第十六話 拷問なんてヤバいヤツしか出来んよ



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!」


「ひぎい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛ッ!!!!」 


「や゛め゛でぐれ゛ッ!!! も゛う゛や゛め゛ギイイイイイイッ!!!!」


魔王城地下:拷問部屋―――血と錆の臭いが充満した窓の無い空間に俺の絶叫がこだまする。

俺は拘束椅子に縛り付けられ、指先しか動かせない状況でただ痛みを受け入れることしか出来ない。

繰り返される非道は壮絶な痛みを、そして終わりの見えない恐怖をもたらし、俺の心を乱暴に削る。


もうとっくに意識なんて失ってるはず、そうであるべきなのに、意識が途切れる度に痛みが俺を引き戻した。


怖くて痛くて飛びそうになって痛くて。そしてまた怖くて。

それを何度も繰り返す。

何度も何度も。


何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も


もうどれくらい経ったか。

何時間、いや何日………絶え間なく続く環状の絶望は、俺から時間の概念すら奪い去ってしまった。


あぁ、また扉が開かれる。アイツが来る。また痛みが来る―――


「ぎゃああああああああああああ!!!!」


「うわあっ!! 急におっきな声出すなピヨ~っ! まだ何もしてないピヨ!」


「……あぁすまない。ちょっと被害妄想がはかどってしまった」


拷問部屋に連行されてしばらく一人ぼっちだったもんで、「僕の考えた最悪の拷問」を妄想していたらすごい入り込んでしまった。

まあ拘束椅子に固定されているのも、窓が無いのも事実ではあり、拘束椅子に至っては手錠と同じく魔封じの力が込められていて、拷問が始まれば妄想は妄想でなくなってしまうのだが。


拷問官は俺が妄想にふけっている間に入ってきていたようで、まだピカピカの新品であるはずの俺が絶叫するもんだからすごい怖がっている。ごめんね。


「来るときも廊下にずっと叫び声が聞こえてたからすごいビックリしたピヨ! 入るのもすごい怖くて悩んだピヨ~!」


拷問官―――このデカくて黄色くてふわっふわのヒヨコ魔人は、四天王ぺギルが従える拷問兵の一人だ。

名は確か、ピヨコちゃんだったか。顔も名前もアホそうだ。


拷問官は夜とか急に怖くなったり、ごはんが美味しくなくなったりするから、という理由で最も人気がない職だ。

だから処刑、暗殺などと併せたいわゆる「陰湿なヤツがやりそうな仕事」の人材管理は全部ぺギルに任せていたのだが、なるほど。


こいつが拷問官をやっているのは、明らかにアホそうだからだ。

考える頭があればあるほど、色々悩んだり考えたりしてしまうものだからな。

その点この喋るデカいヒヨコはもう何も考えてない。

日中何やっても夜はぐっすり眠れるんだろうな。アホだから。


っていうかこいつ、ヒヨコだから手なんか無くて飛ぶことにも使えなさそうなちっちゃな羽しか無いけど、それでどうやって拷問器具を使うつもりだ?

なんか普通に拷問されるよりも心配だな。アホだし。


俺に脳内でコキ下ろされている間、ピヨコちゃんは持ってきた車輪のついた棚の上で何やらカチャカチャといじっている。

うん。ずっとカチャカチャしてる。ホントに大丈夫?


「ふぅ~!」


おっ、なんだ?終わったのか?こっちに向かってきたぞ。

つ、ついに始まるのか、終わりの無い拷問が―――


―――え?座ったぞ?


「ちょっと疲れちゃったピヨ」


丸々太った黄色のふわふわから小さな足を前に投げ出し、そのアホ丸い目でこちらを見ている。


「………」


「ピヨピヨ」


「………」


「ピヨピヨ」


なんだこいつ―――!?


座ったままずっとピヨピヨ言ってるぞ!?


た、試されている、のか?

俺の何らかの反応を待っている?

それとも拷問を始めるまでの何か儀式的なものか!?


―――分からん! なんだあの目! アホなこと以外何も分からん!


俺がピヨコの奇行に心を乱されていると、ピヨコが話しかけてきた。


「昨日ブランコで遊んでたピヨ」


「………」


一体何が目的だ!?

ブランコ!? 何かの隠語?

……そんなわけないか! ただのエピソードトークだろう。


いや! それも違う! ここは拷問部屋で、こいつは拷問官!

ただの世間話なんてするはずが―――まさか!?

あの目、あのアホなこと以外分からない目は偽装―――?

俺にアホであると油断させつつ、会話に盛り込んだ暗号で俺を試すつもりか!?


何だ? 何が情報だ? 考えろ考えろ!

ブランコ………遊具?………はっ!


昔、異世界召喚者から聞いたことがある。

ブランコという名の―――長距離大砲が存在する、と!

その大砲は確か計三か所で使用され、計百八十一発もの砲弾を放ち、並みいる敵を粉砕した、と言っていた。

三か所…百八十一発…昨日、つまり一日前………!


割り切れる!割り切れるぞ!

百八十一引く一を三で割れば!

そうだ六十! 六十になる! なるぞぉ!!


―――だから何だって言うんだ!


「そしたらおっきい虫がいたピヨ」


続く、だと―――!?

何だ!?何を伝えようとしている!?


虫……むし……六四!?

六四、つまり六十四!

ブランコの解である六十を引けば、六十四引く六十………答えは四だ!!


いや待て?「おっきい虫」と言っていたはずだ。

おっきい。このままの意味で捉えるとするならば六十四を大きくするということ?

六十五? いやこの場合は足す一ではなく、一回り大きく………つまり六百四十だ!!


………はっ!ダメだ!「おっきい」を一桁分と考えるのはあくまで俺個人の感覚!!

人によっては六千四百にも六万四千にもなりえる―――答えは無限?


考えろ考えろ!!何かヒントは無かったか!?


「でも僕は虫苦手だから触らなかったピヨ」


―――来た!


触らなかった、つまり「おっきな虫」そのものの否定するということ!

ということは「おっきな虫」の解はゼロ!

だが待て? 既にある「ブランコ」の解:六十はどうなる?

既に「おっきな虫」との計算がされていたとするならば、この「否定」は全体に及ぶぞ!


そうなると、ここで問題となるのは、「触らなかった」というのがブランコに乗ったままの状態でそう考えたのか、それともブランコから降りていたのか、ということだ。


聞くほかあるまい。


「待ってくれピヨコ拷問官」


「え?」


「六百四十を否定することに決めたのは、六十から降りた後か?それとも前か?」


「ちょっと何言ってるピヨ!?」


ちょっと何言ってるピヨ―――か。


何を言っているか分からない、つまり「愚問」、聞けば分かるピヨってところか。

確かにピヨコはブランコを降りた、とは一言も言っていない。

とすると「ブランコ」に乗っていた上で「おっきな虫」を「触らなかった」―――否定が全体に及び、解はゼロになる!


「言うまでもなかったな。すまない。続けてくれ」


「怖いピヨ………」


「なんだもう終わりか?」


「えっ、うん。そのあとはお家に帰って寝たピヨ。あっ!昨日はプリンを二つも食べたピヨ」


プリンを二つ―――プリン、だと!?

プリンは鳥の卵が使われる菓子、つまり共食い!?


共食い…ともぐい…とも九一…共九一!!!


九と一を共に、つまり九足す一の十! それが二つって言うことは―――


「答えは二十だ!!!」


俺の回答にピヨコは驚いた顔を見せる。


ふっ。見くびるな。俺は参謀だぞ?

貴様ごときふわふわに知恵比べで負けるほど耄碌していない。


「……正解、のようだな。俺が気付かないとでも思ったか?」


「凄いピヨな~! さすがブレイン様ピヨ~!」


ピヨコは俺の頭脳に賞賛の拍手、いや羽同士が届いていないから賞賛のパタパタだな。

そしてアホそうなまん丸目玉は羨望に満ち満ちている。

ピヨコのこの様子は、明らかに俺に一つの事実を告げている。


そう、


―――合格。

俺は拷問の第一関門を突破した、ということだろう。


「そう二十歳ピヨ~! 昨日は誕生日だったから、二つもプリンを食べたっピヨな~!!」



「………そうか。誕生日おめでとう」


「ありがとうピヨ~!ブレイン様は何でも知ってるピヨな~!」



「………当たり前だ」


「ふふふ!」


ピヨコはニコニコとしながら小さな羽をしきりに動かしている。


「ふふふふ!」


「………狙いはなんだ?」


「………? ふふふ!」


「………」


………喜んでるみたい。

で、それだけみたい。


よかったね。ピヨコ。

それにしてもニ十歳なんだね。

四歳くらいだと思ってた。若く見えるって言われない?


まあ、それはそれとして、俺はこの可愛いふわふわを見て思ったのだ。



―――こいつ騙して逃げれんじゃね? と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る