第63話
本日のスカベンジ。イズミのスカベンジの続きと牧場の探索。メンバーの入れ替えを打診されたので病院を俺と千聖、中谷里と錦で。他のメンツはホテルの地下整備をしつつ、俺たちを待ってからショッピングモールを探索することになる。
ホテルの地下にさえ品物を置いておけば回収はこちらでやるとドクターが言うのでさくっと病院を片付けて合流する予定だったのだが。
「ふむ……」
目の前にいる剣豪に値踏みされている件について。
来ないって言ってなかったっけ? 別に会うのが嫌だというつもりは無いが、準備するつもりの物が無いのでどう対応したらよいか。物で釣るという訳ではないけど、あるのとないのとでは心証が違うだろうに。
「なにか?」
「いや、何。お嬢の先達と聞いたからどんな益荒男かと思えば、このような学徒のような見た目だとは予想しておらんでな」
「ええ、よく言われますし、学者としては未熟者であるのは事実ですから」
もう30手前なのに学生みたいだと言われたことは喜んでいいのか怒ればいいのか。多分ちょっとした嫌味を言われてるんだろうが、何でだろう。明確に敵意を表しているわけじゃないから、なんとなくもにょる、といった心情が近いだろうか。もにょる、が何なのかは個人差があると思うが。
「お嬢を鍛えたのは君だと聞いたが」
「鍛えたというより、一番真似しやすかったのが僕だったんでしょうね」
「というと?」
「機械エンジニアに医者、交渉担当以外では僕ともう一人くらいしかいませんでしたから。ナイフを振るか、弓を引くかといった違いでしょう」
「その二つの内、鉈を振るうのが性に合ったと」
「いつの間にか、ですね。一人だけ幼かったこともあり彼女なりに一生懸命、何ができるかを模索した結果でしょう」
まあこれに関しては特に嘘をついているわけでもないんだよなあ。俺がやったことと言えば何度か立ち合いをして、実戦を経験させての繰り返し。その合間にサバイバル術や、立ち回りをなんとなく教えたり。研究所に所属してからは俺より久間楠女史と一緒にいた時間の方が長かったんじゃないか? ついでに言えば中谷里や錦についても群狼時代に比べれば一緒にいる時間は大きく減ったのは間違いない。
あいつが二刀流になった時も、得物を一回り大きくしたときも体の成長に合わせたものだとしか認識していなかった。そもそも感染後に体を復元した状態からスタートした千聖の肉体は成長がほとんど見込めないもので、実際今でも20代半ばにしては圧倒的に低身長かつ軽量で、それでいて肉体的な性能は非常に高いというちぐはぐさ。普段であれば訝しむ者がいるであろうことも、こんな世の中であれば特に疑問も持たれない。相手が勝手に補完してくれる。
と思っていたんだけど、まあこの人みたいな感性があれば疑問にも感じるのかね?
「君はどこで戦いの術を学んだのかね?」
「我流ですよ。元々ナイフ使いという訳でもないので」
聞きたかったのはそこか。千聖がなんかやったのか? 二刀持ちから刀使いになってもらってもいいし、なにかしら得るものがあればいいくらいに考えていた。もっと言えば、センダイ周辺に出てくるゲーム内登場キャラクターの中で頭一つ抜けて年嵩のある男性だ。センダイで暮らす上で何かしらのコネがあってもいい。しかし八木のように仲間に引き入れることは躊躇われる。知らずに敵対されるのも、逆に深入りされるのも避けたかった。これはどっちかに決めなくちゃいけないのかもしれない。
「親は?」
「パンデミック初期に亡くなったらしいです。県外の学校でしたので細かいことはわかっていません」
「そうか」
俺が主人公たちに比べて大人だからか、その態度はフラットだ。まあそういうのは今の時代珍しくないしな。
まあ俺たちを基準に話してはいるが、目の前の老剣士からすればまた違う見方があるのだろう。将来性とか。
「ふむ。一先ず、よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
まあ話をすれば分かる、なんて能力があるわけではないしね。魔法を使ったところで相手の心が読めるわけでもなし。というか、この剣豪にバレずに魔法を使うというのが難しい気がする。分乗するために移動しているので背を向けているはずだが時折視線を感じる。
いつも使っているゴーグルは首にかかっている。これで目元を隠すのが俺の作戦開始の合図でもあるのだが、今すぐにでも掛けたい気分だ。
「何話してたの?」
「特に何も。俺のことを少し話したくらいだ」
「あのおじいちゃん、なんかすごそうだもんね?」
「まあ、実際近接戦じゃヤバいだろうな」
本日の運転手は中谷里だ。久々にドライブの気分と言っているが、まあ然程大変なこともあるまい。前を走る小屋姉妹の後をつけるだけだ。
「とりあえず病院はいつものように俺と千聖で。中谷里と錦は車キープしとけ」
「了解」
「あいよ」
「病院の上は見たの?」
「見てない」
「後でいい。とりあえず木の採取したら一旦切り上げ。時間見て上を確認だな」
「はーい」
吸血植物まで出てきたかあ。これに関しては出来ればでいいんだよな。というか今の状態で銀花にサンプルが渡らなくて良かったというべきか。降って湧いたかのように出てきた抗体保持者に感謝するべきか迷うな。
とはいえ将来的には天然の要害とも言える場所に出来る地形だし、引きこもるのであればかなり重要な要素になりえる。
物理的な強度に耐火性も高い性質も相まって採取には困難を伴うと思っていたが、意外と簡単に済みそうなことを思いついた。それが今俺のバッグに入ったタンブラーに入ったファンタジースライムだ。対生命の性能実験の第一歩にしては十分すぎる相手だ。もちろん戦闘準備を欠かすつもりは無い。無いが、こういう時に備えて作っていたのがファンタジースライムなのだから、存分にその性能を発揮してもらおう。
「マックス楽しそう」
「ん? そうか?」
「うん」
「そうなの?」
「んー……まあ、少し懐かしいからかもな」
この後当然のように車内にいる全員に嘘つき呼ばわりをされるのであった。
「お嬢さん方はあの学士殿との付き合いは長いのかな?」
ふと本田さんからそんな質問が飛んできた。今日はドクターがいない。それなのにこちらに来たから何かと思えばそれが知りたかったみたいだね。どうしよう。
「それなりに」
「まあ、そうですね。基本的に私たちが使うものはリーダーが回してくれるものが多いですよ」
これくらいはいいでしょ。この辺り突っ込まれたところで、そういうものでしかないし。
「ふむ。学士殿は異常に血の匂いが強かった。どんな冗談かと思ったのだが」
あ、そういうの分かるんだ。ふーん。
千聖ちゃんもそう言われたんだっけ。正直キルカウントなんてもうカンストしてるんじゃないかって言うくらいやってると思う。それに比べれば千聖ちゃんはまだ桁が足りないかな?
「まあ元々旗揚げしたメンバーの一人ですからね。最初から研究職にいたわけじゃないみたいですし」
「学士で濃い血の匂いとなれば研究所かと思っておりました」
うん、鋭い。そしてこれを私たちに伝えるってことは、関係性の強弱というか濃淡、浅深も察しているみたい。なんかリーダーがこの人懐柔してるみたいに見えたけど、あれの狙いは逆にあからさまに怪しく振舞って敬遠させようとしてた?
「一時期所属はしていたみたいですけど、まあ現状を見ればどうなったのかは理解していただけるかと」
分かりやすい苦笑いで勝手に補完してくれると嬉しい。
血の匂いの出どころかな? 千聖ちゃんならリーダーがゾンビハンターだ、くらいは言ってそうだけど。
「そうか。齢と見た目に合わぬ御仁だ」
ミラー越しに覗き見た本田さんは窓の外を凪いだ表情で見ている。こう、なんだろう。普段はもう少し眉尻が下がっていて好々爺といった風体なのに、こうしてみるとなかなか得体の知れない人だなと思う。表情が読めない。千聖ちゃんもそう言った気があるけど機嫌自体は乱高下しているし、お姉ちゃんも表情の変化は薄いけど原因が違うものだから一緒には語れない。
「ま、こんな世の中ですからねえ」
本当に大変な世の中だよ。でもまあ、こんな世の中じゃなければあういう高級ホテルに行くこともなかったと考えるとちょっと複雑かな。
「何か心配?」
「いいや、腕は立つのだろう?」
「とびきり」
「ほう」
お姉ちゃんが引き取ってくれた。私がおじいちゃん観察してるのを察したのかな。流石我が姉。
「面倒見良い人」
「ふむ。彼と一緒にいるあの3名のことかな?」
「昔はもっといたみたい」
「何かあったと言っているように聞こえるが」
「足を洗いたい人もいたから」
「邪推だったか、申し訳ない」
今の言い方だとスカベンジャーの行いも遠回しに認めているようにも聞こえる。というか私たちのこれに参加してるんだからそういうものだと思ってるのかな。
まあ千聖ちゃん完封するぐらいだから腕は立つんだろうけど、この界隈それだけじゃ上手くいかないことだって多い。コミュニケーション能力はありそうだけど、交渉事に関しては未知数。下手ではなさそうだけど、ちょっと素直すぎるような気もする。相手に腹を読ませないことは得意なんだろうけど、やっぱり物資の相場なんかに対する基礎知識に抜けがあるだろうから、絡め捕るならそのあたりかな。
「そういえば、先日回収した女性はどうしました?」
そろそろ情報与えるだけじゃなくこっちももらわないとね。ドクターが世話しているというのは聞いたけど、それだけじゃないでしょ。身元を割るのは時間が足りないと思うけど、あの女性が普通じゃないのはわかり切っていることだしね。
「診察の結果自体は特に問題なしとのことだ。私には何やら理解の及ばぬ話ではあったがどうやら冬眠状態にあるらしい」
「そうだったんですか。良かった、とは一概には言えませんかね?」
「さてな。命あっての物種だが、あの結婚衣装が彼女の決意の表れかと思えば何とも言えん。爺の儂には年若い女子の心情は想像に難い故、な」
「あはは、結婚の機会が無かった私にもわかりませんよ」
つい、パンデミック後に男性と信頼関係を築くことの難しさを指摘しようとして、濁すにとどまった。これ誘いじゃない? スカベンジャーなんて極論自分以外敵なんだから、私達とリーダー達の関係性を追求される可能性がある質問だ。
「ふむ、女性が多いのもグループの輪を意識しているのかのう」
「どうでしょうね。まあグループ内恋愛とかそういうのは無いので」
「そうかそうか、込み入ったことを聞いてしまったかな」
「いえいえ、お気になさらず」
いや、ほんと強かだなこの爺さん。腕が良いだけに変に関係性を悪化させたくないし、何よりリーダーがこの人をどうするか対応を決めかねている部分もある。いや、私が聞いてないだけかもしれないけど、この人本当に敵じゃないの?
センダイ市街地に近い住宅団地を越えてイズミに入る。未知はまだ往路の半分。前回は千聖ちゃんとドクターの仲裁に気を使っていたけど今度はこのお爺ちゃんの見張りとか勘弁してよ。私結構忙しいのに。
これはリーダーに見返り貰わないと割に合わないのでは? 私は薄い笑みを張り付けたまま、ハンドルを握り直した。
「おつかれ?」
「え、はっや。ま?」
「ま、だよ?」
ホテルの地下の整備をしていたら割と早いタイミングでリーダー達がやってきた。ここの整備始めてから1時間半くらいだろうか。ゾンビや人がいないかの確認、置いてあった何台かの車の移動などをしている間にやってきたのだ。
「早すぎない?」
「でも一応全部調べたよ? 上から下まで」
全部? 1時間程度で?
「嘘だあ」
「嘘じゃないんだな、これが」
錦も車を降りてやってきた。今は地下駐車場に広く開けた空間があるが、これは後ほど車で進入してきた相手に対するバリケードを構築する部分や、荷物をまとめて置くスペースなどを仮決めしている段階だからだ。今は持ち込んだランタンを使って隅に待合所を設けている。
「リーダーの動きが早すぎるんだよなあ。あとは薬品?」
「ああ、あれね」
「何々? 何か劇薬でも使った?」
「劇薬って言うか、一応ナノマシン、なのかあれ?」
「うん。口外厳禁だから気を付けてね? 私も味方をこう、する気はないよ?」
くいっと。つるちゃんが笑ってない笑顔を浮かべて伝えてくる。確かに今は待合所にいるの私くらいだけどさあ。
駐車場の出入り口で外の見張りをしているのが本田さんとお姉ちゃんだ。で、錦とつるちゃんが来たという事は?
「ああ、リーダーが瞳さん連れて家具屋さんに行くって。カーテンとか棚とかがあれば運ぶらしいから。代わりに千聖が見張り」
「ああ、なるほど」
「欲しいもん連絡しとけってよ」
「はーい」
リーダーのナノマシンっていうのも気にはなるけど、今はQOLを上げる時。お姉ちゃんに伝えておけば余計なものもお目こぼししてもらえるかも?
まあそんなことはなかったのだが。ともあれ、数往復して荷物を運んだリーダーとお姉ちゃんが合流して地下で全員が集合した。
カーペットを敷いた上にローテーブルを置き、それを囲むようにローソファが配置され、コンクリートの壁に沿って配置された棚を背にしてリーダーが声を上げた。
「一応聞いておくが、ショッピングモールでのスカベンジでいいんだな?」
「ホテルでもいいよ?」
「ショッピングモールで。というかホテルで何探す気?」
「うーん、私としてはホテルの電気室復旧させて車の充電スタンドの起動確認するのもいいと思うんだよね」
「ああ、それがあったか。で?」
「で、とは?」
「電気室最上階にあるだろ」
「うん」
「うんじゃないが。どうせ他にも何か考えがあるんだろ。いいから言ってみろ」
「いや、ホントにちょっと気になったというか、客室内にも何かあるかなって。スイートとかにあるだろう絵画とかも、ワンチャン好事家に売れるかもしれないし?」
「ふむ……アリ」
「マ?」
「でしょ!?」
「本田さんはドクターから何か言われていませんか?」
リーダーのいうドクターはコードネームじゃなく、言葉通りの意味だろう。本田さんがそんなこと知っているとは思えないし。
「こちらからは特には……ああいや、こちらを預かっておりましたな」
懐から取り出したのは、封筒? 口頭でもなければただのメモでもなく、封筒に入れて渡すもの、ねえ。
拝見しますと受け取ったリーダーは表情一つ変えず中身を読んだかと思えば、一度周囲の全員の顔を見渡して一つ息をつく。
「回収指定されているものが書かれていましたが、今回得られるものではありませんでしたね」
「ふむ、ではいかがする」
「変わりません。いずれにせよこの地下に物資を集積し、それを神社庁の回収班にお任せする形になりますので。特に急ぎの物もないようですから」
そう言って封筒を自分のポケットにしまった。何が書いてあるんだろうねえ。そんなことを思っていたらリーダーから視線が飛んできた。悪寒が走る。
ああ、それやっぱ普通の人が知ってはいけないことが書いてあるんですね。分かってますよ、興味を持つ素振りもいけないって。交渉の時にそれを読み取られれば不利になるのはこっちだもんね。
「一先ずこのホテルの電気室の調査を行います。このようなホテルであれば非常電源装置もあるでしょうし、動く可能性はあります。マップは?」
「ん」
千聖ちゃんがフロアガイドを手渡す。このホテルにある施設や館内図が示されたそれには、先日私たちが設置したバリケードの位置も追加で書き込まれている。とはいえロビーフロアの東側、大きな宴会場があったあたりは従業員用の通路や扉が多く、いくつかはバリケードの奥だからと簡単な扉止めを置くにとどめている場所もある。
従業員用通路の奥には最上階まで繋がるエレベーターと階段があり、そこを使うことになる。と言っても私が想像してる使い方じゃないんだろうことは何となく想像できるんだけど。
「そうだな……。恐らくこのエレベーターは非常用のエレベーターだと思いますんで、中で動かす機構だったり、非常用電源だったりがあると思います。動くかどうかは別として。なのでまずは一度エレベーターを調べましょうか。その後は最上階を目指しますが3手に分けます」
周囲の視線を集めてリーダーが整える。こういう時のリーダーは何というか少しふわふわしている気がする。気が抜けているというよりは、こう遠く離れた現場を視ているというか。
「まずは最速で最上階を目指す班。これは僕と千聖で。エレベーターを直接操作するのは錦と中谷里。ここに本田さんもお願いします。で、小屋姉妹はここだ」
「ん? んん?
「充電スタンドが動くかどうか見ておくように」
「はあい」
「よろしくね?」
「爺さん、よろしく頼む」
「ふむ、承った。守りは私一人か」
「私も意外とやるよ?」
「エレベーターはロビーフロアに止まってるんだよな?」
「あーもしかしたら一つ下になるかも」
「まあそのへんも現地で確認するか。通信を忘れないように。エレベーター班から何か連絡があったら小屋姉妹は作業を止めバックアップに動け」
「わかった」
「さて、何か質問がある方は?」
言い方からして実質一人に対して尋ねているようなものだ。自然と私たちの視線もそちらへ向く。
「最上階には2人で行くと?」
「ええ。恐らく階段を使うことになるでしょうから、スピードと体力的な意味で僕ら二人で、と。塞がれれば押し通りますが、基本は最上階での戦闘が少しあるくらいだと予想しています」
「なるほど、道理だ。敵が多かった場合は?」
「連絡したうえで敵を別の階、もしくは部屋等に誘導して電気室までの道を確保することになるでしょう」
「ふむ。了解した。こちらに守りが二人いる理由は?」
「電源の復旧は場所を選ぶつもりですが、それでも大なり小なり物音は立ちます。エレベーター自体は然程物音を立てるものでもありませんが、どうしても動く物や音に反応する存在はいるでしょうから。厚くするならエレベーター班です」
「なるほど、承知した」
「他に質問はありませんか? 無ければ準備が済み次第出発しましょう」
僅かな沈黙の後、リーダーは立ち上がった。ああ、立ち上がったのは私以外か。ソファが私を放してくれないのって、ああ、首が、首がっ!
一応担当場所にいるとはいえ油断することは許してくれないお姉ちゃんに首根っこをひっつかまれてドナドナされてゆく私なのであった。
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