第133話



「あ?」

『ゴメン』

「いや、いい。何でそんなことになった?」


 千聖が欲張った。一言で言えばそういう事なのだろう。

 一旦ヨシオカに向かったとか言っていたはずなのに結局高速のジャンクションまで戻って車を破壊したらしい。破壊というよりは派手に料金所跡を荒らした後、脇道から逸れて派手に車を横転させたらしい。

 その判断自体はそう間違ったものじゃない。逃げるルートとしてはヨシオカまで北上するより現実的だと思う。


『スピード足りないから高速に戻ったはいいけど、高速のガードレール越えるようなぶつかり方するには距離が足りなくて。結局脇道から逸れるようにしてから崖を転げ落ちるようにするしかなかった』


 リフのインターから入るとトウホク自動車道に合流できるが、実は国道に抜ける道もあるのだ。まあ国道にあるインターチェンジと言えばいいか。

 とはいえ国道に接続するインターチェンジがある場所は比較的見通しがよく、なんなら誰かが待ち構えている可能性さえあった。

 確かに事故った車が発見されないと足による久間楠女史の捜索が行われないが流石に効率を求めすぎじゃないか?


「見つかってないか?」

『それは当然』


 当初予定していたリフからヨシオカ間よりもセンダイに近い。センダイに近いという事は探索部隊が近いというわけで、探索部隊が近いというということは車で迎えに行くにも問題がある。

 厳密に言えば小屋姉妹が使っていた車とは別のものになるが、どうあっても目立つものしかない。運用しているものが少ない電気自動車を二台用いているのだ。

 目撃証言があったとして、それが直接小屋姉妹に繋がるものではない。ただ、正直現場で会ってる時点である程度は疑われるのは織り込み済み。その上で証拠を掴ませなければそれでいい。

 実際拠点で使っている車は主人公達と交換した車だ。その経緯から表向きに使える訳もないのだが、まあ俺が使うのであれば特に問題ない。


「まあいい。今晩中に迎えに行く」


 場所自体は絶妙と言っても良い場所だ。

 以前大天使の実地訓練のために赴いたトミヤの団地のほぼほぼ最奥。ナリタと呼ばれる場所。そこに行くには車を破壊した場所から高速道路沿いに戻る必要がある。

 追跡を受ける者にとって来た道を戻るというのは精神的抵抗が大きい判断だ。千聖に関して言えば闇夜の山林に紛れて更に山越えを敢行した上での逃亡。当然痕跡は消しながら山を越えただろう。

 その上でトミヤで見かけたボランティア擬きの連中がいたあの団地にいるのだ。

 ぶっちゃけ千聖に関しては最初から心配はしていない。していないがアイツが欲を出せば面倒なことになるのは分かってる。

 邪魔なものは始末すればいい。アイツが外で活動するときの判断なんてそんなもんだ。


『ありがと』

「……おう」


 なんかこいつがこういう風に素直に礼を言うとは思わなかったので面食らってしまった。

 いやいや、こいつはあんな形で20代半ばだ。当然と言えば当然のことだし、こいつだって普通に礼を言うくらいはできるはずだ。

 なんか俺親戚のおじさんみたいな見方をしてしまっていたな。普通に凹むわ。


「まあ気をつけろ。また連絡する」

『わかった』


 千聖との連絡を終えて俺はそれまで続けていた軍を監視していた場所から離れる。

 軍はしっかりと港側の隠れ家跡から資料なんか回収したようだが、これはどうなるかね。

 軍と港側がこじれてくれると俺としては時間が稼げて有り難い限りなんだが。


 結局、この雑な細工が自分の首を絞めることになるのだが、この時点では何も考えてない俺には分かっていなかった。




 久々に魔法で車ごと隠しながら深夜の道を走る。ライトもつけずに走っているが比較的大通りをゆっくりと走り抜けているので問題は無い。

 そもそも駅や繁華街を除いて人気というものはまず無い状況だ。夜ということで風俗街や一部飲み屋、集団や組織の集まる場所では人気もあるが表に出てくるようなやつはいない。

 するすると街を抜けてイズミの防衛線にある検問を迂回、国道を横断して指定された団地内に入る。

 探知の魔法を飛ばしながら人気のない場所を確保してから千聖に連絡をとった。


「ついたぞ」

『はや』

「普通だろ。今どこだ」

『ケヤキ通り見てたんだけど』


 ケヤキ通りとは今まさに俺が走ってきた道だ。国道から奥までまっすぐ伸びる大通り。見てたのに奥にいるのは流石にまずいか。

 パッとマップを見て少し考えるが、特に問題ないと判断した。


「一応裏から回ってきた。県道の方だな」

『なるほど。どこに行けばいい?』

「近くに学校あるか?」

『ある、小学校。人がいるみたいだからできるだけ出やすい場所選んだ』

「残念だけど見つからないように来てくれ。そうだな……」


 千聖との集合場所を指定してこちらも移動を開始する。

 裏通りと言ったがそこも本来はあまり正しいとは言えない道で、高速の高架下を通過している。周辺の捜索をしているならこの辺りの団地含めて捜索の手が伸びているはずだ。

 とはいえ事故現場からそれなりの距離戻るような場所でもある。


 俺は車を停め魔法を解除する。周辺の探査に反応はない。この辺りには中学校もあるがそこには誰もいないようだ。探索に動いているであろう人員の反応もない。

 ここは団地内に二つある通りのうちのもう一つの通りが見える位置にある。先ほど通ってきたケヤキ通りとイチョウ通りだ。

 イチョウ通りは団地中央から裏通りである県道に伸びる道路であり学校はグラウンドが面しているのに加え、反対側の住宅は全て背を向けている。オマケに団地は高台にあるため県道に抜ける部分は緩いカーブを描いた下り道になっていた。

 つまりは周囲から丸見えなのだが、逆に周囲の目が無いという事がわかっているため坂の中腹に置けば県道から覗かないとここにいることがわからないという位置でもある。

 まあ流石に千聖が疑問に思うだろうからそんなことはしていないが。少なくとも中学校やイチョウ通りから視線を遮る位置に置いている。

 探知範囲内に入ってきた反応が目の前の真っ暗な通りに入ってきた。ぴたりと止まったその影は見慣れた人物だ。


「お疲れさん」

「疲れた」

「一応水と食料あるぞ」

「帰りにもらう」

「おう。んじゃ帰るか」

「うん」


 帰りは来るときと変わらず真っ暗だ。ライトすら付けていない状態なのでナビの照り返しが俺たちの顔を浮かび上がらせている。まあそれも外からじゃ何もわからないだろうが。

 もくもくとおにぎりを食べる千聖の両頬がリスのように膨れるのを脇目に、俺は目前に控えた再会にほんの少し心を躍らせていた。




「リーダーもう少しで帰ってくるって」

「流石、仕事が速いねえ」


 アジトでリビング代わりに使っている壁をぶち抜いた広い部屋で錦を含めた全員がここにいた。リーダーからの連絡を受け取ったつるちゃんからの連絡に研究者の先生の緊張がほんの少し緩んだ。

 余談だがこの建物はコンクリート打ちっぱなしの建物なので、お姉ちゃんがすごく頑張った。予定の半分ほどの穴をあけた時点で通路としては十分に機能していたのでこのリビングは多少荒れた印象があるものの私としては結構居心地がいい。


 私とお姉ちゃんに関してはこの先生に直接の面識はない。ただあちらが言うには私達が使っていた車両とそれを使っているのが姉妹だという事を知っていたらしい。


「じゃあ私達がトウキョウで活動していたっていうのは知ってたんですね」

「ええ、典正くんがやり取りしている研究所外の人では一番名前を聞いたかしら」

「小屋っていうのは覚えてなかったみたいですけどね」

「姉妹って珍しいなあってイメージしかなくて」


 あははと苦笑いを浮かべる先生。

 ちなみにここにいるのは私とつるちゃんと先生。お姉ちゃんと錦は通路奥のスペースに転がしてる記者の女の見張りをしている。

 ちなみに先生は錦のこともあんまり覚えてなかったみたいで、錦の挨拶にすごく微妙な顔をしていた。錦も関係性を理解していたのかそんな朧げなままの繋がりにも気を悪くした様子もなくへらへらしていた。


「まあ車の中で一応確認しましたけど、彼女とは取引でここに来たってことで良いんですよね」

「ええ。アナタたちを探していたんだけど待っている時間もなかったから」

「手近なあの記者に依頼した、と。危ない橋を渡りましたね」

「そ、そう?」

「危険度高いと思います。普通は売り飛ばされると思いますよ?」


 それくらいは予想がつくと思うのだが。いや変装していようが何だろうが少し話せば世間知らずの妙齢の女で血や埃にまみれていないというのは大分違和感があると思うのだけど。

 そもそもそれを知っているはずの記者も、フリーであるなら猶更先生の扱いに舌なめずりしてもよさそうなものなのに。

 一応私としては何か明確な目的があると予想して殺さずにおいているが、一応お姉ちゃんに何時でも仕留められるようにしてもらっている。

 錦は一緒に置いてある持ち物などから身元や所属、持っている情報をあらってもらっている。現状では予想以上にだそうだ。


「でも先生も良く出てこれたね? 指名手配受けてたんじゃなかったっけ?」

「手配からしばらくは身分を隠して清掃員やってたからね、いけると思ったのだけど」

「え」

「ん? 何そのリアクション」


 つるちゃんが絶句してる。今そんなに変なこと言った?


「久間先生片付けできたんだ」

「あはは……」


 ああ、そういう。

 こういうところを見ると研究所勤めだったんだなあと思う。

 外から見れば研究所っていうのは結構不透明なところがあって、リーダーがいなければ多分近づくこともなかっただろう。

 実際、トウキョウでのスカベンジではリーダーから支給された忌避薬や遅延薬の存在は大きかった。運用もそうだが所持が明るみに出ると面倒事が一気に増えるのだ。その供給元と言っても良い存在が目の前にいる。


 ほんの少し引っ掛かっていることがある。お姉ちゃんが使っていた遅延薬だ。

 元々リーダーからもらったものを間隔をあけて使っていたが、昔の私は治療薬だと思っていたのだ。ゾンビ化は治るものなのだと。

 もちろんお姉ちゃんの感染状態が特殊だったというのもある。暴れはしたものの、私はお姉ちゃんに噛まれることも感染することもなかった。拘束することにはなったがお姉ちゃんはゾンビになってからも進行に耐えていたようにも思う。

 遅延薬で症状が落ち着いてからは内心研究所を疑っていたのだ。遅延薬ではなく治療薬であり、その投与を受けられる者の数を絞っているのではないかと。何かしらの陰謀がうごめいているのではないかと。

 リーダーや群狼ではない。彼らは明らかに研究所の意図とは違う狙いがあって動いていた。でなければそもそも限られた薬を渡す必要もないし私や姉を拾う必要もない。

 車や許可証、運用にかかわる費用、情報。それらを長きにわたって投資してくれたリーダーを裏切っては、多分後には何も残らないのは分かっていたから。


「あ、そうだ。リーダーが先生ともう一人に研究お願いするとか言ってましたけど」

「言ってたね。まあドクターと分担しろってことなんだと思うけど」

「彼の研究は独特だったものね。今どんな感じか聞いてる?」

「……まあそれなりに面白いのが出来てるみたいですよ?」


 つるちゃんがちらりと視線を向けたのは仕切りの向こう。多分隣の様子を窺ったんだけどそれだけでわかる? 私は何となく動いてる? 動いてない? そういうのがわかるかなってくらいなんだけど。

 研究内容自体は私は何となくどういうのかは聞いたことあるけど、予防薬とかでしょ? インフルエンザの予防接種みたいな。実際使ってたこともあるし。


「どんなものかしら。クローニングやナノマシン制御にも明るい典正くんのことだもの、ゾンビを操作する噴霧薬でも作ったのかしら?」

「……ちなみにゾンビを操作して久間先生はどうするつもりなんです?」

「え? うーん、大人しくしてもらうだけでいいんじゃない? 今のところは。典正くんなら労働力に転用するかもしれないと思っていたのだけど」

「あー……、うーん……」

「え、なんか変なことでもやってるの?」

「これ言っていいのかな? ちらっと聞いた話だと、ゾンビの捕食能力を受け継いだ植物がいるっていう話が合って」

「その話詳しく」


 はっや。そんなこともあったなあとつるちゃんの話を聞いていたが、その話に先生がぐっと詰め寄った。

 つるちゃんが困ったように対応しているけど、まあいいのかな? 実際リーダーも面白いとか言っていたし。イズミの病院のスカベンジの時だっけ。

 あ。そう言えばドクターを連れて来るってことは本田さんの奥さんの治療とかできなくなると思うんだけどどうするんだろ。しかも神社庁所属の医師を引き抜くって結構町の勢力バランス動きそうだけどいいのかな? 

 ドクター移動させること自体は確定事項だからこっちで対応策が必要かな。うーん、リーダーの方でも手を打っているらしいけど大丈夫かなあ。こっちの予想外の手を使われたりするからやっても無駄だったりすることもあるしなあ。

 とりあえず築いた信頼をそのまま維持するくらいでいいかな? とは言っても今一番ホットな人を捜索した私たちが白であることを証明すればいい。先生と記者をニッカワに移しちゃえばどうしようもないのだし。

 となるとあの記者の始末をつけなくちゃいけなくなるけど、どうしよう。

 まあいっか。お姉ちゃんと錦の調査次第だけど、その後はリーダーにお任せしちゃお。


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