先輩とお話

 メイリアスの視線から逃れるように、その日は速攻で教室を出た。

 ケイムス、ロクサスは放課後、剣術の自主訓練をするみたい。この学園、魔法は男女共通で勉強するけど、男子はさらに剣術も習うんだよね。

 女子は特になし……なので、自然と魔法に力を入れる。

 放課後、女子は魔法の自主訓練をする子が多いけど、私は速攻で寮へ。

 と、思ったけど……すぐに女子寮へ戻ると、なんとなくメイリアスがいそうな気がしたので、温室へ寄ってみることにした。

 

「おー……相変わらず、誰もいない」

「いるよ」

「ッッ!? びび、ビックリしたぁぁぁ!?」


 温室に入るなり、いきなり背後からイケメンの声。

 ケラケラと笑うカイセル先輩が立っていた。

 手には本を持ち、制服を着崩しているのか胸元のボタンが外れてる。セクシーな鎖骨が美しい……って、私は何を見てるのか。


「アリアちゃん、何かあったのかい?」

「あー……そんな顔してます?」

「うん。『カッコいいカイセル先輩、私の悩みを聞いて!』みたいな」

「え」

「あっはっは。嘘だって。ま、お茶でもどう?」

「……いただきます」

 

 カイセル先輩と温室内を歩く。

 迷路みたいな道を進むと、なんと奥に椅子とテーブルがあり、茶器まで用意してあった。

 先輩は、慣れた手つきで茶葉をポットに入れ、指先から水を出し、ポットを軽く叩いて沸騰させ、カップに紅茶を注ぐ。


「わぁ~……先輩、すっごい手慣れてますね」

「そう? まぁ、一人だし、できることは全部自分でやるさ……はいよ」

「ありがとうございますっ」


 カイセル先輩の紅茶、すっごくおいしい。

 ゴクゴク飲んでいると、カイセル先輩がじーっと見ていた。


「なんです?」

「いや、美味そうに飲むなぁって」

「え、変ですか?」

「いや全然。むしろ、気持ちいいね」


 カイセル先輩はクスっと笑う。

 不思議。この先輩……親しみやすいというか、あったかい。

 私はカップを置き、ため息を吐く。


「はぁ~……」

「で、悩み? オレでよかったら聞くよ」

「悩みというか……たぶん、嫌な予感」

「は?」


 私は苦笑いし、カイセル先輩は首を傾げた。

 

 ◇◇◇◇◇


「えーっと、クロード……殿下って知ってます?」

「そりゃまあ。行方不明だった第二王子だろ?」

「ええ。クロード殿下に、婚約者候補がいるのは?」

「知ってる。プロビデンス王国の二大公爵、そのご令嬢だろ?」

「ええ。メイリアス……ユグノー公爵令嬢が、もうマジでクロードのことゾッコンラブなんですよ」

「ぞ、ぞっこん? らぶ?」

「あ、大好きってことです。で、メイリアスは『聖女』で、クロードが怪我したら真っ先に治してあげる優しい子なんですよ」

「うーん、オレが聞いた限りだと、ユグノー公爵令嬢は、クロード殿下専門で、その他大勢の怪我人はあまり治療しないって話だけど。評判いいのはむしろ、キミの方じゃない? アリアちゃん」

「あ、やっぱ知ってますか。で……実は今日、メイリアスの前で、クロードの怪我治しちゃったんですよ……で、メイリアスがすっごく睨んでてー……」

「あらら……更なる嫌がらせに発展するかも? みたいな」

「はい……って、嫌がらせのことも知ってるんですね」

「ま、オレ情報通だから」

「で……たぶん、もっと嫌がらせされる。それ考えると、頭痛い……」

「なるほどなあ……」


 カイセル先輩は、頬杖をついて苦笑していた。


「な、アリアちゃんはどうしたいんだ?」

「え? そりゃ、陰湿ないじめとか嫌だし。あと、普通に学園生活送って、卒業して、領地に戻って農園でいろいろ育てたい」

「……アリアちゃんさ、二人目の聖女なんだろ? ユグノー公爵令嬢を押しのけて、自分がクロードと結ばれようとか、考えないの?」

「…………」


 それは、無理。

 だって……私の知るクロードは、もういない。

 あそこにいるのは、クロード殿下。

 

「私は、普通がいいの。本音を言うと、この学園に来るのも嫌だったし……早く帰りたい。で、フツーのお婿さんもらって、フツーに子供産んで、フツーに暮らしたい」

「あっはっは!! いや~……貴族とは思えない発言だね」

「私、元平民。どうせ知ってるんでしょ?」

「ああ。『靴磨きの聖女』だろ? 靴磨きして生活してたって」

「まぁね」

「ん~……よし、アリアちゃん。嫌がらせ、止めてやろうか?」

「へ?」

「面白い話を聞かせてくれたお礼。ユグノー公爵令嬢の嫌がらせ、止めてやるよ」

「えー? 先輩にそんなことできるの?」

「できちゃうんだな、これが」

「ま、期待しないで待ってまーす」


 そう言い、私は先輩手作りのクッキーに手を伸ばした。


 ◇◇◇◇◇


 翌日。

 私は一人で校舎に向かっていると……っげ、メイリアスがいる。

 校舎玄関前で、メイリアスが私を睨み、スタスタ近づいてきた。


「あなた、どういうつもり!?」

「え、な、なに……」


 すると、後ろからレイラも来た。

 顔が怒りで歪んでいる。


「アリアさん、あなたは……!!」

「ちょ、な、なに?」

「とぼけないで!!」


 レイラが私の肩を掴んで引っ張る。

 メイリアスも、周りが見えていないのか怖い顔のままだ。

 意味が分からない。なんで、二大公爵家の令嬢が、私みたいな庶民に怒りの顔向けてんの!?


「アリアさん、あなた……何をしましたの!?」

「いや、だから」

「そこまでして、あなたは……!!」

「~~~っ、だから!! なんなの一体!!」

「「とぼけないで!!」」


 うわっ、ハモった。

 意味が分からずたたらを踏んで後退すると、誰かにぶつかった。


「あ、ごめんな───っげ」


 そこにいたのは、クロードだった。

 こちらもやや困惑気味の表情だ。


「ちょうどよかった。アリア令嬢……少し、話がしたい」

「え、あの……どんな話です?」

「きみと私の、婚約について」

「…………………………………はい?」


 コンヤク……って、婚約?

 いきなりクロードが放った爆弾は、私を激しく混乱させた。

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