第124話
まあ、確かに地獄を見てもらうとは言ったけどさあ、どうしたって時間がかかるわけで。
俺としては小瀬屋敷夫婦との交換条件のようなものだと考えていて、最悪死ななければ問題ないと考えている。
そもそも大天使の教育に関しては剣や小屋姉妹による一般的なスカベンジャーのノウハウを仕込んでいるのだ。なら気付くのは時間の問題だ。
大前提としてアイツには仲間がいない。俺たちが大天使の両親を発見できればスカベンジャーから農家にクラスチェンジするのかもしれないが、その可能性は限りなく低いと考えている。
問題はそれを確固とする情報を仕入れるのが大変であろうという事だ。生きているという情報を仕入れいるのは町の規模が大きければ案外簡単だ。真偽を問わなければ、だが。
逆に死んでいるという情報はどこかの組織に属していなければ基本知ることなんてないだろう。今の時代で誰が死んだとかいう情報には価値が無いからだ。これが一番大きい。
人探しは基本相手が生きている、もしくは近い期間で生きていたという確証が無ければ誰も動かない。それがわかっているからか特に小屋妹などは公私の面で相反した感情があるのかもしれない。言ってしまえば無料奉仕状態だからな。
八木は動物とその知識、世話をするという人的資源としてみればとても優秀。石田に関しては単純に被害者。小瀬屋敷夫婦は農家として食料生産に寄与していることに加え、女性陣としては千景さんがいるのが大きい。口にはしないが年の功というのは案外侮れないようだ。
さて、気を取り直してさっさと始末してしまおう。
役所からここに来るまでに探知をしながら来たが北部の商店街に数名人が残っているようで、そのいくつかは午前中から動いていないように思える。恐らくは要介護者。もしくは何らかの理由で動かずにいる者だろう。口が利ける可能性があるなら生かしておく理由も無い。
そして、ここ。捕らえた人間の処理場だろう。
裏口から入ったのは相手を逃がさないためだが、丁度良く大天使に処理をさせることが出来た。まあ当然のように魔法を埋め込んだが。
とはいえそれは最低限だ。精神安定の暗示ひとつ。別に強くなったりしたわけではない。だからこそ素直に引き金を引いたことには少しだけ驚いている。
まあ出来るようになったんならそれでいい。
玄関前で派手にやっている小屋姉の射線に入らないように進む。もちろん後ろの大天使の様子を見ながら。思ったより安定しているがそれがかえって返り血を浴びた顔とのギャップを生み出す。というかここまで安定するなら最初から精神安定かけときゃよかったか? いやまあ効果が切れた時にどうなるか分からんから魔法はかけなかっただろうが。
さて、一人減ってあと二人。あ、また減ったな。
「……多分、あと一人です」
能力も冷静なら十分に効果を発揮できている。一つ一つ部屋を開けていくが思ったよりきれいなものだ。キレイというかただ使っていなかっただけかもしれん。
いや、匂いはあるから清掃しながらローテーションしていただけか。
血の匂いが濃い方に進んでゆく。たどり着いたのは浴室だった。
更衣室を通過して引き戸を開ける。
僅かに切れ込む明かりが部屋の黒さを照らし出す。
手すりやスロープにリフト付きの広い浴槽。しかしそこが浴槽として使われていたのはいつのことなのか。タイル張りの浴室には血がこびり付いて鉄臭さに据えた匂いが相まってひどい悪臭を放っていた。
恐らくここで血抜きをしていたのだろう。しばらく行っていなかったようだがリフトを作業台代わりに浴槽内に血を垂れ流していたのだろう。
あくまで血抜きなのかここに遺体があるということは無い。
さあ次に行くかと振り返り一瞬だけ影の差す大天使の表情を盗み見る。眼を見開いていたが、ここで何があったか予想が出来たか。説明していたとはいえ、想像力の逞しいことで。
探知から残り一人がなかなか消えない。位置的には小屋姉の近い位置にいるのだが。射撃方向から見て撃たれたけど隠れているのか? 小屋姉がそういったのを見逃すとは思えないが。
浴室を見た後は静かになった廊下をスルーして玄関前からこちらを見張っていた小屋姉に手招きする。
「俺は上に行く。仕留めろよ」
「分かってる。話を聞く必要は?」
ああ、それを考えていたのか。
「聞いてみるか? 時間の無駄だと思うが」
「じゃあいいや」
「ああ、やっぱり待て。大天使、そこに一人いる。仕留めておけ」
指をさした先に合わせて大天使が構える。視界に入ったからだが小屋姉の表情がピクリと動いた。
ぱしゅという音と共に木材が爆ぜる。外れたな。小屋姉が動いてテーブルの奥で息を潜めていた男を引っ張り出してきた。
「な、なん、な、や、やめ」
小屋姉に頷き、大天使を見てから男へ向かって顎をしゃくる。
ぱしゅと打ち込んだ弾丸は眉間を貫いた。
「ないす」
思ってもいなさそうな声色の賛辞が大天使に向けられる。
「小屋姉、倉庫に焚き付けあるから火をつける準備しとけ」
「わかった」
「大天使は俺と上調べるぞ」
こくりと頷いた大天使を伴って階段を上る。何かを探しているということはない。ただあるはずのものが無かったからその確認をしようというだけだ。
階段を上がった先のホールで早速お出迎えがあった。きれいに並べられた頭部が揃ってこちらを向いている。
「文字通り雁首並べてお出迎えか。いや、鬼の首とったんだから、これは首級コレクションかね」
頭蓋骨まで丁寧に並べてある。ほとんどは骨だが一部肉がついているものもある。悪臭の原因は2階に集中しているようだ。ホール奥の壁に廊下にもずらっと遺体を吊るしていた跡が見える。
1階で血抜きしてわざわざ2階に持ってきていたという事はどこかにエレベーターでもありそうだな。食事を配膳する用の小さいエレベーターでもあるのかもしれん。元々そういった施設だったのだろうし食堂らしき場所もなかったと言えば無かった。
奥に進みスタッフルームの隣にあった小部屋には業務用の大きな冷蔵庫があった。まあ開ける必要など欠片も無いが中まで火が通るようにしておくか。わかっている地雷に突っ込ように扉を開ければ当然のように悪臭が湧き上がってきた。肉だった何かが大量に詰まれている。とりあえず開け放しておけば床が抜け落ちるより先に火が通るだろう。
わかりやすい日記みたいなもんでもあればと思って探してみたが、結局見つけたのは小屋妹だった。焚き付ける直前に車の中にあったと俺に持ってきてくれた。これは後で大天使に読ませておこう。世の中には自分が本気でこんな奴いないだろう、と思っている人間がいることに気付くべきだ。
どんな善人でもどんな悪人でもどちらも狂人になりえるのがこの世界だ。
ある程度火が回るのを確認した後、俺たちはムラタにある人間の痕跡を焼失させるべく火をつけて回るのだった。
結局ムラタを後にしたのは日が昇り始めた頃だ。既にムラタは陽の光を必要としない程度には明るく、そして熱く燃えていた。
ムラタからの帰路のハンドルを持っている。隣の小屋妹は体力の限界か流石に眠っている。後ろの小屋姉はぼんやりと外を眺めている。時折寝落ちしそうになっては首ががくんがくんと揺れている大天使をちらりと覗いている。
拠点に戻るまでは山間の道を走ることになるがこの辺りは散発的にゾンビが見つかるくらいで人影というものがほとんどない。だからまあ俺も探知を走らせつつある程度気軽な朝のドライブ感覚で運転していた。
まあそうなれば余計なことを考えることだってある。
ここに来た最初期から考えている土地とマップの関係性だ。
ゲーム的なダンジョンとそうではない場所の違いがいまいちピンと来ていない。そういうものだと言われればそうなのだが、エリア内の資源がリポップするというものはゲーム的であるが利用しない手は無い。
それこそ拠点の隣のエリアであるサテ山にあるショップでは薪を元手に米やランタン用燃料に小型のドローンまで交換できるという実質無料とも言える状態になっている。
ゲーム的な意味でのショップでは持ち出しは出来ない。もちろん友情破壊ゲーむのような襲撃に略奪なんかもシステム的に不可能。
いちいち薪を収めるというか、拠点にある薪を移動させるのも手間ではあるがシステムを維持させるためには必要なものだ。燃料代わりに交換や売買が盛んな薪は実際の用途以上に使い道がある。
システムの解明をすることで薪や通貨の交換をする手間を減らせるが近場にある便利なショップが使えなくなることの方がもったいない。
今考えているのはセンダイの西側でマップの仕様が適用されているのが丁度現在の拠点と隣のサテ山の間くらいだ。
拠点に初めて来たときに学校や周辺の住宅から資材を運び込んだがその資材は回復していない。現在のイメージとしてはゲーム内に登場した土地にゲームの設定をそのまま張り付けたような印象がある。
そういう意味では主人公の行動範囲の全てがそうなっていなければおかしいのだが、トウキョウでは一切そんなことが無かった。
つまりゲームが始まるまではその設定が張り付けられていなかったという事になる。
ではいつ張り付けられたのか。主人公が来てから、になる。
もっと言えば既にセンダイの町はゲーム的システムを導入してあるという事になるので、鍛冶屋や所謂道具屋なんて言うのも使えるはずだ。もちろん代金は必要になるのだろうが何より在庫を気にする必要が無いというのが大きい。
いや、もしかしたら小屋姉妹や剣が利用している食材屋がそうなっている可能性もあるか。
つい先日俺も町の中にあるタワーマンションを探索したが、少なくとも影響がある建物は存在していた。
俺はセンダイにいる防衛隊の面々や生き別れた主人公たちがいたので町の中に出ることを避けていたがこれからは自分で足を運んでもいいかもしれない。ゲームももう終盤に入ったことだし、少しテコ入れをしてもいいかもしれない。システムを悪用するようでアレだが単純な金策も出来ないわけではないし。
いや、ありだな。この世界にゲームの設定を張り付けたやつにケンカを売るようだがいきなり排除はされないだろう。トウキョウではそれなりに影響力が残っているようだし、俺としては本格的に事を構えるつもりはない。ダメなら引けばいいだけだ。
後は魔法か。これはシステムを介したチートコードのようなもの。ただしこれは土地に貼られた設定とは切り離して考える。今も昔も思い通りにとはいかない。
属性魔法は運用不可。実際は近い現象を再現しているだけだ。基本的に不可視であることが条件の魔法しか使えないし、何より魔法を使うことによって目が光るデメリットの方が大きい。
もはやトレードマークとなったゴーグルも最初は視界が制限されて面倒な部分が多かったがレンズの反射がある分、光を誤魔化せて手っ取り早いので今じゃ必需品にもなっている。
魔法の実用性の話になるが、隠密には向いている。音や光の制限はもちろん匂いの遮断も十分に効果を発揮している。因みに物体に付与することも出来るのだが効果時間が曖昧だ。単純に魔法のかけ方以外にかけた対象にも相性があると言えばいいのか。
一応いくつか統計は取ってあるもののそれに頼りすぎないようにしている。今でも細工を施しているのは自分のナイフと通信機くらいか。
移動方法についてもゲームによくあるマップ移動のように、原作内で区切られた位置を基準に転移することは意外と問題なくできる。がそれ以外の任意の場所では若干位置がずれたりするなどといったこともあり、絶妙に普段使いし辛い。
バフデバフも可能だがコレゲーム内にある効果を参考似たもの方が効果が安定している。もっと強力なバフデバフを利用することも出来るが、使ってみた感想としては見た目がやばすぎる。化学薬品の実物があるならそっちを使った方がいいだろう。
あのファンタジースライムも他人の目に触れなければ悪用出来そうだ。とはいえ優先順位はある程度決めているため今すぐどうこうというのは無い。
しかしあのスライムが暴走するようなことがあれば処理が面倒なことになる可能性がある。あのスライムもゾンビの因子を取り込んでいるし魔法の力もあるようだし。
とはいえ処理方法自体はある。あのスライムを制作する過程でいくつかの失敗作を処理してきた経験があるからだ。
朝陽の強い日差しが至高を遮る。一旦運転に集中しようとハンドルを握り直したところで通信機の着信があった。
車内に響く着信音の出どころは俺ではない。隣にいる小屋妹が泡を食ってポケットをまさぐっている。
「あい、あい……ううん、寝てない」
嘘つけよ。その感じだと相手は剣か。こいつが敬語じゃない相手なんて身内くらいだ。
「いや、うん。でも寝たのはさっき……あ、はい」
寝ぼけ眼のままこちらを見る小屋妹に手を出して通信機を受け取る。
「はいよ」
『おはよ、リーダー』
「おう、今帰りだが急ぎか?」
『早めの方がいいかもと思ってね。ドクターの周囲に張ってた千聖ちゃんが怪しい二人組を見つけたって』
「怪しい二人?」
千聖にしてはふんわりとしている。アイツの場合は裏を取ってから報告を寄越すことの方が多い。というか割とやりすぎて事後報告になることの方が多いのだが。
『昨夜外から来たポーターの二人組らしいんだけど、もしかしたら知ってる相手かもって』
「んん? まあいい、それで?」
『確認したら久万先生らしいよ?』
「はあ?」
久万先生。久万楠ツツジ女史。え、は、いや、何で?
「何で?」
『わかんないよ』
剣も苦笑いしている。まあそりゃそうか。
いや、俺も一瞬混乱した。俺の中ではトウキョウにいると思っているはずの人だからだ。
よくよく考えれば身の危険が迫っているならそこから離れるという考えも浮かぶか。なんで俺はそんなことも考えつかなかった?
そんなもん俺の視野狭窄、俺が知っている物語の通りに進めようとしていて、そうなっているのだと思い込んでいたからだ。
じゃあ何故来た? しかもセンダイに。
いろいろと予想はするが、これは会った方が早いな。というかスカベンジャーの何でも屋に近いというならあの辺はドクターの引き抜きに動いている人間や研究施設として使われている大学病院が近い。久万楠女史の顔を知っている奴がいれば面倒なことになりかねない。
「確保しよう」
『了解。もう一人はどうする?』
「任せる」
『はーい』
通信機を切って小屋妹に返す。
不思議なことに備えているときには来ないのに備えていないことは不意にやってくる。
久万楠女史は爆弾だ。あまりに有名すぎる。そしてこうして外に出ているのを見たことが無い。
一日は始まったばかりだが、これからも面倒事に巻き込まれるのが運命かと溜息をつかずにはいられなかった。
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