第十話 威嚇脱糞は精神の凌辱である
「おい、今の話……」
「あ、ああ。それじゃまるで、ブレイン様がわざと脱糞したってことに………」
「イ、イカれてるッ! 」
「上司の部屋で、威嚇脱糞男………ッ!」
魔王城失踪に関する事情聴取―――現場に残された「ウンチ」を巡り、その被害者たるフェンリルの悲痛な供述が会議室の空気を蹂躙していた。
その供述から見えてくる疑惑に、参加者の兵長級兵士達は粗末な所感を共有し、進行役の四天王は頭を抱えている。
俺はというと、それはもうお先真っ暗だ。
脱糞したことが露見することは覚悟していたし、それを踏まえて作戦を考えていた。
が、脱糞時直面したフェンリルを睨みつけて雄叫びで威嚇したことまで周知されてしまった。
もうここにいる部下にとっては俺は知的クールなイケてる参謀ではなく、「上司の部屋で威嚇脱糞男」なのだ。
それにしてもフェンリルのヤツ、ホントにヤッてくれたな。お前のせいで恩師がまごうことなき狂人の評価を下されつつあるよ?
というかフェンリルお前、えらく悲劇の主人公ぶってるし周りも同情してるけど、よくよく考えたらウンチしてる人見て気絶しただけだからな?
正気失うなよそんなことで。
「ゴホン………。えーブレイン様。フェンリル警備兵長の供述につきまして、何か御座いますか?」
ライオネルは困惑の最中でも議長の責務を果たそうと、俺に発言を求める。
仮にフェンリルの供述を肯定すれば、俺は「事件現場に来た警備兵長を異常な脱糞によって故意に威嚇、昏倒させた」と認めることになり、魔王失踪事件の捜査を故意に妨害したことになる。
これは明らかな魔王への背信行為であり、この事情聴取が「俺が犯人である証拠」の収集を目的として進めていく根拠とされてしまう。
ひ、否定しないと! 黙ってもお終いだ! 何か!何か言おう!
「ち、違うッ!誤解だっ!」
「誤解、とは?」
咄嗟に否定したはいいものの、そこに続ける言葉が見つからない。
なんて言えばいい? 正解はなんだ? 何か言い訳をしないと、上手く誤魔化さないと!
威嚇脱糞をした事実、これの理由を如何にするか。
序盤から急転直下の展開に、俺は酷く動転していた。
考えが一切纏まらない。
纏まらないが、次へ次へと言葉を繋げていかなければ。
沈黙は死を意味するのだから。
「び、びっくりしてただけだ!ウ、ウンチしているところに急にフェンリルが入ってきたんだ! 誰だってびっくりするだろう!? 俺は急に入ってきたフェンリルに驚いて、声を上げてしまった!それだけだ! 」
「脱糞されていたことを、お認めになるのですか………?」
唯一別のところに重きを置くサキュバスの失望のこもった言葉。
ただ、今の俺に彼女の心を慮る余裕などなく、
「サキュバス………すまない」
「そんな、なんてこと………」
サキュバスはそれ以上何も言わず、ただ俯いて動かなくなってしまう。
悪いとは思うが、そもそもお前の勝手な妄想から始まったことだから。
お前の想い人、実はウンチするんだ。ごめんね。
とにかく今は、ただライオネルとの答弁に集中するのみだ。
「はい。では話を戻しますが、ブレイン様。驚いただけ、とのことですが、警備兵長の『笑っていた』という点についてはどうご説明されますか?」
正直笑っていた、という自覚はあまりない。
ウンチしてる時普通笑うか? 笑わないよな? ウンチしながら笑ってたらそれこそ狂人だ。
ここは正直に、
「それこそ誤解だっ! 俺は笑ってなんて」
「いや、笑っていた! 私の目に焼きついているッ! 絶対に笑っていた! 絶対笑ってたんだ! 笑ってたんだぁあああ!!!」
笑ってたらしい。 きもっ。
そんなシリアスな顔しないでフェンリル。
今「上司が笑いながらウンチしてました!」って告げ口してるって理解してる?
「笑って、叫んで、脱糞だと………ッ!? イ、イカレてるうッ!!」
「上司の部屋でニコニコ威嚇脱糞男………ッ!」
それ見ろ。兵士達にまたあだ名をつけられた。
もう、完全にフェンリルに同情ムード。
あぁ、これはマズイな。どんな言い訳も通る気がしない。
ライオネルはフェンリルに着席するよう命じた後、
「ブレイン様。笑っていたかはともかくとして、警備兵長の証言によると貴方が警備兵長より先に事件現場にいた、ということになります。現場、つまり魔王様の寝室にいた理由と、そこでなにがあり、脱糞するに至ったのかを教えてください」
これは難しい。
寝室にいた理由は異変を感じてすぐに駆け付けた、とでも言えばいいが、脱糞をどう説明するかだ。
あーダメだ思いつかない! 喋りながらなんとか!
「俺は一つ下の階にいたから音が鳴ってすぐ駆け付けたんだ。もう魔王はいなくて、で、その時に………」
脱糞した理由!どうするどうする? お腹の調子が悪くて、つい我慢が出来ず、仕方なくその場で脱糞することにした! これでいこう!
「腹の」
「ッはぁっ!? ま、まさかぁ!!! ………あ!申し訳御座いません!」
報告を終え、じっくりと自分の資料を読み込んでいたガニマタが突然立ち上がる。
「どうしたのだガニマタ二等? 何か分かったことがあるのなら報告しなさい」
「あ、ありがとうございます! 私は警備兵長殿の話を聞いた時、その、ウチで飼ってるイモ犬のことを思い出したんです。動物が排泄している時は怒るから目を見ないほうがいい、と聞いたことがありまして、今回の威嚇脱糞と似ているな、と」
参謀を犬猫と一緒にするな? 何も考えず生きてる畜生と違って、ただ脱糞したかったわけじゃないんだ。
俺には寝室についた臭いを糞臭で塗り替える必要があったから、仕方なく脱糞をだな。
「それで、脱糞そのものに意味があるのではなく、その臭いをつける、ということに意味があるのでは?………と考えました」
なっ!? このカニ泡吹いてるクセに鋭いぞっ!? マズイッ! 捜査妨害という目的がバレる!
「ほう。どういうことかな? 続けて説明してくれ」
「はい! イモ犬が排泄する時、それには臭いつけてマーキングする、という意味があるんです。ここは俺の領土だぞ、と他の動物に警告するんです。そしてこれを今回に当てはめて考えてみましょう。魔王様の寝室に、魔王様に次ぐNо2の参謀殿がマーキングをした、と」
………おいおいおい! 違う! そうじゃない!!
その考えはやめろ! それ以上言ってくれるな!それじゃまるで―――
「なるほどぉ~。 魔王様が治めるこの魔王城、並びに魔国領全体を自分の領土とするメッセージだとぉ。そういうことですねえ? あれ?でもそれじゃまるで―――」
俺がガニマタの推理が行きつく先を察した時、長らく沈黙を貫いていた狡猾なペンギン魔人―――四天王ぺギルが大袈裟に手を打ちながら参戦する。
彼は自分の額を叩きながら考えてみせた後、
「―――『自分が魔王を殺しました』って言ってるようなものじゃあないですかぁ~!!!」
俺を殺しにきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます