#第2小節目


警棒を携えた所轄刑務官に、深紅の手帳を見せる。手帳内部のプログラムから、G、C、A、というたった3音の旋律が奏でられ、次の音を呑気に待っていた刑務官が、はっと顔をこわばらせた。


「通っていいね?」と私が念押しすると、私よりも遙かに背の高い髭面の刑務官が、壊れた人形のようにガクガクと頷いた。


 国家資格を必要とする各役職には、すべて固有のメロディが割り振られている。国家の最大権力である聴聞大臣のメロディはG一音だ。聴聞大臣の直属である愚連隊は、Gから始まるたった三音のメロディが与えられている。国家議員でさえ五音だし、官僚のトップでようやく三音だ。役職の価値が高ければ高いほど音数は減り、地方公務員の下っ端ともなれば二十数音もの長ったらしいメロディが割り振られている。あの刑務官も十五音近いメロディしか持っていないだろう。


 埃っぽい独房が立ち並ぶ廊下を黙々と歩き続ける。すべての独房にはマジックミラーがはめこまれており、囚人側から通路を見ることはできない。歴史上あれだけ論争を巻き起こしてきたパノプティコンは技術力によっていとも簡単に実現することができたし、看守の存在を感じたくても感じられないこの留置場は、割と囚人側からの評判がいいようだった。

 さっと右手側につらなっている独房の中の囚人たちを見回すと、彼らは配列を乱された音素のように、てんでばらばらの方向を眺めていた。そのうちの一人、タトゥーの入った気の弱そうな腰の細い男と目が合った気がした。それどころか、微笑みかけられたような気すらした。私はおもわず身震いをする。

 こちらを認識しない男たちであふれかえったこの空間は、不気味だ。得体のしれない生き物が飼われている動物園にでも、紛れ込んでしまったような気がする。このパノプティコンは、予想に反して看守たちの評判が悪かった。ただひたすらに、気味が悪いから。


 一番奥の独房、永遠に留置場から釈放されることもなく、本格的な刑務所に移送されることもなく、この暗い空間でずっと税金でつくられた飯を食べ続けている男がいる。それが私の祖父だ。


「じいちゃん、ひさしぶり」


「……まさか、お前もついに捕まったのか」


「そんなわけないじゃない……ねえ入っていいですか?」


 近くの個室にいた刑務官に尋ねると、入り口の上司から連絡が通っていたのか、彼はスムーズに電子ロックを解除してくれた。私がネズミ臭のする独房に入り込むと、彼はあたふたとお辞儀をして丁重にロックをかけなおしてくれた。


「やっぱりお前か」


 じいちゃんは独房の隅にうずたかく積み上げられた書物と研究用のノートやシートを崩して、ようやくこぢんまりしたタブレットを取り出した。小柄で声がかすれていたが、彼は数年前に訪れた時とまったく同じ豊かな黒髪を生やしていて、割と清潔で若々しかった。


「そのタブレットに全部紙媒体をとりこんじゃえばいいのに。こだわりなの?」


「面倒なだけだよ。取り込み作業を手伝ってくれるってんなら考えるが、でもそんな暇はないんだろ?」


「うん、聞きたいことがあって来た。同じ夢、について」


 じいちゃんはその名前を聞いたが早いか、一冊のノートを取り出した。山になって積みあがっていた日誌の一番下に挟まっていたノートだ。その代償に、山が一瞬で瓦解して大きな音を立てた。

 振り返ったじいちゃんの口はぎゅっと結ばれ、驚きと興奮が半分ずつ入り混じっている。


「まさか、大規模乱流が起きたのか」



「うん……なんで知ってるの」


「俺とお前の父さんは、そいつを調べるために生きてきたんだからな」


 私はじいちゃんのすぐそばに駆け寄って、その肩をつかんだ。


 もう父さんの名前が出てくるとは思わなかった。だってこれは、ほんの仮説だったから。


 じいちゃんも私の父さんも、音素学者だった。男家系で、母さんもおばあちゃんも早死にしてしまったが、じいちゃんと父さんは恐ろしく仲が良く、二人していつでも研究に明け暮れていた。私がまがりなりにもパイロットなんて男の職業をやっているのは、二人の影響なのかもしれない。もちろん、私の『音』を聞き分ける能力を見だしてくれたのも二人だったし、そもそもこの特殊能力は、家に音素についての研究器具がたくさんあるという変わった環境のせいで培われた能力でもあるのだろう。


 じいちゃんは私の手をつかんで、そっと降ろさせた。諦めたような表情が浮かんでいた。


「落ち着いて話を進めよう。時間はいくらでもある」


「わかった。今日高高度に飛び出したら、今までにないスケールの放射性乱流を観測したの。異常な強さで、私はこんな大きいのは体験したことなかった」


「なるほど。だが実は何度かそういったスケールのものは発生してる。一番最近の物は七年前だ」


「中隊長は初めてだって言ってた。あの人は三十年も前から高度飛行してるんだよ?」


「馬鹿なこと言うな。大気の外殻に頻繁に飛び出すパイロットなんて三年前までひとりもいなかったんだぞ?今だって、ミクリ、お前以外にはひとりも存在しない。放射性乱流がダイレクトに観測できるのは外殻の外だけだし、仮に超スケールの放射性乱流が数年に一回発生したとして、次の日には雲散霧消してる。たったそれしかないチャンスの日にたまたま命の危険を冒して高高度に侵入するパイロットは、今まで誰もいなかったんだ。お前が初めての実例だよ」


「じゃあ今まで誰も、あのレベルの乱流が発生してたことに気が付いてなかったの?」


「そういうことになる。外殻の内側から放射性乱流を予測するすべはないし、そんなものを計測しても何の意味もないからな」


「じゃあなんでじいちゃんはそのことを知ってるわけ?」


「俺とお前の父さんが前にいた国家保安局では、秘密裏に簡易センサとカメラをつけた衛星を毎日外殻の外まで飛ばしてた。毎日だ。衛星と言ってもただのデカいバルーンだけどな。そいつのおかげで俺は事実を知ってる」


「その情報は公開してないの?」


「不安を煽る結果は下手に知らせないに越したことはない。頭の上で遺伝音素を狂わす強風が吹いているってだけで十分恐ろしい事実だからな。それに、なんというか……本当のことを言うと、保安局員の誰もこの事態をきちんと理解してなかった」


「理解してない?」


「十年に一回だけ、センサが異常値を観測するだけだ。ほとんど全局員が誤差か故障だと考えた。しかしこれは科学を志すものなら当然の考え方だよ。99・9パーセントの確率でセンサは普通域の値を返すんだから、常に一定、と記すには十分な証拠だ。だが、俺とお前の父さんだけは違った。いや、実は俺も誤差にすぎないと考えていたかな。でも、お前の父さんはそのわずかな数値の振り切れを重く受け止めた。明らかに何か異常な出来事が定期的に起きていると位置付けたわけだ。俺は半信半疑であいつの仮説を信じて研究に協力することにした」


「父さんは何を見つけたの?」


「あいつは二つのまったく関係ないパラメータを発見した。一つは、かつて地球に存在した世界最大の音素力発電所『サウス・ラボ音発』の燃料掘削機が地中不連続面に達する周期。そして二つ目は、この惑星でどこかしらで集団夢騒ぎが起こる周期だ。この二つの周期はおおむね一致し、何より保安局の異常値観測結果とばっちり重なる」


「嘘。そんなつながりどうやって見つけるの?」


「それだけは俺にもわからん。あいつの執念深さには恐れ入った。まったく関係ないようにしか見えないものの周期を調べ上げて、ひたすら放射性乱流の異常値の周期と適するものだけを探し続けたんだ。あいつは天性の科学者だよ」


「さっきの集団夢っていうのは、特定の地域のひとたちが同じ夢を見ることでいいんだよね」


「そう。例の周期で起きている集団夢は、毎回この惑星の四分の一程度の面積の中に住む人類に発生している。そして何より問題だったのは、俺が計算した結果、集団夢が起きている地域は、毎回地球の方向を向いている地域だったんだ」


「地球、ってあの地球?昔人類がいた場所?」


「そうだ。八百五十三年前に地球からここまで移住してきた人類は、いまやどうして惑星ごと移住する必要があったのかすら忘れかけている。だが、古文書をきちんと解読しさえすれば何が起こったのかはある程度推測できる。言語体系はそれほど変化していないし、世界の基本単位が音素であることには何の手心も加わってないからな」


「人類が移住した理由でしょ……? 地球で放射性音素爆弾による戦争が始まったせいで、一部の人類が船と戦闘機で大気圏外に脱出せざるをえなくなり、さらにその一部がこの惑星にたどり着いたんだ、って学校で習った」


「間違ってはない。現代の人類がこれほど放射性乱流を恐れるのは、そのときの教訓によるものと言ってもいい。だが、それだけじゃない。もっと根本的な原因があって人類は地球を離れたと俺たちは推測している。地球の人類が音素をあやつることに力を注いだのは、何も爆弾の分野だけじゃない。発電分野でも同じだったんだ。俺とあいつは、サウス・ラボ音発についてさらに深彫りして研究する中で、その事実に気が付いた」


「音発はいまでもあるよね?」


「どうして音発が砂漠の中に作られているかわかるか?」


「爆発しても危なくないように、じゃないの?あとは、騒音が届かないようにとか」


「確かに、そう考えるだろうな。だがまず大前提として、核分裂した音素は、音成分だけが外部に発散され、同時に莫大なエネルギーを放出する。そして残りの残骸はそのままほうっておかれる。残骸は透明だったり白濁した結晶にすぎなくて、何のエネルギーも持たない抜け殻にすぎない。音発の炉心の中では、AmだろうがB#だろうがDdim7だろうがどんな音素も一つずつ音とエネルギーを放出してしまい、最終的に残骸だけが残るんだ。この残骸が周りに捨てられていき、それはやがて砂漠のようになる。いわゆる『砂』は音素の絞りカスみたいなものなんだ」


「砂漠があるところに音発ができるんじゃなくて、音発があるところに砂漠ができるわけ?」


「そういうことになる。Cdim7はC、Eb、Gb、Aに分解されて、エネルギーと音を放ち、最後に抜け殻が砂として残る。じゃあもし炉心溶融、つまりメルトダウン・ショックが起きた時、音発はどうなるか?」


「音とエネルギーが同時にばらまかれて、放射性乱流が起きちゃう?」


「もちろんそうだ。だがそれだけじゃない。炉心の反応にリミットがかからなくなった結果、メルトショックを起こした音発は無限に音素を捕食し、音とエネルギーを放出し続けることになる。そして砂を吐き出し続けるんだ。街は呑み込まれ、木々はなぎ倒され、山は消滅し、人も動物も食い尽くされ、後に残るのは莫大なエネルギーを含んだ大轟音の乱流の嵐と、きらめく砂の海だけだ」


「じゃ、もしかしてさっきのサウス・ラボ音発って」


「間違いない。当時の新聞記事やらネット情報やら、集められるだけの資料をあたった結果、八百五十六年前、つまり人類が移住を始める三年前、サウス・ラボ音発は原因不明のメルトショックを起こしていた」


「今ある音発は大丈夫なの?」


「当時とは研究の進み具合も技術力も違いすぎる。万が一メルトショックが起きても、早い段階で音素の抜け殻で炉心を埋め尽くせば完全に反応が止まることが分かってる」


「でも待って。炉心のそばの音素が反応しつくしたら、その時点で反応は終わるんじゃない?」


「メルトショックの恐ろしさを知らない当時の人類は、良かれと思ってサウス・ラボ音発にある装置をつけ足していた。それがさっきも言った掘削機だよ。発電するためにそこらじゅうの音素をかきあつめてきて、炉心に提供する装置だ。掘削機の消費する電力は音発の発電総量の一部だけで足りるから、掘削機も炉心も半永久的に動き続けることになる。要は、地球のすべての音素を砂に変えるまでサウス・ラボ音発は停止しない」


「掘削機が、なんだっけ、不連続面にあたる?っていうのは?」


「地球の地下にはいくつかの不連続面とよばれる部分がある。ある一定の深さから、存在する音素の比率が大幅に変化してしまう部分のことだ。モホロビッチ不連続面なんかが有名だが、似たような不連続面は地球の地下にいくつもある。掘削機が新たに不連続面を越えて元素を提供すると、炉心から放出される音域とエネルギーが一気に変化する。基本的に重音素は地下に多く含まれているから、掘削機が不連続面を超えるたびに、サウス・ラボの出すエネルギーと音圧は指数関数的に強くなっていくんだ。その莫大なエネルギーの不連続な拡大が、一種の不均衡を生み出す。台風が熱い風と冷たい風のブレンドで起こるように、少量のエネルギーと大量のエネルギーのブレンドは、巨大な放射性乱流を巻き起こす。そしてその影響は遠く離れたこの惑星にまで届くわけだ」


「じゃあ、さっきの掘削機が不連続面を超える周期と、乱流の異常値の周期がリンクするのは、そういう理由?」


「お前の父さんはそう結論付けた。突飛な発想だが、大きく外れてはいないだろう。誰にも受け入れてもらえなかったけどね」


 父さんは、知っていた。やっぱりあの父さんの歌は何か意味があった。

 SAME DREAM この言葉の意味が、たしかに存在する。

 私は思わず一歩足を踏み出した。


「あの、じゃあ集団夢はどういう理屈なの?」


「仮説はある」


 突然じいちゃんは黙り込んで、古ぼけた青いノートを丁寧に撫でた。


「仮説だが、そう考えるしかない。乱流がこの惑星に届いた日に限って全員が同じような夢をみるということは、サウス・ラボの炉心で周期的に発生する乱流は、なぜか……一種の情報を示すメロディコードを含んでいることになる。炉心は音とエネルギーを放出しているんだから、それ自体はまったく不思議じゃない。それにしても……あまりに集団夢の映像がクリアすぎる。不規則な乱流なんだから、テレビの砂嵐みたいな映像になるはずなのに、まるで誰かの意志を持ってつくられたような完璧な映像が届いている」


「父さんは、どういう風に考えてたの」


「あいつは……地球ではまだ誰かが生きてるんじゃないか、と言った」

 

 私は、息を飲んで、言葉をかみしめる。


「……でも、そんな、八百年以上前の話でしょ」


「ああ。でもそうとしか考えられない」


 じいちゃんは、静かに独房の端の机に腰かけた。枯れ木のような足がブラブラと浮いている。



「あいつは、どうしても地球に行って調査する、と言った。ちょうどそのころ保安局が発射予定だった地球への探査ロケットに乗り込むって言って聞かなかった。もちろん最初は止めた。お前はまだまだ小さかったし、ロケットに乗って惑星を旅するなんてあまり賢い考えじゃない。いつ死んでもおかしくない。でも、あいつの瞳の輝きに押し負けた。俺だって、俺だって弱い男だったし、本物の学者だった。あまり言い訳をするつもりもない。俺はあいつを行かせたんだ、ミクリ。お前を置いていかせたのは、うん、俺だ」


 私の目の前で、じいちゃんは頭を下げた。

 いまさら何と言っていいのかもわからなくて、押し黙っているしかなかった。父さんが地球に行ったなんて知らなかった。ただ、突然の交通事故で死んだ、としか言われたことがなかった。

 あのとき、身寄りはじいちゃんしかいなかった。そのじいちゃんも、二年ぐらいしてから、理由もわからず警察に連れていかれた。

 ひとりぼっちの十四歳の私を拾ってくれたのは、中隊長だ。


「俺は、お前の父さんの手助けをしたことがバレて捕まった。保安局の内情を細かく知っている俺のことをおいそれと開放もできず、いつまでもこんなところに閉じ込めている。まあ、当然の報いなのかもしれない。なんにしても、死ぬことはない」


 私は、また一歩じいちゃんに詰め寄った。


「答えて」


「なんだ」


「父さんは死んだの?遺体は回収されたの?私、身体はひどく損壊してるから子供が見ないほうがいいって言われたからまだ見たことないの。でも、交通事故なんかじゃなくて、地球に行ったなら、もしかして」


「ミクリ、七年行方不明なんだ。しかも遥か遠い星で」


「探査機と一緒に行ったんでしょ?通信はできたはず」


「あの探査機は一年使ったらそのまま大地に還るタイプの使い捨てだ。だいたい、最初の一週間であいつはもう探査機のそばから離れてどこか遠くに探検に出かけてしまった。それ以来どこに行ったのかもわからない」


「ほんとうに?」


 私は、もういちどだけ、泣かないように怒りを押し出して、じいちゃんの肩をつかんだ。日光に当たっていないせいですっかり弱くなった骨格の感触がした。


 じいちゃんがため息をついた。


「……探査機が地球に到着して一年くらい経ったとき、地球からの微細な乱流にまぎれて、四分間にわたるメロディコードを受信したことがある。」

 

「うそ」


「雑音とは思えなかった。非常に規則的で、文法もしっかりしていた。しかもつい十年前に標準化されたメロディコードの書式に則ってたんだ。仮に地球に生き残りがいたとしても、そんな書式を知っているはずがない。可能性があるとしたら……」


「父さん?」


「いいか、それでももう六年前のことだ」


 私は思わず独房を飛び出していきそうになった。自分が持っている戦闘機ごときじゃ地球までの旅はこなせない。でも中隊にある『ソーネチカ』ならもしかしたら。


 父さんは、生きているかもしれない。この七年閉ざしていた可能性が、潜水艦みたいに急浮上してきた。


「待て!」

 

 独房の扉に手をかけた私が振り返ると、じいちゃんが立ち上がってノートの最後のページを開いて、こちらに向けていた。そこには、五線譜と黒々したコードの羅列が縦横無尽に描かれている。


「俺はこのメロディコードを家の研究室で流しつづけて解読し、少しでも多くの情報を引き出そうとしてきた。それで、それで、研究室でよく遊んでたお前は、いつの間かその曲を憶えてたんだ。誕生日に、あの曲のデータをくれってお前に言われたときには、俺は、泣きながらコピーしてお前にわたした。『誰の曲なの?』って聞かれておれは、『お前の父さんが作った曲だよ』と答えた!」


 じいちゃんは肩で息をしながら、ノートを目の前にして、声を絞り出した。最初は何を言おうとしているのかさっぱりわからなかったけど、すぐにそれがあの曲のメロディコードの解読文だとわかった。解読文は、歌についている合成音の歌詞とはまったく違っていた。しかし、最後の一文だけは、解読文も歌詞もまったく同じ文章だった。


「暖かい海の中にいる気分だ 遠くまで来た 取り残されたのはわたしだけじゃない 人類の叡智 忠実なしもべ 君の生き方がよくわかった わたしはひとりぼっちじゃない それでもお前はひとりぼっちかもしれない 今も泣いているかもしれない ごめん すまない ゆるしてほしい それでもお前の目指す未来を見たい そのわがままを ゆるしてほしい 迷惑かもしれないけれど 『同じ夢を見ている 同じ夢を』」



私は、しずかに目を閉じた。歌詞を思い出す。


「どこまでもあなたについていく あなたの思い描く未来はどこまでも広い わたしの助けられる未来はどこまでも広い 音楽がふたりをみたす それがわたしのしあわせ 最高をもとめて何度もやりなおす それでいい わたしはあなたのためにいる あなたのゴールのために歌う 『同じ夢を見ている 同じ夢を』」




「事実が何か、俺にはわからない」

 

 じいちゃんが蚊の鳴くような声でそうつぶやいた。


「だから、ミクリ、お前がどうしようと、俺は何も言わないし、言ってやれない」


 私は看守にハンドサインでロックを外すように指示してから、振り返ってじいちゃんに少しだけ笑いかけて見せた。



「本当のこといってくれてありがとう」



じいちゃんは泣き笑いのような顔で、手を振った。骨ばった小さな手だった。


 

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砂の惑星 神田朔 @kandasaku

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