スマートホーン

美崎あらた

スマートホーン

 先遣隊としてエルがこの星に到着して10年が経過した。


 エルは隠れ住み、異星人たちの様子を観察し、本隊への報告を続けた。はじめの5年は陰から見るだけだったが、後の5年は彼らの中に混じってその文明・文化を学んだ。いまだに理解不能な言語は多々あるものの、おおよその生態は掴んだと言っていいだろう。


 今日はいよいよ本隊が到着する日だった。


 故郷の星を旅立って幾星霜、我々は我々が生活するにふさわしい星を探してきた。時には現地の異星人と戦争になることもあった。侵略する側である我々には資源が乏しい。できるだけ戦闘行為は避けるように、というのが本隊からの指示であった。平和的侵略。矛盾をはらんだミッションである。


 隊長を乗せた船は無事にエルの目の前に降り立った。轟音を立て、光を放ちながら到着したものだから、異星人たちの大多数は慌てふためいて逃げまどい、一部の変わり者が見物に来た。


「長きにわたる偵察活動ご苦労であった。今日は案内をよろしく頼むぞ」

「はい、お任せを」


 隊の先頭に立って出てきた隊長に敬礼。


「あの現地人たちは何をしているのだ?」


 宇宙船見物にやってきた一部の現地人たちは首を伸ばしてこちらを凝視している。よく見れば目が赤く光っている個体がある。


「物珍しいものを発見すると、彼らはまず動画や写真を撮るのです。赤い目をした者たちは我々の様子を録画しているのでしょう。しきりに瞬きをするものは写真を撮っていると思われます」

「好奇心旺盛で研究熱心。とすると、やつらは対異星人偵察部隊というわけか。突然の訪問だというのにずいぶんと対応が早いではないか」


 隊長の鋭い目がエルをにらむ。隊の訪問をリークしたと思われては堪らない。エルは言い訳のように続ける。


「いや、そういうわけでもないのです」

「というと?」

「彼らはおそらく一般人です。偵察部隊というわけではないと思われます」

「む? では彼らは我々や我々の宇宙船を熱心に撮影して、それをどうするのだ? しかるべき専門の研究機関に送らなくてよいのか?」

「あ、ご覧ください」


 異星人たちは額の角を一斉に空へ向けて掲げ始めた。弱弱しい前足をパタパタと振って、我先にと必死の形相であることが見て取れる。


「やつらは何をしておるのだ?」

「撮った画像をソーシャルネットワークに共有しているのです」

「彼らの通信システムか……そして、共有するとどうなるのだ?」

「すると、反応が返ってきます。彼らはその反応を生きがいとしているようです」

「やはり偵察されておるではないか。情報を受け取った有識者が指示を出すのではないか?」


 隊長が怪訝な顔をする。


「反応と言っても所詮『いいね』とか『うそでしょ』とかその程度のものです。きちんとした分析と対応がなされるにはもっと時間がかかるかと思われます」

「その『いいね』というのは……何の役に立つのだ?」


 至極もっともな疑問である。


「彼らはそれによって承認欲求を満たしているのだと思われます。たくさん反応があると、それだけ自分が社会から認められているような錯覚を得るのです」

「目に見えないネットワークを構築する高度な文明があるにしては、いまいち思考がよくわからんな」

「かえって難解な思考に陥っているのかもしれません。どれ一つ、現地人を一人我々の宇宙船へ招待しましょうか」

「拉致はいかんよ。あくまで友好的に、戦闘を避けるというのが現在の司令部の意向だ」

「もちろん承知しております。お任せください」


 エルは手筈通りに現地人の一人に手招きをした。彼は二足歩行でひょこひょことこちらへやってくる。我々で言う「手」にあたる前足は、あまり使うことがないのか退化していて弱弱しい。あってもなくても変わりはないかもしれない。頭で考えるだけ、目をパチクリするだけで大概のことはできてしまうから無理もない。


 目を赤く光らせ、現地の言葉で何事かをわめいているが、隊長には何が何だかわからないだろう。


「こやつ、目が赤く光っているぞ。録画というのをしているのではないか」

「させておけばよいのです。むしろ我々の船を見せつけてやりましょう」

「そういうものかね」


 船内にある応接室に招待する。隊員がホテルマンのように立ち回ってお茶を出す。これもまた手筈通りである。我々にとっての異星人である彼は何の警戒心もなく、出されたものを飲み干した。伝わっているのかいないのかよくわからない身振り手振りのコミュニケーションをしているうちに、彼はやがて眠りにつく。薬の効果だ。


「では、彼を現地人代表としてよく観察してみましょう」

「こんなに簡単にいくものかね。さすがだな」

「恐れ入ります」


 エルは横たわった異星人の頭髪をかき分ける。額には角と呼ばれる突起がある。


「これは『賢明な角スマートホーン』と呼ばれるものです。彼らは生まれた時から額にICチップを埋め込むのです。それが体の成長とともにこうして角のように突き出してくる」

「体に機械を埋め込んでいるのか」

「そうです。元は外部デバイスとして使用していたもののようですが、利便性を追求した結果、このような形になったのだとか」

「利便性?」

「彼らにとっては情報の送受信が何より重要です。そしてその情報に価値を付与するにはスピードが肝心です。誰より早く最新の情報を手に入れ発信することが価値なのです」

「デバイスを持ち歩くことすら煩わしく、手でデバイスを操作する時間さえ惜しいということか。見ようによってはずいぶん怠惰な種族だな」


 隊長の見解は常にどこか否定的だった。異種族、異星人に対しては誰でも最初は偏見を持つものであって、致し方ない。


「しかしそこに、平和的侵略の糸口があるのです」

「というと?」

「彼らは情報を送受信することに躍起になるあまり、自分で考え判断する能力が著しく低下しています」

「ふむふむ」

「観察していたところによりますと、彼らは『インフルエンサー』と呼ばれる個体の真似をすることを好むようです。『インフルエンサー』と同じ遊びをして、同じ店に行き、同じものを食べる。同じものを買う。またその情報を発信する」

「それは面白いのか……と聞くのは野暮なのだろうな」


 エルはいよいよ、温めていた作戦を発表する。


「つまり、我々がその『インフルエンサー』になればよいのです。賛同者を集めることができれば、我々の意図を多くの者に伝えることができ、平和的侵略も可能になるかと」

「なるほど」


 隊長はしかし思案顔だ。


「しかしそんな簡単にいくものかな? どうやったらその『インフルエンサー』になれるのだ?」

「私、実は5年前から動画配信を地道に続けておりまして……」


 エルは船内のプレイヤーにアクセスして、ある動画を流し始める。


「どうも~宇宙人のお兄さんです☆彡 異星人チャンネルへようこそ~ 今日は『宇宙船に乗り込んでみた』ってことで、早速やっていきたいと、思いまぁす!」


 隊長を迎えるほんの数分前に録画したものだった。


「…………」


 重い沈黙。


「どうですか? これはバズると思うんですよね~」


 エルは興奮気味に語る。目は蘭々と赤く輝き、その額にはささやかな角が付いていた。


〈了〉

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スマートホーン 美崎あらた @misaki_arata

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