第119話
「いやあ、流石に厳しい! 私には簒奪者のような壁外活動のノウハウは無いからね!」
「だ、だだ、ダイジョブなんですか!?」
「わからん!」
高笑いを上げハンドルを切る女性とグリップを握りしめてその派手な運転に慄く女性の二人組が乗る車が北へ向かう道路を爆走していた。
道中のゾンビを轢き飛ばしながらも目指す道はある程度の交通量がある道路。それは当然他の目にも付く訳で、周辺で活動していたスカベンジャーから報告が行くのも当然だったと言える。
「こっちは防衛隊が使っている道なんだろう!?」
「フクシマまではほぼ無傷で進んだと聞いています、が……」
「フクシマまでそれほどあると思っているんだろうねぇ!」
「はいっ! すいません! でも生活圏の拡張は進んでいるはずです!」
「それは消極的な掃討作戦と何が違うんだい!?」
「はいっ! すいません!」
彼女たちは取引上の関係であり、二人ともあるものを目指して北上しているが如何せん二人ともトウキョウという土地から出たこともなく荒事も専門外ではあるため、派手なスキール音というアラームを鳴らしながら車中泊仕様のミニバンで注目を集めていた。
ちなみに防衛隊が維持しようとしているのは自動車専用道路、所謂高速道路や都市部周辺のみであり、彼女たちは何故かそれを使いたがらないので結局ゾンビはびこる街を避けて走っているのだが対人用に外装を強化し生活拠点として車内環境を改善させたミニバンではどうしても足回りが貧弱だ。おかげで北への歩みは中々に遅くなっている。
ハンドルを握る女性はそれなりの修羅場を潜っている自負があったためこれだけ騒いでいても心中は比較的冷静なのだが、話の通じない相手に対して切っ先を向けるのは彼女の矜持が許さない。彼女は剣よりペンの方が強いと思っていて、それ以外には銃を向ければいいと思っている人種だ。
対してこの車で運ばれながら声を上げているものの、外に出たことなどない純粋培養で才気煥発な才媛はゾンビに鋭い視線を向けていた。
この二人トウキョウで出会ったのは良かったが目的を果たせなかった者同士だ。それが何を思ったのか心機一転一念発起し広い世界へ飛び出す決断をしたのだ。
一人は記者魂に火がついて。もう一人はゾンビに叡智で挑む者として。
「アンタ自分がお尋ね者ってこと忘れてないかい? 人がいる場所の方がアンタにとっちゃ危険だろうに」
「え、そうじゃあ私どうすればいいんですか?」
「まあ近寄らなければ安全、なんだろうが……はあ」
「どれくらいかかるか分からないんでしたっけ。では食料の無計画な消費は悪手、防衛拠点に寄るのは確定事項……」
「ちなみに私は記者として普通に取材するから」
「え!? それじゃあ私どうすればいいんですか!?」
「定番は変装だね。女は化粧一つで……ふむ」
「な、なんですか」
ちらりと横目で研究者の女をみた記者の女は脳内シミュレーションを経て諦めた。
化粧道具がない訳じゃない。ただしそう易々と補給ができるものでもない。記者という都合上身だしなみを整えるのは習性と言っていいものだ。
あまり外に出ていなかったのかやや血色の悪いそのシミ一つない白い肌も多少荒れているが自分より状態が良いという隣の女に化粧が必要か? と思ったのも一つ。
何よりこの女は知る人が見ればすぐにわかる。特に権力者、情報通、社会的地位のあるものであれば知らない者がいない者。
記者の女もフリーの立場でなければどうしていたか分からなかったと思う。
そういう意味では研究者の女は運が良かった。知り合いかもしれないスカベンジャーを頼りにしようとして何でも屋に行き、そこでフリーで車両持ちの記者の女と会い、目的地に困惑した後やがて何があるのかを察した。
記者の女にとっても研究者の女は金の卵を産む
「まあなんとかしてあげる。車を隠して取材ついでに物資を補給するわ。アナタもその間は後ろで回りに見られないように大人しく隠れていて頂戴」
「ご迷惑をおかけします……」
「車内で大人一人が動くと意外と揺れるから。車って」
「微動だにするな、と」
「まあその方が安全だね」
そんなことを言っている間も研究者の女の目は外のゾンビから離れない。
記者の女の知る隣に座る女性のイメージとしてこの国のゾンビ研究の中心人物でありゾンビばかりか人を用いての非人道的な実験を繰り返すマッドサイエンティストであり、政府や民間の企業から更なる資金援助を引き出すためにその美貌で誑し込んだり、政府高官と繋がりがあり裏で政治を牛耳っていたりといった黒い噂に事欠かない人物であるはずだった。
それが実際に目の前にし共に行動するようになってからそのイメージとは真逆のような印象を受けた。
すなわち言葉通りの研究一辺倒のガリ勉女。細身で意識しなければ猫背になってしまうような引きこもり。想像した以上に顔がいいという以外はいい意味で予想外だったのだ。
記者の女は既に研究者の女に前払いされた情報を思い出す。
曰く、人間の持つゾンビ症に対する抗体を操作する調整薬が臨床段階にあること。
これだけだと少し弱い。もう少しつついてみたら簡単に話してくれた。
臨床段階にある調整薬とはゾンビの力をその身に取り込む諸刃の剣、取り込みすぎればゾンビになるという狂気の実験だった。
この手の研究者の倫理観はあてにはならないがフチュウの暴れ馬やタマ湖を塒にしている人食い猿どもの被害を見ていると人類もいよいよ進退窮まってきたと囁く家無し共の話もあながち外れてはいないというのが女記者には理解出来た。そして女研究者のなりふり構っていられない状況というものも。
情報の対価として要求されたのはセンダイへのエスコート。女記者も普段ならば断わっていた。しかし女研究者の狼を探しに行くという言葉に新たなスクープの気配を感じて旅立つことを決めたのだ。
旅はまだ半ば。しかし女記者には確かに特ダネの気配が近づくのを感じていた。
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