第01章 冒険者になる

01-01. 姉兄の登録


 冒険者の地図はいい加減だな、と思った。


 距離感がまるで分らんし、下手すると方角まで不正確だ。

 正確な地図を測量して売り出せば儲かりそう、と思いかけ、却下する。

 正確な地図は、あれば便利だが、逆を言えば戦略的な国家機密にもなる。技術ソノモノはアルのだろうし、国境も移動していく冒険者が気軽に持っていていいモノではないのだろう。


 それにしても不正確過ぎませんか。

 まさか森を出て5日もかからず街へたどり着くとは思わなかった。

 あの「冒険者」達は何に手間取ってきたのか。


「冒険者」の記憶を「この子達」に移植しておいて、本当に良かった。

 さほど迷わず無事に街へたどり着き、ホッと息を吐いて「姉兄」へ振り返る。

「冒険者」2人から出来上がったのは、複製培養の2人。ただやはり欠損部分が多くあったので、出来上がったのは女性の成人体(18歳くらい?)と、子供の男子(15歳?)。

 僕は、まぁ情けないコトに「弟」の背に荷物と一緒に担がれていた。

「姉」と「弟」と僕。同じ黒髪黒瞳の姉弟に見えるよう、調整してある。

 姉はルース・レイ、弟はラース・レイ、僕はダムス・レイ、森向こう国境際のレイ村から来た3人の姉弟。

 という設定。

 この国には戸籍制度がなく、辺境は貧しい。労働力の子供を手放すのは珍しいく、しかし親、もしくは保護者がいなければ逃げ出す者がいても不自然ではない。

「そういう」子供達がヘンピな街で冒険者申請するのも、わりとよくある話。出身は誤魔化したいが、街道を移動する身分保障は欲しい。盗賊になる気がなければ、冒険者になるのが手っ取り早かった。

 ただ、年齢制限があるとは思わなかったが。


「ダムス君は無理ね。登録は12歳からよ」

 冒険者ギルドのカウンターで、受付をしてくれた女性が残念そうに言うのに、ルースは書類3枚目を書き込もうとしていた手を止めた。

「クラスの問題?」

 12歳の新年になると(おおむね自分の年齢を数える知識はないが)神官が子供達を集めて品定めをする。一般には「祝福」と称され、クラスが、大雑把に言えば魔法や特殊技能を使える能力が発現していることがあり、同じ年に生まれた者たちと共に「成人」とみなされる。クラスを授かった者たちは(決まり通りなら)領主が専門の教育を施す。その他は自力で様々な職業に就くが、辺境生まれの多くは不遇な人生を過ごす。

 大姉ぇルースのように文字の読み書きができる者は少ないはずだ。

「それもあるけど、小さすぎるの。特にこの街で許可は出せない」

 見ため年齢5歳。移動も小兄ぃラースに担がれて、では、確かに魔物が多く出現する森近くの要塞のような街で危険度の高い冒険者登録などお勧めしない。驚いたのは、倫理観がしっかりしすぎていること。

 たしかにこの要塞街では「普通の子供」を見かけていない。門の警備は出入りに厳しくなく、通りの店も武器や薬屋、宿屋がメイン。食糧や日用品を売っているのは屋台や露店のような小さいモノばかり。

 魔物があふれ出ないよう、対処するための要塞街。

 魔物や周辺の希少な素材を収集するための街でもある。


 この街は、正式な名称はあるのだろうが、単純に「壁の街」と呼ばれる。実際は小さな丘に防壁を築き、壁が厚く必ず地下室のある石造りの建物が連なっている、街中まで防壁のような街。あくまで物資補給の地であり、宿屋はあるが住居は少ない。物資は補給でしかなく、物価は軒並み高い。しかし森周辺の魔獣などの希少アイテムや途切れない討伐依頼で、ギルドと契約している限りは食いっぱぐれが少ない。正確には、ギルドからの依頼をこなせる実力がある冒険者ならば、の但し書きが付くが。

 剣士の記憶によると、森丸ごとが「特殊なだんじょん」のようなモノらしい。ただ「普通のだんじょん」がどんな物かわからず、森の中にあった施設がさらに「だんじょん」扱いされている訳で、知識不足で意味不明。

 まぁともかく、ルースとラースしか冒険者登録が出来ず、末チビは明日から何をするべきか、心底悩む。


 と、後方で濁声が叫ぶ。

「こんな細っこい小娘が剣士だとさ!」

 ラースと僕は思わず振り返ったが、ふと見上げるとルースはガン無視決めていた。

「装備を買う金もねぇのか」

 背後にいたのはスキンヘッドの……冒険者かもだが、専門までは分からない。ただ背は高くガタイもよく、全身を金属で補強した革鎧で固めている。足元も厚底のブーツ。

 対して僕等はというと、剣士登録した大姉ぇは背に担ぐ大剣、タンクの小兄ぃは体半分が隠れる盾、それだけ。服装は長袖ズボンで、靴はなく草編みしたサンダルに辛うじて布で覆って素肌を守っている程度。戦闘どころか農作業に出かけるのにも貧弱そうだ。僕に至っては貫頭衣に大きすぎな帽子のみ。笑われて道理。

「なぁ嬢ちゃん、俺のパーティに入れよ。ガキ共の面倒も見てやるぜ?」

 うーん、速攻で奴隷市場へ突っ込まれそう、と思いながらルースをもう一度見上げる。彼女は僕を視線だけで見下ろしていて、意味は分かり易く「排除する」だったが、目を伏せて却下する。ルースの武器は室内で振り回すのに難ありすぎ。

 ラースの背から飛び降りる。この場は小兄ぃに任せようとし、小声で囁かれる。

「(排除して)いい?」

「だめ」

 危険思想だよこの二人。そんな血を見たいなら瀉血しゃけつしろ。

 いや、一言でも零したら実行しそうだからコワイ。


 ラースは肩をすくめると、3歩出た。

 彼は、たぶん申告した年齢の平均では低い方だろう。ずんぐりムックリした体形で、手足は寸足らずのような印象かも。例えるなら大型犬の子犬。手足は太いが動作はまだまだ無駄が多い。強くなりそうだけど、幼い。

 スキンヘッドはラースに注意を払わない。ルースを口説こうと集中している。目的は非常に分かり易いが、初手アプローチを失敗しているのを早く悟れ。そうすれば衆目の中で失態を晒さずに済んだのに。

 いや、デモンストレーションの相手としては優良なんだが。

 ラースは身を屈めると、飛び上がる。何気ない屈伸運動のようでいて、高さは簡単にスキンヘッドの胸元まで。その時にはもう360度回転した小兄ぃの足裏は革鎧上のプレートを蹴って、そのまま着地。

 2秒の間があり、スキンヘッドはゆっくりと後方へぐらつき、そのまま棒のように倒れた。後頭部直撃はヤバイかな、と思ったが、助ける術はなかったと思う。

 ラースは「ふん」と息をつき、意味もなく胸をそらし、声を張る。

「姉貴への取次は俺を通して下さい」

 見回して、もう1つ追加。

「姉貴は俺より強いですよ」

 1秒の静寂後、ギルド内にいた他の冒険者たちは各々の行動を開始した。

 冒険者は状況判断が早くていい。遅ければ、どこぞのスキンヘッドと同じ末路か。


 ラースが何をしたかというと、見かけによらない脚力の披露。

 己の身長以上のジャンプももちろんだが、大男を蹴り飛ばさない程度の蹴りと、その蹴りを心臓真上へ正確に叩き込み、瞬間的な心停止で気絶させた。

 スキンヘッドがラースに意識を払っていなかったにしろ、子供が大男を一蹴りで戦闘不能にした。

 つまり、冒険者としての力量である。


「喧嘩は外でお願いしたいですね」

 受付の女性がにこやかに言う。ルースは「次は気を付けさせる」言い、登録カードを受け取った。これで姉兄は「冒険者」の身分証明書を手に入れた。ただし、ちゃんとギルドの依頼を一定数請け負わなきゃならないが。

 姉兄は明日から何かしらの依頼を受けるにしろ、さて僕は何をしよう、と最初の疑問に行き返り、思いついてラースに耳打ちする。自分で言ってもいいが、ラースの方がカウンターに近い。

 ラースは丁寧に「すみません」断りを入れてから「初心者が読んでおいた方がイイ教本か、地域の動植物図鑑か、魔法の初歩的なモノとか、そんな本がありますか?」聞いてくれた。

 受付嬢は「あるわ」頷いて、奥にある階段を示す。

「二階に本棚があるの。申請してくれれば、好きに読んでいいわよ」

 やった! 明日からの暇潰し、じゃなくて知識収集チャンスのゲットだぜ!


 宿に落ち着いてから、ルースに「露骨すぎ」文句を食らった。


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