第二十二話 やっべえぞ②


「ピヨコッ!!走れェ!!!厨房から逃げるぞ!!!」


「え!? あ! 分かったピヨ!!」


いい返事とは裏腹、絶対に分かっていないピヨコに押され、俺が乗る車椅子が食堂の中心を走る―――兵士が待つ正面扉に向かって。


「こっちじゃない! 後ろ後ろ!! ピヨコォ!?」


「大丈夫ピヨォ! 頑張って走るピヨッ!!!」


「ダメダメダメ!!!」


食堂の奥にいたこともあり、周囲には二百人以上の兵士。


「逃げられると思うなぁ!! この異常脱糞男がぁ!!!」


正面扉は俺の脱糞の臭いで鼻を負傷した狼魔人の警備兵が、並々ならぬ闘争心で待ち構えている。


そしてピヨコの足は―――短くってもうすーっごい遅い!


「捕らえろォ!!!」


「ピヨ!?」


周囲の兵士にすぐに包囲され、ピヨコは驚きを隠せない様子。


当たり前だろうが!

なんで兵士いる方に行っちゃうんだこのアホヒヨコ!


が、ピヨコの非を咎める時間なんて用意してもらえるはずもなく、兵士達が一斉に襲い掛かる。


何か策はないか、俺は悪あがきに考えを巡らせるが、打開策無しの絶対絶命の状況に歯を食いしばる。


そんな時、急に身体に浮遊感を覚え、ハッと我に返る。


「ピヨオオオオオ!!!!」


「おいおいおいおい!???」


すると、ピヨコが俺を車椅子ごと持ち上げていた。

俺は強い不安を覚え、ピヨコに声をかけるが、それは動転したピヨコには届かない。


そのままピヨコは床に足の爪を食い込ませ、俺を持つ両手を高く掲げて振りかぶる。


「待て待て待て!? ピヨコ!? ピヨコちゃん!?」


ピヨコに掲げられ逆さまになった俺はピヨコを制止すべく叫ぶが、どうやらもう遅いようだ。

ピヨコは近くに群がる兵士達へ向け―――


「ブレイン様はぁ! ボクが守るピヨオオオオオ!!!」


―――振りぬく!


「ぎゃああああああ!!!」


十数名の兵士がピヨコが振るう大型の武器に薙ぎ払われ、中空に投げ出される。

大型の武器である俺は、椅子の背もたれ越しに感じる衝撃と、いつかピヨコが手を滑らせてしまうのではという恐怖に襲われ、泣き叫んでいる。


「怯むなァ!! たかがヒヨコ魔人一匹!数で押しきれ!!」


「うおおおおお!!!」


「ピヨオオオオオ!!!!」


ピヨコは一心不乱に俺を振るい、飛び掛かる兵士を吹き飛ばしていく。

俺は遠心力でもう内臓が全部出ちゃうじゃないかという圧力に襲われていた。


「ダメです!このヒヨコ、とっても力持ちです!」


「クソッ!! 数だ!もっと大勢で行け!!」


上級兵士に指示され、三十人程度の兵士がピヨコに襲い掛かる。

数が増えたとかそんなこと考えられず、ただ混乱に後押しされたピヨコは俺を振り回し続け、そして兵士達を飛散させていく。

それと共に俺の胃から出たカレーも飛散する。


「い、一旦退け!」


後ろに控えていた上級兵士がそう告げた時、


「え?」


ピヨコの手から、俺が投げ出される。

俺は前を囲む兵士達をなぎ倒しながら、正面扉に向かって飛ぶ。


「んうぎいいい!!!」


俺は正面扉手前まで飛んだところで地面に叩きつけられ、身体に響く衝撃に呻く。

拘束椅子に固定されていた車輪の付いた棚は地面と強く接触したことでバラバラになり、俺は全く身動きが取れない。


「……と、捕らえろォ!!!」


「は、はい!!!」


正面扉で待ち構えていた狼魔人達は、ピヨコが守るはずの俺を投げ飛ばしたことにしばし仰天していたが、一足早く自分を取り戻した男の声を受けてにじり寄る。


俺は倒れたまま、しかし拘束された状態で動けない。

ピヨコもこちらに向かっているが、足が遅くて間に合わない。


俺は絶対絶命の中、彼ら狼魔人の一つの可能性に懸ける。


「………いいのか貴様ら?」


「な、何がだッ!?」


「こいつの言うことは聞くなッ! 早くとらえ」


「………すっぞ」


「い、今なんて言った………ッ!?」


「聞こえなかったか!? じゃあもう一度言ってやるよ!」


俺は精一杯姿勢を上げ、狼魔人全員の顔を見渡し、


「『脱糞すっぞ』って言ったんだあああ!!!」


「ひいいいいいいい!!!!」


狼魔人達は鼻を抑え、悲鳴をあげて腰を抜かす。


よし。上手くいったようだな。

俺の窮地脱出の一手―――脱糞トラウマ作戦がなあ!


俺の脱糞魔法「クソデルフィア」が残したウンチの臭いを嗅ぎ、現場に駆け付けた狼魔人全員が鼻を負傷した、とガニマタが報告していた。

つまり、俺の威嚇脱糞を受けたフェンリルほどではなくとも、俺の脱糞に対して恐怖を感じているはず。


俺はこいつらが食堂に入ってきた時、その全身から漲らせる闘争心を見た。

そして、それが俺に対する恐怖心の裏返しであると見抜いた!


実際、俺はカレーライスを食べたばかりでウンチは出せない。

が、こいつらの仮初の戦意を引っぺがすには十分!


この脱糞トラウマ作戦で、ピヨコが追いつくまでの時間を稼ぐ!


「道開けろオラァ!! 脱糞すんぞ!? あん時よりデケえクセェの出してやるよ!!」


「ひ、ひぎいいいいいい!!!」


「あ、出ちゃうな? これ出ちゃうわ!!」


「や、や゛め゛でぐれ゛………やめで」


よし。いいぞ。

ここでトドメだ!!


慟哭脱糞フェイント!!


「があああああああああ!!!!」


「―――!」


狼魔人達は完全に自失し、泡を吹いてその場に倒れこむ。

俺はすぐさま身体をよじって周囲を見渡すと、ピヨコの近くに給仕用のワゴンを発見する。


「ピヨコォ!! ワゴンだ! あれに乗せてくれ!!」


「ワゴン?」


「ピヨちゃん!あっち~!」


「! 分かったピヨ!!」


ピヨコはそのままワゴンを押して、俺の元に到着。

俺をワゴンに乗せ、大広間に出る。

大広間にも数十名の兵士がいたが、大勢の兵士をなぎ倒したピヨコと、狼魔人を叫びで倒した俺の勢いは止まらない。


「囲めかこぐわあああああ!!!」


ピヨコはワゴンからすぐさま俺を持ち上げ、近づく兵士を殴りつける。

殴りつけたあとはワゴンに俺を乗せ、勢いそのままに走り出す。


「とりあえず城を出るぞ!! 」


「分かったピヨ!」


「分かった~!」


ここへ来てピヨコとの呼吸が合ってきた。

これならなんとかなるのでは?という期待感が高まり、俺達なら何でも出来る気さえしてくる。

もしかして俺達、親友だったんじゃないか?


俺とピヨコは大広間を突っ切り、魔王城の大扉へ向かう。

ピヨコは走り出しは遅いが、勢いが乗ってくるとそれなりに速いな。


それにしても、ピヨコがあんなに強かったとは意外だった。

知能が低い魔人ほど力持ち、という通説はピヨコにも当てはまるようだ。

でもピヨコはプリンを食べてニコニコしているのが似合う。

俺の為にごめんな? 優しい可愛いピヨコよ。


思わぬ収穫があったところで、これからのことを考えねば。


まず、このまま逃げ切れるとは到底思えない。

そこらの兵士ならまだしも、魔法による遠距離攻撃を使う淫魔人などに追われれば完全に捕まってしまうだろう。


とすれば、やはりこの拘束をどうにかせねば。

こうなりゃケガ覚悟で壊すしかないか………?


―――ん?


そういえば、元気な返事が二つあったような気がしたが?


「ピヨコ。なんか、もう一人いないか?」


「いないよ~!」


元気な声、しかしピヨコではない声がピヨコから聞こえてくる。


「………今のピヨコ?」


「ボク喋ってないピヨ!」


この元気な声、どこかで………はっ!?


「ベルベル!?」


身体をよじって振り返ると、ピヨコの背中側から「バレちった!」と声がして、そこから金髪に赤い角の少女―――ベルベルが茶目っ気たっぷりに顔を出した。

おそらくピヨコの背中にしがみつき、ここまで着いてきたのだろう。


「なんでついてきた!?」


俺は思わず声を荒げる。


「だってブレインと一緒に帰るんだもん!」


ベルベルはピヨコの背中から身を乗り出し、目いっぱい険しい顔で対抗する。


「俺と一緒にいちゃ危ないんだ!! 悪いことは言わない! 早く降りろ!」


「イヤだ!」


「言うこと聞いてくれ! ベルベルの為に言ってるんだぞ!? 本当に危ないから!」


「イヤイヤイヤ!!! ブレインと一緒にいるんだ!! 絶対に離れない~!」


くそっ! 見た目も性格も変わったが、言い出したら聞かないのは魔王のままじゃないか!

一番嫌いな部分引継ぎやがってこの聞かん坊娘が!


どうする? たとえこの城を無事脱出出来たとしても、当分の間は逃亡生活となるはずだ。

その時に子供を連れていくのは足手まといになることが容易に想像出来る。

それに、俺はすぐ愛着が湧いてしまうから不用意に行動を共にしたくない。


やっぱり無理矢理にでも引き剝がして―――いや待てよ?


………ある。あるぞ!

この子と行動する価値はある!


ベルベルはこの魔王城脱走計画の切り札になる!


ふふふ。

となれば仕方あるまい!


「分かった。じゃあ一緒に行こう! 」


「やった~!」


「でも一つだけ約束してくれ! 一緒にいる代わりに、ちゃんと俺の言うことを聞くこと!いい?」


「分かった!」


ベルベルの元気な返事になんとなく不安を覚えてしまう。

まあ原因はピヨコという返事だけは良いアホがいるからだろうが。


この子の性格は優しくて世話焼きで頑固、といったところだが、頭の方は今のところ分からない。

とにかく賢かったらいいんだけどなあ。


「じゃあ早速一つやってほしいことがある。もし………」


少女と一つの決めごとを打合せしているうちに、大広間、もとい魔王城居館の終着点であり、最終関門:魔王城屋外の開始地点である大扉へ到着する。

このまで割とあっさり進んでこれたことが逆に気がかりではあるが、ここを乗り越える以外に道は無い。


「開けてくれピヨコ!」


「分かったピヨ!」


ピヨコがドアに手をかけ、大扉をゆっくりと開く。

その間、俺は深く深呼吸をし、心を整える。


ドアが開かれ、屋外の様子を視界に捉える。


そこには―――


「モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!」


「ウオオオオオオ!!!」


魔国領随一の武力を誇る四天王:牛魔人タウロスとその配下二十人の精鋭武装兵。

そして百人以上の魔王城駐屯兵が並び立ち、タウロスの雄叫びに呼応している。


拘束された罪人とヒヨコ魔人の二人にはどう見ても過剰戦力。

だが、戦力はそれだけに留まらない。


「罪人ブレイン! 抵抗せず、速やかに投降しなさい」


魔国領の空の支配者とも謳われる四天王:淫魔人サキュバスとその配下二十人の精鋭魔法兵。

彼女らは空を飛び、既に魔法の詠唱を済ませたようでその魔力を帯びた手をこちらにかざしている。


正直大部族とだって戦争が出来る戦力だ。

こんなのを二人で、しかも魔法はおろか身動き出来ない状態で相手取るなんて常軌を逸している。


抵抗即ち死、通常ならばいくらでも投降してやる。

でも、俺は投降しても拷問して処刑なんだよなァ!

投降なんてしてやるかよ!


だから、こういう時の為のとっておきだ。

こういう時の為に連れてきているんだよ!


「おいおいおい!! サキュバスさんよお!? そんな『コト』したら当たっちまうぜえ!?」


「………この期に及んで一体何を。魔法兵!斉射準備!」


「何をって? 決まってんじゃねえか! 魔法が当たっちゃうよって言ってんだァ!」


ベルベルに目配せをすると、ピヨコの背中から俺の膝の上に飛び乗る。


「―――このいたいけな少女によォ!!!!」


魔王城脱走作戦最終関門:完全包囲。

この絶対絶命を「いたいけ少女人質作戦」で乗り切る!


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