第二十四話 四天王サキュバスの崩壊



魔王城の顔たる荘厳な装飾を施された玄関口が漆黒の爆炎に包まれ、轟音を立てて崩壊する。

何度も触れた大扉は豪炎に消え、魔王様の威光を示す石像は衝撃ではじけ飛び、整然と並べられた石のタイルは捲れ上がって中空に飛散する。


そして、ブレイン様―――私サキュバスがかつて愛した男も、その黒炎に飲み込まれた。


私は淫魔人の羽で中空に立ち、多くの兵を従えたまま、ただその様子を見届ける。


誰も口を開く者は居なかった。

総勢四百人近い兵が一同に会しているというのに、その場にあるのは炎がもたらす轟音のみ。


顔がどうしようもなく熱いのは、炎の熱に当てられてなのか?

眸が涙を溢すのは、炎の光にやられてなのか?

口が震えて言うことを聞かないのは、炎に恐怖してなのか?


いや、


―――どれも違うわ。



私は愛した人を、そしてその人を愛してしまった子を葬ってしまったのだ。


あぁ、どうしてこのようなことになってしまったのかしら?


愛した人―――ブレイン様が私に見せていたのは、虚構の姿だった。

二十三年前、貴方に敗れたあの時から、貴方はずっと私を騙していたのね。


魔力と知性に溢れ、いつまでも幼さを保ったお顔立ちで、それでいて―――何と言ってもン!! ン性癖ィイイイイイッ!!!


才覚豊かな貴方なら、世界中のどのような女であっても―――私でさえも望むままに抱き、望むままに捨てることが出来たでしょう。


でもォオオオ!! しなかった!! 貴方は抱かなかった!! 女も男も!! 私でさえもォオオオ!!


なんで!? なんで抱かないの!? おかしいじゃない!? その性欲を持て余す若い身体をどうやって鎮めているって言うのよおおおお!??


―――ンウウ性癖ッ!! セイイイイイイ!!!ヘエエエエエキイイイイイイ―――ッ!!!!


自分。


自分?


自分!


く、狂ってる………ッ!


狂っているううううう!!!! あああああああああああ!!!!


その性を、精を! 決して他人に向けることなくぅ! 自分に………自分ニイイイイ!!!!? イヤアアア嗚呼あああああああああああああああああああああああ!!!!






好きイイイイイイイイイイ!!!!



貴方はいつまでも清廉なのお!

女を知らず、ううん。知ろうとせず!

ただひたすらにその永き青年期を己に費やすのォ!!


恋多き私にとって、貴方はとっても美しく見えた。

まるで無垢な生肌のようで、シミ一つない白絹のようで、血を知らない名刀のようで。


あぁ、貴方はこのまま、永年を清いまま過ごされるのでしょう。

なら、抱かなくても構いません。愛されなくても構いません。


―――ただお側に。



そう思ってた。そう思ってたの。


そうオモッテタノ二イイイイ!!!!!!!!


オモッテタノニ!! オモッテタノニ!!オモッテタノニ!!オモッテタノニ!!オモッテタノニ!!オモッテタノニ!!オモッテタノニ!!オモッテタノニ!!オモッテタノニ!!オモッテタノニ!!オモッテタノニ!!


オモテタノニ~。


「オ゛も゛ッ゛でダノ゛に゛イ゛い゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ―――!!!!!!!!!!!」


「!!??」


「サキュバス様!? どうされましたか………っひい!!」


「あいつは騙しやがったァ! ウンチしないって言ってたのに!!! ウンチしやがったァ!!!それに………それに!ソレニイイイイ―――!!!!」


「お、鎮まりください!!! お鎮まりくださいませサキュバス様ァ!!!」


「アタシ以外の女にイ!!! 手ェ出しやがったアアア!!!! それもオオオ!!! ………女の子」


「うわっ急にスンってならないでください!」


ロリコンだった。

よりにもよって、私が法律を作ってまで滅しようとしたロリコンだった。

無垢な子らを弄び、己の下劣を向ける畜生共の仲間だった。


酷い。酷いわ。


ずっと待ってたのに。

ただお側に、なんて。愛されなくても構いません、なんて。


―――ウソに決まってるじゃない!!!!


貴方は、私が子供を作らない理由を一度も聞いてこなかったわよね。


私、決めていたのよ?


貴方の子を―――


「う゛み゛だい゛ッでええええええ!!!!」


私は両手を天にかざし、それぞれの手に魔力を込める。


「サ、サキュバス!? 落ち着けモー!!! これ以上やったら城が壊れちまうモー!!!」


「お止めくださいサキュバス様! お止めくださいッ!」


周りが五月蠅い。

でもそんなこともうどうだっていいわ。

魔王城? もういらない。


だって―――あの清いブレイン様はいないんだもの。


「死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!! 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろオ!!!!!!」


まだ豪炎が猛る地上へ向け、怒りのままに黒炎魔法を叩き込む。

何度も何度も。

あの人が跡形も残らないように。


「退けモオオオオ!!! 巻き添えにされちまうモオオオオオ!!!!」


「うわああああああああああ!!!!」


魔王城玄関口は完全に爆炎に飲まれ、地面は業火に焼き尽くされ、居館前方の壁が爆散する。


それでも止めない。

魔力が尽きて、動けなくなって、私が死んでしまうまで。


私は黒炎を放ち続ける。


「死ねシネ死ねシネシネシネシネシネシネシネシネシネネシネシネシネネシネシネシネネシネシネシネネシネシネシネネシネシネシネ―――!?」


業火と黒煙の中、ちらりと光る何かを捉え、私の手が止まる。

炎が呼んだ上向きの風が地面を撫で、爆心地の様相が露になる。


視界に入るほぼ全ての地面が焼け爛れている。

が、その地面のごく一部、円形に石のタイルが取り残されていた。


「ありがとうベルベル。これが終わったら何でも言うこと聞いてあげる!」


「え~!? じゃ、じゃあね? ずっと一緒にいて欲しい………!」


「ピヨコは? 何でも言ってくれ!」


「ボクはね~! プリンをい~っぱい食べたいピヨ~!」


分厚い龍のウロコが如き魔障結界に守られた、亜人の少女とヒヨコ魔人。

少女はお腹の前で手を揉んでいて、ヒヨコ魔人はしきりに小さな羽を動かしている。


そして―――


「両方、俺に任せておけ! 絶対に叶えてやる! ………っていうわけだから」


その二人を庇うように立つ、私の猛攻を耐えうる魔障結界を創り出した青年―――元魔王軍参謀ブレイン。

その黒い眸で後ろの二人を撫でたあと、こちらを向いてしたり気に笑う。


「ちょっとそこ、通してもらうぞ」




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



間一髪―――その言葉はこれほど似合う瞬間は無いだろう。


サキュバスの黒炎魔法が空気を焼きながら落ちてくる刹那、俺の手は焦燥と恐怖で震え、鍵を鍵穴に刺すことがどうしても出来なかった。

が、そこで何故か落ち着き払ったベルベルが俺の手から鍵を取り上げ、すぐさま最後の鍵を開けてくれた。


この子は魔王だった頃の力も記憶もないはずなのに、無敵の魔王が戦場で笑うように、まるで自分が死ぬことなどあり得ないとでも思っているかのようだった。

記憶の断片か、それとも彼女が状況を理解出来ていなかっただけなのか。

それは現時点では分かり得ない。


だが、彼女のお陰で俺は、魔力と自由を取り戻した。

身体を魔力が巡るのを感じるや否や、俺はすぐさま手を広げて魔障結界を張る魔法「ウロコヤン・フィールド」を展開。

寸でのところで防御することが出来た。


というわけで、顔色を伺い、逃げ腰で及び腰な逃走劇はお終い。

ベルベルとピヨコにもちゃんと恩返ししないといけないし、俺を脱糞男だの陰茎男だのと罵ったあいつらにもちょっとここらで「参謀のカッコいいところ」ってのを見せてやらないといけない。


「ピヨコ。ベルベルをおんぶしてくれる?」


「分かったピヨ~!」


ピヨコは俺の「お願い」をすぐさま受け入れるが、ベルベルは不服そうに口を尖らせ、


「ずっと一緒って言ったのに~!」


「ちょっとだけ待ってくれる? 元部下のみんなに見せつけてやらないといけないから」


俺は広げた手を動かして魔障結界を縮め、ピヨコとベルベルだけを全方位守る球形に創りかえる。


シャツの腕を捲り上げながら、中空に浮くサキュバスら魔法兵に向き直る。


まずは、二十人の淫魔人、それとサキュバスに空から降りてきてもらわないといけない。

上級重力魔法―――


「―――『オモス・ギヤロ』」


「ギ―――ッ!???」


サキュバス達は下方向への強い引力で浮いていられなくなり、地面に落ちて膝をつく。

元々地面にいた兵士達はその様子をただ眺めていたが、その前線に立つ男―――タウロスが手を挙げて叫ぶ。


「逃げろオオオ!!!!!」


そのタウロスの尋常ならざる咆哮に我に返った兵達だが、その中でもとりわけ血気盛んな武装兵達―――その一人が疑問を呈す。


「タウロス様! この戦力差ですぜ? これで逃げちゃあ魔人の名が廃るってもんでしょう!? 参謀と言えどたかが人間! このまま殺っちまいやしょうぜ!!」


が、タウロスは手に持つ棍棒を地面に叩きつけ、


「お前ら知らねえのかモオ!? 何で参謀が統一戦争後に宰相もやってたのかを!??」


「そ、そりゃあ………賢いからで―――ッ!??」


タウロスは食ってかかる武装兵の脳天を殴りつけ、そいつを担いで後方へ走り出す。


「参謀が『やり過ぎた』からだ! 魔国領の大地をめちゃくちゃにしたのモォ! 火山の噴火が終わらないのモォ!! 雷が止まないのモォ!!! 全部全部!!! 参謀の魔法が原因なんだモォ!!!」


俺は胸の前で手を合わせ、呼吸を整え、魔力を研ぎ澄ませる。


「参謀が宰相―――つまり戦後の復興の為に一人で奉仕させられていたのはァ!!! その責任を取る為なんだモォオオオ!!!」


両腕を大きく開き、研ぎ澄ました魔力を手に凝集。


「『カッとなって天地崩壊男』!!! それが参謀の戦時中の二つ名だモオオオオオ!!!」


魔法のイメージを反芻し、詠唱を開始する。


「神の大地へ剣を突き立てし咎人共に、折棒破玉の鉄槌を下さん―――」


両の手を勢いよく地面に叩きつけ、魔法を発動する。


神級大地魔法―――




「―――『ユカ・オナスナ』」



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