第十五話 魔王の面影、な~し!


「こら~!!」


少女の怒号というにはあまりにも可愛すぎる声が、会議室に響き渡る。

魔王殺しの罪人を捉え、これから拷問しようという殺伐とした空気に水を差された兵士達は時が止まったかのようにピクリとも動かない。

そしてそれは歴戦の猛者であり、また兵を率いる立場である四天王、そして少女の正体を知る俺でさえも同様の反応を取らざるを得なかった。


一方でこの静寂を引き起こした少女はそれら周囲の反応を気にも留めない様子。

その毛先がくるりと跳ねた金髪を靡かせて、取り囲む十数人の兵士の合間をペタペタと歩き、俺の前にしゃがみこむ。


「大丈夫か~?」


少女は覗き込むようにして俺の顔を見やると、その黄金の眸は小さく揺れているように見えた。


「うん………」


俺はなんだかよくわからないまま、彼女の問に短く反応する。

が、いまだ思考は硬直し、「そっか!」と立ち上がる彼女をただ見上げる。

そのまま少女は俺を連行しようとしていた兵に向かい、またもや顔を目いっぱい険しくし、


「ケンカしちゃダメだろ!」


「あ、ごめんなさい……」


少女に叱られた兵士も困惑自失といった様子だったが、俺から手を離し、睨まれるままに後ずさる。

近くにいた他の兵士も少女に「ダメ!」と叱られ、同様に「ごめんなさい」した。


兵士の手を離れた俺を見て「ふぅ」と満足気に息を吐いた少女は、そのままワンピースの裾で俺の涙やらよだれやらで汚れた顔を拭う。


「じゃあ帰ろっか!」


少女が満面の笑みでそう言い放った直後、


「あ~! ここにいたぁ! ダメだよ勝手にいなくなっちゃあ!?」


どうやら少女を探して走り回っていたらしい猫魔人のベテラン兵士がいつの間にか部屋にいて、肩で息をしながら少女に歩み寄る。


「あっニャンちゃんごめんな~!」


「私はニャンちゃんじゃなくて、ニャムルだって! さあ部屋に戻ろ?」


「イヤ!」


「そう言わないでよ~! ここには後で呼ばれたら来ることになってるから、今は戻って?ね?」


「イヤだ!」


「おっちゃん、仕事なんだよ~!頼むから言うこと聞いてくれよ~!」


「イヤイヤイヤ! ブレインと一緒にいるんだ~!」


そのニャムルと呼ばれた老兵は困り果てた様子で「どうしようどうしよう」と溢していたが、ふと周囲を見渡して、どうやらようやくここが幹部が一同に会する緊迫した空間であることに気付いたらしい。


「あっ………あ~! も、申し訳御座いませんッ!! すぐに下がらせますのでぇッ!! ほ、ほら行くよ!」


「行かない~っ! もうブレインとお家帰るんだから! ニャンちゃんはどっかいって! イヤ!」


ニャムルはどうにか退室させようと少女の腰を抱えるが、少女は俺のシャツを力いっぱいに掴んで抵抗する。


「こ、こらっ! 離しなさい!」


「ヤダ! 嫌い! 離せ―!」


困り果てた老兵がいよいよ本気で説教でもしてやろうか、といった様子で息を吸った時、


「―――お止めなさい!」


背後から芯の通った女性の声―――サキュバスが皆に先んじて沈黙を突破する。


「ニャムルといったかしら? 業務とはいえ、少女への乱暴は看過出来ませんわ。下がりなさい」


四天王の叱責を受け、それでもなお「いやしかし」と命じられた業務との間で揺れた老兵だったが、サキュバスの沈黙に怯んだようで、


「はっ!」


敬礼し、すぐさま入口付近まで下がった。

サキュバスはそれを見届けた後、少女の元へ駆け寄り、目線を合わせて笑顔を作る。


「ごめんね? 痛くなかった?」


「大丈夫! ありがとね!」


「そう! 良かったわ! ………ところでブレイン様」


立ち上がったサキュバスの顔は、うつ伏せの俺からは見えない。


つい先ほど少女へ優しい顔を向けていたはずなんだ。

そのはずなのだが、俺の名を呼ぶその声はかつて聞いたことがないほど低く、得も言えぬ不安がこみ上げて総毛立つ。


「―――この子とはどのようなご関係で?」


大量の汗が吹き出し、身体が震えて歯が音を鳴らす。


顔を見れなくて良かった。顔を見ていたら俺はきっと声をあげてしまったはずだ。

尿意なんて関係なく盛大に漏らしていただろう。


この威圧感、間違いない。

サキュバスはブチギレしている!


ここで、ようやく俺の脳みそが活動を再開する。


サキュバスは何を怒っている!?

考えろ。この少女が入ってきてからのやりとりを思い出すんだ。


まず、少女とニャムルが出ていく出ていかないの問答をしてて、それをサキュバスが止めに入った。

それで、少女と軽く会話して―――いや待てよ?


少女が何か気になることを言っていた。

たしか、「家に帰ろう」とか………あと俺のことブレインって呼んでたぞ!?


何故だ?

この少女は魔王だった。一瞬だったが、確かに自分のことを魔王だと言っていた。

だからこそ俺の「ブレイン・インパクト」で記憶を吹き飛ばしたのだ。


「ブレイン・インパクト」は相手の脳細胞をはちゃめちゃにして「大半」の記憶を破壊する魔法―――まさか俺のことを偶々覚えている?


だがそれでも分からない。何故「家に帰ろう」と言ったんだ!?

俺と魔王が一緒に住んでいたことなんて………まあ魔王城っていう意味では同じ家だが、「帰ろう」という表現になりえないはずだ。


いや考えすぎだな。

言動からそれほど知的ではないように見えるし、ただ表現を誤っただけだろう。

今はそれでいい。


少女の「一緒に帰ろう」などの一緒に住んでいるかのような発言。

そしてサキュバスが怒っていて、少女との関係を気にしている。

となると、もうこれはあれだな。


―――ヤキモチだ。


サキュバスぅ~可愛いやつめ~!

こんなちびっ娘に俺を取られちゃう~!って思ったのかぁ?

にしても怒りすぎだってぇ! 愛が深すぎるんだからも~!

ま!それが君の良いところでもあるんだけどね!


しっかたねえな~! 安心させてやんよ~! も~!!


「だからさっき言っただろ?この子が魔王! ちょっ~と記憶が曖昧みたいだけど、俺はこの目でし~っかり見てるから!この子は間違いなく魔王! ほら?魔王城に一緒に住んでるから!多分そういうことだね!」


俺はサキュバスのあまりのいじらしさに笑みを堪えきれず、ヘラヘラと答える。

サキュバスのことは見えないが、これで安心して「もぉ~ブレイン様ったら!」なんて言ってゴキゲンになること間違いな―――


「ぐえっ!!!」


背中に何やら鋭い衝撃が走る。

これは、たぶん―――足だ。足で踏まれている!


突如踏みつけられて動揺する俺に、更なる追い打ちがかけられる。

髪を掴まれ、うつ伏せのまま無理やり顔を持ち上げられ、耳元で、


「……おい」


サキュバスだった。

踏んでいたのも髪を掴んでいるのも、顔の真横で今にも俺を殺しそうな眼をしているのも。


「てめえ殺されてえのか?」


「―――!?」


サキュバスだった。

いつも上品な言葉遣いで、俺に並々ならない愛欲を向けていたはずの。

一度ひいたはずの汗が猛烈な勢いで溢れだし、心臓が雄叫びをあげ大暴れ。


「………もう一度聞きますわ。この子はブレイン様の『何』ですか?」


口調は元に戻っているはずなのに、その迫力は全く衰えず、その紫紺の眸に宿るは明確な殺意だ。


彼女は「確信」を持って俺を尋問している。

その「確信」は少女の証言に基づく「俺と少女」の関係。

事実として、あの少女はつい四、五時間前まで魔王―――男だったのだ。

そんなワケで一切咎められるような関係はない。


そして、その事実を信じてもらえない、というのが今の状況。

となれば、俺は嫉妬心に駆られたサキュバスをどうにかして落ち着かせる他ないわけだが、何を言う?


ウソをつく?

例えば俺の親戚の子供とか、保護した捨て子とか………。

いや、じゃあなんで魔王の寝室で全裸で寝てたんだ、ってすぐウソだとバレてしまうだろう。


サキュバスの嫉妬を取り除きつつ、それでいて魔王の寝室にいても不思議ではない人物像………ダメだ思いつかない。


そうなれば、出来ることは一つだ。

サキュバスを愛していると、サキュバスに首ったけで他の女何か興味無いと。

サキュバスの恋心を利用する以外に道は無い!


「サキュバスっ! 君の俺への想いにっ!今応えたい! 俺は君へ愛に近い感情さえ持って―――」


「ブレイン様は勘違いされておりますわ。何も私はあの子に嫉妬しているわけではありませんの」


「え?」


勘違い?どういうことだ?

嫉妬じゃないなら何なんだ?

照れ隠しか?


「ブレイン様、私が魔国領法作成の際に提案し、制定された『条文』を覚えていらっしゃいますか?」


「魔国領法?『条文』? それは―――!?」


思い出した。

魔国領統一後、全国的にある程度ルールを作らなければならないという考えの元、作成を決めた魔国領法。

ある程度は俺が草案を作成したが、数人の部下からいくつかの提案を受け、それを組み入れた。


サキュバスが提案した条文、それは―――


「―――『ロリコンは見つけ次第、徹底的に拷問した後に処刑するものとする』」


サキュバスは子供がいなかったことから、その母性は長年行き場がないものとして貯めこんでいた。

その溜まりに溜まった母性はついに溢れ出し、それは世界全ての子供へ向けられることになった。


男を愛す、でも子供のほうがもっと愛す。

彼女の母性はやがて子供を慈しむベールから守る盾に、ついには子供に仇なす者への剣となった。


そんな彼女が、まず「子供の敵」として定めた者、それがロリコン―――小児性愛者だ。

それは、おそらく彼女が淫魔人でいわゆる「そういうこと」に触れる機会が多いこと、それから特殊な眼「癖読み」の力があったことに由来する。

彼女は文字通り目を光らせ、魔国領全土にいる生粋のロリコンを殺して回った。


しかし、彼女の「癖読み」で見れるのは最も強い性癖のみ。

隠れロリコン達は彼女の眼を盗むことが出来たのだ。

彼女だけではロリコンの駆逐は困難―――そんな時に法を作る機会が与えられた彼女が、ロリコンを死罪とする法を魔国領に制定したのは、当然の流れであった。


母性を殺意に変え、ロリコン絶滅を信条とする「絶対にロリコンを殺す淫魔」―――それがサキュバスという女。


「私が申し上げたいこと、お分かりですわね?」


俺は完全に忘れていた。

何しろ俺はロリコンじゃないのだから、全くもって懸念することじゃなかったからだ。


彼女の怒りは、嫉妬などではなく思想そのものであり、それは恋心にさえ優先し、かつそれを法が後押ししている。

つまるところ、俺が何を言ったってもう止まらない、止められないわけだ。


―――だが!


俺以外からなら?

そしてそれが子供なら?

元は魔王である少女が「俺とそういう関係」じゃないと言えば、子供を愛するサキュバスは止まるんじゃないのか?


「ぺギル。このロリコン男を徹底的に痛めつけてやりなさい。そのあとの処刑は―――私がやりますわ」


「わ、分かりました」


サキュバスは少女に聞こえないように、俺の処遇を耳打ちする。

少女はというと、さっきは助けてくれたのに今回はケンカだと思っていないらしく、隣で座って待っている。

なんでだ? 遊んでるとか思われてる?


いや、まあいい。今はそんなこと捨て置け!


「な、なあ? 俺と君ってどんな関係!?」


俺は一縷の望みを懸け、少女に問う。


少女にどんな記憶が残っているかは分からない。

何故俺に懐いているのかも分からない。

だが少しでも、ほんのちょっとでも魔王という男くさい男の記憶が残っているのならば、この「ロリコン殺し」を止める言葉が出てくるのではないか。


「えー? そんなこと………う~ん」


拷問が懸かった俺だけでなく、その場の全員が少女の一挙手一投足に固唾を吞む。

表か裏か、ロリコンかそうではないか、拷問して処刑か普通に処刑か。

この子の一言に、全てが委ねられる。


「みんなの前で………は、恥ずかしいけどな?えっとな?」


ん? なんかモジモジしてるね?

髪の毛くるくるしちゃってまあおませさん!


「ブレインのな?」


顔も赤いね?

何?こっちをチラチラ見ちゃってどうしたの?

言いにくいこと?

指なんか合わせちゃってお可愛いこと!


でも、俺知ってるから!

今は亜人の女の子でも、貴方は立派なイチモツ抱えた鬼魔人だってことを!

俺と共に群雄割拠の魔国領を蹂躙した、史上初の統一魔王:ヴェルヴァルド様だってことを!

見た目が変わったって、記憶を失ったって、貴方の男としての誇りは変わらな―――


「お、お嫁さん………!」







「はい拷問。連れていけ」

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