第三十一話 元参謀ブレインの策略


魔獣騎兵隊、ヒヨコ魔人、そして四天王。

先ほどまで激しく争っていた彼らは戦いを止め、戦場の中心に視線を送る。


「それでは宜しいか?」


一騎打ちを見届けるのは、四天王が一人:ロン毛のライオネル。

その似合わない眼鏡を指で触りながら、俺とタウロスが頷くのを確認する。


武を尊ぶ魔国領における「一騎打ち」は、いわゆる戦の華だ。

基本的には大将同士で行われ、今回のように戦況逆転の一手として申し込まれる場合もあれば、拮抗した戦場における決戦として利用されることもある。

勝者は名誉と相手の処遇を決する権利を与えられ、敗者は勝者の所有物となる―――まさに最終決戦。


ライオネルが開始の合図をするまでの間、俺は正面のタウロスを見据えながら、何度も脳内戦闘を繰り返す。


俺は身体こそ元気だが、魔力は三割程度。

一騎打ちとなってピヨコ達に危害が及ぶことが無くなった為、彼らに施していた魔障結界は解いたが、それでも必殺の神級魔法を使用できる魔力には達しなかった。


一方のタウロスは、俺の魔法が何度か直撃し、ヒヨコ魔人との戦闘もあったにも関わらず、特に消耗した様子はない。

そう見えるだけであれば良いのだが、あいにく頑丈な牛魔人族だ。印象通り元気なのだろう。


タウロスは魔法が使えず、ただひたすら接近して肉弾戦を行うのが特徴だ。

駆け引きや頭を使った戦いを好まず、基本的には真っ向勝負を信念としている為、つけ入る隙はあるように思える。

しかし、魔法や駆け引きなしに四天王と呼ばれるに至ったのは、その規格外な怪力によるものだ。


俺は魔王という完全な上位互換を間近で見ていたこともあり、タウロスの戦闘力に特段高い評価をしていたわけでは無かった。

が、先ほどその破壊力をこの身で体感し、一度でも当たればそれが必殺の一撃となってしまうと痛いほど理解した。


つまるところ彼の攻略法としては、近づかれれば常に一撃必殺の恐怖がある為、可能な限り距離を取り続けることなわけだ。


だが、前述の通り俺は魔力が心もとなく、距離を取ってちまちまやったところでタウロスを倒しきることは出来ない。


じゃあ何で一騎打ちなんて挑んだんだ?


その答えこそが、このタウロス戦攻略の切り札なワケだ!


その為にはどうにかして近づき、「あの魔法」を確実に当てなければならない。


人間の平均程度の耐久力しかない俺がタウロスに近づくなど愚の骨頂なのだが、それしか方法が思いつかないのだから仕方がない。


ふう。落ち着け。

慌ててミスをしたら死ぬぞ。

慎重に、そして素早く判断しろー俺。


ライオネルの様子を横目で見ながら呼吸を整える。


ライオネルは既に手を挙げている。

あの手が下ろされたと同時に戦いが始まる。


あれほど騒がしかった戦場が静寂に包まれ、全員がライオネルの動きを注視する。


張りつめた空気の中、遂にライオネルの手が動く。

その瞬間、俺は魔法詠唱の為息を吸い込む。


そして―――手が振り切られた。


「モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!」


タウロスの咆哮。

それと同時に棍棒を振りかぶり、間合いを詰めてくる。


モーモーと明らかにゆったりとした動きをしそうな男であるが、鍛え上げられた太い脚は推進力を生み出す。

かといって特別速いというワケでもないが、図体が大きいことと相まって相当な威圧感がある。


だが、当然開始直後に突っ込んでくることは予測している!


大地魔法―――


「―――『ユカ・ヌメルデ』!!!」


地面に手をかざし、タウロスの前方にぬかるみを作る。


「二度もかかるかモー!!」


一度見せた技ということもあり、タウロスは後ろに飛んで回避。


が、これは想定の内。

踏まないだろうと魔力は節約した。


まだ着地していないタウロスに手をかざし、


風雷魔法―――


「―――『シン・デシモタ』!!!」


触れれば身体が麻痺する雷撃を放つ。

速度もあり、中空のタウロスは回避が出来ないはず!


だが、もしこれを防ぐとしたら………


「ンモオオウ!!!」


タウロスは持っていた棍棒を真っすぐ放り投げ、雷撃を防ぐ。

着地したタウロスはすぐさま動き出し、ぬかるみを迂回してこちらに迫る。


そして勢いが死んだ中空の棍棒を掴み―――右の振り!


「―――『ブワア』!!!」


「くっ!?」


俺は爆裂魔法を足元に打つことで煙幕を張りつつ、爆風を利用して後退。

タウロスは巻き上げられた土が目に入ることを警戒して顔を覆う。


着地してすぐ大地魔法で―――


「―――『ユカ・デトル』!!!」


戦場に、俺と背丈を合わせた六体の土人形を配置する。

中心に一体、そしてそこから一定の距離で五体。


が、


「小癪なあ!!!!」


タウロスは棍棒を振り回すことで煙幕を霧散させ、俺の姿と土人形の位置を捉える。


ここまでは粗方想定内。

冷静に。冷静に。


「モオオオ!!!」


タウロスが棍棒で地面を叩き、雄叫びをあげる。


「何故デカい魔法を打ってこないモォ!? 」


デカい魔法………つまりは神級や上級魔法のことを指しているのだろう。


あいにく神級は使う魔力が無く、上級ではお前が倒せないから使っていないだけなんだが………。

だが正直に言うはずもなく、


「貴様が本気になれば打ってやる。………もしかしてそれが本気だったか?」


ぺギルのような皮肉を言ってみる。

そうすると当然タウロスは、


「モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!」


めちゃくちゃ怒る。

既にギチギチに詰まっていた筋肉が更に膨張し、その身に纏う闘争心がより一層高まる。


そりゃあそうだ。

魔王になる!って啖呵を切ってこの勝負に挑んでるんだ。

本気に決まっている。


でも、もっと本気になれるはずだ。

お前ら牛魔人は感情的になればなるほど力が増す。


さあもっと怒れ!

もっと怒って、強くなって、冷静さを失え!!


「―――『ブワア』!!!」


またタウロスの足元に爆裂魔法を放ち、砂煙で視界を奪う。


「またかあああああ!!!」


小細工を嫌うタウロスは繰り返される煙幕に激情する。


俺は近くの土人形に、


「―――『オドッテマウ』」


しばらくの間踊らせる魔法を使用。

姿勢を低くし、すぐさま別の土人形の元へ移動する。


「モオオオオ!!! そこかぁ!!!」


冷静さを欠き始めたタウロスは煙幕を振り払わず、動く影に飛び掛かる。


「―――!? クソッ!クソッ! モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!」


自分が叩き潰したソレがただの土人形であることが分かると、更にその筋肉を膨張させる。


「―――『オドッテマウ』」


土人形を踊らせ、また次の人形の元へ。


「―――『オドッテマウ』」

「―――『ブワア』!!」


そして煙幕を追加し、更に次の人形へ魔法をかけに向かう。


「出て来おおおおおい!!!! モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!」


「―――『オドッテマウ』」

「―――『オドッテマウ』」

「―――『オドッテマウ』」


魔王になれと発破をかけ、一騎打ちを挑んできた男が一向にマトモにやりあおうとしない。

視界を奪われ、そして次々と踊り出す人形。


―――バカにされている!


決意をコケにされ、誇り高いタウロスの怒りは頂点に達する。

そしていよいよ冷静さを完全に欠いた頃、そして俺が設置した土人形の最後の一体―――戦場の中心に据えたその土人形にタウロスが飛び掛かる。


「ブオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!」


かかった。


その最後の一体が立つ場所、そこは―――


「―――モオオオ!?」


―――初めに魔法で軟化させた場所だ!


怒りに我を忘れ、渾身の一撃を振り下ろしたタウロスの棍棒と脚が地面にどっぷりとハマる。

それほど軟化させてない分、俺程度の体重であれば抜け出すことは容易。

しかし、タウロスほどの体重、それも飛び掛かったんだ。


これで十数秒は抜けられないはずだ!


「クソォ!!!! 抜けろオオォ!!! モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!」


抜け出そうと暴れるタウロス。

しかし体制を崩し、尻もちをつく。


俺はその背中に近づき、頭に右手をかざす。

魔力切れで昏倒しない程度に、使えるだけの魔力を総動員する。

そして息を吸い、出来るだけ大きな声で―――


「食らえぇぇ!!!―――『キレテルヤン』!!!」


背後からの声に反応したタウロスは防御姿勢を取る―――と思ったが、


「モオオオオオオオ!?」


「うぐうッ!?」


予想に反し、咄嗟の反応で左の裏拳。

タウロスの姿勢が悪く、拳が俺に届くことは無かったものの、空振りとは思えないほどの圧力を受け、後方に吹き飛ばされる。


その裏拳は煙幕すら晴らし、吹っ飛ばされた俺と同時に、衆目に晒される。


「―――!?」


見届け人を務めるライオネルを含め、その場にいる兵士全員(ヒヨコ魔人を除く)が中心に座すタウロスを見つめ―――


―――絶句する。


タウロスは魔人の中でも大柄な種族:牛魔人である。

が、その筋肉が普段の三倍ほどに膨張し、もはや魔王に匹敵するとさえ言える程の威圧感を放っていた。


「なぜだァ………」


どうやら自身の異変に気付いたらしいタウロスが呟く。


「何故モーにッ! 一騎打ちの相手であるこのモーにィ! 強化魔法をかけたァアアアア!!?」


「きょ、強化魔法!?」


タウロスの咆哮、そしてその内容に驚愕するライオネル。

そして、タウロスがその憤りを向ける相手―――俺に注目が集まる。


俺は空を見上げ、したり気に笑う。


「説明の前に、一つだけ訂正しておこう。俺は一騎打ちをする前、貴様に『魔国領最強の座を懸けて』と言ったな?あれは完全な誤りだ。何故なら―――俺も貴様も候補にすらなれないからだ」


「な、なにを、言ってンだモオ………!?」


「いるんだよ。もう最強が。 いや―――昨晩産まれた、といったほうが正しいか?」


俺がそう言うと、ライオネルが俺が見据える先―――西の空にいる「それ」に気付き、


「『龍』だ………」


龍―――そうライオネルが呟いた途端、全兵士に緊張が走る(ヒヨコ魔人を除く)。

それもそのはずだ。


蛇のようなしなやかな長躯に鋭い爪の生えた四肢。

長い髭の生えたドラゴンのような頭部。


魔国領に住む者なら誰でも知っている最大最強の魔獣だ。


ちなみに、俺が「呼んだ」のは龍じゃない。

正直俺もすっごいビックリしたし。


「『龍』………だけじゃない! 何だ『アレ』は!? い、いや!! 『誰か』だ! 『誰か』が龍の鼻の先に立っている―――ッ!!!」


「龍」が近づき、その全容が露になる。

そして、その「龍」の顔に立つ俺の「切り札」が視認される。


「モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!! 誰だお前はァアアアア!!!!」


俺の渾身の強化魔法により全身が肥大し、かつ激情のあまり冷静さを欠いているタウロスが吠える。


龍の鼻に立ち、腕を組んだ全裸の老人。

灰色の髪を靡かせ、褐色の肉体は張りつめ、その周囲を二つの球が旋回している。

その異様な風貌の男は、業火が揺らめくような紅蓮の眸でタウロスを見下ろし―――



「我が名はチ〇ポ。武を極めんとする者なり」



異常な自己紹介をした。


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