第120話
ゾンビ蔓延るこの世界に置いて、その土地について正しく状況を把握しているのは防衛隊かスカベンジャーだ。それは間違いない。
しかしそれも絶対という訳では無い。その土地に今も生活している人たちがいる場合もある。
センダイの港側の人間というのはそういう人間たちだ。所属ではなく生まれによって集まった人間たちでもある。
「で? 海側の情報持って来たと」
「島に物資運んでるみたい」
千聖がしばき倒した連中から引き出した情報に如何ともし難い思いに駆られる。
元々は食料や水利、防衛戦力の配分などで険悪な空気であったセンダイの東西、市街地側と港側であったが出来レースの可能性もでてきた。
島に物資を運び込むということは恐らく彼らの安全圏や活動権の拡大だと思うが、そうなると今までの対立姿勢がポーズということになる。
「VIP用だって」
「・・・・・・まさかとは思うけど自前じゃねえよな?」
「誰かわからないって」
「統制取れてるって言えばいいのかなんも考えてないのかわかんねえな」
港側を指揮してる人物が都市側との融和策として打ち出すには悪くない。
島の維持、警備や食料の維持、設備やサービスなどどこにでも人を紛らわせることが出来るからだ。
問題はそれを隔離策と見ない阿呆のVIPがいる確率が低いだろうということだが。
「そのうち自分たちのものになるとか言ってたけど」
訂正。全然統制が取れてない。それどころか普通に内部崩壊しそうな気配が漂ってきた。
「縁の土地がそんなに大事かね」
「そうなんじゃない? わかんないけど」
土地というのは厄介だ。トウキョウでそれがなかった訳じゃない。
武力という脅威の前では表立って文句を言う輩は少ないが、少ないだけでいなかったわけじゃない。
とある屋敷を漁った際に生き残っていた人達がいた。彼らは安全である壁内ではなく壁外のその屋敷に残る決断をした。俺達もさっさと引きあげた。
周囲は解放済み。群狼による最低限の維持もされていた。
彼らは土地の引渡しの隙を縫うように襲撃してきたスカベンジャーに土地諸共奪われたらしい。そのスカベンジャーは群狼で対応した。まあマッチポンプではあるが、力が無ければ維持はできない。土地というのはそういう面倒くささがある。
今回の島に関して、予想できるだけで島民、港側の母体である漁連、VIPと最低三つ巴だ。まともなら上手くいくとは思えないが、考え無しとも思いたくない。
「とりあえず小屋妹には言うなよ」
「分かった」
センダイの情勢が混乱する分にはもっとやってくれと言いたいところだが、これが軍にまで及ぶのは勘弁して欲しいところだ。
「軍曹殿は何か言ってたか?」
「ドクターのこと覚えてたみたいで脱出支援と個人的な契約の申し出があった」
「へえ」
この辺りで俺達のことを最もよく知る男だ。ドクターの脱出支援なんて必要ないが契約を申し出た時点で俺がいることを想定して話をしている。
研究所所属の河鹿先生ではなく群狼相手のやり方だ。そういうのは嫌いじゃない。
「中身は?」
「秘密裏の南部遠征支援」
「詳しく」
「小隊で南部の斥候らしい。ただ実態は口減らしじゃないかって」
「んー」
センダイは広い平野部に多くの人員を割いている。農業用地としての開発の為だ。しかし隣県とは山で遮られており孤立した土地である。そういう見方がされている。
しかるに南部の斥候とはフクシマとの連絡路の確保、もしくは海沿いの支配地域の拡大を狙ったものだと予想する。
まともなら人間相手ならすでに平野部の開発に参加している。まともなスカベンジャーならセンダイに拠点を置いている。だからいるのはそれ以外。
カワサキの様子を見た俺としてはそういった
勿論まともな村落がある可能性も否定できない。陸の孤島がある可能性は否定できないからだ。
しかし問題もある。大前提としてメリットが無いこと。
「俺とお前はダメだな」
「じゃあつる?」
「スカベンジャーとかち合うこともあるだろうが・・・・・・」
小屋姉妹と剣ならいいかもしれないが、顔が割れている剣を出すのもリスクがあると思う。トウキョウの隊員がセンダイの軍上層部と繋がっていない保証もない。
「小屋姉妹と大天使、あとは俺だな」
「・・・・・・」
不満気な表情だ。残念だかコイツにはドクターのお守りという仕事がある。まあ暇を見て帰ってきたコイツには悪いが、そもそも手が空いているのが俺くらいだ。
研究が一段落着いたことでやることと言ったら動物のクローニングくらいしかない。それも冬までに始められればいいと考えている。
「反対か?」
「反対はしない」
「じゃあ賛成か?」
「素直に頷きがたい」
「なんだその言い回し」
「こっちはやる。仕事だから。でも
「だから俺が一緒なんだよ」
確かに大天使が持つ能力は優秀な性能だ。だか、相性が悪い相手がいる。それが悪意のある人間だ。
あいつは人やゾンビの気配に敏感だが本人に経験と判断力が足りていない。
あいつがイマイチ踏み込めないのは人を害するという行為に対する忌避感、悪行に対する本能的な拒否感、何より大切な誰かを失う悲しみの一方的な共感。
あいつに必要なのはその人間性を捨て去る行為だ。
それが出来そうにない、周囲の足を引っ張る。千聖が言いたいこともわかる。
「俺がさせる。その方が早い」
「・・・・・出来なかったら?」
「親探しの途中で死ぬんじゃないか?」
「わかった」
返事はあっさりとしたものだった。コレで千聖は納得出来るやつなのだ。
もしかしたら今のが大天使への死刑宣告のように聞こえたのかもしれないが、実際にはそんなことは無い。剣や小屋姉妹から取引のいろはを学んだことでそちらの才能が花開くかもしれない。
ただ踏み越えない限りは逃げ続けるしか無くなる。そしてそういう性質を嗅ぎとるハイエナというのはどこにでもいる。
「小屋姉妹って大天使と仲良かったか?」
「瞳さんは優しい」
「小屋妹が優しくないみたいな言い方だな」
「片平妹の方が教えがいあったって」
そこ上手くいかないのか。正直意外だ。
そうなると大天使のフォローが疎かになる可能性があるな。なんとも上手くいかないものだ。
いや、別にいいか。超えなきゃいけないところを越えられないならそれまでだ。暇ではあるがこれ以上俺が手間をかけてやるほどじゃない。
「伝えておいてくれ」
「分かった」
「にゃー(腹減った)」
千聖に懐いた黒猫がようやく鳴いた。
お前が鳴くと幸運が訪れるのか不幸が降りかかるのかわからんな。俺だけならどっちも切りとばすんだが。
暇だからと小屋姉妹の拠点に来てみればこんなことになるとは。まあせっかくだ。風呂に入っているらしい小屋姉妹にはともかく、錦にも少し話を聞いておくか。
「いや、流石にそんな情報までは集めてねえな」
「まあそうだろうよ。集めてたら逆にひくわ」
「一応チェックしてんのは行政、軍、研究所関連の通信記録。そこに当たんないってことは別のルートがあるんじゃねえか?」
「別のルートねえ」
「一番怪しいのは西部のスカベンジャー。手紙とか伝言とかローカルなやり取りされてたらこっちにはわかりようもないしな」
「人の口なんてセキュリティ無いだろうに」
「安全か金か物資か。何にしても払うもん払ったんだろ。こりゃ西側のやつら相当稼いでる……いや、待てよ?」
「ん?」
「軍関係者って可能性は無いか?」
駅西にある大きい施設はセンダイの駐屯地と本部くらいだ。それ以外は基本的に大きな施設というのは避難所に指定されている学校やホールくらいしかない。
パンデミックが起き治安が悪化した後は軍の影響範囲内で生活している人が多いようで、確保された安全区画の境界部分はほとんど気配がない。この辺りは既に小屋姉妹が調査してある。
実際にどうなっているかは見てみないと分からないが、そもそも小屋姉妹と剣がセンダイで活動していた間は軍の巡回ルートを利用しての燃料補給をしていたようだしある程度確度のある情報だ。
で、逆に不自然にならないように、かつ通信設備を利用しないで海側と接する機会があるのが軍の人間である、というのはわかるのだが。
「軍のつかいっぱしりか。千聖の聞いたところによるVIPっていう言葉にそぐわない気がするが」
「関係者だよ関係者」
というか、割と最悪な予想として援軍面して島一つを基地化するために来た米軍とかなんだが。あとは万が一も無いがキュウシュウの修羅共。まあ地元で自分たちの国を築いたあそこの連中が来ることは無いだろうが、作品内にあるあいつら本当に戦国時代かってくらい無茶苦茶するからもし来るようなら拠点を引き払う必要がある。それくらい血に飢えた獣と化している。
可能性としてありそうなのはこちらの演習場の調査をしに来る米軍か諜報機関所属の人間だろうか。それならVIPと呼ばれるのもわかる。
「そいつらが来たら動きを追えるか?」
「来てみないことにはわかんねーよ」
「まあそうだよな」
ちなみに前作主人公はそのどちらでもなく、従軍記者としての参加だ。まず間違いなく主人公に探りを入れるためにトウキョウの軍本部に向かうはずだ。トウキョウには研究の第一人者でもある久万楠女史もいる。
どうあれこちらに来る人間の動きに気を付けながら動くのは変わらない。
こちらはどこかを攻めたりする必要のない気楽な立場だ、敵は少ないに越したことは無い。
「とりあえず、今度軍曹の隊のお守りをすることになる。メリットなんざなかったが軍の細かい情報はあっちに引っ張ってきてもらおう」
「大丈夫なのか? 芋づる式に俺たちのこと嗅ぎつけられないか?」
「可能性はあるな。俺は別に引っ越してもいいが」
「このホテル要塞化しねえ?」
「やめとけ。このホテル立地は良いかもしれんが構造自体は普通だからな」
「瞳さんが機銃くれればなあ!」
「あのトリガーハッピーが渡すわけねえだろ」
「そうなんですよね」
「うーん。お前、今回は拠点に引きこもっておくか?」
「そうするかあ。設備あったっけ?」
「拠点北側の別荘地にいくつか」
「じゃあ今回は拠点の設備増強に勤しむとするかなあ」
「キャンピングカーに乗せてもいいぞ」
「それならいっそ持ち運びできる設備の方が……」
特に男女で差別をするつもりは無いが区別は必要だ。こんな世の中でそんなことを言っているのは余裕がある証拠だ。余裕がないから何をしてくるかわからないこともあるが、余裕があればできることも考える幅も広がる。どちらがいいとは一概には言えないが、どちらも知っているのであればそれが一番いいだろう。
俺と錦はそれなりにこの世界では長い付き合いだ。恐らく同性の中では唯一と言ってもいいだろう。男同士というのはどうしてこう無駄でとりとめのないことを話したくなるのか。
結局俺たちのラーメンを作るために必要なものを真剣に考える会は女性陣が風呂から上がって食事の準備が終わるまで続くのだった。
「大天使ちゃんはね、難しいのよ」
「難しい?」
「千景さんに聞いた限りだと、勉強は周囲の大人が見ていたみたいでそもそも基礎的な学力が足りてない。だから年の割に幼稚なのよ。で、理論より勘を優先するところがあるから人に弱い、それを自覚してる」
「もう少し短く」
「願いと才能と性格が不一致の極み」
小屋妹は元々スカベンジャーの中でも交渉事の方が得意なタイプだ。それこそポーターとして成果を上げるくらいには対人スキルは俺達よりも上だろう。
それがここまでまいっているというのは少々意外でもある。
「両親を探すためには情報を集める力、引き出す力、その中から真実を導く何かが必要。眼でも勘でも頭脳でもいいけど、それが足りてない。情報を得て人探しをするにも体力がいらないなんてことは無い。武器がいらないなんてことは無い。仲間がいらないなんてことは無い。ただあの子が踏み出せてない。踏み出せないからわからない。こんな状態じゃあいくら教えても納得が伴わない。はぁ……」
「両親は見つかった?」
「全然。手がかりも無し。リーダー何とかしてよね? リーダーがやるって言ったんでしょ」
「おう。今度の軍の南部偵察の時にいい相手がいれば教えるさ」
「そうそうそう、そういう話しようよ! 南部かあ! 何があるんだろう! 調べなきゃね!」
急に元気になるじゃん。途中で話に入ってきていた千聖が話は終わったと待機状態に戻ったぞ。まあ南部偵察には行かないから聞いているだけっていう状態になっただけかもしれんが。
「一応軍曹、知り合いの小隊と動くことになるから余り勝手は出来んが、街や村落があれば立ち寄るくらいはするだろ」
「あ、そういうこと。でも友好的だったらどうするの?」
「友好的な奴が今尚土地に固執することなんてないんだよなあ」
「あー、土地に生きていけるだけの条件がそろっているならそこを守ろうとして排他的になってるってこと?」
「基本はそれでいい。問題は何かしらの過去から周囲に対して積極的に襲い掛かってくるような場合だな」
「人を雇って維持しているって場合は?」
「軍以外なら独立自治組織だろ。話に応じるなら交易の話の段取りつけて軍曹に投げろ」
「貸付ね。返ってくる当てあるの?」
「いらねえよ。勝手にあっちがこっちの話をしようとしなくなるだろうしな」
「話に乗らなかったら? 軍じゃなくて」
「大天使の試練だな」
「うわあ」
もちろんそれ以外のケースというのもある。そもそも人に会わないという可能性も考えられるわけだし。
期待しているのはこちらを嵌めようとして来る集団だ。
よくあることではあるが来訪者や通りすがりの人間を誘い込み、罠に嵌めて身ぐるみ剥いで放り出すなんていうのはよくあることだ。いや命があるだけまだ生易しい。
人攫い集団、人狩りの村、資料だけなら人食いの村なんて言うのもあるらしい。
宗教組織が抗体持ちを祭り上げてその血を飲むだとか、その肉を食むというのはわからないでもない。いや、まったくわからないがそれを救いとしているというのはわかる。
ただ単純に飢餓から人食いを実行した村落というのがどういう状況なのか。どういった思考回路なのか、どういった精神状態なのか。それを見せることになるのだ。
まあ今のままではそういった状況になる可能性がある、といった程度の話なのだが。
「あの子に耐えられるの?」
小屋姉か。妹以外は気にしないシスコンが気にかけるのか。こいつは片平妹にも平らな反応しかしていなかったと思うが、俺が知らなかっただけかね。
「気になるならケアしてやるといい」
「する気ないんだ」
「俺が? やってもいいけど薄気味悪いだけだろ」
「本当に何する気なのよ……」
一応まだやるとは決まっていないだろうに。
詳細は聞いていないが斥候程度にわざわざ俺たちに連絡とってきた軍曹。彼は俺が、俺たちがどういう戦い方をしてきたのかを良く知る人物だ。それが応援を頼む? しかも千聖に。これもうやること決まったようなものだろ。そして、そういう場所に行く可能性があると軍曹が判断しているということだ。
何がいるのかわからないが久々に後味が悪そうな仕事になる予感がひしひしとしている。
「小屋姉、銃の手入れしとけよ。多分使うことになるだろうからな」
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