第122話
こういうのも久しぶり。私達はとにかく車を運転して荷物を運ぶのが仕事だからあんまり戦ったりしなくてもいいって言われたんだけど、リーダー忘れてない?
まあもちろん戦えた方が出来ることが増えるっていうのはわかるし、私の場合は愛美がとにかく荒事に向いていないというのもあって私がやらなくちゃという使命感に駆られたのもある。
私はゾンビというものに対して何ら思うところは無い。思うところが無くなったと言えばいいのか。確かに最初はすごく怖いものだと思っていた。
ああ、でも最後に私をゾンビの前に押し出したあの男のツラを思い出す度にそんな思いが無くなっていって、奇妙な納得感に変わるのだ。そうだよね。目の前にご馳走差し出されたら食べちゃうよね、と。
そう考えればいっそ害獣と変わらないのだ、ゾンビというものは。腐肉に集るハエや蛆と同じなのだ。
家族を守る、たった一人の妹を守る、それは変わらない。でも私にとってゾンビを始末することなど害虫を排除するのと変わらない。
問題があるとすれば他人とぶつかった時だ。
他人の中でも仲間は大丈夫。リーダー、つるちゃん、千聖ちゃん、錦くんはそれなりに長い付き合い。錦君はちょっとエッチだから気を付けないといけないけど、彼の不器用なガス抜きにも思う。
私は元々淡泊な方だけどこの体になってから三大欲求全てがより希薄になった。食事も睡眠もとらないと心配されるから一応人並みにとってはいるけど多分人の数分の一で満たされるものだ。
治療したリーダーが言うにはシンプルにゾンビ化の影響が脳に出ていると言っていたけど私としては現状において便利だからと受け入れることが出来た。そう言ったときのリーダーの苦笑いは印象的だった。謝りはされなかったけど私が思う害獣と同じにならなかっただけでも十分というもの。
それに仕事に武器に日々の糧まで支援を受けて生活できることには感謝しないといけない。それがあるからこそ私たち姉妹は今もこの世界で生きていることが出来ているのだから。
愛美に付き合っていろんな人を見て来たけど、愛美が
彩ちゃんは猟師経験があったからか、命を奪うという事に対していい意味で慣れていたことだ。その単純さたるや、殺しましょう、ハイわかりました、そのくらいシンプルだ。
ある意味この世情と合致した価値観であり、他者を害するというよりは命を奪うというある意味一足跳びにこの世の中に合致していたのは僥倖というものだろう。
それに比べて、大天使ちゃんはいわゆる箱入り娘。変わった力は持ってるし仲間と協力するという当たり前の協調性も持っている。でも、弱い。何としても生き残るという意志、他者に奪われてなるものかという反抗心、そして相手の命を奪うという覚悟。その全てが弱すぎる。
つるちゃんは知識や技術を丁寧に教えていたみたいだし、リーダーは結構な荒療治をしていたみたいだけどなかなか決断できないようで苦労していた。
そもそも半分ゾンビの私や私がゾンビに食われる一部始終を見ていたという愛美、リーダーとつるちゃん、千聖ちゃんに錦くんはずっと戦い続けてきている。
きっと温かい人に囲まれて大事に大事に育てられたのだ。きっとそれは今の世の中では貴重なことだし、素晴らしい事なのだ。だから私はこうも思ってしまうのだ。
どうかそのまま大人しく守られていてくれればいいのに、と。
ムラタはセンダイ南部の境となっているアブクマ川の支流でもあるイロイシ川沿いに南西方面へ続く市街地から少し離れた場所にある。南にはオオガワラという町があるがその町とも少し距離があって東西南北のいずれにも長い道、山や丘を越えなければ繋がらない一種の秘境だ。
道もあるし家もある。しかしその間隔は数百メートルに一件、何よりなだらかな地形であってもそれだけの距離があれば視界は途切れるし、何よりなだらかだからこそ木々が邪魔だ。
リーダーに任された中央から南の方は家々が並んでいるし商店もある。問題は道が細く、平地であるから周囲を見渡すには移動する必要があり、市街部の周囲は田園地帯が囲んでいてその更に外側を木々が生い茂る山が囲っている。見方によっては一つの監獄にも思える。
「新しい車っていうのも考えもんだね」
「この辺は大丈夫」
今はリーダーの言いつけ通り比較的新しい家を探してドライブ中。出来ればソーラーパネルがあれば愛美がちょっと細工することで充電できるみたいだから、出来れば丁度いいサイズの家が見つかると良いのだけど。
問題は車が静かすぎてあまり注目を集められなかったり、反応を見るにしてもこの車の音に気付かれないかもしれない可能性があることだろう。
「この町並みも平時なら面白かったのかもね」
愛美が言っているのは町の中央部やや東側を南下する際に見つけた古い蔵の通りだ。住宅というよりは記念館のような建物だったのだろう。人が住んでいるような気配はない。
どうも人は北部に集中しているような感覚。この後は南部まで行ってぐるっと回って今度は西側を見て北部に戻る予定だ。
隠れているのかちょくちょく人の気配を確認しながら今度は西側へ。早速ホームセンターやスーパーに薬局が並んだ通りを見つける。
「お、いいじゃんいいじゃん」
愛美がそう言いたくなるのも理解できる。ホームセンターにはバリケードがあるがあまり手がついていない状態。汚れてはいるが荒らされた様子が少ない場所というのも珍しい。
「見てく?」
「いやあ、流石に罠だろうからね」
リーダーじゃなくてもこれは流石に私でもわかる。恐らくここは餌場だ。資材や物資を狙ってきたスカベンジャーたちをおびき寄せる場所。こんなになるのなら本腰入れて回収しようとするやつらもいるだろう。
ホームセンターの前で車を停めて様子を見ている私たちに近づいてくる反応がある。
「……誰か来ます」
大天使ちゃんも気づいたね。私が出よう。
車から降りた私に近寄ってきた老婆にこちらから声をかける。
「どうも。こちらの物資って使われないんですか?」
「ああ、どうもどうも。私共じゃ重すぎて使えませんで、必要ならば持って行ってもらって構いませんじゃ」
私はちらりと愛美を確認しながら車の周囲を見る。こちらを窺っている人はいるけど囲まれる様子はない。
「こんにちわお婆ちゃん。皆さんは此処の物資使わないんですか? 肥料とかもありますよね?」
「使うもんもいますが、この辺は古い人間ばっかりじゃてまあ減らんのですわ」
しっしと笑う老婆に邪気は見られない。ならばと愛美が返す。
「なんか悪いなあ。お婆ちゃん、この辺にあるお店とか工場って漁っていいの?」
「どうぞどうぞ、好きなだけ持って行きなされ。あっちの工場も、何ていったかね? 企業さんの工場があるけ、持って行きんさい」
地図で知っている。一流企業の製造工場だ。この国産企業かなりの老舗だが知らないなんてことがある? まあこういうのは愛美にお願いだね。
「えーうれしい。じゃあちょっと見に行こっかな!」
「長丁場になんなら手前に高校と役所があるけ、そこ使いんさい」
なるほどね。そこに人を集めて無力化してから回収するわけだ。見てからじゃないと分からないけど、学校や役所には何もないだろう。ただ守りやすい場所で相手を安心させて差し入れで相手の力を削ぐってことかな。リーダーの予想が正しければ、だけど。
「うんうん、わかったー! ありがとね、おばあちゃん! ちょっと見てみるね!」
「こんな世の中じゃけ、元気にしんさい。お腹冷さんようにしないかんよ」
挨拶を交わし、その場を後にする。愛美はどう見るかな?
「露骨すぎるでしょ。アレに騙されるやついんの?」
「学校調べる?」
「別にいいんじゃないかな。工場行ってみようか。見るだけだけど」
「中身は?」
「他のスカベンジャーがいないとは限らないからね。リーダーなら後からでも始末できるんだろうけど、私達だけじゃ負けないようにするのが精いっぱいだよ」
なんとなく流れが理解出来た。私達は恐らく囮だ。
「もしかして私達って囮?」
「どっちでもいいんじゃないかな。リーダーは痕跡ごと消すって言ってたし、多分目につく相手全部殺すつもりじゃない?」
「……え」
「相変わらずやることが派手」
「まあリーダーだからね。多分あの軍曹相手に貸し付けることしか考えてないと思うよ」
「……あの」
「何?」
大天使ちゃんが驚いているのはわかってたけど、何に対してだろ。
「先生っていったい何者なんですか?」
「それ今必要?」
あ。愛美がイライラしてる。さっきのお婆ちゃんに対する対応を考えると態度や口調が正反対だ。というかリーダーって何も言ってなかったの?
とはいえ感情のコントロールは必要不可欠。これはお姉ちゃんのチェックが入りますよ。
「愛美」
「……はぁ。大天使ちゃん。あなたが先生と言っている人は皆がその指示を聞き入れるに値する人だっていうのはわかるよね? その先生に言われたことは理解してる?」
「……はい。多分、殺さなきゃダメ、なんですよね?」
「ええ。あの人も暇じゃないから。そもそも一人なら余裕で生きていけるのに仲間抱えて苦労してるお人好しなのよ、あの人。その人が最後って言ったってことはこれが本当に最後の見極めよ。穏便なのは千景さんにあなたを預けること。そうじゃなければ今回の伝手を頼って軍に預けるなんて可能性もあるわね」
「軍に? そんなことある?」
思わず口に出してしまった。特殊体質の人の身柄を軍に預けるなんて今までなかったと思うけど。
「無くはないと思うよ。センダイのじゃなくてトウキョウの人に個人的に囲ってもらえばいいだけだし。彼らの所属が変わろうがセンダイで人探しするんなら別に所属なんて関係ないしね。大天使ちゃん預ければ融通の利くトウキョウの防衛隊をセンダイに留め置くことだってできるかもしれないわけだし」
なるほど。だから貸し付けることしか考えていない、なのか。
「リーダー、大天使ちゃんにとっては先生だけど、あの人は決して優しいだけじゃない。あの人もあの人の周囲も実力が高すぎてわかりづらいけど、周りの人はみんな多かれ少なかれ苦労してる。苦労してでもあの人について行く価値がある。私だって戦闘の才能は無いけど引き金を引くことに迷ったことは無い。でもそれだけじゃ私に意味は無い。だから知識や技術を重ねて経験を積んだ」
最初に受けたものが大きかったからね。住処に食料、仕事に仕事道具にその伝手まで。愛美は私の治療に関するのもあるのかもしれない。
「別に甘えるなって言いたいわけじゃない。大天使ちゃんがやりたいと思っていることをリーダーなりに出来るようにする手段がこうだっていうだけ。厳しく感じるかもしれないけど、今の世の中じゃ人の命なんて馬鹿みたいに安いのが現状。警察機関がまともに機能していない以上、頼れるもの、信じるものに自分以上のものは無いんだよ」
それはそう。別に正当化したいわけじゃない。そうじゃないと生きていくことが出来ないのが今の世の中だというだけ。それが現実であるというだけなのだ。
「リーダー言ってたよね? 私たちについて来れば後はリーダーが全部やってくれる。別にそれでもいいって。でも今後はずっとこうなるよ。全部リーダーが決めてくれる。こんなに優しいことある?」
「多分本人はそう思ってないだろうけどね」
「さっきも言ったけど、リーダーは実力一本でやっていける。面倒も見てくれるし、なんならこの間みたいに温泉確保したりして福利厚生も充実してる」
「温泉の要望だしたの誰だっけ? なんか昔誰か出してたよね?」
「私は賛成しただけ、つるちゃんじゃなかったっけ?」
そうは言っても女性陣の要望だったのは確実だと思う。
「んんっ、話を戻そうか。さっきも言ったけど、私たちはリーダーの下で一つの組織として動いてるけど、みんながそれぞれ磨いた技術や積み重ねた知識でもってリーダーに任されてる。大天使ちゃんはまだ子供だけど、それでもリーダーは一人の人間として信頼に足るかどうかを見てる。ここから一人歩きできる大人になれるか、それとも守るべき子供のままでいるのか」
パンデミックが起こった時、今のメンバーのほとんどは大人になりかけの子供だった。リーダーを除いて。
あの人は誰よりも早く立ち上がり、戦うことを決めた人間だ。高い実力もブレない芯もきっと自分一人で作り上げたのだろう。そうしてその背中に憧れる人間を、その力強さに見惚れた人間も、あの人が持つ何かに目が眩んだ人間も全てをまとめて戦ってきたのだろう。
「大天使ちゃんが選ぶんだよ。ここで大人になるか、今はまだ子供のままでいるのか」
「安心して。子供を見捨てたりはしないから」
私達もいい年だけど、結婚はともかく子供が欲しいと思ったことは無い。以前愛美と話したときに出た結論は、子供はリスクが高いということだ。
妊娠、出産、育児。その全てがハイリスク。多分自分たちには縁の無いものであろうと結論が出て、互いに笑った記憶がある。
「ふふ。だからね、大天使ちゃん」
車がゆっくりと停止する。ここは先ほど老婆に言われた通りから一つ入った高校の前。ここからの入り口は狭い校門一つ。周囲は高いネットやフェンスに加え堀のようなものまである。飛び越えることは簡単だろうけど、学校の敷地から傾斜のきつい下り坂がある。月明かりの無い夜なら足をとられる可能性があるかもしれない。
「一度死んでみるのもいいかもね?」
振り返った愛美の顔をがすぐそばにある。蠱惑的に、嗜虐的に、千尋の谷に突き落とす獅子など生ぬるいと言わんばかりの微笑みで怯える幼子を見ていた。
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