第八話 事情聴取に胸いっぱい


「…きて……さい。おきてください」


暖かな暗闇の中、見知った女性の声が降ってくる。

それに気付き、意識がまだ判然としないながらも、自分がまどろみにいたのだと悟る。


そういえば俺はなんで寝ているんだっけ。


「ブレイン様? これはお触りしても宜しい、ということで?」


えーと、あ! そうだ魔力切れだ。


まさか「クソデルフィア」にあんな落とし穴があったとは。

二百年以上も研究を続けて尚新しいことを発見出来る、魔法は奥が深いな。


で、なんで俺はあの魔法を使ったんだっけ。

魔王様がチ〇ポのおっさんと少女になって、壁が壊れて………。


「さ、触りますわよ? い、いいんですの!? ほ、本当に触ってしまいますわよッ!?」


―――そうだ!


逃げる為だ! フェンリルを撒く為に脱糞魔法を使ったんだ!


となるとここはどこだ!? どれくらい経った!? 俺は今どういう状況にある!?


俺は緊急事態の只中にいたことを思い出し、飛び起きる。


「あっ! あ。お、おはようございますブレイン様体調はいかがですか記憶に齟齬は御座いませんか覚えていらっしゃらないのでしたら私はあなたの妻サキュバスと申します処女です」


声の主は魔王軍四天王が一人:サキュバスであった。


頭から生えた二本の巻角、腰から生えた黒い羽が特徴的な淫魔人族。

艶めく白銀の長髪、淫靡な輝きを放つ紫紺の眸が印象的な通称「絶精の美女」。


なんて言われているが、普段から情欲にまみれて頬を高潮させている異常者だ。


俺は城内の医務室で寝かされていたようで、ベッドの隣に座っていたサキュバスは顔を高潮させてまくし立てながら、俺の頭から落ちた濡れ布巾を取り上げ、開いた胸元にしまう。


拘束されてはいないようで、どうやらバレていないのだと胸を撫で下ろす。


「……診ててくれたのか? ありがとうサキュバス。ちなみに体調は問題ない」


「嘘ですちょっと経験ありますぅ~!……え、あ!そ、そうでしたか! それは……良かったですわ! 」


サキュバスはその髪で口元を隠すようにして俯く。

そういえば今週は幹部会議がある為に各都市に配置している四天王が魔王城に滞在しているんだった。

よくもまあ悪い時期に事件が起こってしまったもんだ。


魔王軍四天王―――魔国領統一後に魔王城を囲む四都市の領主を任せたら、いつしか勝手に名乗るようになった称号だ。

だが、それぞれ戦闘面や戦術面において秀でた才能を持つものばかり。

実力は認めざるを得ず、魔王ほどではないにしろ十分に傑物揃い。


魔王と俺に次ぐ魔王軍最高戦力と言ってまあ差支えはない。


しかしマズイな。勢揃いとなると、俺一人では分が悪い。

更には魔力がほとんど回復していない。出来て小さな魔法一発ってところだ。

この状況では正面突破で逃げ切ることはまず困難だろう。


戦闘にならない形で速やかに逃げるか、それとも魔力を回復させて、多少の戦闘は覚悟して強行突破するか、そのどちらかだな。

いや、現場で倒れていた、というのにこの待遇………もしや逃げる必要すらないかもしれない。


とにかく情報を仕入れ、自分が捕まる可能性を検討しつつ策を練ろう。


「それで、俺は何で医務室で寝ていたんだ? 寝起きだからか記憶が曖昧でね」


「まあ! 私が運ばせて頂いたわけではないので詳しいことは存じ上げないのですが、ブレイン様は魔王様の寝室で倒れてらっしゃったんですのよ? 」


「なんとそうだったか! なんで倒れていたのかさっぱり分からん! 何か知ってることはあるか?」


覚えていない、という体で魔王軍が知り得る情報を探る。

フェンリルの状態が気がかりだが、とにかくこのまま進めよう。


とサキュバスが情報を吐きだすのを待っていたところ、サキュバスは何やら言いにくそうにしながら、


「えぇと、これは兵士達が言ってたことなんですけどね? 私は全く信じておりませんのよ? 信じておりませんが、皆が言うんですの」


「怒ったりしないから言ってくれ」


「は、はい! その、あの皆が言うんですの……ブレイン様が、そのお尻から、ウ、ウンチしてたって!! 」


何を躊躇っているかと思えば、下品な言葉を言いたくなかっただけか。

経験人数四桁は下らんであろう淫魔人に恥じらいの感情なんぞあるとは思えないが、やはり異常者か。


とりあえず、それは恥ずかしいところを見せてしまったようだ! 的なことを言って罰が悪そうな顔でもしておこう。


「それは恥ずかし」


「もう本当に嫌ですわよね!? ブレイン様からそんな汚いものが出てくるはずありませんのに! ねぇ?」


「え?」


「え?」


なんか、今後に凄く響きそうな勘違い、というか思い込みをされているような気がするが、深堀りはしないでおこう。怖いし。


「あ、はは!そうだな!も~みんなったらぁ!」


「ふふふ! そうですわよね! だから準備しておきましたの!」


「準備? 何の?」


「はい! これから、あと十分後ですわね! 魔王失踪事件の重要参考人のブレイン様には、公開事情聴取にて御話を聞かせていただくことになっておりますの!」


こ、公開事情聴取!?


こいつ俺のことを容疑者として見ているのか!?

何か有力な証拠が見つかった? フェンリルが何か喋った?


いや、さっきの話の流れからだと………、


「ちょっと待っ」


「そこで、魔王城の幹部全員の前で、しっかりご宣言くださいませ! 『ウンチなんてしたことありません!』って!」


―――ウンチしません宣言欲しがってるぅ!?


え、こちとら二百年以上生きてる参謀よ!?

魔国領統一した歴史に名前残る英傑の類よ!?


そんな人に言わせるの!? ウンチしませぇん!って!?


「い、いや。それはちょっと」


「ほら! そろそろ向かう時間ですので参りましょう? ふふふ楽しみですわね?」


少し躊躇ってから俺の手を掴み、歩き始めるサキュバス。


「あ、あの」


「あ! あと、これはあくまで魔王様失踪事件の事情聴取ですので、あまりおかしなことを言ったりすると『処刑』されてしまいますの! だからお気をつけくださいまし! まあブレイン様なら何も問題ありませんわよね!」


前を歩きながら、こちらを向いて太陽のように笑う夜の女王。

鋭いとすら感じるほどの色気を放つ「絶精の美女」に、可愛らしい一人の女の子を垣間見た俺の鼓動は、いつもより少しだけ速い。


俺は気付いてしまったんだ。


あぁ、そうか。


これが―――




―――死刑囚の気持ちか。



************************


―――魔王城 大会議室


「さぁブレイン様! こちらが御席になります!」


サキュバスに連れられ、大会議室―――三十人程度が座れるU型のテーブルが中心に配置された部屋に入室した俺は、Uの中心に置かれた椅子に座る。


見渡すと、席は大方埋まっており、それぞれが緊張と不安の表情でこちらを見つめている。

例外として、右側の一角に座す森の警備などを担当する虫系魔人の代表:ムカデ魔人のムカンディが何故かこちらを鋭い目つきで睨んでいる気がするが、理由が分からないし多分気のせいだ。


「脱糞はいずれ人を殺す脱糞はいずれ人を殺す脱糞はいずれ人をころ……ひいいいいい!!!???」


左側にはフェンリルがおり、爪を嚙みながら何やら呟いていたので、いらないことを言わないように目で牽制しておく。

見たところ脱糞威嚇がかなり効いているようだが、慢心するわけにはいかない。

なんたって命が懸かっているのだから。


正面には、今事情聴取最大の難関となるであろう魔王軍四天王―――魔王、参謀に続く魔王軍の幹部が一同に会している。


左から獅子魔人ライオネル。


「では、ブレイン様も到着されましたので、始めようか」


獅子顔に丸い眼鏡は正直似合っていないから誰か言ってやったどうだ。

獅子魔人特有の「たてがみが立派なほど魅力的」という文化により伸ばし続けたたてがみは地面に引きずっている為、酷く汚い。

似合わない眼鏡に気を取られて大事なたてがみを汚す、まあ簡単に言えば異常者だ。


次いで牛魔人タウロス。


「モーは女のガキがいるって聞いてたモォ? そいつはいなくて大丈夫なのかモー? モ~。モ~」


一人称も語尾も「モー」な牛顔の異常者で、それなのに態度も言葉遣いも下品だからもうどうしようもない。

こいつが魔王に降伏の印として差し出した魔斧はチ〇ポ叩きに使いすぎてガタが来ているから、これが終わったら返そう。


そしてペンギン魔人ぺギル。


「いやぁブレイン様も大変ですねぇ。お仕事忙しそうなのにぃ。あ! 忙しいから殺っちゃった、ってことですかぁ? あ~ウソウソ!冗談ですから睨まないで下さいよぉ!」


ペンギンのクセに嫌味な感じの異常者。

ヘラヘラとした態度は癪に障るが、脳筋が多い魔王軍の中では突出した知恵者で、俺の元付き人だ。

何を企んでいるのか分からない不気味さはあるが、人がやりたがらないことをやる点で有用な人材ではある。


そして最右にサキュバスが座す。


「謎の少女は目が覚め次第こちらに来ることになっていますわ。あとぺギル、口を慎みなさい」


前述の通り異常者だ。


この四人の異常者をどう納得させ、俺の容疑を晴らすか。



―――俺の命を懸けた「事情聴取」が始まる。



「あの、ブレイン様」


こちらは戦いに備えているというのに異常者の一人ライオネルが話しかけてくる。


「なんだ」


「一応公の場ですので……その、下着は履いてください」


「わかりました」


俺は全裸だった。



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