第135話



『で、どうするって?』

『んー……、リーダーにお任せ?』

『私達じゃ上手く扱いきれる気がしないんだよね』

『まず抱えている時点で負担じゃない?』

『しらを切ることは出来るけど、あいつ次第で情勢が変化しそうだしさ』

『リーダーがドクターみたいに調教できるなら任せても良くね? ってなった』

『ふむ……』


 部屋の奥、転がされた私が聞いたことのある声に知らない声が混ざっている。

 この拠点で起きてからしばらく経っているが、殴られた頭と抑えられた肩に鈍い痛みが残っている。昔の私なら軽くキレながら吠えていたかもしれないが、それなりに齢を重ねた。自分の実力というのはある程度理解している。




 私は中学生の時にパンデミックを経験した。あの時の町の混乱具合は今も覚えている。あの時私達が助かったのは偶然だ。

 私たちはパンデミック発生から一日空けてからトウキョウを脱出することになった。普段はへらへらとしている父が、パンデミックの詳細を伝手を頼って手に入れ避難先を吟味し逃走ルートを選定したことで私と両親は無事に逃れることが出来た。

 破壊されて道路を塞ぐ車両。瓦礫の散乱する歩道に人だったものや争いの痕跡が現在進行形で刻まれていく中、こちらに手を伸ばす人々から顔を背けて走り去ることに思うところが無かった訳ではないが、それでも思う事は一つだ。よかった、と。

 逃げた先はよくある田舎。人が少なく年嵩の農家や酪農家がいる平和な村落。さらに伝手を頼っただけあってか人も親切で作業の手伝いをしつつ、空いていた古民家を再生させて暮らしは安定した。

 テレビで見た映像だけでしか知らない世界が続いている中で、まるで別の国にいるかのような、そんな変わらない平穏が続くと思っていた。


 きっかけは流入した人が増えてきて元々ここで生活していた人たちが徐々に減少してきた時期だったと思う。

 流入してきた人々に対応するために農地を残したい古参と、流入する人々に対応するために農地を潰して住宅地にしたい新参とで意見が割れるようになってきた。

 父は古参側として受け入れられていながら外から来た人間であるのは間違いなく、難しい立場にあったらしい。

 らしいというのも結局真相は分からなかったからだ。




 聞こえていた音が途切れる。視界にはお姉ちゃんと呼ばれていた女の足くらいしか見えない。私の後ろの方に通路があるのは分かっているが、今は大人しく情報収集に応じていたのだが。


「おい」


 その音は頭上から降ってきた。

 瞼を下ろして音だけに集中していたはずだった。どれだけ気配を消そうが床を踏みしめる音や衣擦れの音、それになんとなく誰かが近づいてくるときは感覚で理解できるものだ。それも隣のスペースからの会話が聞こえるくらいには静かであったはずなのに。

 思わずびくりと反応してしまった私に対して喉の奥を鳴らして笑う声。

 体を反転させその男を見上げた。


「よお」

「……」


 目元のゴーグル。余裕と不敵さが現れた口角。隠しきれない血の匂い。

 一般的なスカベンジャーのようでありながらにじみ出る風格が違う。

 いや、もっと別の、そう、何処か余裕があって気品さを醸し出しているような。


「よっと」


 容易く引き上げられたかと思えば投げ捨てるようにソファーに放り出された。

 疼く痛みに思考が遮られた。というよりは思い出させた。

 備え付けのサイドボードに寄り掛かるようにしてこちらを見下ろす目の前の男がそうだ。


「……あなたが狼ね?」

「さて、そんな名乗りを上げた記憶はないんだがね」


 トウキョウのスカベンジャーたちの間でまことしやかに囁かれる伝説のスカベンジャー。スカベンジャーといいながらやったことは軍顔負けの生存域の拡張。パンデミック後にメトロで生活していた連中のいくらかはその時のことを知っていた。

 ビルや工場から他の連中を叩き出し、ゾンビを始末してまわる。邪魔をしなければ酷い目にあう事もない。それどころか人攫いに拐かされた人間が戻ってきた際には軍か群狼のどちらかと言われるような組織だ。


 人の本性は追い込まれたときに炙り出される。そんなことは6年前にこの身をもって知っている。

 私だってキレイごとだけでここまで生きてきたわけではない。強くはなれなかった。だから少しでも賢しく生きるようにしてきた。

 父の伝手を頼りトウキョウに戻ってからは情報を取り扱って生きてきた。見よう見まねで情報屋をしつつ、ローカル出版社の記者として活動していたが長くは続かなかった。


「ふふふ、お会いできて光栄よ」

「そうかい、そいつは何より」


 弱いものは強いものに食われ、より強いものはそれを喰らう。私が所属していた出版社も私が所属している間に、それこそいつの間にか大手の傘下に収まり制限令が敷かれていた。

 以前までならそもそもの労働時間や報道モラルといったものが時勢に逆風となる業界特有の有り方であったのだが、少なくともジャーナリズムというものがあった。ただし今や国政に阿る太鼓持ちになっている。

 求めるものは研究所の成果であるゾンビ症の治療薬。その伝手。

 理屈は理解できる。治療薬の情報をメトロの人間やスカベンジャーに知らせれば壁内で人間同士が争うことになる。そうすればただでさえ刻一刻と減少する人間の数を更に減らすことになる。だから治験と称して限られた人間に優先的に薬を回す。無作為に選ばれた人間とやらも正直怪しいところだ。

 トウキョウの情報屋の中には反政府組織に所属する人間もいた。実際新聞社の記者のうちそういった組織に鞍替えした人間もいるという事は聞いていた。

 政治家、研究所、権力者。そういった壁内にあって無視できない力を持つ者に対する底知れない憎悪。それが隠せない程度にどろどろとした黒い瞳が忘れられない。


「私を殺すのかしら」

「それはお前次第だ」


 群狼の話で一番名が通っているのはブランドという男。昔は良かったと語る情報屋の多くはその男から齎されたと言っていた。

 そしてその男がついでのように言っていたというのだ。群狼はトップが優秀過ぎるのだ、と。

 群狼は前線の戦闘部隊と後方の支援部隊に別れている。多くても20人前後。多少の入れ替わりを経て、しかしトップを務めていたものは変わらずにいた。

 元群狼のメトロの人間は何を用意しようと口を割らなかった。ただそのヒントだけを得ることが出来た。

 曰く、リーダー一人が強いのだと。別に他の者を悪く言うつもりはないが、誰もが思っていることだろうと。

 

「ねえ」

「なんだ。辞世の句でも読むか?」

「あなたはどうして群狼なんて組織をつくったの」


 聞いてみたかった。強い人間という者が見る景色がどんなものなのか。

 弱い私には地獄しか見えなかった。一人で強く在れるものが作る集団が何を目指していたのか。


 正直に言えば。


 私は誰かに助けてもらいたかったのかもしれない。



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「生きるためだが」


 俺からすればそれ以外言いようがない。


 天間ネル。コイツがここにいるのが一番の謎だ。

 いや、正直こんなことが起こる可能性はゼロではなかったがそれでも限りなくゼロに近かったはずだ。

 原作を考えるのならばこの女は主人公の活躍に興味をひかれて取材を申し込む流れだったはずだ。そして壁外活動に同道するキーキャラクターでもあるはずなのだ。

 ある程度パーソナルな情報も揃っている。疎開先で親を殺されて、彼女自身も暴行を受けた。それを知った他の住民が仇を討ったがそれ以降彼女は誰も信じられなくなった。それが今日まで一人で立ち回っていた理由だ。

 彼女は隣人こそが最も警戒するべき相手だと思っている。だから信頼しないし信用しない。それは彼女のスキルやアビリティ、戦い方にも表れている。しかし今はおいておこう。


 状況だけ考えるなら始末するべきなのだろう。始末しないまでも他の勢力に渡したところで情報を抜かれて困るのはこちらだ。

 であれば飼殺すという手段があるが、コイツの見張りに一人割く労力を考えればそれが本当に正しいのかと疑問に思うのも事実だ。

 それじゃあ加入させるのかというとそれも二つの点から正直気が進まない。

 一つは主人公の進捗について。もう一つは原作キャラクターを抱えることについてだ。


 主人公の終盤はトウキョウ周辺に生息している特異覚醒個体のゾンビを討伐し、残念なラスボスを倒してゲームクリア。

 それだけで表現できる流れだがトウキョウ周辺に存在するスカベンジャーとの絡みや反政府組織やカルト教団との闘いを描いたサブミッションなどもあり、プレイするだけならそちらの方がボリュームがあるくらいだ。

 ちなみにZOMBIE×ZOMBIEシリーズの最終盤特有のゾンビ漸減ミッションが設定されているせいで適度にサブミッションに顔を出さないといけないはずだが、それがあったとしても今回は特異覚醒個体を倒せばほとんどゲームクリアのようなものだ。それだけ特異覚醒個体という存在の力が大きいことを意味している。

 主人公たちの状況は確認してみなければわからないが、そろそろ一体目の討伐をしている頃だろうか。

 その辺りから強力な仲間NPCと出会うはずだったのだ。その一人がこの天間ネルというキャラクターだったんだがなあ。


 この天間ネルというキャラクターが特別なのは、ゲームクリア後も主人公と一緒にいる可能性があったという点だ。

 既に抱えている八木はセンダイ以降の活躍は詳しい情報が無い。

 言い方はアレだが、久万楠女史は本来原作開始時には行方不明になっていたはずだ。実際時期はズレ込んだがその所在を隠すように潜んでいた。思いつく原因は研究所に俺たちが所属していたという事以外に思い付くことは無い。

 仲間とは言い難いが賢瑞もセンダイから離れる理由が無いのだから、今となっては関わり合いになる要素も薄い。


 あれ、待てよ。もしかして何とかなるかもしれん。いや、そろそろ本題に移るか。


「そもそもお前、何しにここまで来た」

「……」


 コイツの目的もいまいち理解できない。

 主人公の後をつけていたのも研究所を出入りしつつ身なりのいい外国人と一緒にいるその状態に疑問を覚えたからだったはずだ。

 独自の情報ルートから手に入れた周辺情報を含めたゾンビの情報を対価に、対ゾンビ戦闘のスペシャリストが価値のある情報になると考えていたからであるはずだ。

 ゾンビを排除したい組織や集団に流してその戦力を利用させようと小銭稼ぎをするとか。


 などと思考を巡らせているくらいには反応が無い。

 ただ目を見開いて茫然としている? そこまでおかしなこと言っただろうか。


「……ふふふ、そう、ふふ」


 しばらくして笑い出した。

 暗示や催眠で無理矢理戻しても良いんだけど、既に車は無いし誰かに預けなくちゃいけない。

 そうなると記憶をいじって俺たちのことを忘れさせる必要がある。

 俺たちがトウキョウまで行くというのはあり得ない。いや、最悪小屋姉妹に送らせるにしても俺が帯同する必要がある。そうなるとこっちで動くのが千聖と剣だけになる。

 いや、いっそそれもあり、か?


「……ねえ、群狼が制圧した土地を解放していたのは何故?」

「面倒だからだよ。管理するのも安全になったからと集ってくる連中も」

「でも全部渡す必要あった?」


 聞いて来たのは小屋妹だ。まあ詳しいことは群狼の外にいたコイツじゃ知らないか。


「あったよ。俺たちに関わってくる連中全部を肩代わりできるデカいところにな」

「研究施設の拡張には大きすぎると思っていたけど……」


 久間楠女史もこっちの様子を見に来ていたようだ。視線は記者の方に向いている。まあここまで一緒に来たのにこの場では全く立場が違うしな。


「土地や建物を解放すりゃ元の持ち主や箱が欲しいやつが関わってくるのは分かり切ったことだった。法や道理が通用しない連中が蔓延る壁外の掃除もしとけば手を付けるのに躊躇いはないからな。だからこそこのご時世で潰れる心配の無い研究所に目を付けた」

「そこで軍に目をつけなかったのがリーダーらしいよね」

「あいつらはまともだからな。まともな人間に人を殺す覚悟はねえよ。どんだけ建前を用意しようが、人が人を殺すっていうのは狂気に塗れた行為だ。それを考えれば頭のネジが何本か抜けてるやつらの方が与しやすいっていうのはあったんだが……」

「なに? 何か言いたそうだね?」

「研究所を運営する人員が不足気味でそのテコ入れからやる必要があったからクソほど面倒くさかった」

「……そうなの?」

「政府から支援を受けているとは言ってもいつまでも成果の出ないものに少ない資金や資源を出し続ける者はいませんから。少なくとも人心を安定させるような、食料生産やエネルギー運用に関して利用できそうな研究を用意すればwin-winで関係継続できますし」

「……そんな研究している職員なんていたかしら?」

「いましたよ。というか俺が加入して以降はそういった分野の研究員も外から招いてましたし」

「あなたが決めていたの?」

「誘導はしましたね。根本さんにお話しして」

「根本君からそういう話は聞いたことが無いのだけど……」

「話さなかったんじゃないですか? 先生はゾンビ研究という仕事があるのですから」

「そ、そうだったの……、私所長だったんだけど……」

「それも元々はスケープゴートでしょうけどね。責任追及された際、何かしらゾンビの被害が大きくなったりして壁内の治安が悪化した時に、こいつが悪いと指をさすために」


 現状で非常事態宣言下よりひどい状況にあって、一般市民の身ではそれがどれほどの意味があるのかと思う。注意喚起や避難勧告程度で無視されても仕方ない状況でもあるのだ。

 実際これまでと同じように街が運営されているわけではなく、スカベンジャーやメトロにいるスラム住人、カルト集団がいて反政府組織という無秩序集団を抑えられない状態。

 それでもなおこれまでのように政治を執り行うという妄執に取りつかれた連中がこの国の中心にいる。簡単に使い捨てられる駒はいくらあっても困らないのだ。


「そんなあなたはどこを目指しているのかしら」


 記者の女が何をしたいのかよくわからんな。まあどうせ適当に記憶操作するから言ってもいいか。


「いずれ平和になるとして、ゾンビ全てを始末するなんてどれだけかかるか分からん。10年かけて大幅に減少した人口を戻すのに必要な時間も少なくは無いはずだ。それと共に崩壊した秩序もな。それなら、よりよい今を生きる方法を探すほかない」


 最初に掲げた目標は変わっていない。魔法が使えるという事がわかっても、それを頼りにゾンビを殺すだけで生きていけるほど甘くはない。

 まあいろいろと予想していなかった状況になりはしたが、この地における生存戦略は大分安定してきている。分かり切っていたことではあるが、ゾンビによる被害が落ち着いてしまうと今度は人を相手にしなければならなくなる。その面倒が訪れる前に、うまくここを孤立させることが出来ればいいのだが。

 まあそのためのドクターと久万楠女史だ。この二人は拠点に置いておけばいいだろう。


「ねえ、典正くん……」

「……はあ。いえ、なんとなく言いたいことは分かりますが、管理しきれなければこちらが不利になりますので」

「先生、こっちこっち」


 やっぱあの先生を前に置くのはダメだな。単純にこの世界にあってない。優しいとか思いやりがあるとかじゃない。

 あの先生は研究以外のことにひどく興味が薄い。人間が持つ善性を発揮しているように見えて、あれは十年前の感覚を思い出しながら人間関係を構築しているようなものだ。

 出会った当時から研究にのめりこんでいるということは知ってはいたが、ここまで人間やめてるとは思わなかったのだ。


 多分さっきのは助命嘆願。無かった意識は情報管理に対する危機感。

 俺たちが厳しい判断をし先生が助命嘆願することで女記者を縛る、ということも無いわけではない。とはいえそんなことが期待できるのは戦国時代の侍くらいだろう。

 今のご時世、生き馬の目をぬくことこそが至上。正直者が馬鹿を見る時代。久間楠女史の感覚は古すぎる。

 しかも知識から出してやっているだけで、あの人本心では自分の研究以外は割とどうでもいいと考えているような人間だ。でなければあそこまでゾンビで実験しようとはならない。

 まあ箍が外れたのは俺達のせいかもしれないが、逆にあそこまで振り切っているからこそゾンビ研究の第一人者なんて呼ばれ方をしているのだ。


 ふと思い出す。今日は細かいことを考えずに行動するんだったな。自分に言い訳して魔法の装填完了。


「とりあえず、お前は


 しっかりとネルの頭を掴んで軽く揺らす。カクン、と意識を失ったネルから手を放し、振り返る。


「とりあえずさっさと動くぞ。俺はコイツと先生拠点に連れて行く。お前らはセンダイの監視だ。錦」

「あいよ」

「最優先は軍の動向、次点で研究所だ」

「研究所? ああ、了解」

「小屋姉妹と剣はセンダイに詰めろ。派手に動かなきゃそれでいい」

「いるだけ?」

「センダイは今久万楠女史とドクター、その周囲に現れた殺人鬼の対応といろいろと面倒なことになってるはずだ」

「え、それって」

「更にマツシマの分隊が対応に困るくらいにはゾンビが海岸北側を移動しているらしい」

「マ? え、でもそれは割とどうでも……?」


 海側から南下してくるゾンビ集団にセンダイの平野部に展開している軍の連中が当たってくれるなら南側が手薄になりトウキョウへの脱出が楽になる可能性がある。

 他には前回マツシマに助力したトウキョウの部隊が回された場合は何かしらの手を打つ必要があるかもしれない。

 俺たちのような立場の人間が関わるべきではないのだろうが、長い付き合いの人間もいる。ついでに言うなら、せっかく助けたのだから少しでもマシな人生を送ってもらいたいと、柄にもないことを考えているのもある。


「とりあえずこいつは俺の方で何とかしてみますんで」

「どうするの?」

「いろいろと試します、とだけ」


 とりあえず暗示による記憶の封印と強化薬は打っといてやろう。

 メインストーリーを重視すれば今すぐにでもトウキョウに送り返すのが一番だろう。ついでに千聖がどついた割に案外平気そうだったから耐久自体は思ったよりはありそうだし、あとはレベル稼ぎ代わりに強化薬打っとけばいいだろう。

 こいつは主人公たちのパーティに加わらなくてもミッションで出向いた先に何故かいるからな。それなりの能力も必要になるだろう。

 問題は送り返す必要がある場合だが、どうするか。結局センダイで見つかっているんだから、いや待てよ? ここに久万楠ツツジがいると広めたのは現状ドクターしかいない。事前につかんでいたとすれば軍以外には無いはずだ。


「先生、ここに来るまでにはどんなルートで」

「試すって何を試すの? もしかして演習場にあったっていう調整薬? それとも別の何か?」


 なんでこんなテンション上がってんすかねこの人。こんな感じだったか?


「いろいろとだけ。一応拠点に仮説の研究室あるんでそちらの説明は拠点に行ってからしましょう」

「そう……、そうね、ふふ、うふふ……」

「あれ? 久間先生ってこんな感じだったっけ?」


 剣も俺と同じことを思ったようだ。過去を知っているというのも善し悪しだな。




 車に乗せて拠点を離れようとしたときに見慣れた人影が寄ってきた。


「マックス」

「千聖か、なんだ?」


 そういやコイツ帰って来てからさっさと風呂入りに行ったんだったな。とはいえいつも通りだ。ここで情報収集をしている錦の護衛役になる。今回に関してはこのアジトに人が可能性がある。放しておいても良いが、アジトに来るような人員ならまともな格好の人員は来るまい。

 正々堂々と調査するのであればこのアジトではなく小屋姉妹にコンタクトがあるはずだ。当然隠し拠点なんかを調べようとしばらくは張り付かれるだろうがセンダイを中心に動かしておけばいずれ諦めるだろう。

 問題はその間に起こった事態に対処するのが唯一の浮いたコマである俺だけだという事だ。


「私も行く」


 まあだからこの言葉は渡りに船でもあるのだ。

 ただそうなると情報収集する錦が浮いてしまうし、単体戦闘力最弱の錦に護衛をつけないのは危険だ。

 そして何よりこのアジトは長い時間をかけて整備していただけあって情報収集に必要な機材の充実度が段違いだ。他に錦が用意した情報収集拠点は町の中にしかないと聞いている。


「お前来たら錦どうすんだよ」

「錦も連れて行けばいい」

「情報集められねえだろ。特に研究所、大学病院まわりは先生が来ていて騒がしくなっているはずだ」

「拠点で集めればいい」

「は? いや、拠点に情報収集に必要な機材なんて用意してないだろ」

「持って行けばいい。仮設拠点用の簡易設備はストックがあるはず」


 物資の管理は全て小屋妹に任せてあったな。ああ、そういうことか。拠点の設備を充実させようとするものじゃなくて、仮設用の物資も含まれていたのか。


「……なら錦呼んできてくれ」

「了解」


 錦が運転、先生を前に俺と千聖でネルを挟む形になるか。錦の荷物にネルの荷物なんかも持って行く必要があるか。

 それから荷物を載せ、インター付近に展開している軍の検問を迂回してから拠点に戻った時には日付が変わる時間になっていた。


 ニッカワの拠点にいるからと言って、この拠点にいる八木や石田、小瀬屋敷夫妻に大天使と共に共同生活を送るかと言えばそうではない。少なくとも俺は当面はネルの面倒を見るし、手の空いている千聖に先生や大天使の世話を任せることになるだろう。

 錦の仮設拠点はニッカワの拠点に置いても良いが少し離れた場所においても良い。北の橋を渡った別荘区画でもいいしソーラー発電を流用するなら学校跡地などもある。そこは錦次第でいいか。


 一先ず先生を蒸留所に連れてきたが、この人を落ち着かせるのが先かもしれん。


「ちょっと典正君! この培地何使ってるの?! こっちは何? ……やっぱり調整薬じゃない! あ、こっちはクローニングしてるのね。他には何があるのかしら!」


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