第二十五話 ぶっ壊れちゃた~ねぇ 


「にげ………ッ! 逃げろ逃げろォ! 逃げッぎやあああああああ!!!!」


「ひぎいいいいいいいいい!!!!」


「ンモオ―――ッ!? ンモオオオオオオオオオオ!!!!」


大地が轟音を鳴らし、無数の石柱が大地を割りながら突出する。

石柱は魔王城全体に襲いかかり、居館も、城壁も、中庭も、あらゆる景観を引き裂いていく。

突如として真下から現れる猛撃は城にいた全ての兵士を上空に打ち上げ、絶叫と苦悶の表情を携えて落ちてくる。

巨漢が揃うタウロス直下武装兵も、そしてタウロスも例外ではなく、下半身を抑えながら空に打ち上がる。


神級大地魔法―――「ユカ・オナスナ」


一つ一つが大地を破壊するほどの威力を持つ無数の石柱を高速で突出させ、術者の周囲広範に渡る全生物の股間を破壊する無差別攻撃魔法。

石柱の突出は五分間にも渡り、石柱は無事な股間を探して破壊を続ける。

俺が扱える神級魔法の一つで、大量の魔力を消費する代わりに周囲の環境をまるごと破壊するほどの制圧力を発揮してくれる魔法だ。


俺が魔法を発動したのが魔王城敷地の中心。

おそらく魔法の効力は敷地全体に及ぶだろう。

この五分間において、魔王城で唯一安全なのが術者である俺の直近だけだ。


「すっごいピヨ~! これブレイン様の魔法ピヨ~!?」


「ねー!すっごいね~!」


「そうだぞ~! これが俺の力だ!」


「すごいピヨ~! なんか、すごい力が、その………すっごいピヨ~!」


俺は手の土砂を払いながら立ち上がり、二人を守る魔障結界をポンと叩く。


そして二人に手をかざして、


「念動魔法―――『フレテヘンノニ』」


二人を魔障結界ごと魔法で浮き上がらせ、引き寄せる。

これでピヨコ達は俺に追従するようになり、「ユカ・オナスナ」の影響を受けることもないだろう。


「ピヨコ!ベルベル! 移動するぞ!」


「分かったピヨ~!」


「分かったー!」


二人の元気な返事に笑顔を返して、石柱が兵士を蹂躙する地獄へ向かって走り出す。


ピヨコは浮かされているのに気付いていないようで、しきりに足と羽をシャカシャカ動かしている。

だがその顔は真剣そのもの。頑張れピヨコ。訓練すればきっと足だって速くなるぞ。


ピヨコの背中にしがみつくベルベルは飛び出す石柱を見て「わー!」と度々歓声を上げているが、周囲を飛び交う兵士の絶叫や悲鳴は特に気にしていないようだ。

愛らしい見た目に反して豪胆過ぎる。さすがは元最強無敵の魔王、といったところか。


よし。ここまでくればもう少しだ。

このまま走って城門を抜け、混乱のうちに逃げ切ろう。


そして、この二人とストレスフリーな楽ちん生活を始めるんだ!


居館大扉から城門へ続く石畳があった場所を真っすぐ走る。

時折股間を抑えた兵士が落ちてくる為、それを躱す。

そうして二、三分ほどかかっただろうか?

ほぼ最短距離を走ってきた俺達は城門の直下に辿り着く。


そして―――


「ブレイン!!!!!」


立派な犬歯を剥き出しにし、二本の剣を構えて低い姿勢を取る黒き狼魔人が城門の外で待ち構えていた。


「フェンリル………」


警備兵長フェンリル。

俺の魔王チ〇ポ叩きから始まったこの騒動の第一発見者にして被害者の一人だ。


城門の外―――「ユカ・オナスナ」の射程外に居たことで無事だったわけか。

ここに構えていたのは誰かの指示?それとも偶然か?


いや、どうでもいい。

彼の嗅覚は破壊したし、戦う魔力も十分にある。

正直言って、フェンリル一人容易く処理出来る。


「貴様ァ!!! 魔王様に続き魔王城までもォ!!! 許さん!!! 貴様は私がココで始末してやる!!! 」


フェンリルは威勢よく啖呵を切りながらも、まだ俺の威嚇脱糞の恐怖からは抜け出せていないようで、睨みつける鋭い眸はかすかな恐怖を帯びている。

だが一歩ずつ、にじり寄るように俺に近づいてくるのは、第一発見者でありながら失神してしまった失態を挽回する為か?

いや、彼の警備兵長としての責任によるものだろう。

そういうひたむきな男だ。だから俺は彼を警備兵長にしたのだ。


「フェンリル。俺はもうお前に危害を加えたくない。だから大人しくそこをどけ」


「黙れ………ッ! 貴様の言葉など聞きたくもないッ! 刺し違えてでもッ貴様を止めるッ!」


フェンリルはすくみ足を剣の柄で殴りつけ、俺の首を討ち取らんと突進する。


フェンリルにとっては自慢の鼻を破壊され、尊厳さえも奪われた仇であろう。

警備兵長としての立場もある。

たとえ実力差が明白でも、たとえ退けと言われても、彼に退くという選択肢は無いのだ。


だが、フェンリルは俺を殺す力は無いし、かといって俺はフェンリルを殺すつもりもない。

俺がこれからすることはまたも彼の尊厳を奪うことになるだろうが、止むを得まい。


フェンリル、君はもう兵士を止めてゆっくりするといい。


迫りくるフェンリルへ向け手をかざし、


「『オドッテマウ』」


「………なッ!? グッ!?―――貴様ァアアア!!!!」


フェンリルは踊ろうとする自分の身体に抵抗するが、俺に刃を届かせることは出来ないだろう。

この魔法が作用する、という事実が実力差を物語っている。


フェンリルは目を見開き、眉間を詰め、顎を広げて咆哮する。

仇敵と戦うことも出来ず、力無き者として見逃されたことに憤り、それをそのままこちらに向けているのだ。


俺はそれ以上は何も語らず、彼を避けて城門を抜ける。


「この借りは必ず返してやる!!! どこまでも追いかけて、確実に見つけてやるッ!!! 貴様とッ!その魔王の臭いがする少女をッ!!」


フェンリルの咆哮を背に受けながら、とにかく東に向かって走り出す。


魔力も半分以上あるし、追撃から身を守ることも十分可能だろう。

自由に空を飛んだり、安全に速く走れる魔法があれば良かったのだが、あいにく魔法には相性というものがある。


ここから最寄りの人の街までどれぐらいあるだろうか?

間違いなく一晩では着かないだろうが、もう一踏ん張りだ。

ここを頑張って、平穏を手に入れる!


―――ん?


「ピヨ? 忘れ物ピヨ?」


「うん………忘れ物、だな。そうなるかもしれない」


フェンリルの言葉が気になり、俺は踵を返して彼の元へ向かう。


あいつは確かに言った。

魔王の臭いがする少女、と。


だが、あいつがベルベルの臭いを知っているはずがない。


寝室に入った時に嗅ぎ分けていた?

いや、仮にそうなら事情聴取の場で何かしら言及するはず………。


となると可能性は一つ。フェンリルは―――



―――嗅覚が復活している!


「フェンリル」


消沈するフェンリルの背中に声を掛ける。

まだ「オドッテマウ」に抵抗しているようで、自由にはなれていない。

フェンリルは唯一自由である顔だけを振り返らせ、


「………! きさm」


「ブレイン・インパクトォ!!!!」


「みぎっ!!!!」


………。


……。


…。


―――「ブレイン・インパクト」

召喚した魔導書の角に魔力を込め、対象の脳天をぶん殴る俺のオリジナル魔法だ。

これを受けた対象は脳細胞がはちゃめちゃになり、大半の記憶を失う。


俺は膝から崩れるフェンリルを抱え、


「よし。………ピヨコ、もう一人担げる?」


「えっ………大丈夫ピヨけど、その人も連れてくピヨ? なんかすごい怒ってたような」


「大丈夫。俺の友達だから。鼻が利くから何でも探してくれる良い人だぞ!」


そういう風に洗脳しよう。

追手を撒くのにも役立ちそうだ。


「えぇ~!? プリンも探せるってピヨ!?」


プリンの臭いなんて分かんのかな………?

いや分かる。そういうことにしとこう。


「………あぁもちろんだ! どこにいたってプリンを見つけてくれるぞ!きっとな!」


俺はフェンリルを持ち上げ、魔障結界の中にいるピヨコに預ける。


「お名前はなにー?」


「フェンリルだよ」


俺が問いに答えると、ベルベルは「う~ん」と悩んでみせ、


「じゃあ『フーちゃん』だね!」



「………良い名前だッ!」


警備兵長フェンリル、君は今日からフーちゃんらしい。

かわいいね。


―――これで魔王軍側の捜索の主力を奪い、俺達は逃走後の防備の要を獲得することが出来た。


これは思わぬ収穫。

そもそも嗅覚は壊れた訳ではなく、一時的に機能を失っていただけだった、ということで命拾いした訳だ。


ふう。危ない危ない。


が、それにしても時間を取られてしまった。


そろそろ「ユカ・オナスナ」も効果が切れる。

しばらくすれば「あいつら」が追ってくるだろう。


だからこそ出来るだけ距離を稼いでおきたかったのだが―――


「モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!」


「ユカ・オナスナ」が切れたことを知覚したと同時、城門から改めて西へ向かおうとした俺達の内臓を揺さぶる慟哭。

直後、「あいつ」がおそらく石柱を破壊しているであろう轟音が響き、それがどんどん近づいてくる。


そして、風を切る鋭い音。

上空を飛ぶ「あいつ」は、音に気付いた時にはもう城壁を超え、瞬く間に俺達の頭上に構える。


「ブウウウウレエエエイイイインンンン!!!!!」


四天王:癖読みのサキュバスに頭上を取られ、そして背後を四天王:怪力のタウロスが猛追する。



―――俺の神級魔法を耐え抜いた猛者二人との二回戦が始まる。



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