第二章

五年後

「アリア、そろそろ家に入りなさい」

「はーいっ!!」


 私は、カゴいっぱいのブルーベリーを持ち、農園を後にした。

 今、私はおじいさんが趣味で作った農園の管理をしている。美味しそうなブルーベリーがいっぱい採れたし、パイやケーキを作るのもいいかな。

 私は、おじいさんの奥さん……おばあさんの元へ。

 今日は一緒にブルーベリー農園に来てるのよね。


「おばあさん、ブルーベリーいっぱい採れたよ」

「あらホントねぇ。ふふ、アリア、ケーキとパイ、どっちがいいかしら?」

「両方!!」

「ふふ、そう言うと思ったわ」


 おばあさんと一緒に、屋敷へ戻る。

 メイド長のミルコにブルーベリーを渡すと、ニコニコしながら言った。


「これは立派なブルーベリーですねぇ」

「でしょ? ね、あとで一緒にお菓子作ろうね。おじいさんにも食べてもらわないと!!」

「ふふ、そうですね、お嬢様。でもその前に、お手を洗って、お着替えしないと!!」

「あ、はーい」


 私は自分の部屋に戻り、農作業着を脱ぎ捨てる。

 姿見に映る自分を見て、しみじみと思った。


「いやー……本当に、美少女になったわね」


 アリア。

 五年前、メイヤード子爵家の養子となり、貴族令嬢となった元庶民。

 クロードと別れて五年。私は十四歳になっていた。

 鏡に映る自分を見て、頬を撫でたり、髪を触る。


「素材はいいと思ったけど……サラサラの髪、真っ白な肌、胸もおっきくなってきたし、毎日すっごくお腹も減る……成長期ねぇ」


 そして、思う。

 五年前……私が、この屋敷に来ることになった思い出を。


 ◇◇◇◇◇◇


 五年前。

 クロードが高熱を出し、謎の男に連れ去られた直後。私はいつも通り靴磨きに出掛け、おじいさんの前で泣いてしまった。

 おじいさんは、泣く私に「うちの娘にならないか」と言ってくれた。

 おじいさんは、メイヤード子爵という、このメイヤード領地を治める貴族。

 爵位は息子さんに讓り、今は隠居生活……なのだが、王都での仕事が忙しい息子さんの代わりに、このメイヤード領地を治める領主代行の仕事をしている。

 領地でのんびり、というわけにはいかないようだ。

 王都では、毎日の散歩が日課だったらしく、私とクロードの靴磨き屋の前を通るのが何よりの楽しみだったそうだ。おかげで今、こうして養女になり、貴族の生活をしている。

 まぁ、貴族の生活というか……おじいさんが趣味でやろうと思っていた農園の手伝いや、習って損はないというダンス、勉強、礼儀作法など。あんまり貴族っぽくないけどね。

 でも……私は、毎日が楽しかった。


「お嬢様、ささ、着替えたらお菓子作りですよー!!」

「はーいっ!!」


 異世界転移系では、養女とかはいじめられて追放ってパターンが多いけど、メイヤード子爵家の使用人たちはみんな、私のことを娘みたいに可愛がってくれる。なんでも、おじいさんの子供はみんな男の子ばかりだったとか。

 私は着替え、キッチンへ。


「ふふ、おじいさんにブルーベリーケーキ、持って行ってあげよう」

「そうですね。きっと喜びますよ」


 メイド長のミルコと一緒にブルーベリーを洗っていると、エプロンをしたおばあさんも来た。

 おばあさん。おじいさんの奥さんで、今でもすっごいラブラブなんだよね。

 どれくらいラブラブかって言うと。


「お、奥様。こんなところまで、何か御用でしょうか?」

「……こほん。旦那様へのケーキ造りなら、私もお手伝いしますので」

「「…………」」

「な、なにか?」


 普通、貴族の奥さんがキッチンで料理なんかしない……でもおばあさんは、おじいさんに喜んで欲しいからなのか、自分で包丁をよく握る。

 なんとも可愛い。思わずニコニコしちゃうと、おばあさんはコホンと咳払いした。


「さ、さぁ。調理を始めますよ」


 これが、メイヤード子爵家の日常。

 私の、第二の人生だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 夕食時。

 デザートとして私たちの作ったケーキが振舞われたけど、おじいさんはすっごく美味しそうに食べてくれた。


「ほほ、こんな美味しいブルーベリーケーキは初めてだ。ありがとう、アリア、メイナス」

「どういたしまして。ふふ、おばあさんがすっごく張り切ってたのよ?」

「あ、アリア!! もう、この子は」

「えへへ」

「ほほ、それは嬉しい。メイナス、今度礼をさせておくれ」

「ふふ、楽しみにしてるわ」


 ほんっと、ラブラブねぇ……火傷しちゃいそう。

 食後の紅茶を楽しんでいると、おじいさんが思い出したように言う。


「そういえば、アリア……お前さん、いくつになった?」

「え? あー……十四歳かな」

「そうか……じゃあ、そろそろ『餞別の儀』を受けねばなぁ」

「え、なにそれ?」

「ふむ、家庭教師の授業で習ったはずだが?」

「え、えーと……」


 あ、思い出した。

 貴族の子供たちは、十四~十五歳の間に『魔法適性』を調べるんだっけ。で、魔法の適性がある子供は、王都にある『セイファート魔法学園』で魔法の勉強をするんだった。

 ってか、思った。


「ね、私は元庶民だけど……『餞別の儀』って受けなきゃダメ?」


 だって私、自分の魔法適性わかるし……誰も信じてくれないけど。

 するとおじいさんが言う。


「元庶民だろうと、お前はわしらの大事な娘。『餞別の儀』は受ける義務がある」

「はぁーい……」

「それに、十四ともなれば婚約者も探さんとなぁ」

「え……いやいや、結婚とかいいよ。あたし、おじいさんとおばあさんと一緒がいい」

「アリア。そういうわけにはいきませんよ」

「あ、じゃあ!! お婿さんにしよっ!! お婿さんなら、この地を離れなくてすむし!! 私、おじいさんたちと一緒がいい!!」

「「うっ……」」


 おじいさん、おばあさんが胸を押さえていた。ああ、嬉しいのね。

 年甲斐もなく「ドキン!」とするおじいさんとおばあさん、やっぱ好き。

 おじいさんは咳払いする。


「こ、こほん。とりあえず……明日、子爵領にある教会へ行こうかの」

「え、おじいさんとお出かけ? 行く行く!!」

「ふふふ、私もいますよ」

「おばあさんも!! やったぁ、ねぇねぇ、お昼は街で食べよっ」


 私は、『餞別の儀』より、おじいさんおばあさんと一緒に出掛けることが、何よりも楽しみだった。

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