第128話



「……だってさ」

「まあリーダーにお任せしよっか」

「久間先生のことはどうせあのマッドに擦り付ければいいと思ってるはず」


 今のところつるちゃんに運転してもらっているままにリフの山奥にある路地の一角に潜んでいる。

 潜んでいると言ってもそもそもここには僅かにゾンビが徘徊している程度でゾンビと人間の少ない空白地となっている場所だ。

 リフの南側にセンダイと繋がる大きな道路があるがその道はリフの南東にある港町であるシオガマに繋がっている。その道も山を越える必要があるのだがそもそも高速道路があるのであまり使われないルートだ。

 以前自動車工場近くでかち合った港側の人間たちも恐らくこの高速のルートだったりを利用しているはずだ。

 スカベンジャーたちもいないわけではないが道路沿いに近い場所が開いているので利便性を考えればこの住宅地まで引っ込む理由もないだろう。

 だから理由があって引っ込む連中はこの住宅地を利用するだろう、という読みだ。

 ちなみに人がいるとみたのは車で轢き殺されたばかりであろうゾンビの死体が時々転がっているという事。それに加え私以外は何かしら研ぎ澄まされた感覚を持っている人達がいる。

 血の匂いに敏感な千聖ちゃん。目のいいつるちゃん。あんまり口に出さないけど敵意に敏感なお姉ちゃん。

 後はこちらに気付いて逃げられないかだけど、この車の静穏性ならある程度は誤魔化せるし住宅地から抜けられる道は実はほとんど限られている。そこが見える位置にいればいずれ捕まえることも出来るはずだ。

 問題は、標的が血迷って来た道を戻る場合。その場合は他の追手とかち合う可能性がある。ここは港町が近いので対集団カーチェイスなんてなったら大変なことになる。

 ちなみに時間も敵だ。追手がここを嗅ぎつけて追いついて来た場合も彼女たちのカーチェイスに巻き込まれることになる。

 現状私達が一番手のようだし、できれば早く見つけて帰りたいところだ。ここから高速を使えば拠点まですぐに帰れるし。


「待ちでいいの?」

「うん」

「国道から市街地寄りとか北に行った可能性は?」

「無いね。国道から内側、センダイ寄りは軍の監視下に置かれる可能性が高いから」

「まあ外から来る相手にはそりゃ警戒するか」

「逆に外に出る人間には深追いしないと思う。軍にはリフに行ったことは伝わっているだろうからじきに追手が来るだろうし。それを追って他の連中もって感じかな」

「どこに行くと思う?」

「資材と情報に余裕があるなら高速、粘るなら下道で北上かな」

「ああ、だからここなんだ」


 今はリフにあるインターのやや奥、北側に寄った位置で視界を遮るような位置にいる。

 高速のインターに入れば見える位置であり、下道を抜けるにしてもここを通るのは確実な場所。

 

「記者って言うから情報を抜くのは得意なんだろうけど、センダイとトウキョウじゃあ条件が違うから」

「お、何かプロっぽい」

「いや、別にそういう訳じゃないけどさ」


 恐らくある程度の情報と地図くらいしか持っていなかったはずだ。そこからBDF売り場で情報を得てリフに来たと考えると大きな道路や実際の交通事情、地形は把握できていないはずだ。

 特に地形は重要だ。センダイは市街地も意外と起伏があって把握し辛い。国道沿いは平野部に近いこともあって見通しがいいがリフは住宅地に入る部分から起伏があって視界が悪い。

 きっとしっかりと視線を切るという意味で住宅地へ踏み入ったのだろう。

 ゾンビを轢いたのは事故だと思う。焦って逃げたとしてもおかしくないが車体のチェックや地域情報誌、追加で資材や食料を探している可能性もある。


「人間関係って地域性出るじゃない?」

「まあね。じゃあ騙されてる場合とかあるんじゃない?」

「何でも屋にいたんならそこは大丈夫だと思う」

「なんで?」

「私達がいるからね。ちょっと垢抜けた感じの女性を舐めないのは流れとして存在してるから」

「まあ新規で入ってくる若い女性なんていないもんね。私達くらい?」

「それもあるけど彩ちゃんを引き入れた過去があるからね」


 周りが勝手に察してくれるっていうやつ。彩ちゃんは八木さん経由だったけど結局は私達と行動していたのを知っている人間は多い。

 あ、もしかして、とこちらに便宜を図ろうとする連中がいる状態。その上こちらに情報を流してくれるように日頃からある程度利益を受け取れるようにしてある。

 リーダーのお酒のばら撒きもあったがそれ以前から私たちがここに来て結果を出し続けてきた成果が、今の状況だ。他の追手から一歩抜けた状況をつくることが出来た。


「探しに行かなくていい?」


 千聖ちゃんやつるちゃん、お姉ちゃんであればそれも出来るのかもしれない。


「会いに来た相手に対するのと結果的に会ってしまったんじゃ相手に対する心情が違うからね」

「追手を躱そうとしている今だとタイミングが悪いってことだね」

「そうそう」

「マックスなら有無を言わさず追い詰めてる」

「リーダーはねえ……」


 あの人なんでもありじゃん。私の時というかお姉ちゃんの時だって半分以上脅迫だったし。

 スカベンジャーとしてはあり得ないぐらい強いし、ゾンビにも実力行使、研究対象の両方から理解がある。頭がいいというよりは要領がいいというか、要点を抑えるのが早いというか。

 千聖ちゃんが言いたいのはリーダーは選ぶ側で、相手に選択を強要することも出来るほどの強さを持っているという事だ。


「ふわあああ」

「おっきい欠伸だね」


 少し気を抜きすぎてしまったかもしれない。単純に人の目から逃れるように動くのであれば日中の明るさが邪魔になる。いつ動くか分からないというのはあるが、今日は粘って夜になったら動き出す可能性というのもあり得るんじゃないかと思う。


「愛美、大丈夫?」

「あー、流石に眠い」


 ムラタに行ったメンバーの中で眠いと言ってるのは私くらいだろう。お姉ちゃんもリーダーもこういう状況では人より動きが早いし。

 ただでさえフィジカル最弱なんて言われているのは伊達ではないのだ。出来て徹夜一回くらいだ。流石に集中力が落ちているのを感じている。


「愛美ちゃんはいつ来ると思う?」

「勘が良ければもう少し、慎重なら夜。夕方までなら荒れるだろうねえ」

「そっか、じゃあ少し寝てていいよ。私達で見張りしておくからさ」

「正直有り難いデス。お言葉に甘えてちょっと寝てるね」


 こういうのはうちだと何か言われたりしない。リーダーが運転してる時にみんなが寝ていたなんてこともあるしね。

 助手席のシートを軽く倒して腕で瞼を抑える。


 流れで私がやっているが本来こういうのは私がやるよりもリーダーにやってほしかった。

 現状から未来を予想して物資や量、土地を転がしてきた私達だがこと戦闘に関しては欠片もセンスの無い私が指揮を執る立場にいるのがどうにも居心地が悪い。

 もちろん指揮官が最強である必要は無い。無いが、少なくとも経験に裏打ちされたものが欲しい。私以外の3人が自分で何とか出来るタイプであるし、何とかしようと協力的であるのは僥倖でしかない。

 研究所の先生と女記者の関係性がいまいちピンと来ていない。トウキョウで研究者の先生を売れば手っ取り早いだろうに。

 であるなら何かしらの契約を結んだと考えられる。研究者の先生は脱出、女記者は当然情報だと思うんだけど。

 何かしらの研究成果だと思うけど、ここに来たっていう事は群狼の可能性もあるわよね? 群狼が活動していたのはトウキョウなんだからここに群狼がいるっていうことを知ったという事になる。誰からその情報を得た? ここにいるだろう研究者の先生ということになる。

 もちろんそうじゃない可能性だってある。記者がお尋ね者でトウキョウ外に脱出しようとしたところで研究者の先生を拾ったというオチ。そうなると研究者の先生は人質という可能性もある事になる。 


 頭の中でああでもないこうでもないとぐるぐる思考を巡らせているうちに、私の意識は闇に落ちていった。




「よう」

「ひっ! ……ちょっと、そういうのやめてもらえる?」


 わざわざ地下に作ったであろう貯蔵庫らしき場所の一角にやってきた銀花ドクターの背後をとって声をかけたら随分と可愛らしい声を上げた。


「油断してるお前が悪い」

「私鍵かけたわよね? 何でここにいるの?」

「潜入したからだが」

「……はあ。まあいいわ」


 溜息をついて振り返る銀花。

 そこに繋がれているのは両手両足に猿轡まで嚙まされて横たわる女だ。


「こいつか」

「ええ。引継ぎはほとんど終わってるから後はこの子をどうするかなんだけど」

「始末しないのか」

「私にやらせないでよ。そういうの得意でしょ?」

「研究は十分なのか?」

「一応血液検査はしたけど、それだけね。隙を見せれば何とか死のうとするんだもの」

「好きにさせろよ」

「此処を何処だと思っているのかしら」

「それこそ好きにさせればいいだろうに。説得は医者の仕事か?」

「説法を聞かせるのは僧侶の仕事じゃない?」

「確かに、ごもっともで」


 結局、こいつは実験動物を飼うかのようにここに置いておいたわけだ。初めの頃は人目もあって神社の人間に確認させることもあっただろうが、今じゃこの扱いか。ゾンビ化とは違うがこの時世に狂人に関わるよりも救いを求める多くの人の心の拠り所であることを選ぶのは当然の判断か。


「で、私はいつそちらに行けばいいのかしら?」

「……」

「流石の私もそこまで露骨に嫌な顔をされると傷つくのだけど」

「今は別件があるからお前の周りの掃除をするにとどめるつもりだ」

「あら? 丁度いいデコイがいたからそちらに誘導しておいたはずだけど」

「……やったのお前かよ」


 コイツ自分の周りを静かにさせるためにリークしたな。こっちに追加される人員ば増えるだろうと予想していたんだが、もしかしたらあちらのほうが調査と確保の人員が増えているかもしれない。


「あら? 何か問題が?」

「こっちに来てるの女記者と久間楠ツツジだぞ」

「……え、ホントに? 私女研究者で有名どころを言っただけなんだけど」

「千聖が確認してる。お前さあ」

「……あはは」


 いや、これは銀花に千聖をつけた俺のミスかもしれん。さっさと剣に変えておけばこうは……なったかもしれないが。


「お前は後だ。とりあえず今晩にでも掃除しておく」

「んー……そうね。お詫びという訳じゃないけど本田さんに話しておきましょうか?」


 賢瑞か。ドクターを引き入れる関係上、声をかけるつもりではいたのだ。因みに調子の悪いご婦人と共に自分たちだけいなくなることに良心が耐えられるかというのはある。

 いや、案外切った張ったの世界に生きているあの御仁だ。その辺りは割り切るだろう、良くも悪くも。


「……そうだな、お前から話をしておくだけでいい」

「ご夫婦共に、よね?」

「ああ。特に無茶苦茶な条件じゃなければのんでも良い」

「わかったわ」

「で、コイツか」


 話を戻す。目の前の自殺願望者はイズミのホテルでウェディングドレスをまとって眠っていた眠り姫だが、今では見る影もない。髪はぼさぼさで肌も汚れていて張り艶もなく頬骨が浮いている。ここで食事が与えられていないという事は無いだろうから意図的に拒んでいるのだろう。


「まあ状態は悪いわね。悪いんだけど、この子はそれじゃ死ねない」

「体が勝手に休眠状態に入ってその命を維持しようとするからか」

「その通り。回復というよりは復元ね」


 ああ、その言葉をここで聞くことになるのか。


「勿論最低限生きられる状態にまで回復しているとも捉えられるけど……」

「エネルギー源か」

「まあ、そうね。こうなるともう人間のような何か、よ」


 始末したい。とはいえ似たような石田はリポップした。

 つまりここで始末したところでどこかでリポップする可能性がある。

 正直そうなったときの反応は見てみたいところだが、この町が変に混乱しても過ごし辛くなる。


 ああ、いや、ここになければいいのかもしれん。


「おい、ドクター」

「なにかしら?」

「とりあえずこいつはそれらしいこと言ってここに置いて行け」

「まあそれは可能でしょうけど、それで?」

「ここに監禁されている人間がいることをリークすればいい」

「ふむ?」

「軍がいいだろうな。軍と神社庁を削り合わせておけ。あとお前の評判を下げろ」

「いなくなっても良いようにってことね。立つ鳥跡を濁さずってことかしら」

「どうせ事実だ。神社庁として認識はしたが元々連れてきたのはお前だってことで」

「あら、私の信頼ってそんなに安くはないのだけど?」

「なら狂人っていうのもオープンしとけ。コイツで人体実験していた、っていうのは神社庁から恨みを買いすぎるか?」

「いいんじゃないかしら。ここに来てからは基本的には普通に医師として過ごしていたもの」

「過去の罪業を悔い改めよってな」

「神社庁で受け付ける文言じゃないわね、それ」


 研究データを渡されなければ問題ないだろう。こいつの血液を研究したところで銀花と同じところまで行きつくだろうが、それ以上は無理だろう。ただ時間は稼げる。

 で、独自の研究材料としてこいつを保管してくれればまた一つつけ込む弱みになる。

 となると久間楠女史には一度死んでもらった方が都合がいいのかもしれん。


「まあもう少しの辛抱だ、銀花」

「そうね。早く迎えに来てね?」

「千聖が得物を磨いて待ってるぞ」


 表情をゆがませた銀花ドクターに含み笑いを返して、俺は貯蔵庫を抜け出た。

 この辺りはやや古い町並みで一部崩壊している部分もあるが密集した古いアパートに新しいマンションなども存在する一角だ。

 元々それなりに人は多いが、どうも人が暮らすような場所では無いところから気配を感じる。

 俺はやや人の反応が増えた神社の路地裏にするりと身を潜ませて機を待つことにした。


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