クロードとお話
カイセル先輩の元から教室へ戻ろうとすると、息を切らしたクロードがちょうど、温室の前を通るところだった。
「ッ、メイヤード子爵令嬢!! 教室に戻らないと聞いて、どこへ行ったのかと思えば……」
「え……あ、はい」
「どこへ行ってたのだ!?」
「え、えっと……温室に」
「温室? ここは王族専用の温室だぞ。ここに何の用……まぁいい。さ、教室へ」
「あの、私を探してたんですか?」
「当然だろ……う? あれ、なんで……私は、キミをこんな必死に探していたんだ?」
「…………」
いつだったかな。
靴磨きをしていた頃。私はクロードを驚かせたくて、帰り支度中にちょっとだけ抜け出し、一人で飴屋さんに買い物に行った。
その時、クロードは必死に……今みたいに、私を探してくれたっけ。
クロードの今の顔、その時にそっくるだった。
「……と、とにかく、戻ろう。ああ……もう授業が始まっているな」
「……あの、殿下。サボっちゃいません?」
「え?」
「今から教室戻るのも目立っちゃうし、えーと……はいこれ」
「……これは?」
私は、ポケットから飴玉を出し、クロードへ渡す。
クロードはそれを受取り、クスっと笑った。
「全く、仕方ないな」
『全く、仕方ないな』
その表情、言葉……私を見つけたクロードと、同じ。
飴を渡すと、怒っていたクロードは困ったように笑い、許してくれた。
「……クロード」
「え? お、おい……アリア?」
私は、涙を流していた。
クロードも『アリア』って、無自覚に呼んでくれた。
ああ、やっぱり……クロードなんだ。
忘れているけど、記憶の底に私と過ごしたクロードがいるんだ。
会いたい───……私は、涙を拭う。
「と、とにかく、どこかで休もう……さ、行こう」
「うん……」
私とクロードは、並んで歩きだした。
◇◇◇◇◇
温室から少し離れた東屋に、私とクロードは並んで座った。
飴を舐めながら、のんびり空を見上げている。
「不思議だ」
「え?」
「きみと一緒にいると、懐かしい気持ちになる」
「……私も」
「メイヤード子爵令嬢」
「言いにくいでしょそれ。アリアでいいよ。私も、クロードって呼ぶから……いいよね?」
「……っぷ、ふふ、ああ、いいぞ」
クロードは笑った。
私、なれなれしいかなって思ったけど……そんなことなかったみたい。
クロードは言う。
「婚約者の件、ちゃんと撤回するように伝えておこう」
「…………あのさ」
「ん?」
「それ、保留でいい?」
「……え?」
ちょっとだけ、考えた。
確かに私、王族とか興味ないし、学校卒業したら領地に戻ってのんびり過ごしたい。その気持ちはずっと変わっていない。
でも、今は違う。クロードが私の知っているクロードに戻るなら……一緒にいたい、そう思う。
好きとか、婚約者とか、そんな気持ちじゃないとは思う。でも……別の女の子がクロードの隣にいる、そう考えると少し、胸がチクチクした。
「クロードはさ、学園卒業したらどうするの?」
「……まだ考えていない。この国の第二王子としての責務を果たすように言われているが……私は兄に及ばないし、王になどなるつもりはない」
「じゃあさ、王様はカイセル先輩に任せて、クロードは私と一緒に田舎暮らしとかどう?」
「は?」
クロードは「は?」と、ポカーンとしていた。
「カイセル先輩、って……ああ、温室に……そういうことか。この婚約の件、義兄が絡んでいるな?」
頭の回転速いね。
私は、カイセル先輩との出会いや、私の夢について話す。
クロードは真面目に聞き、ふっと笑った。
「田舎暮らしか……それも悪くないな」
「でしょ!!」
「……だが、わからない。現に、私を次期王へと推す声もある。義兄は優秀だが、義母が私をスラム街へ捨てたという罪はあるからな。償いのつもりなのか、義兄は学園では劣等生を演じ、無能な第一王子と振る舞っているようだ。次期王に相応しくない、そう思わせたいのだろう」
「えぇ……」
「きみを婚約者に推したのも、強い力を持つ『聖女』の影響力と、有能と思われている第二王子と婚約させれば、互いに支え合いこの国を盛り立てていけると思ったからだろう。現に、父は反対しなかった。歴代王たちが聖女を妃に迎えると、その国は長く繁栄していくとまでいわれているからな」
「そ、そうなんだ……くっそ、カイセル先輩、押し付ける気満々じゃん……」
「……義兄は優秀だ。罪悪感など感じることなく、王の座を手に入れればいいものを」
「じゃ、押し付けよっか」
「……え?」
「私と、クロードの二人で、カイセル先輩に言うのよ。『王様になってくれ』って……ね、クロード。クロードは王様になりたくないんだよね?」
「あ、ああ」
「じゃ、解決ね」
「え」
私は立ち上がり、飴を噛み砕いてニヤッと笑った。
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