婚約?
授業そっちのけで、私とクロードは校舎裏へ。
メイリアスとレイラも付いて来ようとしたが、クロードに『付いてくるな』と一喝され黙り込んだ……クロード、睨むと怖い。
校舎裏に付くなり、クロードは言う。
「昨日、父上……陛下から、婚約者を取れと言われた。というか、何度も言われていたんだが……そのたびに頭痛がしてな、なかなか返事をせず仕舞だった」
「…………頭痛」
「知っていると思うが、私は昔、いろいろあってな」
「……知ってる」
「ああ。記憶にはないが、異母上に陥れられ、殺されかけたらしい」
「…………」
私は、あまり聞きたいとは思わなかった。
だって……私とクロードの大事な生活が、クロードにとって思い出したくもない記憶になっていることが、すごくつらかった。
「異母上……私の兄上の母は、側室であった母の子である私が邪魔だったようだ。殺すことはせず、記憶を封印する魔法を使って、私をスラム街へ捨てたようだ。単に殺すのは簡単だが、落ちぶれながらも生きる私を見て嘲笑いたかったのだろう」
「…………」
「だが、私の中にある『王家の魔法』が覚醒し、髪が金色になった。そして……父の側近が、私を見つけ、こうして王家に戻れることになったのだ」
「…………で。用事はなんですか」
「ああ。昨日、私の婚約者候補として、第二の聖女である君に声がかかった。メイリアス公爵令嬢よりも強い力を持つキミこそ、本当の聖女だという声もある……」
「でも、平民だから、靴磨きの聖女だから相応しくない、でしょ」
「そうだ。だが……キミに決まった。どのような力が働いたのかは知らないが」
「それ、拒否できます?」
「…………王家の命令だぞ」
「それでもです」
「…………」
クロードは驚いているようだった。
今のクロードには、あまり関わりたくない。
私と一緒に過ごしたクロードは、もういない。
『辛い記憶』を早く忘れて、メイリアスかレイラと幸せになってほしい……そう、思う。
「…………メイヤード子爵令嬢」
「アリアでいいです」
「では、アリア令嬢。それがきみの答え……なんだな?」
「はい」
「わかった。父にはそう説明しておく。迷惑をかけたな」
「……いえ」
「……私に、何かできることはあるか? 迷惑をかけた詫びだ」
「じゃあ、一つだけ。これから私が言うことを、聞かなかったことに」
「……?」
ちょっとくらい、意地悪してもいいよね。
きっと、クロードは覚えていないから。
「約束、忘れていいから」
私はそれだけ言い、クロードからそっと離れた。
◇◇◇◇◇
クロードは、アリアが去った方を見てポカンとしていた。
「……約束?」
何の?
クロードには、心当たりがない。
アリアとこれほど長い時間会話をしたのだって、初めてだ。
クロードは少しだけ考えこむ。
『約束するよ、アリア。俺……もっと強くなる。強くなって、アリアを守れるくらい、強く……』
───……誰かの、幼い声が聞こえた気がした。
「……っつ」
一瞬だけ、頭に響く声が痛みとなる。
たまに来る頭痛。痛むたびに、何かを思い出すような気がする。
とても大事な、何かを。
「…………アリア」
クロードは、この呼び方がとても言いやすい。
ずっと昔から呼んでいたような、そんな甘さがあった。
「…………私は……いや、『俺』は、何を忘れている?」
◇◇◇◇◇
私は、教室へは行かずに温室へ向かった。
この状況。心当たりがあるとしたら、一人しかいない。
温室に入るなり、私が来ることがわかっていかたのように、その人はいた。
「……カイセル先輩」
「や、アリアちゃん。授業はいいの?」
「それどころじゃないし!! 先輩なんでしょ? 私をクロードの婚約者にしたの!!」
「あ~……まぁ、うん。本位じゃなかったけど」
「……先輩、何者?」
私が警戒すると、カイセル先輩は髪を揺らして笑いだした。
「あっはっはっは!! いや~……アリアちゃん、マジで世間知らずじゃね?」
「はぁ?」
「普通、オレのこと見て『誰?』とか『何者?』とか言わないって。反応が新鮮すぎてさ、ついつい構いたくなっちゃったよ」
「…………?」
首を傾げると、カイセル先輩は優雅に一礼した。
「初めまして。オレはカイセル。カイセル・プロビデンス……この国の第一王子にして、クロードの兄さ」
「え」
「あはは、気付かなかった? この温室、王族専用温室だよ。ここ使えるのクロードとオレだけで、一般生徒は近づきもしない。でもアリアちゃんはスタスタ普通に入って来るからさ、からかいたくなっちゃったのさ」
「かかか、カイセル先輩が、王子様!? しかも、クロードのお兄ちゃん!?」
「そ。いやぁ~……二大公爵令嬢にアピールされてるのに、意に介していない弟を見て心配になってさ。話した感じ、アリアちゃんが一番クロードに合いそうだから、父上に話をしたんだよ。そうしたらあっという間にキミが婚約者になっちゃった」
「なっちゃった、って!! 私は領地に帰りたいって言ったのにぃ!!」
「それは素直にゴメン。ってか、王子ってわかったのに態度変わらないの、マジいいね。とりあえず座りなよ」
ようやく立ちっぱなしだったことに気付く。
おしゃれな椅子に座ると、カイセル先輩がお茶を淹れてくれた。
「で、クロードはどう?」
「どうもなにも、断りました。今日、お父さん……じゃなくて、国王陛下にお断り入れるって」
「え、マジ?」
「マジです」
「……そっか。やっぱ『あのこと』引きずってんのかな」
「え?」
「クロード、記憶は曖昧だけど想い人いるみたいなんだよ。ん~……キミには言ってもいいか。クロードは昔、スラム街で暮らしてたのは知ってるか? その時、一年くらい女の子と暮らしてたみたいなんだ。その子のことを忘れちまってて、『記憶の女の子』としか覚えてないけど、その子のこと好きみたいなんだよね」
「…………」
「アリアちゃんは知ってる? クロード、当時は髪が黒かったんだ。金色の髪は魔力に覚醒しないと発現しないからね。クロードを見つけた父の側近も、当時の女の子のこと覚えていないし」
「…………」
「スラム街は広いから、黒髪の男の子とか、女の子とか山ほどいる。今も調べてるけど情報がなさ過ぎてね。スラム街の連中も、褒美欲しさに適当なことばかり言うから信憑性がない。クロードの記憶は曖昧だし……正直、諦めて欲しいんだよね」
「…………」
「というわけで、アリアちゃんを推したワケだけど……ん、どうしたの?」
「あ、いや」
クロード、忘れてるだけで、私のこと覚えてる?
まさかの想いに、私は何も言えない。
「あ、そうだ。アリアちゃんなら治せるかな」
「え?」
「クロードの記憶。聖女の魔法なら、治せるんじゃない? と……怪我や病気じゃないし、そう簡単には治せないかな」
クロードの記憶を、私が治す。
それは、クロードとの再会を意味している。そんな気がした。
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