第十四話 やっべえぞ!


「どう?」


「いや、どうって言われましても………」


俺の迫真の「まくしたて」により、会議室は再び混沌に落ちた。

上手く聞き取れずに唖然とする者、おぞましい内容に愕然とする者、聞こえなかったフリをする者………。

俺に感想を求められたぺギル以外は完全に沈黙し、いつもヘラヘラとして表情を見せないぺギルでさえも表情が硬い。

サキュバスに関してはそれはもう苦虫を噛み潰すどころか苦虫で腹ぱんぱんといった表情。可愛い顔が台無しだ。


だってしょうがないじゃないか。

拷問されてから処刑と、普通に処刑なら、誰だって後者を選ぶだろう。

それは俺だって同じ。痛いのはイヤ! 俺はウンチするし魔王のチンポ叩いてて結果魔王どっか行っちゃった。


さあ!早く俺を処刑してくれ!


「あ、あの、ブレイン様? あまりに情報が多すぎるので、少し整理させて頂いても宜しいですか?」


ぺギルはもはやいつもの曲が延びたような喋り方を辞め、大汗をかいていて全く余裕が無くなっていた。


「いいよ!」


俺はもはや死ぬ運命を受け入れた無敵の人になっていた。

表情だって明るいし、元気な声で返事が出来る。今なら何だって言えるし、何だって出来る気がする。


「で、では……まずストレス発散?で魔王様の、その」


「チ〇ポね!! チ〇ポ!!!」


「……えー『陰茎』を攻撃されていて、それを十年前から続けていた、と」


「うん!!!」


ぺギルは頭を抱える。

兵士の中から「狂っている」や「陰茎攻撃男」といった呟きが聞こえる。


「そ、そうですか………。でー、昨晩も同様に寝室に忍び込み、魔王様の『陰茎』に強化魔法をかけた」


「うん!!! ちなみにかけた魔法は『カチカチヤン』『ウロコヤン』『ナカヘン』『オドッテマウ』の四つ!!!」


ぺギルは頭を抱える。

兵士の中から「凄い魔法使いだ」や「魔法強化陰茎攻撃男」といった呟きが聞こえる。


「あ、あーどれも凄い魔法ですね………で、それらをかけたら、魔王様に異変が起こった、と」


「うん!!! チ〇ポが回りだして、魔王が浮いて、チンポと魔王が分かれた!!!」


ぺギルはハンカチで額の汗を拭う。

四天王タウロスは「引いちゃったモー」と涙を流し、兵士の中からは「魔法強化陰茎攻撃男兼回転浮遊分離陰茎確認男」などの声が聞こえる。


「………。それで、それがえーと、どうなったと?」


「チ〇ポのほうはチ〇ポを名乗るおっさんになってどっかいっちゃって、魔王の残りは女の子になった!!!」


ぺギルはハンカチで顔を抑え、数秒動かなくなる。

四天王ライオネルは牙を見せ威嚇を始め、兵士の中からは「魔法強化陰茎攻撃男兼回転浮遊分離陰茎確認男兼陰茎男召喚魔王性転換男」などの叫び声が聞こえる。


「………。そのことを隠す為に逃げようされたものの、フェンリル警備兵長の嗅覚を警戒して脱糞された、ということですか………」


「そう!!! あとはフェンリルの報告の通り!!! ね!?」


「―――!」


話を振られたフェンリルは小さな呻き声を上げ、自失。

ぺギルは俯いたまま、何かをぶつぶつと呟いている。

ガニマタは泡を吹き、兵士の中からは「上司の部屋で魔法強化陰茎攻撃男兼回転浮遊分離陰茎確認男兼陰茎男召喚魔王性転換男且つ隠蔽脱糞ニコニコ威嚇脱糞男………ッ!!!!」といった絶叫が聞こえる。


晴れやかな気持ちだ。

真実を話すというのはこれほど心が軽くなるものなのか。


俺は自分のおぞましい行動の数々を大勢の部下の前で赤裸々に告白した。

それなのに、騒然とする会議室の中心で、俺は「心地よさ」を感じずにはいられなかった。


もう、言えることは無い。全て出し切った。


これであとは処刑されるのを待つのみ―――そのはずだった。


「そうか……はは……じゃあ真実が分かったので処刑しましょう!―――ってなるわけないでしょうがこの異常者がぁ!!!!」


「!??」


普段感情を表に出さないぺギルが声を荒げ、怒りからか肩を震わせる。


「魔王のチ〇ポがおっさんになっただぁ!? 魔王があの亜人の少女になっただぁ!? 吐くならマトモなウソをつけぇ!!!! 」


「え?」


その突然の豹変ぶりに大きく心を乱した俺は、情けない声を漏らした。


あれ? 俺ちゃんと本当のこと言ったよ?


あ、もしかしてこれ………そうか。

そういうことだな。


―――信じてもらえていない!


実際に体験した自分でさえも飲み込むのに時間を要した異常な現象。

考えてみればあんなもの、信じるほうがどうかしているのだ。


「もうこの人はダメだ! この期に及んで何も話すつもりがないらしい! こうなったら私が連れてきている拷問官に徹底的に拷問させましょう………! 宜しいですか皆さん!?」


だが、信じてもらえないことは理解できても、それを受け入れるというのは話が別だ。


だって受け入れたら拷問されるんだから。

拷問されたことある?俺は無い。でも絶対に痛い。

だから何としても避けたい!


「待って待って待って!! ぺギル!本当のことなんだって! ここまで言わなかったのは処刑されることが怖かったからで、俺は何も隠してなんかないんだ!」


「話は拷問部屋で拷問官にお願いしますよ………! 警備兵、連れていけ」


「イヤだイヤだイヤだ!! 話を聞いてくれ!」


もはや俺の言い分は誰にも届かず、刻一刻と兵士の捕縛が近づく。


ダメだ。ここで捕まると「無い情報」が出るまで拷問される……!

魔力は………小さいのならニ、三発ってところか!


でもここは―――リスクを負ってでも逃げるしかない!


魔王軍の最高戦力が揃い踏みし、かつ回りは兵士に囲まれた圧倒的不利。

普段なら絶対に取り得ない「戦闘」という選択肢に、今は縋ってほぼ無い可能性に懸ける他ないのだ。


氷結魔法―――


「サ・ブイヤ―――」


「させんモー!」


「ンぐえッ!!!」


可能性は瞬く間に潰えた。

呪文を唱えきる前に、反応したタウロスの右拳が脇腹を穿つ。

吹き飛ばされた俺は会議室の内壁に叩きつけられる。


魔法で強化されていない生身の状態でタウロスの攻撃を受けると人間は四散するが、俺の身体が無事で意識も維持出来ているのは、タウロスの仲間に対する慈悲でしかない。

が、加減されたとはいえ内臓が悲鳴を上げ、立ち上がることが出来ず、胃液がこみ上げて魔法詠唱も出来ない。


「モーがやるからそれを貸すモー」


「は、はいっ!」


警備兵が持つ魔封じの手錠―――身体の自由と同時に魔力を封じる、魔法使いを完全に無力化する手錠を手に取り、タウロスは俺を床に押し付ける。

俺の手を背中側で拘束し、その上で身体を踏みつけられ、俺は動くどころか呼吸すらまともに出来ない。


「タウロスさん。ありがとうございます。連行はこちらの兵で行いますので」


「分かったモー」


ぺギルの話に頷いたタウロスが足をどけ、俺はようやく肺に空気を取り込むことが出来た。


「―――プはぁッ!!! ま゛、っでぐれ゛!はなじを゛っぎいでぐれ゛ぇ!!!」


が、俺を囲む兵士は参謀を捕まえるという状況に困惑しており、思考停止で取りつく島もない。


「立ってくださ………立て!」


兵士が敬語を言い直したことで、長年務めた参謀の地位を失ったことを実感する。

そして、これから拷問されるのだという恐怖が、より現実的なものとなって全身を襲う。


「いやだいやだいやだぁ! たすけでぐれぇ!!! だれか………だれかぁ!!」


俺は恥も外聞もかなぐり捨て、涙ながらに助けを乞う。

立たそうとする兵士の手を拒み、地面にうずくまって泣き叫ぶ。


もはや助かる道はない。

どう足掻こうが逃げることは出来ない。

出来たとしても、身体を痛めつけられるまでの猶予を数秒伸ばすだけのこと。


しかし、身体を襲う恐怖が、そして恐怖に対する強烈な嫌悪感が、俺をどうしようもなく抵抗させる。


そして、その悪あがきに業を煮やした一人の兵士が「この……!」と棍棒を振り上げた時、会議室のドアが音を立てる。


―――そこに現れたのは「小さな金色」だった。


その勢いよく入ってきた小さな金色は、魔人だらけの会議室において圧倒的な存在感を放ち、皆が目を奪われた。


耳の上からツンと立った赤いツノはその金色の中で一層目を惹き、その小さな身体に纏う白いワンピースは殺風景なはずの部屋に色彩をもたらす。

辺りを見渡し、ペタペタと少し歩いた後、俺と目が合った小さな金色―――魔王であったはずの亜人の少女は、そのまあるい黄金の眸を目いっぱい尖らせて、


「こら~!!」


その可愛らしく活発な声色、そして小さな拳を腰に当てた幼稚な佇まいは、処刑だの拷問だのと物騒な話がなされていた空間において、あまりに場違いで、なんともキュートだった。

そしてそのキュートさは殺伐とした全員の心を捉え、会議室内の思考、行動の一切を止めることとなった。


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