変わり始める生活

 靴磨きを始めて三ヶ月が経過。

 私とクロードの靴磨き屋さんも、軌道に乗り始めたと思う。

 最近は毎日、靴を買ってくれるおじいさんが来てくれる。決まった時間に来てくれるのがとても嬉しい……感謝しかないよ。

 今日も、来てくれた。


「いらっしゃいませ!!」

「ははは。アリアちゃんは元気いっぱいだね」

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

「ありがとう、クロードくん」


 おじいさんは椅子に座る。

 靴磨きと肩叩きは交互にやってる。今日は私が肩叩きで、クロードが靴磨きだ。


「おじいさん、すごく肩凝ってるね……お仕事、忙しいの?」

「まあねえ……でも、ここに通うようになって、すごく良くなったんだよ」

「そうかなー……ガチガチだけど」

「はっはっは」

「っと……終わりました。綺麗になりましたよ」


 クロードが汗をぬぐう。

 おじいさんの靴は、すっごく綺麗になっていた。


「ありがとう。代金と……お? 今日は靴がないのかい?」

「いやぁ……ごめんなさい、売り切れで」

「そうかい。じゃあ、次回の楽しみにしようかね」

 

 おじいさんは行ってしまった。

 私は、代金をお財布に入れる。


「靴、もうないんだよね……スラム街にあるゴミ捨て場、めぼしい物は全部拾っちゃったし」

「でも、靴売りしなくても、靴磨きだけでけっこう稼げてるぞ」

「まぁね~」


 毎日、銅貨十~二十枚くらいの稼ぎにはなってきた。

 仕事終わり、毎日パンを買って、十日に一度は肉串と野菜サラダも買うようになった。

 この三ヶ月で、栄養状態もだいぶ良くなった気がする。


「ね、ね、髪の毛ツヤツヤしてるよね」

「そ、そうだな」

「ほら、触ってよ。ほらほら」

「や、やめろよ。女の子は、むやみに髪を触らせるもんじゃないだろ」

「え~? クロードならいいけどなあ」

「!? そ、そういうところがダメなんだよ!!」


 クロード、照れてる。

 なんか、子供っぽくて可愛いな。なんか意地悪したくなっちゃう。

 私は、クロードの頭をポンポンする。


「わ、クロードもツヤツヤ。しかも、綺麗な髪……」

「なぁ!? ささ、触るなって!!」

「えぇ? いいじゃん別に」

「~~~っ」


 クロードは私から離れてしまった……ふふ、かわいい。

 すると、老婦人が来た。


「クロードちゃん、アリアちゃん、お願いしてもいいかしら?」

「あ、はーいっ!! クロード、仕事っ!!」

「ああ!!」


 私とクロードの靴磨き屋さん。すっごく順調で、毎日が楽しかった。

 でも、やっぱりここは異世界で、私は転生人……面倒なことに巻き込まれるのって、運命みたいなものらしい。


 ◇◇◇◇◇


 クロードと靴磨きをするようになって、一年が経過した。

 私は九歳、クロードは十歳になった。

 身体も少しずつ成長しているのか、お互いに身長が伸びてきた。


「ね、髪切ってあげる」

「え? アリア、髪なんて切れるのか?」

「当然。まぁ、適当に切ればいいでしょ」

「……なんかこわい」


 私は、作業用にと買ったハサミでクロードの髪を切る。

 長くなった前髪を整えると、綺麗な真紅の眼がルビーみたいに光って見えた。


「クロードの眼って、すごく綺麗だよね……宝石みたい」

「なっ、お、男でキレイとか言われても、別に……それに、綺麗なら」

「ん?」

「あ、アリアの髪だって、綺麗じゃないか」

「そう? えへへ、ありがと」


 洗うの大変だけど、私はこのシルバーの髪が嫌いじゃない。純ナマの日本人である私にとって、こんな綺麗な銀髪、そうそうお目にかかれないしね。

 

「はい、おわり。じゃあ次、私のお願いしていい?」

「お、俺が切るのか!?」

「うん。おねがい」

「むむむ、無理だ、無理だ!! おお、女の子の髪を切るなんて、その」


 クロード、最近異性に興味出てきたのか、私が不意に近づいたりすると慌てて離れるんだよね。思春期なのかな? 反抗期はまだ先だと思うけど。

 クロードは、私の髪に触れることを拒んだので、止むをえず自分で切った。


「もう、クロードの照れ屋!!」

「む、無茶言うお前が悪い!!」


 男の子って複雑……まぁ、いいけどね。


 ◇◇◇◇◇


 ある日、いつも通り靴磨きを終えて、スラム街にある小屋へ帰ろうとしている時だった。


「そこのガキ、止まりな」

「え?」


 振り返ると、大人がいた。

 三人。雰囲気でわかった……スラムにいる大人だ。

 大人の一人は、私を見て言う。


「有り金、全部出しな。そうすりゃ、命だけは取らないでやる」

「はぁ?」


 いきなり何言い出すの?

 クロードは私の前に立ち、震えた声で言う。


「な、なんだお前たち……金だって?」

「そうだ。お前たち、スラムで有名なガキだろ? 二人で表で金稼ぎしてるって」

「え、私たち有名なの?」

「知らない……それより、逃げるぞアリア!!」

「あ、待ちやがれ!!」


 私とクロードは走り出す。

 だが、靴磨きの荷物もあるし、子供の体力じゃ大人に叶わない。

 あっという間に、スラムに近い路地裏に追い詰められてしまった。


「金出せば命は取らないでやる。出すモン出さないと、どうなるかわかるよなぁ?」

「くっ……」


 クロードが庇うように前に出る……私は、面白くなかった。

 クロードを押しのけて前に出る。

 

「お金欲しいなら働けばいいじゃない!! なによ、毎日毎日、スラムでゴミ漁りして、食べ残しで生きる生活が嫌なんでしょ? 大人なんだから、働けばいいじゃない!!」

「このガキ……」

「私たちは、そういう生活が嫌で働いてるの!! 楽して生きようだなんて、いい大人が恥ずかしいと思わないの!?」

「うるせえ!!」

「きゃあっ!?」

「アリアッ!!」


 叩かれた。

 頬を叩かれ、地面を転がってしまう。クロードが助け起こすが、口から血が出ていた。

 痛い……こんな痛いのは、子供の身体だから?


「お前……」

「もういい。おいお前ら、そのガキの身ぐるみ剥ぐぞ。女は娼館に売り飛ばしてやる!!」


 怒らせた……。

 どうしよう。このままじゃ。


「お前、アリアをぶったな……」

「え、クロード……?」

「許さない」


 ゾワリと、背筋が凍り付くような気がした。

 クロードの髪が、黒から金色に代わった。そして、身体を包む黄金の光があふれ出す。

 な、なにこれ……昔、漫画で見た戦闘種族みたい。


「な、ま、魔法!? このガキ、魔法使い!?」

「アリアに怪我させた……お前ら、許さない」


 輝きが増し、路地にあるゴミや廃材が吹っ飛んだ。そして、暴漢三人も光に当てられ吹っ飛ぶ……至近距離にいた私は、逆に包み込むような温かさを感じていた。

 すごい……最初は怖かったけど、今はもう温かさしかない。

 これ、私を思いやる……クロードの気持ち?

 暴漢たちは逃げ、クロードの光も消えた。


「あ、アリア……大丈夫か?」

「うん、うん。私は平気。クロードは? クロードは怪我してない?」

「あ、ああ……でも、ちょっとだけ疲れた、かも」


 クロードは崩れ落ちた。

 私はクロードを支える。う……重い。

 

「帰ろ、ここにいちゃ……まずいかも」

 

 私は、クロードを引きずるように、路地からスラム街に帰るのだった。


 ◇◇◇◇◇


 クロードが放った『光』は間違いなく魔法。

 その光を、路地裏からある一人の男が見ていた。


「今のは、まさか……」


 アリアとクロードの共同生活が終わるまで、二人が別々の道を進むまで……別れの時まで、もう間もなくだった。

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