第二十三話 ピヨコと少女とゲロと鍵
―――魔王城大扉前
城門から伸びる石畳の脇に魔国領特有の紫や赤の植物類が生い茂る。
その突き当りには金の縁に彩られた赤い扉―――魔王城居館の大扉がある。
魔王を模して作られた巨大な石像に囲われ、来訪者を威圧と共に歓迎する魔王城の玄関口。
その大扉の前で、俺達は大勢の兵士に包囲されていた。
相手は精鋭含めた二百人近い戦力、かたや俺達は三人ぽっち。
空に魔法による遠距離攻撃を得意とする淫魔人の部隊が構え、地面には大柄な武装兵が今にも飛び掛からんと唸り声を上げている。
攻撃が始まれば一瞬で消し炭にされてしまうだろう。
だが、彼らは俺達に手を出せない。
何故なら―――少女を人質にしているからだ!
「当たっちゃうよォ!? それでもいいの!? 攻撃しちゃうのォ!? 『ロリコン殺し』のサキュバスさんよォ!!」
「くっ! なんて卑劣な………ッ! 魔法兵! 斉射準備の状態を継続せよ! 私の指示があるまで決して打つな! タウロス! 分かっているな!?」
「………分かってるモー。オメエら!! モーが合図するまで動くなモォ!!」
俺の人質作戦はバッチリ効果を発揮し、サキュバス、タウロスの両四天王は攻撃指示が出来ず、強行する兵士も居ない。
よし。これで考える時間が出来たが、大事なのはここからだ。
まず、この人質作戦は明確な弱点がある。
それは―――俺達にベルベルを害する手段が無いことだ。
魔法による攻撃はベルベルを巻き込む恐れがある、というのが魔法兵が攻撃してこない理由であるが、武装兵達は突撃してこないのは俺達が少女に危害を加える可能性がある、と考えているからだろう。
しかし、実際俺達に少女を傷付けることは出来ない。
俺はそもそも手足を動かせず、ピヨコは多分人質とかよく分かってないし、ピヨコが少女にケガをさせるところなんて絶対に見たくない。
ピヨコは他の兵士にとっては「あのぺギルが指名した拷問官」だと思われていることがこの作戦の弱点を補っており、ピヨコがただのふわふわであるとバレてしまえば完全終了だ。
その為、サキュバス達にはピヨコが悪辣な狂人であると誤解させ続けなければならない。
よって、まずはピヨコに狂人っぷりをアピールしてもらおう。
俺は「ピヨコ!」と小さな声で呼ぶ。
「なにピヨ~?」
ピヨコは元気に応えてくれる。
うん。アホバレちゃうからちょっと抑えてね?
「とりあえず、ベロ出しながら俺の肩揉んで、なんか歌っといて!」
「分かったピヨ~!」
またしても元気な返事をしたピヨコは俺の肩を揉み始め、ベロを出すと、
「ヴぃ~ヨヴぃヨヴぁあ~! がぶばヴぇヴぉヴぃ~!!!」
「!!??」
ただ言われた通りにベロを出して歌っているだけの可愛いピヨコが、包囲する彼らにとっては異常な表情で突如として何かを歌い始めた拷問官に見えているだろう。
「な、何か唱え出したぞ!? 」
「それにあの顔見てみろよ!? 理性を全く感じねえ!!!」
「あ、あいつって拷問官だろ?しかもぺギル様が直々に指名したっていう………!」
「ま、まじかよ!? ………どうやらホンモノのイカレ野郎みてえだな」
兵士達は口々にその異常性を周囲に訴え、すぐさま全兵に浸透する。
「ヴぃ~ヨっヴぃ~ヴぁあ! ぶヴぃんのヴょ~!!!」
「サ、サキュバス様!………あれは一体?」
「わ、分からないわ! ただ拷問官に相応しい『狂人』であることは確かなようね………ッ!」
百戦錬磨のサキュバスでさえもその眸には恐怖が宿る。
「ヴぃよヴぃっヴぃ~ヴぁああ! ヴょうまさ~ん!」
「!!??」
ベロを途中で仕舞ってしまったようで、このピヨコの歌中でも屈指の異常歌詞「おうまさ~ん」の一部がはっきりと発音されてしまう。
俺はすぐさまアホなだけの歌であるとバレないようにピヨコにベロを出させるが、
「び、びょうま、さん………って言ったのか?」
「びょうまさん………病魔さん!? ま、まさか―――ッ!」
「モォ………間違いねえモ~ッ! アイツは呼んでやがんだモォ! 全身を瘴気に覆われ、『病魔の具現化』とも呼ばれる魔獣―――ガチクサデビルをッ!!」
「そ、そんなのッ! 少女だけじゃない………俺達、いや魔王城全体を病に侵すつもりってことじゃないですかァ!?」
何やら大きな誤解が生じてしまったようで、兵士達はもはや俺やベルベルは視界に入っておらず、後ろで「病魔を呼んでいる」ピヨコへの警戒を強めている。
ちょっと、効果ありすぎかなぁ?
これが原因で「もう殺すしかない」とかならないよね?
大丈夫だよね?
………ちょっと釘刺しとこっか!?
「少しでも近づいて見ろォ!? 少しでも近づいたらァ!! このピヨコさんがガチでガチクサデビル呼んじまうぜェ~!?」
「かき草えび? 美味しいピヨ?」
「……あとで教えてあげるから、今は歌ってて! ベロも出してね?」
「分かったピヨ~!……ヴぃ~ヨヴぃヨヴぁあ~!」
「呼んじまうぜェ~!? 絶対に近づくなヨォ~!!」
とりあえず効果があったようで、最前に立つタウロスを含めた武装兵が二歩後退する。
ただ兵士達の恐怖心が想像以上に膨れ上がっていそうなのが不安だが。
よし。これでひとまず人質作戦の補強が出来た。
次にやることは、俺を無力にしているこの魔封じが施された拘束の解除だが―――。
どうしようか?
衝撃を与えて壊す、なんてことはずっと考えていたが、今考えてみるとかなり難しいのではと思う。
なにせピヨコにぶん回されて、兵士に、そして地面に叩きつけられたのに、とくに損傷している形跡がないからだ。
そうなると、やはり鍵で開けるしかない訳だが、それはピヨコの腹の中だし………。
「う~ん」
俺が悩ましく呻いていると、膝に座るベルベルが何やら気付いたようで、
「ブレインまたお顔汚れてる~! 拭いてあげるからん~!ってして!」
「え、うん。ん~」
これでベルベルに顔を拭いてもらうのは三度目だな。
一回目はタウロスにブっ飛ばされて、二回目は階段で顔を打って。
そして三回目は………ピヨコにぶん回されてゲロ吐いたから、だな。
いつもワンピースの裾で拭くから今度はワンピースが汚れちゃってるよ。
世話焼きなのに自分の服の汚れに無頓着なんて、なんともいじらしいことだ。
ん?何か―――そうか。ゲロ。
ゲロだ!
「ベルベル!ちょっとお願いがあるんだけどいい?」
「いいよ! 何~?」
俺はベロ出し歌唱中のピヨコの口を見つめながら、
「ピヨコののどちんこをはちゃめちゃに触ってほしい!」
「………いいよ!」
ベルベルはほんの少し躊躇ったが、どうやらやってくれるらしい。
いい子だ。これが終わったら何でも欲しい物買ってあげちゃう。
「ピヨちゃん。ちょっとあ~んして!」
「え? あーオゴオオッ!?」
ベルベルは俺のふとももに立ち、ピヨコの口に手を伸ばしている。
ピヨコの苦しみ様から、おそらくのどちんこを鷲掴みにしていることだろう。
「オゴッ! ゴボッ!」
頭上からピヨコの嗚咽が聞こえてくる。
我慢するなピヨコ! もう全部―――吐き出してしまえ!
鍵とか、鍵とか、鍵とかさあ!
「オゲピヨオオオオオ!!!!」
刹那、頭上からピヨコのゲロが降り注ぐ。
おそらく何らかのタマゴ料理であっただろうそれらは、例え可愛いふわふわのピヨコから出たものと言えど、目を覆いたくなるモノだった。
しかし俺は一切の瞬きをせず、降り注ぐゲロの中から一つの金属―――拘束を解く鍵を探すべく目を凝らす。
そこには色んなあるはずの無いモノが含まれていた。
何かの包み紙や、小さなボール、魚の形をしたおもちゃなど、胃の中にあってはいけないものが出てくる。
やっぱ赤ちゃんじゃん!
ダメだってこんなの飲み込んじゃあ!
あとでちゃんと教えてあげないと。
食べ物以外は食べちゃダメだよ~って!
―――だが肝心の鍵が無い!
いつまで経っても鍵が出てこない。
まさか消化した?
いや、さすがに魔人と言えど金属は難しいはずだが?
「あっ!」
ベルベルが何かを見つけたようだ。
もしかして、俺が見つけられなかっただけか?
「なんかベロの裏に隠れてたよ~!」
少女が再び俺の膝に座ると、ドロドロの手で握るモノを披露する。
「鍵だッ!!」
「探してたもの?」
「そうだ!偉いぞベルベル!」
「ふふふ!」
まさかベロの下にあったとは………。
ピヨコは飲んじゃったって言ってなかった?
アホすぎて分かんなかったってこと?
いやさすがにそんなはず………あるな。
だってピヨコだもん。
まあそんなことどうだっていい!
鍵が出てきた!
これで俺は自由になれる!
「ベルベル! お願いばっかりでごめん! もう一つお願いなんだけど、この鍵で俺の手と足を留めてるモノを外してほしいんだ!」
「い~よ! ちょっと待っててね!」
少女は二つ返事で了承し、早速右手の拘束の解除に取り掛かる。
拘束は四つ。
これを攻撃される前に解除出来れば、俺の魔王城脱出は現実のモノになると言っても過言ではない!
「よ~し!一個目開いた!」
「早い!さすがベルベルだ!賢い!次は左をお願い!」
「分かった~!」
順調だ。このまま………このまま行ってくれ!
そして、そのまま二つ目の解除が完了。
手が自由になった俺はベルベルから鍵を受け取り、自分で解除に取り掛かる。
鍵自体は簡単な作りだ。
鍵穴に刺して、回すだけ。
時間にして十秒かかるかどうかだろう。
三つ目、左足の鍵穴を見つけ、そこに鍵を差し込む。
そして回す。
「よしっ!三つ目! あと一つだけ!」
魔王軍にも目立った動きはなく、どうやら俺達の勝ちらしい、とそう考えた時だった。
「………ブレイン様」
サキュバスが俺が捕まるまでの呼び方で呼ぶものだから、つい手を止め、サキュバスの方を見上げる。
「私………決心致しましたの」
その声は決心したという言葉とは裏腹に震え、弱々しさを感じさせるものだった。
その違和感に得も言われぬ恐怖を感じた俺は、急いで四つ目の鍵穴に取り掛かる。
「貴方もぉ………その子もぉ………そして私もォ!!! み~んなここで―――死ぬのォ!!!!」
抑揚の乱れたサキュバスの叫び。
サキュバスは両手を天に掲げ、魔力を貯めている。
俺は焦りと恐怖で鍵を持つ手が震え、鍵穴に上手く差し込めない。
ヤバいヤバい!
何かデカいのを打つつもりだ!
どうにかして時間を稼がないと!
「この子がどうなってもイ」
「もう良いのォ!!! み~んな騙されてッ! み~んな不幸なんだものッ! ここで全部私が終わらせて、その後に私も死ぬのォ!!!」
ダメだ!
サキュバスはもうヤケになってる!
早くしないと!
くそっ!早く早く早く!
「上級黒炎魔法―――『マージム・ヤンデレア』」
淫魔人特有の黒い炎を扱う魔法。
その最大火力を誇るドス黒い大火球が、俺達を空間ごと―――
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