる絶体絶命の窮地を乗り越え、魔王城の敷地を脱出することが出来た。
あとは追撃を振り切って逃げるだけ。
そんな魔王城脱出作戦の最終局面に、またしても絶体絶命の窮地が訪れた。
「パンジー急須」という言葉がビッタシハマる状況。
これまで寸でのところで引き返してくれていた死神が今度こそその大鎌を振るうだろう―――そう覚悟した時だった。
魔王軍四天王が一人にして、魔国領で最も狡猾な男―――ペンギン魔人:ぺギルがヒヨコ魔人の兵隊を率いて現れたのだ。
そもそもぺギルは魔王軍幹部であり、件の事件を起こした俺は間違いなく敵のはずだ。
実際、事情聴取ではこいつの発言が場の流れを作り、俺を拷問して処刑する方向に持っていったのだ。
拷問官としてピヨコを充てがったりと少々不可解なことはあったにせよ、俺はぺギルのことを明確な敵であると考えていた。
それなのに、俺はこうして窮地を救われている。
なんで?
俺は当然の疑問をぺギルに投げかける。
ぺギルはフェニックスから飛び降りて俺の前に立つと、肩に掛けていたカバンから何かが入った小瓶と小さなスプーンを取り出し、
「これはフェニックスのタマゴから作ったプリンですぅ。身体の傷を癒してくれますよぉ。あと多少は魔力も回復しますぅ。まあ死刑囚殿の高貴なお口に合うかは分かりませんがねぇ~?」
何でプリンなんだ?
鳥系魔人が皆等しくタマゴ料理に執着している理由は何なんだ?
分からない。
昔からそうだった。
こいつの思惑が全く分からない。
それになんか嫌なコト言うし。
嫌い。
がしかし、頭がキレることは確かだ。
信用はしない。
信用はしないが………
俺は「身体の回復は願ってもない」、と言い訳し、差し出された物を受け取った。
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