第64話



「電気室確保」

『はっや』


 階段を駆け上がり最上階へ。探知の魔法は起動済み。ホテル内にわずかにいたゾンビだがそれも大した数ではない。最上階付近にゾンビがいたが階段とは逆方向の角部屋、恐らくスイートルームにわずかにゾンビの反応があるだけだったので無視してエレベーターを起動している。動きも緩慢なようだし、帰りに始末して少々物色してから帰るくらいでいいだろう。


「エレベーターの制御盤もあった。錦」

『一応点検は完了してる。ケーブルやらロープやらは見てない』

「昇降路内のってことだな。こっちで動かしてみる」


 昇降路はエレベーターが通る縦穴の空間のことだ。ここには最低限の館内設備への配線がある程度で、後は保安用の足場や空気穴があるくらいで、流石の俺もこの中を上下に移動しようとは思わない。


『了解……オッケー』

「千聖、エレベーター呼んでみろ」

「了解。動いてる」


 千聖の運動能力もまあ予想通り。階段を速度を出して上り切ってもほんの少し息が荒くなっただけで直ぐに呼吸は整っていた。まあゾンビ地獄に対応したのも一度や二度じゃないしな。


「このまま往復させるから人乗せるなよ」

『あいよ』

「小屋妹」

『はーい』


 こいつは最近忙しかったからか、どうも暇な時間を潰そうとしがちなので敢えて余裕のある位置に置いたが、ちょっと気持ちが緩んでるのか、それともダレるほどの激務だったのか。まあいいや。


「地下の電源を入れた」

『どうかなー? 明かりはちょっと待って。えーっと充電スタンドは起動してるよ!』

「作動試験どうぞ」

『はーい! じゃあ後でね!』


 通信を終えて千聖と共に電気室を出る。ここ塞いでおいた方がいいか? 鍵持って来るんだったな。普通に解錠使って開けてしまった。

 俺が階段に向かわずに反対方向へ行くのに合わせて千聖もついてきた。千聖のもつセンサー変異結晶はよほどでなければ鈍い。俺の探知の反応もそれほど強いものではない。

 スイートルームの前まで来ても物音はしない。いや、わずかに金属がきしむ音。鎖のようなジャラジャラとした音ではなく、針金がこすれるような音。ベッドのスプリング? 人の気配もなく、ベッドの上で動くゾンビ?

 ありきたりと言えばありきたり、無情と言えばそうだと言える。そしてそれを行ったものにもそれ相応の報いが返ってくるというもの。リビングルームの奥、ロープで縛られてわずかに身じろぎするゾンビの傍には男と見られる腐乱死体が横たわっていた。

 気温が上がってきたこの時期であれば少なくともこれは最近のことだという事になる。一月は経っていないのではないだろうか。


「ゾンビの始末を」

「ん」


 俺はその場を後にして部屋を出る。これ以外にももう一つ反応が反対側の部屋にある。真ん中のリビングルームから繋がった先、ダイニングルームにいたのはこれまた拘束されたゾンビだ。机の上に寝かせられた線の細いゾンビは身じろぎもしていない。気づいていないのか動くほどの力もないのかはわからないが、都合がいい。

 気づかれないように接近し眉間にナイフを突き立てる。かつん、と固い感触と共に机の上に波がうつ。刃を抜けば先ほどと同じ人型の何かが横たわるのみ。

 リビングで千聖と合流した後は内装の物色に移る。


「絵以外でなんかあるか?」

「……ない」

「そのないはどの無いだ?」

「わかんない」

「正直でよろしい」


 正直絵に関しては廊下に合ったものの方が出来はいいと感じる。カトラリーもあるにはあるが千聖が特に反応を示さない以上は優先度は下げて良い。どうやら投擲用に回収していたみたいだし。

 このイズミの住宅地はいわゆる高級新興住宅地に当たる土地であり、センダイの町の中と比べても街並みが綺麗で小洒落た一軒家が多い場所だ。言ってしまえば狙い目の場所なのだ。住宅地を調べるつもりがないのはとうに昔に荒らされた後であるという予想からで、どちらかと言えばスカベンジャーに当たる可能性を考えていた。

 だからこそこういった場所を回収拠点としている連中をおびき出すために自動車工場の接収を何でも屋を通して情報を拡散し、釣りだした。

 だからまあ、残っているのであればこういう連中だとは思っていたのだが、何とも締まらない終わりを迎えたようだ。男の首元にあった噛み跡と部屋の状況を察するにスイートルームにいた男が何らかの力を持っていた可能性がある。来ていた服はそれなりに良いものだったので、ここで女を飼っていたのだろう。ベッドに縛り付けたのは愛玩用、机の上のは雑用だろうか。他にも多くの死体があったがほぼ全て女性の物だった。調べるつもりも無いが、食用かただのコレクションか。まあそれは別にいい。


「千聖、そこの部屋」

「ん」


 廊下の絵を取り外し雑に片手で持ち歩く。花瓶の絵だ。わざわざサイドテーブルにグラスに入ったキャンドルを添えて飾っていたようでそれなりに良いものに見える。まあこれも売り物になるだろうし、まさかこの絵をキープするためにあの男が置かれたという事もないだろう。

 まあセンダイの行政に伝手があって、それを用いてスカベンジャーに便宜を図りながら悠々自適に過ごしていた、というのがオチだろうか。まあこの状況ではスカベンジャーからの補給がなくなり一人になったことで追い詰められたことで数を減らし、最後の詰めを誤ったか。

 まあこれも俺の想像でしかないのだが。あの男から辿って行政の伝手を辿ることも出来なくはないだろうが、あの男が有用であればそもそもこんなところで退廃的な生活を送っているという事もないだろう。いいように使われた中間管理職という印象がぬぐえない。


 西の端にあったスイートルームから東のスイートルームへ向かう道すがら、途中のラウンジにも絵があったので回収する。今度は風景画だ。ここから見た光景だろうか。今とは景色が違うが、まあこういうのはよくあるものだ。絵自体は淡い色使いが儚げな作品。

 エレベーターの前に絵を置き、俺はある部屋に入りこむ。この部屋にもゾンビの反応があった。グレードはそれなりに高そうだが、先ほどのスイートルームとは比べるべくもないこじんまりとした部屋。潜入用の魔法を使って移動を開始する。

 探知の反応に従いバスルームへの扉を開ける。バスタブから上半身を出して項垂れているような人の形をした何か。髪の長さ、線の細さを考えればリストカットした女性ゾンビだろうか。後頭部をこちらに出している状態なので一気にナイフを叩きつけて割る。中の変異結晶ごと破壊し俺はその場を後にする。

 そう言えば、そろそろ変異結晶の研究も進んでいるだろう。ある程度の組織の上層部になればゾンビと結晶の関係性に注目しているだろうことは想像に難くない。これまで停滞していた変異結晶の性質をようやく認めることが出来たのだと考えれば、時間がかかりすぎていることに呆れればいいのか、それともになっているだけなのか。

 扉を開けたところで千聖と合流する。後は東のスイートルームだ。複数の反応があるから一緒に入って行ってもいいのだが、どうするかな。


「廊下の絵とゾンビどっちがいい」

「ゾンビ」


 即答を返してくれるのは良いんですがね。まあこいつも数とゾンビがいることは何となくわかっているだろうし。


「油断しないように」


 一つ頷いて扉を開けようとして、鍵がかかっていることに気付いてこちらを振り向いた。これは鍵を開けてやるべきなのか、それとも見ていないふりをするべきなのか。少し迷って鍵を開けてやることにした。




「最上階クリア。合流させる」

『あいよ。……させる?』

「こっちは一人でいい。ロビーフロアの下、ガーデンフロアだったか? そっちは?」

『全部は見てなかったはず』


 電気室の行き来が出来るようにして最上階は終わりにしてもいいか。ロビーフロアとガーデンフロアはバリケードで隔てられているらしい。つまりガーデンフロアは探索していないわけだ。ガーデンフロアは中庭に面した場所で、外との出入りがしやすいという立地が問題だ。ラウンジやレストラン、宴会場等の設備があるらしいが、どうだろうな。まあ鉄板焼き屋の鉄板が欲しいとかあのアホドクターが言ってたらしいし、まずは下でいいかもしれん。

 極論ホテルの探索はしてもいい。が、神社庁関係者として数えてもいいであろう老剣士がいることから彼がいる間くらいは手伝ってもいい。どうにも彼からの心証が安定していないというか、どうも居心地が悪い。

 剣士としてか、人生の先達としてか、はたまた神社庁の人間としてかはわからないが、なんとも対応に困る相手だ。

 鍛錬ならいいが下手に敵意を買って切った張ったに及ぶのは避けたい。魔法なしで勝てる気がしない。

 先達としてというのは穏当だ。会話による意思の疎通が出来て、尚且つお互いに吐き出す言葉が真実であるのなら、だが。

 神社庁でというのが一番楽だ。狙いは理解するし、そこに彼自身の価値観というのは評価基準の一つでしかないからだ。

 まあ神社庁と深く絡む気はないし、良くも悪くも平凡くらいで済ませられたらいいのだが。


 千聖と共にエレベーターでロビーがある階まで下りてゆく。すーっと体が上下移動する感覚に、昇降路内を反響するエレベーターの起動音を箱越しに聞きながら、その扉が開くのを待つ。一応構えていたが、無事に合流できた。


「とりあえずそれっぽい絵画回収してきた」

「お、片手間に回収とか余裕じゃん」

「どうやら廊下に飾ってあるらしくてな。そこまで苦にもならんさ」

「ほーん。で、どうする? 上の階に上がっていく感じ?」

「ドクターが鉄板焼き屋に興味を示したんだろ?」

「いかにも。その鉄板をどうするかは聞いてはおりませんが」

「祭り用の資材ですし、そのまま鉄板焼きに使うとか?」

「……かもしれませぬな」


 言いよどんでいる辺り、この爺さんもどうやら銀花の性癖というか、何処かネジが飛んでる感じは把握していたのかな?

 神社の境内などで屋台を出す露天商の資材などはさっさと売りに出されるか、元々目をつけていただろう組織や集団に目をつけられているだろう。なんならそのまま露天商を呼んでしまえばいいなどと考えているのかもしれないが、はたして現状で祭りと言って参加する露天商などいるだろうか。それを考えれば蚤の市の一角に食事処を設けようと鉄板焼きのキッチンに目を付けたドクターの意図は理解はできる。火力やその燃料などの問題を鑑みてその考えが現実的かは置いておくが。

 まあ何に使うかはドクターに任せてしまえばいいだろう。なんならそのまま鉄の板としてバリケードにでも使うだろうし。


「じゃあガーデンフロアを見てみましょうか。今回はあくまで安全確保と目をつけておくにしておきましょう」

「先にホテル済ませるんじゃないの?」

「一応こっちで目算立てとけば明日以降はこっちで進められるからな」

「なるほど」

「とりあえず小屋姉妹を呼んで擦り合わせしようか」

「じゃあ一度ラウンジ行こうぜ。集まって話すならそっちがいい」


 ロビーフロアのラウンジには多少埃くさいが品のいいソファが並んでいて、中庭を眼下に望む位置にあるため外の光が差し込んでくる位置になっている。まあその眺望は手入れされなくなって十年近く経過した庭なのでやや野性味あふれるものになっているのだが。それだけならばともかく、視界の端に移る赤黒い人体の一部など派手に撒き散らされており、そう言えばあの辺りはここにいたやつらがゾンビに対処したとか言っていたことを思い出した。


「チャペルはあそこか。なんかあったか?」

「そう言えば詳しく見てないかも。あの女の人に意識が行って他に何も見てなかった」

「長椅子とかくらい?」


 小屋姉妹も合流し小屋妹の方は俺と並んで外を眺めている。ソファに座りガイドマップとにらめっこしているのは錦と中谷里に老剣士だ。ルートを検討しているのだろう。先ほどドクターから預かった手紙は先にここで確保した抗体保持者の情報だ。血液検査の結果や、診察結果とそれを元にした見解がつらつらと書き連ねられていた。今後は脳波の測定もするとか言っているがその装置がそこら辺の病院にあると思ってんのかね。これらを平然とこちらに渡してくる神経もそうだが、医者とはいえ科学力を持った奴はどうしてこう極端になりがちなのか。

 いかんいかん、スカベンジの計画立案だったな。とはいえここを本格的に進めるのは早い。そもそも今回はあくまでアウトレットモール探索のための足場固めでしかない。もちろんホテルの物資があるというのなら回収するが、優先度で言えば決して高くはない。情報こそ手に入ったがここはサクサク進めるべき場所だ。


「ならこっちは数減らしていいな」


 東側はチャペル調査のために一度進んだらしいから、あとは大小の宴会場を調べるだけらしい。ある程度スペースがあるとはいえゾンビが出る可能性があるなら俺一人でも十分なんだが。


「メンバーの割り振りは考えてるか?」

「ん? まだだけど何で?」

「東側は見たんだろ? なら俺一人で回ってくるが」

「あーそれでもいいんだけど、ガーデンフロアは全然だから流石にそこは何人か連れてってくれ」


 まあホテルの廊下なんていう狭い場所で何人もずらずらと行列を作って進むような場所でもないしな。


「じゃあ小屋姉妹貰うか」

「オッケー。こっちは俺とつる、千聖に本田さんで」

「ふむ。了解した。因みに何か理由はあるのかね? 無くてもかまわんが」

「得物のリーチの差ですね。こっちは小屋姉が長物振り回せるくらいには広い宴会場が多いので」

「射手殿もこちらでいいのか?」

「そいつは隙間でも抜けますんで問題ありませんよ」

「いぇい」

「ほほう、それはそれは」

「いぇいぇい」


 中谷里がどや顔でピースサインを見せびらかしているが頼むからあえてギリギリを狙うようなことなんてしてくれるなよ? なんか変にテンション高いのも気になるところだ。見ろ、千聖がキョトンとしてるじゃねえか。あんまり見たことないレアな表情させてんじゃないよ。


「とりあえずざっくりと記録を取って合流。目録作りながら時間を見てアウトレットモールの下見。ここまでできれば上等だな」

「あー、ね。ていうかひとつ言っていい?」

「なんだ?」


 窓際にいた小屋妹が窓から差し込む光に目を瞬かせながら言った。


あっつい」


 今かよ。というかそうか。俺も小屋姉も気温はともかく、日光における熱さを感じにくい体質だ。千聖も中谷里も熱そうな素振りを見せていなかったから完全に失念していた。気温の変化は感じ取れるが、光の熱さというのを感じにくいというのはこういうことか。


「言うな。それ聞いただけで暑くなる」

「涼しい顔してるのが悪い」


 まあ実際気温以上のものはほとんど感じていないからな。日光が届かない従業員用通路なんてむしろひんやりしているくらいだ。何ならこれから行くガーデンフロアの東側だって同じようなものだろうからな。

 この暑い季節に涼をとると言えば冷たい食べ物になる。氷は作れる。帰ったらかき氷制作でも考えてみるかね。


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