終わる生活、新たな始まり

 強盗未遂の翌日。

 クロードが熱を出し、私はスラム街の小屋で看病していた。

 手拭いを絞り、額の汗を拭いてあげる。


「…………アリ、あ」

「大丈夫。すぐ良くなるよ。ね、リンゴ食べる? いや食べて」

「……う、ん」


 リンゴを剥き、お皿に載せる。

 水をコップに入れて、クロードの傍へ。

 クロードの身体を起こし、リンゴをつまんで口元へ。


「はい、あーん」

「……じ、自分で」

「いいから!!」

「もぐっ」


 口に入れると、クロードはゆっくり咀嚼……飲み込んだ。

 水を飲ませ、残りのリンゴも無理やり食べさせ、いっぱい水を飲ませた。熱が出た時は水分いっぱい取らないとダメなんだよね。

 というかこの熱……タイミング的に、昨日のアレだよね。


「クロード……戦闘民族だったの?」

「…………??」


 クロードは、ぼんやりした目で私を見る。ごめん冗談だよ。

 昨日、クロードは黄金の光に包まれていた。

 たぶん、魔法……私は白魔法の才能があるっぽいけど、クロードは何だろう? 金色だったし、黄金魔法とか? うーん、情報少ないな。

 字はクロードから教えてもらったし、靴磨きばかりじゃなくて、この国のこととか、情勢とかもっと知らないといけないかも。


「アリア……」

「うん。私はここにいるよ」


 クロードの手を握る。

 医者に見せるべきだろうけど……まず、医者がどこにいるかわからない。そもそも医療がどの程度発達してるのかもわからない。お金は多少貯まったけど。

 風邪なのか、昨日の黄金が原因なのか。仮に医者がいたとしても、こんなスラム街まで来てくれるのか……うう、どうしよう。

 今、できるのは……栄養と水分を取って、しっかり休ませることだけ。


「ね、八百屋さんに栄養たっぷりの果物、教えてもらったの。アプル、オレ、パイナ……私的には、リンゴ、みかん、パインだけどね。風邪にはビタミンよビタミン。いっぱい食べないとね。あと、スープとか作れればいいんだけど……」

「アリア……」

「ん、なに?」

「……手、いい?」

「……うん」


 私は、クロードの手を握る。

 私は、念じてみた。私には『白魔法』の才能があるみたいだし、祈れば使えるかも……なんて考えたけど、そんな都合のいい奇跡は神様だって起こしてくれない。

 

「ごめんね、クロード」

「……え?」

「私が、大人相手にあんなこと言わなきゃ……お金、素直に出しておけば、こんなことには」

「違う」


 クロードはガバッと起き上がった。さすがにビックリした。


「アリアはカッコよかった。俺みたいに、最初から逃げることしか考えたりせずに、負けじと声を出してた……俺、情けないよ。俺……怖かったんだ」

「クロード……」

「謝るの、俺の方だ……ごめん、アリア」

「それ、違うよ」

「……え?」

「クロードはさ、逃げたんじゃないよ。私や自分が傷つかないように、自分にできることをやろうとしただけ。だからそれは逃げじゃない。私、そう思うよ」

「アリア……」


 クロードは、顔を背けた。

 風邪で弱気になってるのかな。私は手を強く握る。

 すると、クロードも握り返してきた。


「約束するよ、アリア。俺……もっと強くなる。強くなって、アリアを守れるくらい、強く……」

「うん。クロードなら、きっとなれるよ」

「……その時は、さ……俺、と」

「クロード? クロード……?」


 クロードが、意識を失った。

 寝たのかな? と思って額に触れ……気付いた。


「え、何これ……」


 熱が下がった。いや……下がりすぎていた。

 体温がどんどん下がり、呼吸が小さくなっていく。

 ナニコレ、どういう……嘘。


「く、クロード? クロード……嘘、嘘? く、クロード……!!」


 背中が冷たくなった。

 昔、子供のころ。実家のおばあちゃんが寝たきりで病院にいて、チューブや機械に繋がれた状態を思い出した。あの時のおばあちゃんも、目は開いていたけど、身体がとても冷たかった。

 死。

 クロードが、死にかけている。


「い、嫌……く、クロード「おどきなさい」


 と、肩を掴まれ無理やり引きはがされた。

 誰? 背の高いイケメンが、クロードを見て舌打ちする。


「覚醒の影響か。器が未熟で魔力の循環が不完全なようだ。至急、魔力排出を行わねば」

「あ、あんた誰!? ちょ、クロードをどうするつもり!?」

「……このお方は預かる。少女、これまでの保護、感謝するぞ」


 イケメンはポケットから金貨を数枚出し、私に向かって投げた。

 ───……は? ナニコレ。


「ふざけんな!! この人攫い!! クロードが、クロードが」

「うるさい」

「ッ……」

「これからこのお方を救う。無関係な小娘は引っ込んでいろ」

「この方、って……なに? クロードは何なの? どういう」

「お前には関係がない。いいか、お前とこのお方が共に過ごした時間は幻だ。このお方は本来、こんなスラム街で暮らすようなお方ではない。全て忘れ、その金でどこか遠くへ行くんだな」

「ちょ、まっ」

「『眠れ』」


 イケメンが私の額に人差し指で触れた瞬間、猛烈な眠気が襲ってきた。

 私は倒れ、眠気に抗えない。


「く、ろ……」


 クロードに向かって手を伸ばすけど……もう、限界だった。


 ◇◇◇◇◇


 起きると、クロードはいなかった。

 地面に転がってる金貨を拾い、私はボー然とする。


「…………クロード」


 名前を呼んでも、いない。

 外に出ると、すでに太陽が上っていた。

 

「……仕事、行かないと」


 私は道具を入れたカバンを手に、表通りへ。

 いつもの場所で靴磨き屋を始めると、いつものおじいさんが来た。


「おはよう、アリアちゃん。おや……クロードくんは?」

「……えっと、お席へどうぞ」

「う、うむ」


 おじいさんを椅子に座らせ、さっそく靴を磨く。

 丁寧に、綺麗にと、心をこめて。


「……アリアちゃん、何かあったのかい?」

「え?」

「……そんな顔をして、何もなかったということはないだろう?」

「…………」


 おじいさんは、ポケットから手鏡を出して見せてくれた。

 手鏡、おじいさんこんなの持ってるんだ。って……え、なにこれ?

 鏡に映ったのは、私の顔。

 酷い顔だった。真っ蒼で、土に汚れている。そして目が死んでいた。

 それに、今気付いた。仕事用の服じゃなくて、寝間着のままだ。


「……クロードくんは、どうしたんだい?」

「……クロード、は」


 胸の奥から、何かがこみ上げてきた。

 目頭が熱くなり、涙となってこぼれ落ちた。


「い、いなく、なっちゃった……つ、連れ去られた、の」

「……!!」

「すごい熱が出て、男の人が来て、助けるって……お、お金、私に払って、クロードを、連れて」

「……もういい。アリアちゃん、辛かったんだね」

「お、おじいさん……」


 おじいさんは、私の頭を撫でてくれた。

 私は、歯を食いしばって泣いた。

 クロードはいない。もう、会えない。

 ずっと一緒にいられると思ったのに、もう会えない。


「……アリアちゃん、少し、わしの話を聞かんか?」

「……っ」

「前から、考えていたことがあるんじゃ。実は、ワシは貴族でのぉ……つい最近、息子に爵位を譲り、領地へ帰ろうと思っていたんじゃ」

「……え?」

「王都から少し離れた、小さな領地じゃ。息子は王都で仕事があるから、領地はわしが管理することになっている。老夫婦二人だとちと寂しいと思ってたんじゃ……アリアちゃん、わしの養子にならんか?」

「養子……?」

「ずっと、考えていた。アリアちゃんとクロードくん、二人の靴磨きと肩叩きは、本当に気持ちよかった……孫のように思っていた」

「…………」


 おじいさんは、私に手を差し伸べた。

 私を、養子に。

 王都を出て、おじいさんの領地で暮らす。


「……いいの?」

「ああ」

「…………うん」


 私は、おじいさんの手を取った。

 こうして私はクロードと別れ、おじいさんの子供になった。

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