第十七話 ピヨコちゃんの夢ってな~に?
拷問部屋という名の密室、椅子に縛られた俺、ニコニコふわふわのデカいヒヨコ―――何も起きないはずがない!
が、事実として何も起きていなかった。
今のところ、ただヒヨコ魔人のピヨコから昨日誕生日だったこととプリン好きなことを教えてもらっただけ。
「ふふふふ!」
ピヨコはまだ座ったまま羽を動かして笑っている。
そんなに嬉しかったのか。いよいよ本当に可愛いね。もう拷問官辞めろお前。
しかし、収穫、とまではいかないものの、ぼんやりとした手がかりのようなものは掴むことが出来た。
正直なところ事情聴取の後半、ライオネルがイキイキとしだしてからはもう死ぬ覚悟だった。
その後はとにかく拷問を避ける為に努力したが、それも叶わず今ここにいる。
絶体絶命とかではなく、純然たる「人生終了」のはずだった。つい先ほどまでは。
ぺギルが用意した拷問官であるはずのこのふわふわは、部屋に入ってから拷問どころか俺に触れてすらいない。
ただ可愛くて、丸くて、大きいだけのアホであることが概ね確定し、こいつを上手く誘導出来れば逃げる機会を作れるのではないか、という小さな希望が産まれたのだ。
具体的にどう持っていくか、というのはこれから考えないといけないので、目下の目標としてはこいつに「拷問しよう」と思わせないこと。
とにかく今後の方策を考える為の時間を稼ぎ、筋道が立ち次第―――ピヨコを出し抜く。
とりあえず、こいつがニコニコ座っているうちにこの部屋の観察をしよう。
この部屋―――拷問部屋は、俺が固定されている金属製の魔封じ拘束椅子、それと魔法照明が置かれた小さな空間だ。
窓はなく、脱出するとなれば出入りする扉をくぐる他ない。
数年前まではそれはもうたくさんの拷問器具が配備されていたのだが、長年魔王城の拷問官を務めていた「殺人ビンタちゃん」が寿退職した際に何故か全部持って行ってしまった。
その為、ピヨコが持ってきた棚こそが俺が警戒すべき物ということになる。
そういえば、ピヨコが俺に背を向けて棚の上でカチャカチャしていた。
おそらくそれが俺に使われる道具………正直怖いが、見てみたい気持ちもある。
怖いもの見たさ、そんな興味が俺の目を棚へ向けさせる。
そこには―――食べかけのプリンがあった。
こいつ何かやってると思ったらプリン食ってやがった!
普通拷問部屋でこれから拷問するぞって時にプリン食うか普通?
残してるってことはあとで食べるの? 拷問した後に食べるの!?
イ、イカレてる!
もしかして拷問の時だけ豹変する子なのかな?
ヒャッハーしちゃう系の子なのかな?
そう考えたらこのニコニコも邪悪なものに見えてきた。
イヤだな~。可愛いままでいてほしいよ俺は。
ダメだ。こいつがただのアホではない可能性が出てきた。
こんなんじゃ不安で作戦なんて考えてられない。
よし。まずはこのヒヨコが可愛いアホなのか、それともアホ可愛いの皮を被った狂人なのかを見極めねばなるまい。
相手の人となりを見極めるには、そう!会話だ。
まずは、相手の好きな話題で懐に入り込む!
「プリン、好きなの?」
「う~ん。イチゴも好きピヨ!」
「………イチゴが好きなんだね。美味しいもんね」
「う~ん。一番好きなのはフェニックスピヨ!」
ふぇ、フェニックスだと!?
魔国領の火山地帯に生息する大型の鳥の魔獣―――!
コイツ、食ったってのか? ヒヨコのクセになんてことやりやがる!
やっぱりイカれてやがるぜこいつぁよぉ!
「フェニックスって美味しいの?」
「ププー! 鳥なんか食べるワケないピヨ~! カッコいいから好きなだけピヨ~!」
「………そっか!」
あぶねえ、拘束されてなかったらぶん殴るところだった。
こいつプリン食ってること忘れてんのか?
………まあいい。収穫があった。
コイツはフェニックスに憧れているらしい。
二十歳にもなって魔獣に憧れてるなんて、絶対にアホだ。
もう驚くくらいに地に足ついてない。ヒヨコなのに。
もう決めた。アホってことでいいや。
こいつに見える異常性はこれ以降アホだから、ってことにしよう。
しかし、このふわふわのフェニックスへの憧れ―――利用できないだろうか?
フェニックスという魔獣は、いうなれば「でっかくて燃えてる鳥」だ。
こいつが言うフェニックスのカッコよさ、というのはおそらく「飛べること」と「燃えていること」。
どうせ「燃えてて飛んでてすっごいピヨ~!」とか言うんだ。
俺はチ〇ポ叩きの為に数々の強化魔法を覚えているから、こいつを「燃やして飛ばす」ことは出来る。
まあ自由に飛び回るフェニックスのようにとはいかないが、こいつはアホだし何とかなりそうだ。
となれば、だ。
こいつに「フェニックスにしてやる」ことを条件に逃走に協力させることが出来るのではないか?
普通の兵士、もとい大人であればこんな話一蹴されてしまうだろうが、大丈夫だろう。
なにせブランコ乗りながらデカい虫見て休みを過ごしているようなヤツだ。
よし。そうと決まれば早速取り掛かろう。
魔王城逃亡作戦 第一関門:ピヨコ懐柔の開始だ。
「ピヨコ、フェニックスになりたいか?」
「えっ! なりたいピヨ!なりたいピヨ!」
ピヨコはそれはもう盛大に目を輝かせている。
想像以上の食いつきだ。これはいける。
「そうかなりたいか! なりたいよなぁ? だってフェニックスはあんなにカッコいいものなぁ!」
「そうピヨ~! フェニックスは燃えてて飛んでてすっごいピヨ~!」
想像以上に想像通りだ。やっぱ可愛いな。
「そんなフェニックスに憧れるピヨコを、俺はフェニックスにすることが出来ます!」
「えぇ~!!? ピ…ピ…えぇ~!!?」
見るからに狼狽している。
あまりの驚きに全身の羽毛が広がってもうふわっふわだ。
ここで仕掛けるか。
「だが………、今の俺には出来ない。何故だか分かるか?」
「え!? え!? 出来ないピヨ!? え!? 分かんないピヨ~! どうしよどうしよ!? ピヨ~!!」
俺がわざとらしく声を落とすと、ピヨコの狼狽は頂点に達する。
拷問部屋を走り回り(足が短いから遅いが)、羽毛が飛散する。
このまま放っておけば毛無しのつるつるてんになってしまいそうだ。
可愛くてもうちょっと見ていたいところだが、次に進もう。
「それはな?俺が今、拘束されて動けないからだッ!!」
「ピヨ!? 」
ピヨコの目が困惑に震えている。
どうやら気付いたようだな。
自分がフェニックスになる為には、拘束された目の前の罪人を解放しなくてはならないことに!
「ピヨコ、俺は君の夢をどうしても叶えてやりたいんだ。君ほどの優秀なヒヨコの二十歳の誕生日、お祝いするのにプリン二つでは足りない。でも、動けない!君の夢を叶えてやれないんだッ!」
「ピ、ピヨォ~」
俺の悔恨の演技に遂に座り込んでしまったか。
準備は上々、仕上げにかかろう。
「クソッ……! ピヨコがこの拘束を解いてくれればッ! ピヨコをフェニックスにしてあげられるのに………ッ!!!」
「ピ………う」
そうだ!それでいい!揺れろ!
「ピヨコ!」
「ピ!?」
「俺の拘束を解け!」
「で………でも」
「待っているだけじゃ飛べない! 願うだけじゃ火はつかない!」
「ピ……」
「プリン二つじゃ―――大人にはなれない!」
「―――ッ」
傾け!そしてこちらに来い!
「俺を選べピヨコ! 夢を叶えろ! 俺が背中を押してやる!」
「―――!」
「異世界の船長ネッダルーナ・カチトーレは言った。『触れば訴えられん?』。意味は―――
―――『度胸を決めろ』だ」
言いたいことは言った。
あとはお前が決めろ、ピヨコ。
フェニックスになるのか、それともプリンで満足する人生を送るのか。
―――答えは一つだろうが!
「ちょっとよく分かんなかったピヨ~」
「………」
刺さらなかったみたいだ。
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