第九話 事情聴取は波乱がいっぱい


「えー、ではこれより、本日深夜に発生しました魔王様寝室破壊、及び魔王様失踪に関する事情聴取を行います」


ライオネルが議長となり、運命の事情聴取の火蓋が切られる。

俺は下級兵士が俺の寝室より持ってきた人間用のスーツを着用し、精神を整える。


この事情聴取におけるポイントを整理しておこう。


まず、この事情聴取に参加する大半にとってのゴールであり、俺にとっては絶対にバレてはならない事実についてだ。


夜な夜な寝室に忍び込んで魔王のチ〇ポ叩いてたら、魔王のチ〇ポがチ〇ポっていうおっさんと女の子に変わっちゃって、フェンリル君が来るとマズいからウンチした!


これが紛れもない事実なのだが、バレれば俺は間違いなく処刑されるし、国の歴史に文字通り汚名を刻むことになる。

墓標にも「上司のチ〇ポ叩いてた変態」とか「上司の部屋で脱糞したクソ野郎」とか卑劣な落書きをされるに違いない。


なんて酷い暴言。想像しただけで心がバラバラになってしまいそうだ。

世界で最もメンタルが強いとウワサされる「我慢のテツヤ」でさえ、これを言われた日には枕を濡らすだろう。


これを秘密にしたまま乗り切ることが出来ればこの事情聴取における完全勝利である。


だが、医務室でのサキュバスとの会話から、俺が脱糞したことは周知の事実だろう。

そもそも俺が脱糞しないと思っているサキュバスを除く他の全員が、俺が脱糞したかどうかではなく、何故魔王の寝室にいて、脱糞することになったのか、を知りたがっているはずだ。


つまり、魔王の部屋にいた理由、脱糞した理由。

この二つを上手く誤魔化すことで、ひとまず処刑を回避することが出来る、と考えられる。


次に懸念点、これは二つ、いや二人と言うべきか。


一人目がフェンリル。

俺の威嚇脱糞により正気を失っているとはいえ、他の者が知らない情報を所持している点で不安要素だ。


二人目が、今ここにいない少女――元魔王だ。

ブレイン・インパクトによって大半の記憶を失っているはずだから、彼女の証言自体はさほど問題にならないだろう。

が、俺が少女のことを聞かれた場合にどう答えるべきか。


知らぬ存ぜぬで行くのか、それとも存在は知っていたとするか。

これは聴取の中で判断していくとしよう。


深呼吸………よし。


かかってこい異常者共!


「まず、ガニマタ一等警備兵。現時点で分かっている事件の詳細の報告をお願いします」


右側最下座にいたカニ魔人:ガニマタが立ち上がり、そのおおきなはさみで書類を挟みながら報告を始める。

彼はたしかカニ歩きによる高速移動を買われて警備兵団配属となった男だな。

平地の移動は速いが階段を上手く登れないのが弱点だ。あと真面目なのに泡を吹いてる。


「は! 本日未明、魔王城最上階:魔王ヴェルヴァルド様の寝室が内側から破壊されたことにより当該事件が発覚。その後、駆け付けた警備兵により魔王様のご不在を確認。同時に同室内で昏倒する参謀ブレイン様、警備兵長フェンリル様並びに素性不明の亜人の少女を発見し、保護致しました。尚、現場には茶色い半液状の物質、以降便宜上『ウンチ』と呼称させていただきます。ウンチが大量に残されており、当該物質が放出する強い毒性により現場に駆け付けた獣系魔人警備兵計八名が鼻を負傷、嗅覚を喪失。またその際にウンチの摂食を行ったカブトムシ魔人:トムニ等警備兵が『これは人糞』と言い残し殉職しました」


「じゅ、殉職!?」


ひ、人死にが出てるぅ!!

あの魔法そんなにヤバい代物だったのか。

思わず声に出してしまった。


「参謀殿、何かおありですか? 我々の同胞を葬った件について!」


うわぁ、だからさっきから睨んでたのか。

それに関しては申し訳な………いや? そいつなんで食べた? 頭おかしいんじゃねえか?


「ムカンディ森林兵長、葬ったとは何ですの? まさかブレイン様がウンチをしたと、それでトム二等警備兵を殺害したと、そうおっしゃりたいんですの? 」


あーやめてサキュバス。 違うもんな? お前は俺の事ウンチしない生き物だって思ってるもんな?

違うのよ。論点はそこじゃないの。 ウンチ出したほうに責任があるのか、食べたほうに責任があるのか、っていう。そういう話だから。


「サキュバス様。お言葉ですが、現場に合ったウンチはブレイン様の肛門から発生したものだというのは、状況から見て明らかでしょう!? ブレイン様が、いや、あの男が!我が同胞トムを殺したんだぁ!」


発生、とか言うな。人のウンチを何だと思ってんだ。

それによくウンチ食って死んだヤツのこと我が同胞とか言えんな?なんで尊べる?


「ムカンディ!! 撤回しなさいッ!! 今すぐに!! 」


やめてやめて!! そんな剣幕で怒んないで!?

サキュバス、この件に関してお前が切り札だと思ってるカード、それ禁止カードなのよ?


ウンチするよ?俺。


「報告の途中ですのでお二方静粛にお願いします。ガニマタ二等。続きを」


「あ、は! ウンチについてですが、先ほどムカンディ森林兵長が仰った通り、発見当時下半身を露出した状態のブレイン様の肛門より同物質を検出。現時点では、ウンチが発生したのはブレイン様の肛門から、という線で確定と見ています。また、フェンリル警備兵長が目を覚まされて以降、『脱糞はやがて人を殺す』と度々発言していることからも、おそらく脱糞、つまりウンチを排出中のブレイン様を確認した、と推測しております」


う、うん! もう脱糞したって認めるから! 認めるからもうその話やめよ? そうじゃないとサキュバスが


「ガニマタ二等!! 貴様はブレイン様が脱糞する瞬間を見てはいないのだろう!? なのに何故さも当然のように語っているのだ愚か者がぁ!! いいか!? ブレイン様はウンチをしていない!! 何故なら…」


え、サキュバス? 何でそんな息吸ってるの? 何言うつもり? やめて? えっ絶対やめ


「ブレイン様にッ、脱糞の機能はぁッ、無いッ!!!!」


以降、五秒ほどの静寂。

その後、大いにざわつく兵士連中に、俺は赤面を隠せない。


あまりにも過酷な雰囲気に頭を掻き、咳払いをしたライオネルが、


「………えー。ガニマタ二等、報告は以上か? うん。では着席しなさい。それで、えー。ブレイン様、サキュバス殿の発言についてですが………、えっ無いんですか?」


ライオネルの質問により全員の注目が「脱糞の機能無いらしい男」こと俺に集まる。


どう答える?


無論、俺に脱糞機能はある。だって人間だもの。

だが、異常な行動であれども、サキュバスのこれは善意なのだ。


俺に対する過度な敬いが彼女を壊してしまったのか、それとも彼女の往来の精神的特徴によるものなのか。

それは知る由もないことではあるが、俺の無罪を主張する、という点では彼女は間違いなく俺の味方である。


この事情聴取は間違いなく突破しなければならない障害ではあるが、それを乗り越えたとて、次に障害が無いとは限らない。

ここで、彼女の発言を全面的に否定することは、次に現れるかもしれない二つ目の障害で味方になりうる可能性を摘むことになる。


また、ここで「無い」と答えたとしても、ライオネルやらは「あー部下に恥をかかせない為だな」と察してくれるだろう。

だって常識的に考えて、皆ウンチするもんね。


よって、今後を考慮し、ここは一度彼女の意向に添うことにしよう。


「ない、です」


「え? あ、あー!そ、そうなんですねぇ! はは、ははは」


ライオネルは苦悶に限りなく近しい苦笑いを浮かべ、方々に目配せをする。

周囲も、ムカンディでさえも、あまりの痛々しさに言葉が出ないようで、しかし俺を見る目は殺意に近しいものを帯びているような気がする。


皆の反応が、「これは保留して次に進むだけであり、後ほどちゃんと問い詰めるぞ」という情報となって俺の元に届く。

分かってるよ。この件はサキュバスがいないところで話そう。


「ほら!ほら! ブレイン様はウンチなんてしないんですぅ~! ばーかばーか! 」


サキュバスはまるで子供のように無邪気な笑顔で幼稚な暴言をばら撒く。


これで良かったんだ。俺はこの子の笑顔を守ったんだから。

でもあれだな。辛いな。


「えー、ではこのガニマタ二等の報告を元に、事件当時の状況などについて質問させていただ」


「うそだ」


ライオネルが仕切り直し始めた時、小さな声で同じ言葉ばかり呟いていたフェンリルが急に立ち上がる。


「ウソだウソだウソだ!!! 私は見たんだッ! 見たッ見たッ! 見た見た見た見たッ!」


正直かなり良い出だしだと思っていた。

俺は羞恥と引き換えに、部下の気持ちを救い、そしてウンチ問題の作戦を練る時間を得る、という大きな収穫を得たはずだった。


が、これは大きな失敗だった。

フェンリルという、唯一の情報を持つが正気でない存在―――彼が恐怖する、もはや崇拝と近しいほどの畏れを抱いている「それ」を無いと断言してしまったことで、彼の職務への誇りを復活させてしまう。


「見たとは、何をですか?」


失態だ。最悪の選択をしてしまったんだ。


「私は見たんだ! ブレイン様が脱糞するところを! ズボンを脱ぎ!下着を脱ぎ!それは決して漏らしているのではない………紛れもない脱糞だった!それも、それもとんでもない量の!」


やめてくれ。それ以上は言わないでくれ。


「それも半笑いだったんだ!私をじっと見つめながら! その狂気を帯びた目が! 総毛立つ叫び声が! 鼻を焼いた激臭が! 私の頭から……ッ! ぎえないッ!! 」


苦悩に歪んだ顔を手で覆い、溢れる涙が頬の毛を濡らす。

敗北感に打ちひしがれた声は、その大きさ以上の力を帯び、会議室に響き渡る。


「消えでッ、ぐれないんだッ゛………」


天性の嗅覚という牙を折られ、誇りすらすり潰された狼の哀しい咆哮が、風向きを大きく変えることになった。




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