00-02. 改修と襲撃


 果たして何が起こったのだろうな、とつらつら考える。


 僕は治療のために人工冬眠装置で15日間の低温治療、のはずだった。

 しかし目覚めれば溶液につかり、ポットは、医療室は侵入した樹根により壊滅状態で、肉体は幼体化していた。たった15日でこれほどの変化が起こるはずもなく。

 システムの記録を信じるのならば、僕が冬眠状態になって千年ちょいが過ぎているらしい。

 千年ってなんだ!? とまず思ったが、ソレはまだいい。

 一番の疑念は、僕の治療記録が十日程しか残されておらず(研究チーム共は予想通りエゲツナイ成果を上げていたようだ)、以降の人為的データ更新が「あらゆる分野で」成されていない。

 僕の治療終了後も再起動指示がなく、システムが異常事態を判断して休眠モードへ切り替え、更に百年ほど経過後に個体保持の省エネと自己の免疫力に期待して幼体化したらしい。そして年月により植物の浸食を受け、システムというか医療室(人工冬眠装置)を維持できなくなったので、強制覚醒させた、と。

 システムの判断力も研究チーム並みだったというコトだ。

 起こしてくれただけ、まだシステムの方が紳士的。


 さてどうしたものかな、とベッドへ大の字に寝転がる。

 医療室から脱出し(方法は情けないので端折る)、施設内でまだシステムが正常機能する区画が残っており、研究員用のその個室でようやく人間らしい生活を確保した。

 シャワーを浴び、システムに幼体化した身体にあった衣服(子供服とは言いたくない)を縫合させた。不満があるとすれば、1つは食事。予想はできるが、千年も補給補充がなかったのだから、出てくるのはレーションまがいの固形食。温かいスープも出ては来るが味は二の次。そしてもう1つが鏡。施設内の閉塞感緩和の為か、壁が鏡面になっている場所が多い。おかげで現状を視覚的に追認識される。短い手足に小さな体、でっかい頭。動作がたどたどしくアンバランス。これぞ幼児!

 ……自分の姿だが。

 5歳児くらいだろうか。いくら省エネのためだって幼体化させすぎだ。植物の浸食具合は予想できるだろうし、もう少し計画的に覚醒させてほしかった。

 いや、そんな人間の機微をシステムに期待するのは無駄か。研究員だって「長持ちするから助かります」とかで放置しそうだし。

 もういないので確認しようはないが。是非とも確認したくないが。


 さて、と起き上がって、窓の外に広がるのは緑の森。

 この研究員の部屋を使っているのは一番高台の隅部屋で、外がよく見渡せるから。それでも見えるのは森が続く緑ばかり。遠くかすかに影が見えるのは山だろうか。大きな鳥や森の中を移動する影は何回か見たが、確認はしていない。

 屋外のマジウム値が高い為、システムから外出許可が出ない。

 森の中で、マジウム値が高い。異常事態だ。

 この施設って首都にあったはずなのに、周囲は森ばかりで施設より高い建物があった形跡は見えない。まして汚染濃度7レベルって、道理で生態系のおかしい生物ばかりが捕れるワケか。

 思い出して、ベッドから降りる。日課になってしまっているが、安全圏まで外部を見に行ってみよう。


 医療室から脱出し、施設の正常区画に来てシステムと接触できるようになり、真っ先にしたのは状況の把握。

 施設の状況、正常区画はあるか、一定の居住はできるか、人工冬眠装置で何年過ごしたのか、研究員やその他の有無や、記録の見直しや、在庫の確認、諸々。

 ある意味で有意義な3日だった。この未熟な体のリハビリになったし、すべてが成人仕様で構成されている入出力端末に殺意が沸いたのは省くとして、ともかく細々とやるべきことが多くて気が紛れた。

 分かったのは、施設は孤立して半休眠状態だったこと、周囲は、少なくとも首都だった範囲は森林化しておりマジウム汚染濃度7であること。施設のエネルギーはとっくに枯渇しており、無人化してからシステムが構築した太陽光ソーラーでなんとかポットや施設内の維持管理をしていたらしい。現在の使用量では10日も持たせられないようだ。

 施設の管理システム程度が、ここまでよく頑張ったものだ。少なくとも施設内は正常な空間を保ち、補給のない状態で僕を千年も生き延びさせた。

 寝てただけなので、千年の実感はないが。

 ともかく、無駄は省く必要がある。もう崩壊、半壊している施設へのエネルギー供給とシステムからの管理を切り離す。所々手動で行わねばならず(入力装置に殺意を抱いたのはこの時)、再利用できそうな資材は回収したいが、今は後回し。

 あの医療室も投棄することになった。汚染から逃れた植物達が今後どう変質していくのか興味はあるものの、悠長に観察できるワケもなし。

 システムから投棄確認が3回も繰り返されたが、僕はつど許可を出した。廃棄されても元の設計図は存在するので、資材さえ揃うならば再構築は可能だ。それにエネルギーを3千年送り続けたとしても、もう結果は変わらないので。

 システムは数拍置き、以後24時間内で変更指示がなければ廃棄作業に入る、と言った。

 それが2時間前の話。

 なんとも人間臭い回答だ。システムのくせに。


 それだけやっても、エネルギー残量は10日間が27日になっただけ。

 施設外へ出ていくのはやぶさかではないが、汚染がなぁ、どうしようかなぁ、と思いながら、従来の出入口ではない外壁の大穴へ向かう。だってこっちの方が見晴らしイイし。

 壁穴からは周囲がよく見渡せる。壁から(大人の歩幅で)10歩程度であるが、汚染の影響が少ないらしく、樹ではなく草地になっている。

 そしてその草地に、へんな残骸が散らばっているのだ。古いモノは風化していたりするが、新しそうなモノは腐っているので近付きたくもない。おそらく「森の中を動く影」が近付きすぎてシステムに排除されたのだろう。

 ただ「見たことがない(予測ができない)モノ」ってのには興味がある。

 システムに「壁外のモノを洗浄して拾い集めろ」命令したが、小型でも外部活動機を作り運用するには8日分のエネルギーが必要で、完成予定は25日後だ、と言われた。

 無理ですね、はい。


 施設を休眠モードにすれば一番の省エネだが、それだと僕の生活が成り立たない。

 汚染も、携帯できる除去装置は設計図あるし作成も可能だが、資材と稼働するためのエネルギー問題がある。ずっと方陣を展開させておくのは、できるが、集めた物質をどう処理するか。

 汚染をエネルギー化できれば一番楽だが、これもナイナイだし。

 もう500年ばかし早く覚醒させてくれれば打つ手もあったものを。


 少し呆けて「外」を見ていたら、樹の中で動く影、が近い? と思った時にはもう目の前が黒い壁で、目を閉じる暇もなかった。両脇の通路から重低音の衝撃が鳴って、見れば何か獣で、こいつら2匹だっけ? と思う前に、叫び声が聞こえた。

 顔を向けると、人間型が何か(言語らしいが初めて聞く)叫びながら、施設の大穴へ、つまり僕の方へ走ってくるのが2体、あと樹の淵で騒いでいるのが3体。


 あ、それ以上近付くと、と考えていられたところが最後。


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