第134話



 うーん、コイツどうするかなあ。


「そっちで使います?」

「口を閉じさせれば、なんとか?」

「それ物理的にってことっすよね?」

「そうだけど」


 おー、うちの女性陣は皆おっかねえなあ。まあこんな世の中でまともな感性の人間なんてほとんどいねえんだから仕方ねえんだけどさ。

 今のところリーダーの方針は拠点の拡充だ。拠点の設立や拡充のノウハウを得ることでが出来ればそれはそれでいいとは言っていたが、今の拠点をそのまま維持できるならその方がいいだろう。

 少し前にイシノマキに行き離島まで行ったが、そういった人気のない場所の下見も兼ねていたはずだ。

 今のところゾンビが泳いだっていう話は聞かない。まあ魚のゾンビがいないとは言い切れないが少なくとも海という強固な隔壁の向こうにある場所は安息の楽園になるかを判断しに行ったんじゃないかと思う。

 まあ言わんとすることは分かる。リーダーの悩みと言えば人の扱いだ。人間関係の悪化から情報が漏れるのだけは避けたいという考えがあるのも分かる。情報の持ち逃げをされたところで困ったことなんてあったかどうかも分からないが。

 というか情報持ち逃げされたら嬉々として追い詰めそうな人間しかいねえ。


「こいつの使い道ありますかねえ?」

「うーん……私はない」

「動きを制御できるなら良いんですけどね」

「なんかないの?」

「なんかとは」

「リーダーはドクター飼いならしてるから、なんかあるのかなって」

「んん? あー、まあ、そう、なんか? 脅したみたいですけどあれはドクターにも利があるみたいですから」


 利というか欲望というか。アイツはリーダーの肉体というか身体能力やらなにやらに首ったけだったのをリーダーが上手く飼いならしていたというか。

 ぶっちゃけあいつのことが好きな奴なんていたか? 有能なのは誰もが認めるけど内面が壊滅的に終わってる。ブランドが有用性を認めていたくらいで。


 リーダーはコイツの扱いを小屋姉妹にぶん投げていたようだけど、結局リーダーに投げることになるか。リーダーなら何かしら役割でも見つけてやりそうだけど、どうなるかね。


「他に何か見つけた?」

「んー、さっき以上のもんは無いですね」


 こいつの取材内容と言えばスカベンジャーやスラムなんかの取材内容から壁外の様子や隠れ住んでたカルト教団の情報以外では見るべきものも少ない。

 どっちかって言えば大手は大体政府の検閲入っているような状況だし、現状で反政府活動に加担するのもメリットが少ない。

 俺たちが軍と政府にケンカを売っていたらしきことは置いておくが、そもそもあまり追い詰めすぎない程度で解散したのもあってそこまで追及は受けなかった。軍の連中と一部の政治家と奴隷商が自分たちの利益を得るためにこちらに敵対していたくらいだ。

 まあそんなかんじでやりすぎると目を付けられるうえ、一歩間違えば周囲からの排斥対象になる。トウキョウでは底辺と呼ばれる連中に随分丁寧に対応していたようだし、まあ使えそうな情報もない。

 ただなあ。政府が指名手配しているのにわざわざ逃がすような真似をすれば自分にも累が及ぶなんてことは分かりそうなもんだが。


「で、アンタは何でこんなとこまで来たんだ?」

「……」

「おう寝たふりバレてんぞ」


 瞳さんにお願いしたいんですけどね。とりあえず蹴りをいれて起こす。

 瞼を閉じていても起きていれば眼球の動きが見えるし呼吸も意識していないと不自然なものになる。ここに運び込んだ時点では意識を失ったままのようだったし、途中で起きたんだろうけどその度胸は認めてやらんこともない。

 ゆっくり目をあけて眩しそうにこちらを睨む女と目が合う。手足を縛っているし、瞳さんもいるし俺は特にやることないな。


「……アナタが狼?」

「さあ?」


 最初に聞くことがそれか? なら群狼狙い? 今更?


「まあもう少し大人しく寝とけ」

「……先生をどうするつもり?」

「さあな」


 情報を扱う者らしいというか。

 この状況で諦めるものも情報だが、手に入れるべきなのも情報だ。

 こちらとの会話を誘導しつつ周囲を見回して現状を確認している。やっぱ根性決まってんなあ。

 情報を扱う人間なのに、窮地を打破するためにあがくための動きも知っている。さてはコイツ仲間いないな? 一人で何でもやろうとするタイプだ。

 となるとやっぱこいつの目的がキーか。俺たちがやってもいいけど経験者の二人は今はいないし、話をさせるのなら剣や久間先生に任せた方が早いか。


「おーい、起きたぞ」


 こうしてみんなで集まるのは久しぶりだ。俺も最近は前線を避けてきたし、情報収集もこの町じゃあ動きが少なくて退屈していたんだ。

 というか、いろいろと探っているうちに思ったことは、そもそも情報が無い可能性だ。

 突発的な事態に対して即応するために最短経路で辞令が下される場合は情報を得たとて一歩出遅れるのは仕方ない。逆に今回に関してはこちらの察知の方が早かったからこその結果だろう。

 ただ、ドクターが狙われているというのにその情報に関しては驚くほどに少ない。それこそ小屋姉妹に聞き込みっていう地道な方法をとらせているにも関わらずそれらしいものが無い。

 セキュリティが甘いのは研究所代わりになっている大学病院くらいか?

 そういえば大学病院に関しては人と情報の出入りくらいしか気にしていなかったけど、研究の進捗状況とか調べておくか? これもリーダーに確認すればいいか。どうもトウキョウの研究所の研究内容や技術の交流、トウキョウ以外のゾンビについての研究が表向きの内容だった気がするが。

 ともかく、ここでの俺の仕事は一旦切り上げだ。生体ドローンもテコ入れが必要かねえ。




「戻ったぞ」


 時折遠くに見える、聞こえる車の反応に車を隠したりしながら進んだところ思ったよりも遅い時間になってしまった。

 いつもの面々が集まっているセンダイ市街地西部のインターにある小屋姉妹の拠点。エレベーターは1階に停めたまま、天井をぶち抜いて梯子をかけてある。小屋姉なら人を抱えたままでも昇れただろうが、やっぱ少し面倒だな。まあいいや。こういう機会は今後ほとんどないだろうし。

 当然外の非常階段もとうの昔に塞ぐというよりは破壊してあるのは確認した。それとは別に緊急用の避難ハシゴはベランダにいつでも開放できるようになっているのだからこの施設もそれなり以上に使いやすい。


 俺を迎えたのはいつものメンツから小屋姉を除いて久間楠女史を咥えたメンツだ。


「おかえりー」

「おつかれー」

「おつー」


 探知で奥に二人いるのは分かっているがまあまずは目の前の人か。


「……お風呂まだ大丈夫?」

「え、あ、うん。え、いまから?」

「うん」


 そういってさっさといなくなった千聖に苦笑いする。まあ今日は頑張ったみたいだし、俺も面倒事はさっさと終わらせたい。

 いなくなった千聖を見送った久間楠女史に改めて向き合う。おっと、ゴーグルはズラしておかなきゃな。


「お久しぶりですね、先生」

「典正君……! 大丈夫だとは思ってたけど、うん、安心したわ」

「ご心配をおかけしたようで」

「そう、ね。千聖ちゃんも、というか、あなたの部下のほとんどがここにいたのね。全然気づかなかったわ」

「丁度良かったので。軍の作戦に合わせてMIAさせて避難させてただけですよ」

「……ここに?」

「ええ」

「……アナタのセンダイの異動が決まる前、よね?」


 ああそこか。たしかに俺の異動が決まる1年以上前から他の人員動かしてたらそんな表情にもなるか。

 俺が軍や政府と繋がってる可能性なんざあるわけないんだけどな。それを久間楠女史に理解しろと言っても難しいか。


「元々俺たちのことが気になって仕方がない連中が多かったみたいなのでこちらから消えてあげたんですよ。幸い、分かりやすい手を打ってきてくれたので僕としてはやりやすかったです。小早川と見持けんもちのことなんですけど」


 トウキョウの研究所内の人間は俺たちがまだ群狼として活動していたころから付き合いがある。俺達から献体を受け取り研究を進めていく中で変異結晶の解析が進み遅延薬や忌避薬なんかが生み出され、製造体制を構築する中で徐々に外部から人を入れるようになってきた。

 俺が研究所に所属するようになってからは都内各地で研究していた医師や生物学、植物学の研究者や製薬会社から出向してきた者が加入していた。

 数年前に加入した小早川や見持も表向きは研究員だが、そのどちらも紐付きで、なんなら相性最悪なその二人が同時期に来たことに思わず苦笑したくなるくらいには研究所内の派閥が滅茶苦茶になっていくのが簡単に予想できたし、実際そうなっていたと思う。

 とはいえ、古くから研究所でゾンビを研究している者達はゾンビの脅威を正しく認識しているものが多く、俺達や警備部の人間たちも相まって研究所内の人間関係はより一層の混迷を深めた。

 まあだからこそ俺たちが警備部の回収部隊として一定の力を得ていたし、古くからの研究員とその助手としてある程度の地位につけていた。

 研究所の内部から切り崩しを狙っていた小早川もさぞ面倒だっただろう。実際地位に反して貢献度がやたら高く敵の少ない俺をどうやって排除しようか悩んでいたはずだ。

 結局元々は地方の研究拠点の設立案やらより多様化したゾンビを研究するために地方との技術交流などと言った目的で俺たちを追いだすしかなかったわけだが。

 ちなみにここまでが俺の予定したプラン通りの流れだ。


「昔から自分がやることは大して変わっていませんよ。こんな世の中ですからね、普通に生きることより値が張ることなんてありません」


 何か言いたげにしているが、まあそれを聞き入れる理由も特にない。国から支援を受けていた研究者としては国益に叶う成果を上げ続けてきた久間楠女史には悪いが、俺からすれば政府自体も一つの勢力に過ぎない。当然研究所もそうだ。


「……うん、まあ、そうね。私が知らなかっただけだものね」


 もう少し良識によった判断をするかと思ったけど、意外と呑み込みが早い。迎えに行った連中がなんかやったか?


「一応聞いておきますけど、センダイの研究所に行きたいとか軍に行きたいとかあります?」

「? あなたたちは顔を出していないのよね? それなら別に、あ、そう言えば何故隠れているのかしら?」

「いろいろ理由はありますけど、その方が都合がいいからですね」


 一番は主人公と離れることだが。なし崩し的にストーリーに巻き込まれるっていうのを避けたかったのがある。なによりセンダイへ異動するタイミングが完全に被ってしまったのはある意味事故みたいなものだが、ストーリーが開始されるタイミングをこちらで確認できたことは大きい。

 この世界における一つのルールにおいてゾンビの進化段階とスパンがある。何をしなくともおおよそ5年でゾンビの進化が始まる。もちろん全てのゾンビが進化するわけではなく、逆に5年を待たずに進化するゾンビもいる。

 物語が始まるのはパンデミックから10年後。俺はパンデミック直後から動き出していたし、なんならその以前から準備は始めていた。

 一番心配だったのはこの世界がきちんとストーリー通りに進行するかどうかだ。まず主人公がいるかどうか。これは活動中にわざわざ小屋姉妹を派遣して確認した。

 直接ストーリーに関わることでは無いが、こちらで知りえることを確認しつつ物語が進むように足場を固めて行った。

 主人公の環境に大きな変化が無いのであれば俺が知りえる物語が恙なく進行するとは思っていた。とはいえ絶対ではない。

 1本のアクションRPGゲームをノーコンティニューでクリアするというのは難しい。そしてコンティニューできるかどうかも分からない状況で他人に全てを委ねるというのも果てしなく不安だ。

 だからこそ情報を確認できるような距離感で関わらない。それが基本的なスタンスだ。


「先生には出来れば本拠の方に移動してもらいたいんですが構いませんね?」

「あ、うん。というかここじゃダメなんだ?」

「一応指名手配されているのは此処に連れてきた彼女たちではなく貴女達ですからね」

「え? 私? ここでも?」

「はい。情報自体はトウキョウか軍からでしょうが、いずれにせよ多くの権力者に狙われています。しばらく身の危険は無いでしょうが、用件が済めばどうなるかは分かりません。貢献を評価されればそれなりの扱いになりますし、秘密を知れば始末されるでしょうから」


 この世界にいるのは町を治める政治家や、人のために動く防衛隊や物資を漁るスカベンジャーだけではないのだ。

 使えるものはそれがなんであれ使う権力者もいるし、救われるために全てを許すような思想家もいる。

 隠れ住み過去と同じ平穏のままの農家もいるかもしれないし、権力闘争に明け暮れる漁師もいる。

 それぞれが等しく抱えるのがゾンビという外敵で、それに対して有効な手を打てる切り札になりうるのが久間楠女史だ。本人はその知名度というのを自覚していないようだが。


「以前と立場は逆になりますが、こちらにご助力して頂けますね?」


 選択肢なんて無いのだから、いっそ強めに上から圧をかける。選ばない、選べないというのは、ここでは助け舟のようなものだ。少なくとも俺はそのつもりだ。


「ふふ、ああ、うん。よろしくお願いしてもいいかしら?」


 少し困ったように笑う久間楠女史に一つ問題が片付いたことを安堵する。さて、もう一つはどうするかな。


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