第十八話 ピヨコの懐柔 ~無限説明編~
「う~ん。じゃあ『待ってるだけじゃ火がつかない』っていうのはどういう意味ピヨ?」
「それはね? ピヨコちゃんが、フェニックスになりたいよ~って言ってたでしょ?」
「うん」
「フェニックスって飛んでて、燃えてるでしょ?」
「うん」
「それで、フェニックスになりたいなら自分から行動しないといけないよ~って。待ってても、飛んでて燃えてるフェニックスになれないよ~って。そういう意味で言ったの」
「あ~!………ピヨ?」
「うん。もう一回説明するね?」
魔王城地下:拷問部屋。
ここに入ってから、もうだいぶ時間が経った。
時計なんて無い為あくまで体感だが、もう日を跨いでいる気がする。
そんな気がするくらい、俺は同じ説明をピヨコにしている。
この真っ黄色のふわふわピヨコは、むつかしい言い方が苦手だったのだ。
遠まわしな表現とか、例えとか、そういうのは「おっきな虫」くらい苦手なんだそうだ。
さっきから俺の話を座って聞いて、時折頷いてはいるのだが、ちっとも分かってくれない。
目を見て聞いてくれるから、いい子ではあるんだろうなぁ。
俺はというと、張り切って異世界召喚者から聞いた誰かの名言を引用しちゃったりしたのに、もうな~んにも伝わらなかったから顔は真っ赤。
こんなことになるならもっと簡潔にすれば良かった。
俺の拘束を解いてくれればフェニックスにしてあげるよ~って。
………今からでも言ってみるか。
「俺の拘束を解いてくれたら、ピヨコちゃんをフェニックスにしてあげるよ~!」
「えぇ~!分かったピヨ!」
いけたわ。
俺考えすぎなのかな?
今思えば脱糞なんかせずにチ〇ポについて逃げれば良かったんだ。
いや「後悔したら勃たず」とも言うし、過去のことはもういい。
これから、これからだ。
次からはあまり悩み過ぎないよう心掛けよう。
にしても、やけに軽く了承したなこいつ。ちょっと心配。
―――いや考えすぎるな!
「じゃあ外してくれる?」
「分かったピヨ~! ………フぅ~ん!」
ふぅ。どうしたもんか。
ピヨコは頑張って外そうとしている。
頑張ってるのは認めるよ?だって「フぅ~ん!」って言ってるし。
でも、腕ずくじゃあ開かないよ?
それに君ヒヨコでそのちっちゃな羽しかないんだから、ソレは向いてないよ。
こういう拘束具っていうのは、鍵があるものなんだ。
そしてそういう鍵は拷問官の君が持ってるはずなんだ。
―――まさか鍵を持っていない?
だとすると取りに行かせるか? 誰が持っている?
やはりぺギル?
あーダメだ! また考えすぎてしまった。
このふわふわはこういう時、鍵持ってるのを忘れてたりとか、そういううっかりやっちゃう子なんだ。
「たぶん鍵で開けるんじゃない?」
「………あ~! そうだったピヨ! 鍵持ってきてたピヨ! 待っててピヨ~」
ピヨコのご両親、育児はさぞや大変だったでしょう。
でもご安心ください。元気でとってもいい子です。
「やっぱりブレイン様は何でも知ってるピヨね~!ふふふ!ふふふふ!」
ピヨコは小さな尻尾をしきりに振りながら、持参した棚の中を探している。
あっ、今プリン食ったな?
「見つかりそう?」
「うん! 確かこのへんに………あったピヨ~!」
「「いえーい」」
ピヨコが拘束椅子の鍵を掲げると共に喜びを分かち合う。
なにはともあれ、といったところだな。
色々と回り道した感は拭えないが、「拷問して殺される」のを待つだけだったことを考えれば奇跡的な状況改善だ。
順調そのもの。あとはどう逃げるか―――そう先のことを考えた瞬間だった。
「あっ」
ピヨコが鍵を床に落とした。
「落としちゃったピヨ~」
「も~ピヨコったら!」
「ふふふ!」
「「ふふふふ!」」
そう笑い合いながら、ピヨコが鍵を拾いあげるのを待つ。
「ん。んっ!………ふふふ!」
「……も~!焦らすなよ~!」
ピヨコが鍵を拾い上げるのを待つ。
「ん? んんっ!……ピヨッ?………ありゃりゃ!」
「………も~!」
拾い上げるのを待つ。
「ありゃりゃ~。あ………ありゃりゃ~」
「………」
「とれないピヨ」
ピヨコは鍵を拾い上げることが出来なかった。
床に平べったくて小さな鍵。
丸々太ったふわふわな身体。
短くしゃがむのに向いていない足。
そして短くてふわっふわの手、というか羽。
ピヨコの身体は細かい作業や小さいものにすこぶる相性が悪かった。
さすがのピヨコも悔しかったみたいで、お腹の羽毛をぎゅっと握りしめている。
フェニックスになろうとその短い一歩を踏み出した。
それはピヨコにとっては大きな一歩だったはず。
それなのに「鍵を拾う」という低い障害に躓いてしまった―――ピヨコの心中は穏やかであるはずがない。
「ちょっと休憩ピヨ」
座ってプリンを食べだしてしまった。
しかし、己の力不足を痛感したピヨコの心中は穏やかであるはずがない。
「おいしいピヨ」
穏やかだった。
くよくよしないのはいいことだ。
―――が、しかし!
俺はこの頭ふわふわのふわふわにいつまでも構ってやれるほど安心な立場ではないのだ。
この黄色い楕円形が自分の命を握っていると考えるともう不安でしょうがないし、誰か他の人に変えてほしいが、そんな贅沢は言ってられない。
俺はなんとしてもこいつに意地でも鍵を拾わせ、自由を得なければならない!
「ピヨコ! くちばしだ! くちばしを使うんだッ!」
「くちばし………ピヨ?」
「そうだ!君のその鋭いくちばしなら、鍵を拾い上げることが出来るはずだ!」
くちばし。鳥の口についているあのとがったやつだ。
あれなら床に落ちてしまった小さな鍵だってつまみあげられる。
とにかくあのちんまくて先のまあるい羽よりはマシだろう。
「やってみるピヨ~!」
ピヨコはやる気を滾らせて立ち上がり、棚の上に食べかけのプリンを置く。
ちびちび食べすぎじゃない?
いや可愛いんだけどね。
今大罪人を脱獄させようってところなのよ?
少なくともプリンつまみながら取り組むことではないよ。
そのまま地面に四つん這いになると、ピヨコは鍵を咥え―――拾いあげることに成功する!
「よくやった!よくやったぞピヨコォ!」
俺達はピヨコの偉業に打ち震える。
ピヨコは立ち上がると、俺に向けて力こぶを作って見せ、
「やったピヨ~!!」
そう言って、口を大きく開いた。開いてしまった。
口先に挟まっていた鍵はその拍子に口内に滑り込んでいく。
「ごく」
「今『ごく』って………もしかして、飲んじゃった?」
「………のんじゃったピヨ」
「そっか………」
「ピヨ………」
―――なにしてくれてんだこのヒヨコォ!?
なんで飲み込んじゃうの?
赤ちゃんじゃん。
鍵とか小さいもの飲み込んじゃった、って赤ちゃんが起こす事故なのよ?
確かに俺がくちばし使えって言ったけどさ。でも違うじゃん。
二十歳は誤飲しないもん普通。
まあ起こってしまったことは仕方ない。
今後このヒヨコはおっきい赤ちゃんだと思うことにしよう。
それでこれからどうするかだが、とにかくこの拘束を解く方法を見つけないと話にならない。
三つの選択肢を思いついたが、危険を伴うものばかりだ。
一つ目はピヨコが飲み込んだ鍵を取り出す方法。
俺の手が自由なら手を突っ込んで吐き出させたいところだが、現状ウンチで出てくるのを待つことになるだろう。
不安点としてはピヨコがいつウンチするか、という点。
あまり遅くなると俺が拷問されていないことに気付くヤツが現れる可能性がある。
それに、ピヨコのことだから鍵ごとウンチ流しちゃった!ってなりそう。いやなる。
二つ目は複製の鍵をピヨコに取ってきてもらう方法。
だが、そもそも複製なんて無い可能性がある。
それに鍵を持ってるはずのピヨコが探し回るのは周囲にとっていらぬ不審を抱かせる危険があるし、なんといってもピヨコがおつかい出来るとは到底思えない。
三つ目はこの拘束椅子の破壊。
金属製だからちょっとやそっとで壊せるものではないし、魔法封じを解くには手首と足首の留め具を破壊しなければならないから下手を打てば四肢チョンパ、なんてことになりかねない。
というかなるんだろうな。だってピヨコがやるんだもん。
うん。考えてみたがコレ無理だな。
たった一人の協力者にして唯一の希望のピヨコちゃんが不安過ぎる。
「よ~し! 決めたピヨ~!」
俺が悶々と考えを巡らしていた時、ピヨコが何やら意を決したらしい。
「どうしたの?」
当然不安を感じ、ピヨコに考えを尋ねてみる。
「僕がブレイン様を連れて逃げるピヨ~!」なんて言い出さなきゃいいが。
「僕がブレイン様を連れて逃げるピヨ~!」
的中しちゃったよ!
これはマズイ!
ピヨコは棚の上に置いていたプリンをかきこみ、棚の中に容器をしまって、
「え! いやいやなんの準備も出来てないんだから危ないよ?ってえぇ!?ちょっと!」
俺を拘束椅子ごと持ち上げて―――
「よいしょ!」
―――車輪のついた棚の上に乗せる。
もしかして………
「このまま俺を押して逃げるってこと?」
「そうピヨ~! 頑張るピヨ!」
「え!? ダメダメ! そんなのすぐにバレるって!」
「大丈夫ピヨ! 僕が頑張るピヨ!」
「うそうそうそ!? ちょ、ちょっと待」
俺は拘束椅子に固定されたまま、ピヨコが押す車輪付きの棚に乗せられ、拷問部屋を出てしまった。
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