生死を問わず

第125話



 ムラタへの焼き討ちを終えて戻ってきたら、状況が変化していた。


「千聖ちゃんがいうには一緒にいる女記者がちょっと邪魔なんだって」

「記者ぁ?」

「神社庁に取材してたってさ」


 久間楠女史とドクターは面識がなかったはずだ。どうにもならないか。

 どちらもゾンビ研究に精通しているがかたや研究員、かたや医者で話が合移送で合わないような印象だ。というか久間楠女史が来てるんならその記者もトウキョウにいたってことなんだろうが、なんか嫌な予感するな。具体的には原作に登場していたキャラクターの可能性が。


「取材班として久間先生引き連れてるからあんまり近寄れないって」


 少し時間をとって考えてみる。

 多分心配しているのは群狼の情報が漏れることに対して千聖は危機感を持っているのだろう。記者がこちらの顔を知っている可能性、久間楠女史のリアクションがあれになる可能性、そもそも久間楠女史に認識されれば女記者が釣れる状況で下手をうてないと慎重になっているのかもしれないが。


「ドクターに連絡して個室に入れられないか? 診察とか言って」

「言ってみるけど……」

「他の勢力か?」

「うん」


 久間楠ツツジという研究者は引きこもりではあるが元々実績のある研究者でもある。その気になれば顔写真くらいは調べられるのだ。こちらで隠れずに表にいるという事は変装ぐらいはしていると思うのだが、分かるやつには分かるはずだ。

 そう言われると確かに不安ではあるのだが、こちらの身分から考えれば接触を躊躇うのは理解できる。


「まともな休みも無くなるが小屋姉妹連れて行ってくれるか?」

「私は大丈夫だけど」

「まあな。まともな休みが無くなるのは小屋妹だけだ。俺は錦に連絡しておく」


 錦にはトウキョウとセンダイに流れる情報を精査してもらう必要が出てきた。少なくとも久間楠女史がこちらにいるという事は彼女を探していた連中が今頃血眼になって探しているという事になる。

 とはいえそれを探している奴らは一人や二人じゃないと思っていたし、何ならお互いに牽制してくれると思っていたんだがなあ。

 スカベンジャーの動きにも影響が出そうだな、これ。権力者の子飼いのやつらがトウキョウでもセンダイでも動き回りそうだ。


「剣、小屋姉妹と千聖を回収して久間楠女史に張り付いてくれ」

「ん? いいけど何かあるの?」

「ドクターの方は俺が行く」

「……大丈夫?」

「大丈夫だ」


 ちょっとした小細工をするつもりだが、例の御仁がいるかどうかだな。ついでに鍛冶屋にも一度会っておきたい。ショップのシステム的にも面通しをするという意味でも得物を新調するという意味でも必要なことだ。これまでいろいろと避けてきたが状況が混迷するというのなら願ってもないタイミングだ。


 錦に連絡を終えた後は大天使のフォローを八木に任せる。千景さんに任せてもいいのだが親子関係だとどうもそういったことに対して言い出せなくなることもあり得るようだし。

 とはいうものの、俺自身にそう言った経験が無いからよくわからん。この世界に対応しようと決めたのが中学生ぐらいの時だから、まともに反抗期なんてものがあったかどうかも定かではない。

 かなり自由にさせてもらっていた感謝くらいはある。パンデミック初期に注意はしたしトウキョウで活動する前には両親の安否も確認するくらいには気にかけていた。

 とはいえその時には精神的に安定するように魔法で自制する状態になっていたからか、残念ながら親のことを思い出すことも今ではほとんどなかったんだが。


 さて切り替えよう。大天使の現状に関しては隠してない。こういうことがあって、こういうことをさせたと馬鹿正直に伝えたからな。

 多分何度も考えたことだが、人間っていう生き物は未知というものに対して弱い生き物だ。すくなくともどれだけシンプルに考えられるかが生死の境目だと思っている。

 ゾンビに対してどう対応するか。そんなのは簡単だ。頭の中心を撃ち抜けば変異結晶ごと始末できる。結晶が必要なら頭部を落とす。

 しかしそれは俺が散々ゾンビを始末してきているからだ。俺に限らずゾンビを抹殺対象としか見ていない武闘派は各々が対処法を確立しているだろう。

 じゃあ数が増えたらどうだ。特異種だったら? 室内なら、屋外なら、特異覚醒個体なら。自分なりの対処法を展開したとして、じゃあそれが通用しなかったら? 想定外とか予想外という言葉はあるが結局未知にぶつかってしまうのだ。

 俺という人間はこの世界の秘密を知っているため様々なことに備えてきている。戦闘力という事もそうだし知識や伝手なども後々有利に働くように立ち回ってきたつもりだ。

 ただどうしても突発的な事態に対しベターな対処は出来てもベストではないのだ。後から考えればいくらでも良くできた、そういう思いが消えないのだ。

 俺が求めすぎているだけなのかもしれないが出来ないこと、足りないことは補いたいと思うのも自然なはずだ。現実だろうがゲームだろうがレベリングという反復行動は意味があると思うのだ。

 まあ何が言いたいかといえば、考え無しに動くことがあってもいいよねということだ。

 もちろん今からやることじゃないし、どちらかと言えば突発的な戦闘や奇襲に対するカウンターなどは既にトウキョウで何度も行ってきている。

 今回はシンプルに最悪なことにならないように保険をかけておきながら、俺がどこまでやれるかを試すことにした。

 女性陣4人であれば戦力的にも立ち回り的にも問題ないだろう。小屋姉は機銃積んできてそのままのはずだし千聖も町には慣れたはずだ。既に見知った街となった剣はその能力を遺憾なく発揮できるだろう。

 俺がやることと言えばドクター狙いのやつらから情報を抜くことだ。軍にも細工しておきたいが軍曹たちは南部にいるはずだし来るのはセンダイの連中だろう。どのくらいやるかは情報次第かな。センダイの西部や港側との関係性、港側のやつがいるから裏もとれるしこの辺りではっきりさせておきたい。

 まずいのは逃げられた場合か。追跡してたら目立つだろうし、逆に明確に敵を釣りだすという事も可能になるはずだが荷物が増えるのがどう影響するか。

 まあ今回はあの4人に任せるか。俺は俺でやることをやっておこう。




 結局俺が準備を終え出発準備を整えて拠点を出るタイミングでそういう方向になるのは決まっていたんじゃないかと思う。


『ごめん、久間先生に逃げられちゃった。あと他の集団も動いてる。キレイな車だったんだけどなあ』


 せめて廃車にしないようにと祈りつつ、俺はもう一台の車でセンダイ市街地へと車を走らせたのだった。




 明るいうちに町の中を歩くというのも随分久しぶりだ。流石に街の中でEV車は目立つので目的地から少し離れた住宅地の駐車スペースに魔法付きで隠させてもらった。

 というか探知の反応がやたらと多いというのも考え物だな。居場所がわかるからか視界や視線を意識して余計に走ってしまった。

 まあ結局外套にゴーグル自体は他にもいることだし俺だけが特徴的という訳ではない。とりあえず千聖が使っていた隠れ家をつかって観察する。

 事前に聞いていた活動パターンがあるが状況にあまり余裕があるものではないし少し強引だがドクターに一度コンタクトをとって現状を確認したら一狩りするか。


 という訳で一先ず神社周辺で隠れている連中の所在と身元の照合から始める。簡単な戦力分析もしているがここに来て配置換えや人員の補充などとどこも慌ただしく動いていた。

 これはおそらく久間楠女史が逃げたという話が広がっているからなのだろうなと予想している。通信機越しに名前は出なかったが、もしかしたらセンダイの軍あたりから嗅ぎつけたのかもしれない。

 気になるのは謎の襲撃者に対する備えをしているという点か。

 んー、いくつかの組織が互いにけん制している展開もあると思ったんだが、どうも備え方に違いがあるような気がする。対スカベンジャーか対軍かの違いとでもいえばいいのか。

 謎の襲撃者に対するあてが絞れているところとそうじゃないところがあるといった印象だ。

 まあ千聖が闇討ちしたから警戒するというのも分かるがそれだけで相手を絞れるくらいの情報を千聖が与えたとは思えない。

 まあ内通だろうな。軍と港側の人間が繋がっているのは分かっていたことだし、スカベンジャーに出来ることはせいぜいが経験による我流のものだ。ただまあ、人的資源は都合よく分けられるもんでもないし、思った以上にドクターも危なかったのかもしれん。

 市街地に治療院をつくる、といった話をしていたはずだから実際ドクターは軍と行政の監視があるかもという話だった。そこに港の連中がいちゃもんでもつけたか? 港の連中を引きはがすために久間楠女史の情報を流した、という可能性もあるか。

 情報の確度という懸念はあるかもしれないが共同戦線を敷けば事実確認をした後に証拠隠滅す裏切ればいいだけだろうしな。


 さて、確認を終えた後は神社へ。そもそも人を軟禁状態にしているのだから本殿に近いところではないだろう。探知でそれらしいところを調べつつ手当たり次第に隠密状態で潜入してみればどうやら往診中のようだった。

 こんな状態で何をしてるのかと思ったが、アイツの傍には賢瑞がいるのか。まあその賢瑞にも用事があるし追ってみるか? いや、当てもなく探し回るくらいなら先に別の用事を済ましておくか。鍛冶屋でショップの確認でもしておこうか。何ができるか確認しておきたいしな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る