第117話



「指名依頼?」

「ああ、どうも俺らを指名していたみたいなんだが、ちょっとな」

「まあ愛美さんの紹介があったとはいえ、流石に怪しいよね」

「わざわざ店の奥で話を受けるくらいだから何かと思ったら、どうも俺たち自身のことは知らないみたいなんだよな。相手の名前も明かされなかったし」

「だからまあ、知り合いの可能性もあるしそうじゃない可能性もあるし」


 ここはとあるマンションの一室。トウキョウの壁外ではあるがゾンビを適宜間引いているからそれなりに静かで快適。

 トウキョウで片平兄妹の伝手を頼って赴いた武器屋でクロスボウの調整、ボルトの補充、中には特殊なボルトも充実していてやはり都会はすごいと実感した。

 とはいえスカベンジャーとしては実は開店休業中。片平兄妹が新たに足場固めのために他のスカベンジャーと会談している間、私がしていたことと言えばななちゃんの様子を見に行くことくらいだ。おかげで何故か私がななちゃんの姉のように思われている。別にそんなことは無いのだけど。

 ともあれ、そろそろ私も久々に弓を引きたい。ぬるま湯につかって微睡んでいるかのようなのんびりとした時間を過ごせているのは私にとっては必要十分なものではあるのだろう。

 ただどうしても物足りなさを感じている。静かで泥臭く張り詰めたあの飢えが、慣れ切ったあの緊張感が懐かしく感じている。


「断ったの?」

「結果的にはな。俺たちが挨拶回りしている間に時間切れになったそうだ」

「じゃあ別にいいんじゃない?」

「まあ今回はどうしようもなかったけど戻って来てまた指名依頼出されたらどうするか決めておかないとじゃない?」

「どうするの?」

「それを聞きに来たんだけど、どっちでもいいって言いたそうだな」

「まあ私がやったら勘で決めちゃいそうだし」

「それはそうかも知れんが」

「例えば指名依頼っていろいろと制約とか条件があってね」

「その前置きで私には難しいっていうのがわかったよ」

「嘘つけよ。康史郎に聞いて知ってるんだからな。必要にならなきゃやらないタイプだって」

「うげ」


 そりゃ一人でいる時なら自分でやらなくちゃいけないしやるけどさ。こういうのに詳しい人がいるならお任せするべきじゃない?


「専門家にお任せするべきじゃない?」

「間違いじゃないけど、私たちの経験も大したものじゃないからね」


 でも田舎娘に任せるようなことじゃないでしょ、絶対。


「まあ指名依頼は一先ずおいておこう」

「どうするの?」

「基本受けない。知り合いからの時のみ受ける」

「おっけー」


 知り合いかあ。それもどこまで信用できるか分からなくない? 利益分配してるから大丈夫ってこと? まあこちらの動向が掴めなくなればそいつも破滅だろうけど、死んだら意味ないんだよ? まあ結局は相手次第になるのかな。


「それで、だ。そろそろ動き出したいんだが霧瀬からちょいと相談があってな」

「霧瀬ちゃん! 私にも教えてよー話したいことあったのにー」

「どうせ近いうちに会うからその時に言え」

「ん? 会う? どういうこと?」

「どうもらしくてな。小遣い稼ぎに付き合わせろ、だとよ」

「んん? 霧瀬ちゃんが?」


 私も彩ちゃんと同じような表情になっているだろう。暇だから会いに来るって言えるほどの治安だったっけ、ここ。というか暇だからってこっちに連絡を取るような印象は彼女にない。いや、これは言い過ぎか。


「俺に聞くな。何があったかその時本人に聞け。で、ちと遠出するついでに連れて行こうかと」

「なるほどねえ。霧瀬ちゃんだけ? 康史郎君は?」

「霧瀬だけだ」

「そうなの? なんか珍しいというか、霧瀬ちゃんらしくないというか」

「そういうのも本人に聞いてくれ。行くのはトウキョウ西部の山奥。迂回はするがどうしてもゾンビとかち合うことになるはずだ」

「へえ、いいね。因みに何をしに?」

「愛美さんが、前任者が通ってた場所に挨拶がてら向かうのさ。遠いから後回しにしていた場所の一つだ」

「山奥ってことは狩りしても大丈夫?」

「そんなに時間ねえぞ? 多分行って話して帰ってくるくらいで終わる。ゾンビで我慢してくれ」

「そっかー」


 まあ山で暮らしてるんなら猟師の一人くらい入るかな? その人から情報貰うくらいにしておこうかな。私はここに来てからゾンビにしか矢を向けていないし、まあそういう人員なのはわかるけど、やっぱり少しは狩りをしたいなあ。




 いや、すごいな。正直ゾンビ掃討が私の仕事になると思っていたんだけど、交易ルートの選び方が秀逸というか。自動車やバリケードで封鎖した場所や家屋が崩れて封鎖されている場所に、どうやって切り開いたのかマンションの駐車場から敷地の境のフェンスをぶち抜いた通路などもあった。

 私は荷台で構えていたけど何というか不思議な感覚だった。情報も古いものだからあてにし過ぎないようにするとは何だったのか。そう言えるぐらいには何もなかった。

 西トウキョウあたりで霧瀬ちゃんがやたら警戒していたけど防衛隊が展開している部隊の警戒範囲を掠めるようにして進んでいたらしく、本当にゾンビと会うことが少なかった。

 まあスカベンジャーの影は見えたがそれこそ仕掛けてきたら防衛隊に押し付けてしまうというようなことも出来るコース取りだという。


 目的地はオウメで片平兄妹が少し話し込んでいたがその甲斐あってかあっさり警戒が解かれた。たんぽぽがキーだったのかな? 私としてはこの村落の猟師さんと伝手が出来ただけでも来た意味があるというもの。

 シカにイノシシ、他にはアライグマなどもいるらしくきちんとした猟友会もあった。私が田舎でやってきた狩人だというとこれまた暖かく迎え入れて頂いた。

 少しだけ田舎の爺さんたちのことを懐かしく思う。彼らは元気でやっているだろうか。まあ私が心配するまでもなく口が悪くて気の荒い爺さんたちだ。心配するだけ損というもの。

 今回は時間の都合がつかないのでお暇したが次はぜひ狩りに参加しよう。久々に知っている空気感の中にいられてすごくリラックスできた。

 片平兄妹も目的を果たしたのか笑顔が多い。問題があるとした霧瀬ちゃんくらいで。

 帰りの車の中の会話を聞いていた感じでは康史郎君が強化薬使ってることと、自分が平の隊員だってことを思い出してちょっと鬱になってるみたいな話だった。まあ私の担当は警戒だからね、詳しく聞き取れないのは仕方ない。


 霧瀬ちゃんとはあまり話もしないまま別れた。私が苦手とかそういう訳じゃなく単純に余裕がないくらいに思い詰めているんだろうなあ。これに関しては私たちに出来ることは無いんじゃないだろうか。


「霧瀬ちゃんは康史郎君のことが心配なんだよ」

「それはわかるけど、康史郎が決めたことでしょ?」

「だから心配なんじゃない!」

「落ち着け、彩」


 なんかヒートアップしてる。何でだろう。


「強化薬のリスクがあって、でもそれを安定運用するために研究所に行ったところまでは聞いてる」

「そうだな、リスクは抑えながら強化薬の投与を受けてるって話だ」

「じゃあ大丈夫じゃない?」

「大丈夫じゃないよ……リスクがあるってことはゾンビになる可能性があるんだよ?」

「それを織り込んだうえでの決断でしょ?」

「そうやって割り切れないから霧瀬は悩んでんじゃねえかな」


 そうなの? どうでもいいとは言わないけど、どうしようもないんじゃない? 少なくとも康史郎の決断を覆すような何かが無い限りは。


「それにどうやらここでの先輩たちも一緒になったみたいでな。下っ端に戻ったことで力不足を認識してるらしい」

「そこは康史郎君が元々強かったのもあると思うんだけどね」

「んー、先輩たちは重ねた経験があるから強くて、康史郎は強化薬ていうリスクを抱えながら結果を出してて、自分だけ足踏みしてるように感じてる、ってこと?」

「そうだろうな。だからこそ俺たちのところに来たみたいだけど」

「まあ私はぽぽがいなければクソ雑魚だからね!」

「わふっ」


 うーん、私が見ていても片平兄妹は上手くやれていたと思うんだけど。それが先人の置き土産によるものだとしても新たに関係を気付いたのは二人によるものなわけだし。それを見ていた霧瀬ちゃんも理解できているはずだ。

 そう思うとなかなか大変なのかも。とは言っても私たちが何かできることなんてあるのか、という話になる訳で。


「どうするの?」

「何とかしてやりてえが、俺にもよくわからん。というか俺は康史郎の判断が間違っているとは思ってない」

「そうかもだけどぉ、それじゃあ霧瀬ちゃんがずっと辛いまんまじゃん!」

「かもしれんけど、こればっかりはあいつらの問題だろ」


 私もそう思う。誰が悪いというより、これは考え方の問題だ。

 これまでは曲がりなりにも欠かせない要員として自覚も成果もあったはず。それがここにきて自分と同等な存在がわんさかいるところに戻って来てしまった。

 実力が不足しているのか、知識が無いのか、技術を持たないのかは問題じゃなくて彼女自身が自分じゃなくてもいいのでは、そう思っているという部分。

 それだけならまだ何とかなったのかもしれないが、付き合いの長い友人康史郎までもが自分から遠い存在になりかけているというのも相まって、自分と近しい存在である片平兄妹にコンタクトを取っては見たものの御覧の有様、というわけで。

 じゃあどうするかという話だが、これはもう本人の考え方を変えるしかないわけだ。

 どういう方向に持って行くかは私にはわからないが。


「霧瀬が頼ってきたら受けてやればいいさ」

「何かできることないのかな」

「こう言っちゃあれだが、アイツも軍人だ。道がそれしかなかったとしてもここまで来たんだ、続けてりゃいずれ追いつけるだろ」


 何かが足りないと判断したか。まあそれも間違いじゃないし、時間が解決するという対応も間違いではないと思う。その対応が正しいかまでは保証できないが。

 私としても一緒に動いた時間はその濃さに対して短いものだ。確かに大変だったしかなり危険だと思う場面を何度も潜り抜けた。それでも霧瀬には足りないのだろう。

 康史郎の戦闘力という点は確かに私から見ても相当なものだと思う。刀を使った戦闘を見ているだけでも達人というか、慣れが見て取れた。

 技の冴えに体のキレ、どちらも見たことの無いものであり、言い方を変えると異端とも思えるそれはどこから来たものだろう。


「俺からは康史郎にそれとなく気にするように伝えるくらいしかないなあ」

「それ大丈夫? 逆効果にならない?」


 ここにはいない二人の仲間を気にする兄妹の様子に一度考えるのを止めた。

 最近仲良くなれたたんぽぽに手を伸ばすが、まだ尻尾は振ってくれないようだ。


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