第五章 スイミー 5

          * 5 *



 ――こいつは相手するだけ無駄だ。

 アイスタッチ。

 取り込んだ魔族が持っていた、手に触れた物体を瞬時に凍結する魔法。

 その力は最大にして使えば流れている川すら凍りつかせ、向こう岸まで歩いて渡ることができるようになるという、凄まじい冷気を発生させる。

 両手につかんだラキにアイスタッチを使い、凍りつかせようとしたが、無駄だった。

 人間ならば瞬時に全身を凍らせ、冷凍の肉にできるというのに、ラキには肌や髪に霜がつくだけで、無表情に見つめてくる彼女自身に変化は見られない。

 炎に焼かれず、凍りつきもせず、力で叩き潰すこともできない。

 オリハルコンの鎧が変化した美少女は、相手をするだけ時間の無駄だと、いまさらながらにゴローは気がついた。

 ――力は弱いんだ、放っておくのが一番か。

 手のひらに握り込んだラキは、もがいてはいるが、逃げ出すほどの力はないようだ。先ほどなぎ払おうとした手を止めたトールの方が、腕力はかなり大きい。

 ――やっぱり、あいつを倒すしかない。

 そう考え、ゴローはなにやら女たちと頭をつき合わせて相談をしているタクトのことを睨みつける。

 もう、魔王軍を捨てる覚悟はできた。

 手足がいた方が何をやるにも便利であるが、使い勝手の悪い手足ならない方がいい。ほしくなったら力で新しい歪魔を従わせれば良いだけのこと。

 それだけの力が、いまの自分にはあると、ゴローは考える。

 ――元の世界なら、力と、金があれば、従わない奴なんてほとんどいなかったのに。

 タクトにも、金を与えるから下僕になれと言ったことが一度だけある。

 しかしタクトは即答で拒否した。

 金などいらないと、金よりもほしいものがあると、彼は泣きながら睨みつけてきた。

 この世界の住人も、商人などであれば金で従う者もいる。しかし、そうでない者の方が多かった。

 日々の食料にすら困窮することもあるこの世界の住人にとって、食べられない金は決して絶対の価値ではない。金があっても食料がなければ、買うこともできないからだ。

 金よりも食料、そして家や服の方がいいと、この世界の住人は言う。それは同時に、魔王軍の妖魔たちも同じだ。

 さらに姫や、タクトの女たちは、それよりさらに違うものを求め、彼の傍にいるようだった。

 ――タクトの持っているものを、なぜ俺は持っていない?

 力も、金も、生まれも、顔も、すべてにおいて優れているはずの自分が、タクトに敵わない理由が、ゴローには理解できなかった。

「何をする気はわからんが、相談は終わったか?」

 タクトの元を離れて、こちらに向かってきたトール。

 相談は終わったらしく、先ほどまであった迷いの表情はなく、彼女は真っ直ぐにこちらを見つめてきていた。

「そろそろ終わらせてやるぜ。てめぇら全員、叩き潰してな!」

 つぶやきながらゴローは、両手でつかんでいたラキから片手を離しつつ、息を吸う。

 狙いはタクト。

 他の誰を倒せずに終わったとしても惜しくはないが、タクトだけは殺しておかなければ気が済まない。

「痛っ」

 トールを火あぶりにしてその間にタクトを叩き潰そうと、炎を吹き出そうとしたとき、ラキをつかんでいた左手に鋭い痛みが走った。

 思わず左手を開いて右手で押さえつつ見てみると、人差し指の関節に、巨大化した身体だと針のように見えるナイフが突き刺さっていた。鎧のような外皮の隙間に差し込まれたらしい。

 ――しかし、どうやって?

 ラキの両腕はつかんだ手で押さえていたから、自由になっていなかった。片腕でも抜け出された感触もなかった。

「やはり関節の内側は装甲が弱く、装甲自体にも隙間がありますね」

「ラキ、大丈夫か?」

「大丈夫です。ヘタレちんカス魔王の攻撃程度、ワタシには先ほどカエデがタクト様にしたキスよりも注目に値しません」

「てめぇ、どうやった!」

 タクトとトールに目をやった隙に、どうやってナイフを突き立てたのかわからなかった。

 方法はわからなかったが、硬いだけの女に傷つけられたことは許せない。

 並んで目の前に立ち、こちらを睨みつけてくるトールとラキに向けて両方の小節を同時に叩きつけ、左右に避けたふたりを追撃して両腕を広げた。

 ――捕らえた!

 軽いラキは壁に叩きつけられ、拳を受け止めきれなかったトールも吹き飛び、激突した柱をへし折りながら瓦礫の中に埋まる。

 ――死ね、タクト! いや、この場合は……。

 ふたりが行動不能になってる一瞬、ゴローは大きく息を吸った。

 狙いはタクトではなく、彼の隣に立つ幼い女の子。

 彼女に向けて唇をすぼめ、鋭く息を吹き出した。



            *



 ――あ、ボクは、死ぬ……。

 トールとラキを吹き飛ばしたゴローが大きく息を吸っているのが見えた。

 攻撃が来るのを理解して動けなくなったアーシャは、魔王と目が合った。

 その瞬間、自分が狙われているのがわかった。

 床の石を沸騰させるほどの炎は、殴られたり蹴られたり刺されたりするよりも、強力な攻撃。炎を浴びれば自分は死ぬ。

 ――せっかく、タクトさんに生き続けられるようにしてもらったのに……。

 避けるなんて、考えることもできなかった。

 魔王に攻撃されたら、終わるまで縮こまっていること。

 それ以外の対処法なんて思いつかない。

 だから自分は死ぬ。

 アーシャは呆然と、それを受け入れた。

「アーシャ!」

 細く絞られた槍のような炎が目の前まで迫ったとき、声とともに視界が真っ暗になった。

 強く目をつむったタクトの顔。

 彼に抱きしめられ押し倒されたのだと気づいたアーシャが、いままで自分のいた場所を見てみると、そこには小さな火山の火口のような穴と、その穴を囲う沸騰した石があった。

「タクト!」

「タクト様!」

「大丈夫だ。当たらずに済んだ」

 トールとラキは、ゴローの前に構えて続けて吐き出そうとした炎を防いでいた。

 額に汗をいっぱい掻きながらも、タクトは心配の声をかけてきたトールに応え、身体を起こした。

「大丈夫か? アーシャ」

「う、うん……。ボクは大丈夫」

「姫。柱の影へ」

「わかった」

 立ち上がったタクトはアーシャを抱き上げ、姫とともに柱の影へ向かう。

 身体も、顔も硬直してしまっていたアーシャに微笑みかけてくれるタクトは、まるで竜王のような、とても力強い、安心できる存在に思えていた。

 ――どうして、ボクを守りに来てくれたんだろう?

 一歩間違えば死んでいたかも知れない状況。

 それなのにタクトは、アーシャを助けるために飛び込んできてくれた。

 おそらくゴローはタクトがそうするだろうと狙って、炎を放ったのだと思う。

 倒れたタクトを焼くための炎はトールとラキに防がれてしまったが、最初の槍のような炎も、追撃の炎も、避けきれなかったら彼は死んでいた。

 それがわかっているはずなのに、飛び込んできてくれた彼が、アーシャにはわからなかった。

「――どうして、タクトさんは、そんなに勇気があるの?」

「勇気?」

 柱の影に隠れたタクトに、アーシャはそう訊いてみた。

 けれど彼は、首を傾げて困惑した表情を見せるだけだ。

「勇気、なんて俺にはないよ……。身体が勝手に動いた。それだけだ」

「でも、避けきれなかったらとか、たぶん魔王が倒れたタクトさんを狙って攻撃してくるだろうって、わかってたんでしょ?」

「そりゃま、わかってたけど、動き出したら止まらないよ」

 少し照れたように言い、アーシャの身体を下ろしてタクトは頭を掻く。

 やっぱりわからなかった。

 アーシャなら、もし他の人が襲われそうになっていても、身体が縮こまって動けなくなる。自分が攻撃されても、それが終わるまで小さくなっていることしかできない。

 死ぬとわかっていても、動けない。

 それも相手が魔王、あれだけ散々自分を傷つけてきた相手なら、なおさらだ。

 タクトもまた、ゴローにイジメられ、酷い目に遭ってきたのだから、アーシャと同じはずだった。

 それなのに、タクトは自分を助けるために動いてくれた。

 それは勇気以外の、なんなのだろうか。

「しゃらくせぇ! タクト、さっさと死ねや!!」

 トールたちと戦っていたゴローが叫び、床を蹴って飛び込んでくる。

 天井に背中かが着くほど飛び上がった巨体が、ぐんぐんと迫ってくる。

 けれど再び、タクトが自分に覆い被さってくれた。

 ――でも、ダメだ。

 巨大化し、両手を握りしめて振り下ろそうとしてくるゴローの攻撃は、タクトの身体だけでは防ぎきれるものではない。

「ぐっ……、あっ。なんだこりゃ!!」

 そう思っていたのに、魔王の攻撃はタクトとアーシャには届かない。

 長い黒髪がアーシャの視界を遮った。

 抱き合うアーシャとタクトの前に立っていたのは、姫。

 うっすらと、おそらく女神の姿が姫の目の前に見えたと思ったら、叩きつけられるはずだったゴローの拳が、身体ごと吹き飛ばされていた。

「タクトのそれは、勇気などではない。ただの条件反射だ」

「……酷いな、姫」

「本当のことだろう? 身体が勝手に動いてしまう、前に出てしまう身体の動き、それらは勇気ではないかも知れない。だが、前に出る行動を起こした者のことを、人は勇気ある者と評価する。実態はなんてことはない、恐れにより立ち止まってしまうか、守りたい、死なせたくないという想いにより身体が動いてしまうかの違いだけなのだがな。その両方ともが、言うなれば条件反射だ」

 両手を広げ、一瞬の力で魔王の攻撃を防ぎきったカエデは、振り返って笑む。

「人は前に出る反射的な行動を、勇気と呼ぶ。自分の望む結果を得たい、そのために身体が反射的に動いてしまっただけであってもな」

「まぁ、そんな感じかな……」

「私のいまの行動もそうだ。反射的に身体が動いただけだ。しかしこれ以上は守れんぞ。この身に受けた祝福では、護身は一日に一度だけだ」

 タクトと同じように顔を汗でびっしょりと濡らしたカエデは膝を着いた。

「どうしたら、そんなことができるの?」

 顔を見合わせ、なぜか微笑み合ったタクトとカエデ。

「できるっていうか、アーシャに怪我してほしくない、死んでほしくない、っって思っただけだよ」

「その通りだ。望むことを無心に実行する。必要なことはただそれだけだ」

「望むことを無心に実行する……」

 それは、決して簡単なことではないとアーシャには想えた。

 魔王に睨まれると、無心になって縮こまることしかできなかったから。

 けれどいま、ゴローはいまもまだこちらを窺っている。タクトを殺そうとしている。

 ――ボクは、タクトさんに死んでほしくない。

 そう、強く思う。

 もしいまもう一度ゴローがトールたちを躱して攻撃してきたら、誰も守ることができない。

 ――ボクなら、タクトさんと、カエデ様を守ることができる。ボクは、みんなを守りたい!

 胸に当てた手を強く握ったアーシャは、そう強く想った。

 そのとき、ゴローがトールを抑え、ラキを吹き飛ばし、息を大きく吸った。

「危ないっ!!」

 そう叫んだアーシャは、顔を硬直させて動けなくなったタクトとカエデの前に出て、両腕を突き出した。

「なんだそりゃ?!」

 吹き出された炎を防いだのは、うっすらと白い光。

「これは……、竜法?」

 炎が完全に止まった後、カエデがそうつぶやいた。

 竜族が持つ力。

 決して大きくない翼で空を飛び、炎や氷や光を吐く竜が使う、能力。

 まだ幼いアーシャがこれまでに使ったことがない力を、彼女はいま初めて、タクトとカエデを守るために使った。

「――ボクでも、タクトさんを、守れたよ!」

「うん……。ありがとう、アーシャ」

 怖くて、脚が震えて、でもタクトを守れたことが嬉しい。誇らしい。

 だから涙を目尻に溜めながらも、ふたりに振り返ったアーシャは、ニッコリと笑った。

 ほんの少しだけれど、まだたった一回だけれど、自分にも魔王と戦う勇気が持てたのだと、少しだけ強くなれたという実感があった。

「竜法だと?」

 カエデのつぶやきを聞いてゴローが言葉を漏らし、攻撃を止める。

「――てめぇガルド!! あの竜族のガキはどこにやったんだ?!」

「魔王様が、邪魔にならないところに捨ててこいと言われたので、要塞の外の、邪魔にならない場所に捨てておきましたが。もう死ぬからどこでも構わないということでしたので」

「……いま、俺様の邪魔になってるじゃねぇか!」

「そうなのですね。これは失礼しました。まさかこんなことになるなど、想像もしていなかったので。竜族の遺骸をを王女様の目の前に捨ててくれば、不快に思うだろうとしか考えておりませんでした」

「てめ……、タクトの権能を知ってたわけじゃねぇだろうな!!」

「はて。タクト殿の権能を、目の前で確認したことはありませんでしたので」

「…………てめぇ含めて、全員殺してやるよ」

 これまでよりもさらに顔を怒りに染め、口からだけでなく目尻や耳から炎をあふれ出させるゴローは、メチャクチャな攻撃を始めた。

「……そろそろ、決着をつけてくる。姫を、頼めるか? アーシャ」

「うんっ。カエデ様のことはボクが絶対守るよっ。――タクトさんも、気をつけて」

「あぁ」

 トールとラキの動きに翻弄され、柱の影に隠れていってしまったガルドとリディを探すゴローを横目で見るタクトに言われ、アーシャは力強く頷いた。

 成功するかどうかはわからない。

 けれど、タクトはみんなを守るために、柱の影に身体を隠しながら、魔王の近くに向かっていった。

 アーシャはそれを見送り、また攻撃が来たらカエデを守れるよう、両手をゴローに向けて突き出した。



            *



 柱に隠れてゴローに近づいていく俺に気づいて、トールが視線だけ飛ばして、小さく頷いた。

 それに頷きを返した俺は、がむしゃらにトールとラキに攻撃を繰り返すゴローを窺う。

 謁見の間は、すでに床が抜けないのが不思議なくらいぼろぼろだ。

 屋根を支える柱は三本が折れて転がり、床なんてもう、平面になってるところが少ないほどだ。

 巨大化したゴローは、それで強くなったつもりかも知れないけど、そうでもなかった。

 大きくなった分、攻撃範囲は広がってるけれど、腕力はトールと同等が良いとこだし、ガタイが大きいと言っても人間サイズのトールは捕らえ切れてないし、ラキには相変わらず一切の攻撃が通じてない。

 攻撃範囲の広さはそれだけで脅威なわけだけど、小さかったときより強くなってるというほどではなかった。

 そんな中で、トールとラキは必死に戦いを続けている。

 もう一度、俺がソウルアンリーシュを使う隙をつくるために。

「こんちくしょう! さっさと倒されやがれっ」

「貴方の攻撃は大きさの有利を知らなすぎます。元々巨人族であったわたしは、貴方程度の巨体と戦う方法など熟知しています」

「くそうっ!」

 拳は当たらず、むしろ弾き返され、炎はラキに防がれ、冷気を籠めた手でつかもうとしても避けられる。

 こちら側も有効打を与えられず、決着がつけられないままだけど、ゴローはゴローで戦いが大雑把過ぎて決め手に欠けていた。

「これならどうだっ!」

 ラキに拳を振り下ろしたゴロー。

 全身でそれを受け止めようとしたラキだったが、直前に開かれた手に押さえつけられた。

 かろうじて大剣二本を使って受け止めたが、上から押さえつけられて身動き取れなくなった。

「大丈夫ですか? ラキッ」

「問題ない。無能な魔王との戦いには飽きてきます」

「はっ。動けもしねぇクセに大口叩くんじゃねぇ。このまま床に埋め込んで動けなくしてやるからよっ! そしたら後は大女だけだっ」

「できるとお思いですか?」

 足が床石を割ってに沈むほどの圧力がかけられているのに、ラキの表情に変化はない。

 むしろ余裕を感じさせる彼女は、押さえつけてくる魔王の巨大な手のひらを大剣二本で受け止めつつ、反撃に転じた。

「ラキ?! あ、貴女、そんなところが?」

「ぐっ。て、てめぇ、なんだそりゃ……」

 二本の長剣を、装甲の薄い手首に突き刺されたゴロー。

 大剣を持つ両腕は、いまなおラキの頭の上に掲げられている。

 にもかかわらず、彼女は背中に背負っていた二本の長剣で、ゴローに攻撃をしていた。

 トールすら驚きの声を上げた、ラキが反撃に使った部位。

 金色の、ツインテール。

 ラキの左右に垂れていた髪の束が、まるで腕のように動き、背中に差していた長剣をつかみ取ってゴローの手首に突き刺していた。

「これですか? 見ての通りワタシの髪です」

「髪が、動くっ、かよっ」

「はい。髪ですが、ただの髪ではありません。貴方自身がワタシを放ったのですから、憶えているでしょう? 大魔王は四本腕でした。眷属となったワタシは身体こそ人間とほぼ同じ構造となりましたが、大魔王の鎧だったときの特性を持ったままです。鎧だけでなく身体の強度もそうですが、構造についても同様です。この髪はワタシの髪ですが、同時にキラーアーマーだったときにあった、腕でもあるのです。……さすがに骨も肉もない腕ですので、自由に動かせてもそれほどの力はありませんが」

 凄いことのように思えるのに、なんでもないことのように言ったラキ。

 そのまま剣に絡みつかせた髪を操り、刀身を捻った。

「ぐわっ!」

 まだどうにかラキのことを押さえつけられていたゴローが短く悲鳴を上げ、力が緩む。

 するりと手の下から逃れたラキは、大剣を大きく振り上げ、髪の腕の力も使い、ゴローの手の甲に突き刺した。

 装甲の隙間を狙ったその攻撃は、手のひらを貫通し、ゴローの手を床に縫いつける。

「トール!」

「わかっている!」

 痛みに顔を歪ませながら手を動かそうとするゴローだけど、体重もかけて剣を押し込むラキがそれを許さない。

 その間にラキに呼びかけられたトールが、手近な柱をつかんだ。

 トールの胴よりも遥かに太い、謁見の間の折れた柱の一本を。

「食らええええぇぇぇーーーっ!」

 ダイナミックにそれを振るい、魔王の横っ面をぶん殴るトール。

 柱を砕くほどの打撃はよほど効いたのだろう、ゴローの目から焦点が消えた。

 その隙に懐に飛び込んだトールが攻撃したのは、ゴローの右足の、小指。

「あがああぁぁぁーーっ!!」

 思いっきりウォーハンマーでぶん殴り、ヘンな角度になっている小指はいま、タンスの角にぶつけたような痛みが走ってることだろう。

 たまらずゴローの身体が床に伏す。

 地響きを立てて倒れたゴローに、俺は走って近づきその大きくなった額を手で触れた。

「性懲りもなく……。さっきもそれやって、通じなかった、だろ……。俺様はてめぇの権能に同意はしねぇよ……。やるだけ、無駄だぜ」

 俺の接近に気づいたゴローは、焦点がいまひとつ合わないながらも、力ない言葉でそう言ってくる。

「賭けに過ぎないが、今度使うのはゴロー、お前に対してじゃない」

「なん、だと?」

 瞳に力が戻り始めてるゴローを見つめ、俺は言った。

「今度使う相手は、お前が取り込み切れてない、――スイミーに対してだ!」

「――や、やめろ!」

「ソウル、アンリーシュ!!」

 ゴローの身体の内側にあるはずの気配を探りながら、俺は唱える。

 身体に満ちている、ゴローの魂。

 その中に、俺は見つけることができた。

「スイミー! 俺の権能を受け入れろ!!」

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