第127話



 センダイの市街地の裏取り、鍛冶屋という名の武器防具店だが予想通りの強面の頑固爺という風体であった。特に何か情報交換をするような間柄ではないがナイフの研ぎに出しただけなのにお決まりの商品の購入を勧められたあたり固定文でも話しているかのように感じられたんだが。

 まあそれも最初だけだった。どうやら千聖との繋がりから俺が小屋姉妹たちと繋がりがあると読み切ったらしい。


「深入りしない方が身のためだが」

「……そうだな。聞かなかったことにしてくれ」


 あくまで俺には、だが。そもそも今の俺は大体のフォルムからしてそこら辺にいるスカベンジャーと大差ないはずだ。よくわかったな。


「職業病だ。手のひらを見りゃ使い手の腕がわかる」


 職人だねえ。俺にはわからん。なんとなく何か握ってたんだろうなあ、くらいだ。

 とりあえず言われたままに商品を物色しながら世間話を続けていくが流石に包丁じゃあ難しいだろうよ。


「埃をかぶっているな」

「今じゃ包丁の正しい使い方を知ってるやつもいねえんじゃねえかと思ってるよ」

「違いない。俺に勧めるならどれだ?」

「こっちにある」


 ああ、なるほど。ディスプレイしていないアレか。裏にあるのか何なのかは知らないが現世の買い物の流れに反してるやつ。いや、制限のあるものがディスプレイ棚にある場合は店員に話かけるのが先なのはわかっているが、大抵は商品を会計カウンターに持って行くだろ。まあ最近はそういう場所もない。飲食も大抵テーブル会計か先払いだ。


 武器屋の爺が出してきたのはナイフ、それに直刀、小太刀なんかの比較的リーチの短い近接武器だ。

 一先ず手に取ってみる。RPGゲームなんかで時折出てくる素材にダマスカス系統のものがあるが、そもそもダマスカス鋼というのはその独特な模様を再現したものであり本来のウーツ鋼自体は今でもオーパーツ扱いされるものだ。何がいいかと言えばやや錆びにくくて丈夫というくらいでぶっちゃけ人斬り包丁なら俺にとっては何でもいいのだ、魔法で細工もするし。

 しいて言うなら丈夫で長持ちするなら短刀あたりが扱いやすいかと考えているんだが、ここにはないようだ。

 特に興味は無いが、ここで実験することにした。まずは原作にはなかったオーダー。


「投擲用のナイフはあるか?」


 武器種としては存在するがここでは登場しなかったはずだ。そもそも消費するタイプの武器はコスパが悪い。クロスボウや弓が遠距離武器の主力となっている状況で投擲用ナイフは流石にニッチに過ぎる。

 というかプレイヤーが操作する遠距離武器のうち弾数制限があるものにはしっかり弾切れが存在するのにNPCキャラクターには弾数制限ないのはどういう理由なんだろうな。どこかで実験できれば面白いが、残念ながら八木も片平兄妹も弾数制限があるタイプだ。食料と各種薬品を使う片平妹はともかく八木の麻酔銃は麻酔薬と医療器具、もしくは弾薬のクラフトで作成できるシステム。まあ無茶苦茶だと思う。そもそもシステムとしてのクラフトなんてどうやるんだよという話でもあるので。

 うちで回収してる採血用の針だと射撃の衝撃で折れそうだし、ゲーム通りに狙撃銃持たせた方が有能なんだろうな。


「ねえな。需要がねえ」

「作れるか?」

「出来ねえとは言わねえが流石に勧められねえぞ?」

「丈夫なものを100本頼む」

「おう……あ? 100っつったか、お前?」

「言ったが」

「……流石に無理だ。20くらいだな」

「ふむ、じゃあそれで」


 流石に100は無理か。投擲用武器として20本1セットなのかもしれん。採算もとれないだろうに勤勉なことだ。じゃあ次。


「武器を鍛え強化することはできるか?」

「あ? そりゃ磨上げろってことか?」


 磨上げというのは刀剣類の長さを詰めることだ。要は俺の要求を武器を新調するという風に受け取ったらしい。これはダメそうだな。

 まあ言われてみればそうなのだが。そもそも一般的な鍛冶屋が武器を強化しろと言われたところで出来るのはメンテナンスくらいのものだ。弓やクロスボウ、コンパウンドボウなんかは分かるのだが。

 恐らく時期的にトウキョウで武器を強化する方法が提案されているはずなのだが流石にここで行うのは不可能、と。


「いや、何でもない。取り合えずこいつをもらおうか」


 選んだのは剣鉈だ。俺が使っても良いがこの手の武器は千聖が好むものだ。全く使わないという事もないだろう。

 とりあえず普通のショップで、ここでの装備強化のアップデートはされていないということがわかった。他のショップで確認する必要はあるだろうが、恐らくゲームで言う序盤の機能しか持っていないのかもしれない。


「ちなみに買取は?」

「武器類なら引き受けている」

「武器類って言うんだな」

「ああ間違った。刃物類なら、だな」


 かっかと笑う爺さんには悪いが再びここに来る可能性は低いだろう。

 ショップの在庫を枯らすにはここじゃあ分かり辛い。実際に鍛冶屋として使う程度になるだろうが別に俺が来る必要がある訳じゃないしな。


 ショップの在庫を枯らすことでどうなるかを見てみたくもあるが、単価が変わらなければシステムが適応されている。上がればシステム適応外と見て良いだろう。

 あまりに不自然でも困るが見てみないことには始まらない。一先ず多めに前金を払っておく。前金というか先払いにしても多い額面だ。俺から金に視線が映った瞬間に鍛冶屋を脱出して裏通りを練り歩くことにした。




 露店も覗いてみたが、ここはショップというシステムに含まれないという事がわかった。

 まあ露店を開いている奴はほぼぼったくりのような連中だ。中には騙されている奴もいたが取り返せなければ、何とか不足分を補足しなければ自らの身で補填するだけだ。まあそれが何を意味するのかは当人しか知らないことだろうが俺には関係の無い話。


 小屋姉妹が食品を仕入れているというところにも顔を出してみたが話通りにスカベンジャーの互助組織のような場所だった。

 食品生産、輸送、販売まで複数のスカベンジャーが協力している組織らしい。元々地方にいた農家や農村単位で取り込んでいる集団や、食欲が満たせるなら良いんだと語る護衛の人間もいる。すごいな、行政の手が入っていない。

 いや、もしかしたらいろいろと便宜を図ってもらっているのかもしれないが行政の主導という訳ではないらしい。

 ちなみにここもショップシステムの範囲外だった。これはいっそ行政や軍の手が入っている組織や集団の方がシステムの影響を強く受けているのかもしれない。

 駅の方にそう言った店があるはずだが、今回はドクターの周辺の監視もあるし別の機会にしよう。

 今は昼を過ぎたあたりだ。そろそろ神社に潜入してあいつをビビらせてこようか。




 ショップのシステムの分かりやすい発見法としては拠点の隣のサテ山にあるように在庫が無くならないことだ。

 あそこには無洗米3㎏が金属製のラックに置かれている。同じ段にホワイトガソリンや小型ドローンがある。

 他にはキャンプ場に置かれているような木炭や着火剤、冷蔵庫は稼働こそしているが残念ながら中身はない。

 ちなみに米の消費期限は記載されていない。収穫年の記載もない。

 棚を全部空にしても一度外に出れば在庫が復活する。在庫が復活する瞬間も外から観察していても復活しているという狂気っぷり。

 物々交換で一番安い薪をいつまでも受け取ってくれるというのに置いておいた薪はどこかに無くなる始末。

 レジも確認はしたが中身を抜くようなことはしていない。というかそもそも大して中身など入っていなかったので意味はないのだが。

 因みに万引きはどうなるか分からないので試してはいない。


 とまあ無人であるからこそそこまでできるのだがかなり現実離れしているのだ。

 しかし人が関わっているとなかなか判断が難しい。石田のように明らかに異常だと思う人間がいたとして、その行動自体はごくごく当たり前のことを繰り返しているはずなのだ。それこそ明らかにおかしいショップがあれば既に無くなっているか噂に上がっているはずだが、少なくともトウキョウにあったショップでそういったことは無かった。

 やはり物語が進みだしたタイミングで変化があったと見るのが正しい気がするが、そうなるとあの鍛冶屋がショップになっていないのはおかしいのだが、センダイという土地は基本的に物語の序盤しか出ない場所でもある。品揃えが変化するというのもある種当然とも言える訳だし。

 謎解きはこの辺にしておこう。考えても分からん。それに今の形で使えるのであればそれはそれでいいのだ。


 さて、神社について一仕事終えた後、俺は小屋妹に連絡を取る。一応あいつらは俺の予定を考慮して連絡するかどうか決めているし、こちらから声をかけられるときは一応声をかけておくのがいいだろう。


『はあい』

「俺だ。状況は?」

『居場所割り出したとこ。リフで当たりだと思う』

「流石」

『まあね。ねえ、どうすればいい?』

「どうすればいいとは」

『だっていろんなところから指名手配されるくらい有名な人なんでしょ? 抱えていいの?』

「それ含めて抱える価値がある。ゾンビ研究じゃ俺より上だぞ」

『マ? え、ちなみにその研究でどうなるの?』

「現状の設備だとアレだが、治療薬の研究を続けてもらおうと思ってる」

『……それ大丈夫なの?』


 まあ懸念は分かる。そもそも久間楠女史はその筋で有名な人だ。

 治療薬に限らずゾンビに対する理解が高い研究者で、その頭脳の価値は計り知れない。

 その頭脳から生み出されるかもしれない金の生る木を得えようとする人間が多いことも予想できることだしな。


「こっちに来たってことはそういう事だよ」

『裏切る可能性は?』

「あるか?」

『……無いの?』

「成果を待ってくれる理解あるパトロンがいるなら逃げる必要無いだろ」

『ほんとに治療薬出来るの?』

「自分の姉貴がどういう状態なのか思い出せ」

『……私はリーダーの仕事だと思ってたんだけど』

「大本は久間楠女史だよ」


 まあ治療薬というものを一から作り出せるのは実際久間楠女史だけだろう。少なくとも国内初は彼女が得る称号のはずだ。


『じゃあ記者の方は?』

「そっちは好きにしていいぞ」

『えー……うーん、トウキョウの記者でしょ? 本社と繋がりがあったら情報のリークとかされない?』

「まあその可能性はあるな」

『え、いいの? つるちゃんと千聖ちゃんいるけど』

「剣はほとんど表に出たことないぞ。千聖は多分一番予想できないだろ」


 というか表向き俺たちの顔を知っている奴なんて余程長い間活動しているような奴だろうし、そもそもそんなやつは今もスカベンジャーやってるという可能性は低かったりする。才能があればある程度の地位や資産をキープしているだろうし、才能に運も無ければとっくにくたばっている。


「記者に関してはお前たちが表に出ればいい。トウキョウでの活動実績のあるポーターからの情報だってそれなりの価値があるだろ」

『いやいや、あの群狼に比べたら私達なんて割とちっぽけなもんでしょ』

「お前何年ポーターやってる?」

『女性の年を探るようなこと言わないでくれない?』

「そんだけ長いってことだろうが。実際俺達よりキャリア積んでるだろ」

『実績が段違いなんだよなあ!』


 いや、本当に小屋姉妹は何気に長い期間ポーターをこなしている。俺たちが研究所に移ってからもポーター業を続けていたわけだから、界隈では俺達よりも知名度があってもいいと思うが。

 とはいえ抱え込むのが心配だというのは理解できる。結局リークされるリスクがあるなら始末するほかない。特に治療薬の情報は絶対に渡せない。小屋姉妹のアジトに置くにしてもネックは小屋姉か。遅延薬の定期摂取をしていると言ってもいろいろと調べられると面倒だ。

 まあそのためのドクターでもあるのだが。あの狂人を抱えるというのは理屈を破壊するための鬼札を持つようなものだ。

 道理に背くという理屈を現実でねじ伏せることのできる反則的な性質。常識をローカルルールに貶める非常事態。こんな世情じゃなければ徹底的に弾圧されるあの非人間な気狂いも仮面をかぶるのは非常に上手いときてる。


「俺と錦、ついでに八木を隠せ。それでいけるだろ」

『あー……、うん、わかった』


 これは分かってないな。いろいろ考えてとりあえずのんだ形か。まあそれでもいい。


『……マックス』

「あ? 千聖か、どうした?」

『始末していい?』


 これはどういう意味なんだろうな。こいつなりに手っ取り早い解決方法を提示したつもりか?


「場合によっては」

『久間先生も?』

「……流石に黙らせるまでにしとけ」

『記者の方は?』

「そっちで持て余すようならいいぞ。事情くらいは聞いておきたいが」

『了解』


 そもそも記者がこっちに来ているっていうのが意味わかんないんだよなあ。

 思い当たる人間が一人いるけど、何でこっちにいるんだっていうやつだし、なんならお前トウキョウに来てる米軍の従軍記者役の前作主人公と一緒に主人公に帯同するんじゃないのかよ、と。

 久間楠女史がこっちに来ている事情もあるのだろうが、記者がそもそも誰なのかという話に、センダイまで一緒に来た理由。これらを調べてからどうするか決めても良いな。


 通信を切った俺は神社内に人が増えていたのを確認して潜入を開始した。

 そういえばあの眠り姫もいるんだったか。これはついでに一度しっかり下見しておいた方がいいかな?


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