第七話 四天王サキュバスの確信


「はあ、全く何が起こってるのかしら?」


夜明け前、城内のあまりの騒がしさに目を覚ました私は、ベッドに腰かけながら溜息をつく。


私の名前はサキュバス。


魔国領の淫魔人族を束ねる夜の女王にして、魔王軍四天王の一角を担う女。

顔や身体が人間みたいだからって亜人に間違えられることも多いけど、頭と腰に生えた羽、エッチな尻尾がチャームポイントのセクシー魔人よ。


普段は任された自治領で暮らしているのだけど、今週開かれる幹部会議の為に魔王城で宿泊して三日目。

ようやく部屋のベッドに慣れてきて、ぐっすり寝られるようになったと思ったらコレよ。


んもう!いやになっちゃうわ!


とにかく誰かに話を聞かないと、とネグリジェのまま部屋の外に出てみたものの、私の足取りはとても重い。

いや、私は羽で浮いてて、少なくとも足は使っていないワケだから、羽取りが重い、と言うべきなのかしら。


なんてどうでもいいことを考えながら、ふらふらと廊下を飛んでいると、前を歩く兵士の後ろ姿を発見する。


「そこの兵士さん。 ちょっといいかしら」


「サ、サキュバス様ッ! きょ、今日もバチクソにエロう御座いますッ! どうされましたかぁッ!?」


この目がバッキバキにキマッた、そして当然のように泡を吹いているカニ魔人……名前は確かガニマタ、だったわね。性癖はキャベツ。


「ありがとうガニマタ君。パジャマのままでごめんなさいね。 それで? 何があったの? 歩きながらでいいから詳細を教えてちょうだい」


ガニマタ君は私にペースを合わせたカニ歩きを、そして当然のように泡を吹きながら、


「はいッ! およそ一時間前、魔王様の寝室の壁が内側から破壊されました!」


「寝室が破壊!? それで魔王様はご無事なの!? 原因は!?」


「それが、魔王様は寝室にはいらっしゃらず、捜索しておりますが現在も行方が知れず………。原因につきましても特定には至っておりません」


魔王様が行方不明? 何者かに連れ去られた……?

いや、魔王様は魔国領最強の御方よ。誰がそんなこと出来るっていうのよ。


となると、魔王様ご自身が壁を破壊し、外に出られた、という線があり得るかしらね。

ただ、部屋の状況を確認しないことには始まらないわね。


「現場の検証はどうなっているの? 魔王城にはフェンリル君がいるでしょ?」


魔王城の警備兵長:フェンリル君。性癖は失禁。黒い狼魔人で、魔国領随一の嗅覚を持つ、警戒と捜索のエキスパート。

普段は城にいない私でも知っているのは、こないだ彼が優秀だって話をブレイン様から………ブレイン様!? ブレイン様ぁ!!


あぁブレイン様!!


魔王軍参謀として魔国領を統一し、宰相を兼務してからは戦乱に荒れ果てた魔国領を復興した、まさに魔国領の頭脳!

歴代最強と名高い魔王様と並ぶ、紛れもない英傑!


「それが警備兵長殿も魔王様の寝室で倒れているところを発見しまして、つい先ほど意識が戻ったのですが非常に錯乱されており……」


溢れる知性と魔力! あどけなさの残るお顔立ちなのに、落ち着いた大人の色気が垣間見え! 人間でありながら歳を重ねない神秘的な御方!


「うわごとのように『脱糞はやがて人を殺す』とばかり仰っていて、事情聴取が困難な状態で……ってサキュバス様!? どうされたのですがそんなによだれを垂らされて!?」


―――そして、なによりその性癖ッ!


ン性癖ィ!!


それはもうとんでもなくアレな性癖で、どうしようもないくらいアレで! 語るもおぞましいわッ!

こないだ新人の子に話したら泣いちゃったもの!

「どう゛じで~」って!「な゛ん゛で~」って! 泣いちゃってたもの!


そのくらいもうどうしてそんなぁッ!

何が貴方をそうさせたのかしらッ!


「も、もしやそのよだれは私の泡への当て付けですか!? そうなんですか!? な、なんでそんなことをするんですか!?」


あれは忘れもしない二十三年前! 戦に負けた私が貴方様の手を取ったあの日ッ!


その知略!強さ!!共存する可愛げと色気!!!

そしてそれらを容易に踏み荒らしてしまうその性癖ィッ!!


「なんで無視するんですか!? 答えてください! なんでそんな顔をされているんで」


そのあまりの「狂いっぷり」にィ! 私は惚れたのォ!! 好きになっちゃったのォ!!!



………でも、あの人は私を抱かない。


「うわっ急にスンってならないで下さい! 」


女に興味がないわけじゃないのに、私に靡いてくれないの。

私がどんなエロい衣装を着ても、誘惑しても、それなりにエロい目で見て、それだけ。


「それだけぇぇぇ!!!ああああああああ!!!! つれないいいいい!!!! 狂ってるぅぅぅ!!!! 好きィいいいいいいいいいい!!!!」


「!!???」


あ、ああいけないわ。

あまりの情欲にトリップして叫んでしまったわ。


あら、ガニマタ君も怯えて泡を吹いちゃってる。

このままじゃ泡吹きすぎてきっと、石鹸のように擦り切れていなくなっちゃうわ。

だってカニだもの。カニの主成分は泡。石鹸と同じよ。


話を戻さないと。

私は頭を振り、髪を払って向き直る。


「落ち着いてガニマタ君。それで現場の状況は?」


「あ、はい………。それが、現場が大変混沌としている状態でして………。その、何から話せばいいか」


バキバキの目を泳がせ、何やら言い澱む様子のガニマタ。


「教えてちょうだい。ゆっくりでいいから。ね?」


私に言われ、深呼吸をするガニマタ。すると大きな泡ができ、上空へ飛んで弾ける。汚いわね。


「まず、フェンリル様がドア枠にもたれるようにして失神されておりまして、現在は目を覚まされましたが錯乱しており会話もままならない状態にあります」


「外傷は?」


「いえ。外傷は見当たりませんでした」


外傷がない、ということは精神汚染をする魔法………いや呪いの類かしら?

まだなんとも言えないわね。


「分かったわ。続けて」


「はい。小柄な亜人の少女が床に倒れておりました。魔王城にて従事する者の名簿を調べましたが載っておらず、部外者で間違いないとのことです。未だ眠っており素性は不明です」


部外者の少女―――?


魔王様が連れ込んだ? いやだってそんな、ありえないわ!

この国でそんなことするワケない。それに魔王様の性癖は巨漢。


とすると、侵入者―――魔王失踪の重要な手がかりになりそうね。


「分かったわ。ありがとうガニマタ君。まずは捜索を続けつつ、その少女の目が覚めるのを待って事情聴取ね」


「サ、サキュバス様!もう一つ報告が……。えっと」


大まかな行動指針が立ったところで一度部屋に戻ろうとしたとき、ガニマタに引き止められる。

が、ガニマタははっきりとせず、その口から出るのは「えっと」と「その」、あと泡。


「はっきりなさい!」


もにょもにょぶくぶくと時間ばかり費やすガニマタを一喝すると、戸惑いつつも決心できたようで、


「ブ、ブレイン様も倒れて」


「ブレイン様!? 倒れていらっしゃったの!? なんてことそんな! ご無事なの!? 答えなさい!! 早く!!」


「あ、あ、ご、ご無事ですっ! 今は眠ってらっしゃいますが………その、倒れていた状況が」


「あ、あーご無事なのね。良かった、良かった! それで? 倒れていた状況って言うのは?」


「えっと、その、付近に大量の、それはそれは夥しい量の人糞が残されておりまして」


「は?」


ジ、ジンフン? 尋奮………人糞!?


は?


「え、えー。ちゃんと説明して」


「いや、ただ、あの……。いや! ご本人が目を覚まされてから直接聞かれたほうが」


「いいから話しなさい!」


「は、はい! ふー。ブレイン様は下半身を露出されておりまして、その、人糞が―――」


いや、まさか!そんな、そんなことあり得ないわ!


だってあの方はクールでありながら、しかしそこにえげつない性癖を隠し持っている―――そのギャップが私を狂わせているのよ!?

星の数ほどの愛を囁いた恋多きサキュバスの心を、絶対唯一の一等星として掴んで離さない、あのブレイン様が!?


「ブレイン様の肛門より………排出されておりましたッ!!」



「……信じない」


「えっ? サキュバス様? どちらへ?」


「着替えに戻るだけよ! ガニマタ! 私がこれから言うことを魔王城全幹部に通達なさい!」


「は、はい! どうぞ!」


あぁブレイン様、嘘ですよね? あなたがそんな……ううん。


そんなわけない。


そんなわけないもの。


信じておりますよブレイン様。

私は絶好の場を用意させていただきますので。


だから、証明してください。

あなた自身から愚かな皆にお伝えください。


貴方は―――


「今より二時間後、警備兵長、ブレイン様、そしてその少女の公開事情聴取を行うッ!」



―――ウンチなんかしない、って。


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