第62話



 朝を迎えてまずしたことと言えば、移動だ。

 コマツの連れていた女性と子供はどうやら知人の妻とその連れ子らしく、知人の男性は既に亡くなっているらしい。

 まずはその二人を避難させたいという事と、避難先で食料を調達したいという思惑が重なったことから初動の意見は一致した。

 目的地はサノ。オヤマから西へ行った先にある山間の窪地となる場所の奥。麓で人と交流し、奥地に隠れ住む住人がそれを監視するというシステムを取っている場所。交易の場所としては悪くないが、入り込みすぎると危ないという場所らしい。一応知人がいるというので向かっているが本当に大丈夫だろうか。

 しかし、本当の問題はこの後のことだ。


「もう迂回しようぜ」

「それは出来ない」


 コガを迂回するべきだという判君とコガを経由するべきという僕の意見がぶつかっている。これに関しては霧瀬も彩ちゃんも口を出さないようだ。


「お前自分が何をするべきか理解してるか? コガを開放したいんだったら戻ってからでいいだろ」

「一度軍がぶつかってダメだった。それなら今の情報を持ち帰る必要があると思うんだ」

「それこそお前が、というか俺たちがやることか?」

「現地の情報を知るコマツさんがいる今じゃないと、協力が得られるか分からない」

「いや、そもそも偵察用のドローンとかは防衛隊にもあるんだから、そういうのでもいいだろ。アイツが本当に味方かどうかも怪しいのに」

「それでもゾンビがシカマの演習場のようになったら本当に手を付けられなくなる。その判断はしておきたい」

「ダウト」

「……助けたいという思いがあるのは間違いない。大丈夫、無茶をするつもりはないよ」

「大丈夫な奴は大丈夫なんて言わねえ」

「私も今回は回避した方がいいと思う」


 霧瀬の懸念はコガの支配領域の話だと思う。ワタラセ遊水地からトネ川沿いに拡大し、合流しているキヌ川を北上。川に囲まれた部分から北上して勢力圏を固めるといった拡大策を取っているようで、西は遊水地の周辺を抑えているだけなのに対し、東はとにかく荒らしまわったらしい。

 理由もある程度理解できる。駅や南北に繋がる大きな国道がコガの西にしかないのだ。支配領域に対し、勢力の中心は西に固まっていると判断していいだろうというのがコマツさんの発言だ。ちなみに今は僕らが車外にいる状況だ。

 オヤマを出てトチギ市街地を迂回し、オオヒラの南側を抜けて高速道路のサノサービスエリアの手前にいる。ここが一つの分水嶺であることは理解している。

 ゾンビと戦い、人類の未来を、この国の未来を明るいものにするために戦う。そう望んでいるのはきっと少ないのだろう。誰しも大事なものはあるだろうし。僕にだってある。そのために軍に所属しているのだから。

 とはいえ誰しもがやりたいことをやっていいわけではない。いくら抑止力である警察機構や防衛隊の目の届かないところにあったとして、人が人として生きるには秩序が必要なのだ。人間は獣ではない。そうなるしかない状況で合っても、人として矜持というものは必要なのだ。

 そこまで考えて、僕は自分が憤っていることに気が付いた。気に入らないのだ。コガにいるという女が。守るべきを守らない防衛隊が。無力な自分が。


「一先ずサノで情報収集と物資の補給。情報次第で行先決めようか」

「そうね。因みにどんな情報があったらどうするっていう基準はある?」

「コガの情報はもちろん、周辺都市の情報だな。トウキョウに近づくなら南の情報。食料もどれだけ手に入るか分からんしな」

「ぽぽは行かないほうがいい?」

「……いや、見つからないようにするより、対処できない状態の方が怖い」

「じゃあたんぽぽも一緒に行きましょうか」




 サノという町は山に囲まれた盆地、というイメージがあったがそれは間違ってはいなかった。予想と違ったのはその距離だ。市街地から山間を抜け、フナコシという町に着くまで3カ所の検問を越えてやってきた。町を横断する高速道路を境とし、何重もの防備を固めている様子。


「ここはどうも人が集まりやすい場所らしい」


 現在は助手席にコマツが乗っており、彩ちゃんとたんぽぽ、霧瀬が僕の後ろに。荷台には判君と母娘が乗っている。一応は対処できるような布陣になっている。 

 検問を超えた先、場所としては僻地のはずだが、思ったよりも人が多い。活気があるという訳では無いが、少なくともどの町にもあるスラムのような、人が地面に転がっているという事はない。


「争ったような形跡もないわね」

「そういうのは市街地で行われていたはずだ」


 検問は文字通りのゲートとして、段階的に安全区画を用意しているようだ。少なくともこの周辺ではゾンビは現われていないという事なのだろう。


「市街地であった、ねえ。ゾンビによる混乱かしら」

「そうだと聞いている。立地としては閉じた場所だし、大したものもないくらいだ」

「山間を通る川があるんだし、暮らしやすそうではあるわね」

「町に比べれば田舎さ。そういう生活を望んだ連中が集まる場所なんだよ、ここは」


 ディーゼル車というのが珍しいのか、こちらを見る目が多い。まあ電気自動車でもなく、個人で手に入れるにはハードルの高い燃料を使ってこんなところに来ているのだから目立ちはする。

 川を挟んだ北側は家も疎らで田園地帯が目立つが、こちらは住宅が多く、山際だからか木々も多い。しばらく走ると右手に食品工場が見えた。


「あそこだ。外から来る連中は、基本的にここで品物や情報を下ろす。一応このエリアのまとめ役もいたはずだ」

「了解」


 鉄のゲートの前に立つ男性が手で合図を出す。シャッターの開いた工場の中では先ほどとは違った賑わいと、こちらに突き刺さる視線を向けてくるものと、人が集まることによって生まれる活気を感じることが出来た。

 少なくともここの人たちは協力している。それがほんの少し、心のどこかにあった僕のささくれだった部分を優しく撫ぜた。僕は一つ、溜息をついた。




 意外に受け入れてくれたが、気を抜くことはできない。彩ちゃんはそう言いながらも、顔の皺を深めてたんぽぽを猫可愛がる老人と話をしている。

 判君はこれまで得た情報、自分が見てきた町やゾンビの情報という手札で厳つい男性たちと情報交換をしていた。

 僕と霧瀬はコマツさんと母娘を連れて街のまとめ役と呼ばれる壮年の男性と向かい合っている。


「ようこそサノへ。こちらに来るという事は、移住かな?」

「ええ、こちらの親子になります」

「ふむ。こちらとしては割り振られた仕事をしてくれるのであれば、食事と住むところは提供できる」

「女性はどんな仕事を割り振られるのでしょう?」

「洗濯や浄化、採取や農作業といった基本的には安全圏内での仕事だが、楽な仕事ではない」

「どうします?」

「は、はい。頑張ります!」




「……そうかい」

「ああ、口数は少ないが腕のいい人でな。あの人がいた時は肉が食えるってんでここもにぎやかだったよ」

「ここいらの猟師は元々数も少なくてなあ。それがあの人が来てから急に息を吹き返してよ」

「一時期は雰囲気悪くなってたが、それも片付けてくれてなあ」


 ようやく見つけた。正直追い越した可能性も考慮していたが、そう直感した。運転したり、荷台で周囲を見ているときにも、もしかしたら見当違いのことをしているんじゃないかと考えていたりしていた。

 猟銃を抱えた中年男性猟師。のしのしとしたがに股での歩き方。この辺りでは聞かない訛り。笑った時に顔を顰めるような困った笑い方。バツイチで子供二人。

 確定ではない。そう信じたいだけかもしれない。それでも、この情報を信じるしかなかった。


 食品工場の外、パレットが山積みにされた場所の前、車から外したシートをソファ代わりにした手作り感を感じる秘密基地のような待合所で煙を吹かす集団。彼らはいわゆる山師と呼ばれる人たちらしい。

 元々この集落で組織されたスカベンジ担当の面々を今はそう呼んでいるらしい。彼らはこの町の嫌われ者らしい。


「まあ、山菜とったり木こりしたり、山で活動してる連中をそう呼んでるんだよ」


 咥えた紙から確かに煙草の香りをさせてにやにやと笑う無精髭の男は、そんな軽薄な印象を裏切るかのように鍛えられたその腕を隠そうともしていない。

 どこか軽薄で、どこか浮世離れしていて、しかし鼻のいい俺がわずかに感じた血の匂い。

 きっとこの人たちは町の方からではない、山の方からこの集落に入ってくる侵入者を迎え撃つ鉈なのだろう。ゾンビだろうが、集落に侵入する他の地域の人間だろうが構わずその力を振るえるような人間。汚れ役に努める影役。


 彼らが相対したのが猟銃を持った得体の知れない男だった。最初は警戒していたが、山奥で猟銃を、麓に近い場所で罠を使って獣を狩るスペシャリストだった。

 気前のいい男と打ち解けるのはそう時間がかからなかった。彼らが極秘裏に栽培している葉タバコを分ける代わりに狩った獲物をわけるといった付き合いをしてきたらしい。

 父が喫煙していた記憶は無いが、物資としては煙草も十分値打ちのあるものだろう。ついでにこちらの物資との交換を持ちかけられたが一旦保留にしている。

 どこか圧力を感じるのは彼らが歴戦の兵たちだからか。その身からにじみ出る迫力、脱力感と緊張感の兼ね合い、笑みを浮かべながら瞳の奥で値踏みされているような感覚。どこかセンダイで世話になった女性に似た雰囲気であることを思い出し背筋を震わせる。


「そっちはどうだった?」

「優しいおじいちゃんおばあちゃんだった!」


 彩はそのままでいい。この世の中で少しでは無く浮いた印象の妹だが、それでいいと思う。センダイでいくらかしごかれていたが必要なことはわかっているはずだし、かといって出しゃばるでもなく誰かの背中に隠れるだけでもない。なんなら世渡り自体は俺より上手い。きっとうまく爺婆の懐に入り込んだのだろう。


「いや、そうじゃねえんだが」

「食料に関しては町長さんに話してくれってさ」

「おう。んじゃ行くか」


 食品工場の二階の隅。事務所のような場所に町長の詰め所がある。そこには先ほど連れてきた3人と康史郎と霧瀬が向かったはずだ。

 とんとんと鉄の踏み板を登れば、向かいから出てきたのは女性と子供。


「どうも。お話し終わりました?」

「え、ええ。私の方は終わりました。それで、さっきの、お仲間さんの二人が別件で、とのことで」

「そうですか。俺らはそれに参加するんで」

「……」


 背後にいた子供が後ろからついてきていた彩を見ている。正確には彩の足元にいるたんぽぽをロックオンしている。

 彩にアイコンタクトを送れば、たんぽぽを連れて階段を降りて行った。


「さっきのところに」

「さっきの? ……ああ、うん、了解」

「あの……?」

「ああ、すいませんね。どうぞ。アイツが仲介しますんで町の人と顔合わせすると良いと思います」

「え、あ、はい。その、ありがとう、ございます」

「お気になさらず」


 トントンと階段を上がり、二階の扉の前まで来れば、階下で犬が細かくステップを刻む足音が聞こえる。それを追うような小さな足音も聞こえる。子供が犬の面倒を見るでもなく、犬が子供の面倒を見るという状況に、苦笑する。狩りの勢子をやっていたかと思えば、子供の面倒を見ることが出来るようになった愛犬。こんな世の中じゃなければそれだけでも人に自慢できるような特技だったろうに。


 こんこんと扉をノックし、返事と同時に扉を押し開ける。

 康史郎と霧瀬、そこにコマツ。向かうは机越しに椅子に座って腕を組む壮年男性。


「取引はまとまったか?」




「確かにこちらの生活レベルを大きく上げることが出来る。しかし、なあ」


 インバーターとバッテリーというセットは、つまりソーラーパネルとケーブルさえあれば充電し生活家電を利用できるという事だ。逆に言えばソーラーパネルが無いと無用の長物であるという事になる。正確にはこの集落にもソーラーパネルはある。とはいえ、それもごく少数。


「こういうのはどうだろう。一つ仕事を頼みたい」

「対価は? そもそもこっちが出すバッテリーセットが無いと話にならないだろ?」

「受けてくれればその価値が数倍にも跳ね上がるぞ? それと、ここにいる間は食料と住処も保証しよう」

「……康史郎、どうしたい?」


 判君のどうしたい、は受ける受けないというより、どちらを先にするかという意味にも聞こえる。


「……コガのワタラセ遊水地のことはご存じですか?」

「勿論。ここにも来たし、なんならそのせいでここまで押し込まれたともいえる」

「そうだったんですか!?」


 眉根が寄った町長が声色を変えずにそう答えた。思うところはあるのだろうが、それを感じさせないようにしている?


「ああ。2年ほど前に始まり、これまで3度襲撃を受けている。周囲と協力しようにも足並みを合わせられる集団だったオヤマが落ち、後は勢力間の緩衝地帯だったキリュウくらいしかない。トネ川沿いはタカサキとマエバシの争いが波及しどこも険悪だ。カワゴエは以前までは安全地帯として知られていたが、どうも雲行きが怪しい」

「カワゴエって結構遠くないですか? というかタカサキとマエバシの争いとは何でしょう?」

「そのままだよ。タカサキとマエバシの自治組織同士で争っていたのが、ゾンビの襲撃があってから離散し、トネ川周辺の都市で活動しているのだ。住民感情を煽り周辺との融和を認めないようにしている」

「……自治都市として運営が可能なら一概に間違いとは言い切れませんね」

「そうだ。調べた限りではタテバヤシ、イタクラ、ハニュウには人がおらん。マエバシの主戦派はオオタに。タカサキの過激派はクマガヤに集まっとるらしい」

「よくここが巻き込まれませんでしたね」

「巻き込まれとるよ。ここに来るまでに若い人を見なかっただろう? コガの襲撃もそうだし、マエバシの主戦派による勧誘もあった。相手が人だろうとゾンビだろうと、勝ち取らねば未来さきは拓けん、だそうだ」

「それ、は」


 間違ってない。そもそもそれは防衛隊が国是に従い取っている方針そのものでもあるのだから。


「じゃあここはどうするんで? 周囲と比べたら戦力に乏しいここじゃいずれ潰されませんか?」

「食料の生産拠点として価値をもって何処かの傘下に収まるつもりだったのだがな」

「無理でしょ」

「クマガヤの補給ラインはカワゴエのようでな。クマガヤはカワゴエの物資を圧迫し、カワゴエは北側の守りとしてクマガヤの連中を押し留めている。それを知ったオオタの連中が周囲に圧をかけている」

「武力を提供することで東西の敵を抑える、と。オオタの組織はコガの現状を知っているんですか?」

「知ってはいるが過小評価しているようだ」


 ふと、気になった。この辺りの勢力情報が整理されている。少なくとも情報を絶つという事はしていない。

 僕より一瞬早く、判君が一歩前に出る。


「随分周到なことで」

「そうでなければ生き残れんのでな」

「それならインバーターやバッテリーも使い道があるんだろう? 少なくとも生活レベルを上げるとかそういった理由じゃないはずだ」

「いいや、間違いないとも。ここの、では無いがな」


 ニヤリと笑みを浮かべた町長から視線を切って、机上の地図を改めて覗き込む。

 周辺の山々を縫って隣町であるアシカガ、キリュウへつながる道がある。だがその程度なのかと疑ってしまう。平野部へのアクセスが良く、ゾンビの数が少なそうな場所だ。

 しかし、判君の指し示す場所は僕が見ていた場所の更に北。クサキ湖、更に北にあるチュウゼンジ湖。いや、まさか。


「現代の隠れ里でも作る気ですか」

「この国の人間としては戦うべきなんだろうがな、町長としては何としても生きて繋いでゆかねばならん」

「……その考えは、矛盾している。繋いでいかねばならないと言っているのに、それでは、そこ以外が死んでいるかのような言い方になっている」

「さて、それは考えの違いだな。何事にも備えというのは必要だ」

「誤魔化さないでください! 貴方の、この町の移転計画ともいえる内容は、少なくともこの国が終わるという前提で成り立っている!」


 防衛隊? ああ、彼らには期待していない。まるでそう言われているかのように聞こえた。

 しかし相手は自分より人生経験の多い年上。それを感じ取ったのか当然返してくる。


「この山間に、田舎ともいえる地に国は人を寄越さん。スカベンジャーのあんたなら分かりそうなもんだが」

「元軍属は俺と妹だな。災害救助犬可愛さに逃げたんだ。笑うかい?」

「……いや、仕込まれた犬というのは猟師の片腕と言ってもいい。生きるためだというのなら人のことを言えんよ」


 取り繕うことを忘れ判君に顔を向けてしまう。彼は理解していたはずだ。僕が故郷の街を救おうとしていたことを。

 ゾンビと人間によって意図して起こされた町への襲撃。そしてそこに残った両親。自分の思い出が残る街を再びこの手に取り戻さんとする、子供の夢のような願いを知っていたはずだ。

 他人と比較するべくもない、僕のちっぽけな願望を彼は自身のクローシュで覆い隠し、手前を曝け出したかのように見せかけた。

 僕たちの個人的な情報に齟齬があればこの町長との関係性に陰りが生じる可能性があるという事を理解したうえで、彼は自らに批判の穂先が向かうように仕向けた。

 だがそれはいつもであれば彼らしくないと思える行為であるのは間違いない。


「すまんね。とはいえ、正直意外だ。犬なんて食っちまってるもんかと」

「以前ここに来た猟師が言っていてな。得物の追い込み役に躾けられた犬がいればいつでも狩れると豪語していたよ」

「へえ。そいつは随分腕が良かったのか、ほら吹きだったか」

「熟練の手並みだったよ。既にここを離れてしまったがね」


 なるほど。彼のお父さんの情報があったのか。だからここに確認がてら来た、と。

 見当違い、お門違いであるのは理解している。何よりこれからの話し合いに場違いな人間がいるとしたら、それは自分だろう。間違いなくそう言える。

 霧瀬と視線が合った。彼女はこちらを向いて頷き、町長の前で話を続ける判君に並んだ。

 

「隠れ里をつくるというのはわかりました。ですがそこが安全であるという保証はありません」

「安全とは作り上げるものだ。幸い技術を持った人間は揃っているのでな」

「それなら必要な道具や重機も必要になりますよね? 燃料も当てはあるんですか?」

「必要ないとは言わんが今ある道具でどう手でもなるのでな」

「……ならチュウゼンジ湖ですか。奥の林、目隠しを残して切り開けば水と木材、山や川の自然の糧は得られる」

「そちらの優先度は後になるな」

「サブプランでしたか。じゃあクサキ湖周辺を開発、そこに繋がる道を封鎖する、という流れですか?」

「現状はキリュウ方向とニッコウ方面を残して凡その封鎖は完了しておる」

「早いですね」

「サノへの襲撃が始まった時から奥地への避難計画は進めていた」

「端から戦うつもりはなかった、と」

「考え方の違いだな。私のような人間はこれから先を如何に過ごすかではなく、この先にある終わりをどう迎えるかの方が大事なのだ」


 町長の表情は変わらない。悔しがるでも寂しがるでもない。ただそうするのが当然だとでもいうように断言した。

 隠れ里というよりは人工的な陸の孤島をつくろうといているのは見て取れる。しかし、何処か違和感がある。キリュウとは協調できると言っていたが、それにしても市街地から比較的アクセスがいいようにも感じる。

 隠れて生きるにせよ、物資の豊富な市街地にアクセスしやすいというのは利点ではあるものの、襲撃者が追撃して来れば普通に追い詰められそうな気がする。

 ああ、いや、引き込んで退路を断つという事も考えられるのか? 潜在的な敵対勢力を引き込み、その背後を撃ってもらう、とか。周辺勢力の関係性を正しく取得し理解しているこの町長であれば、そう言うことも出来そうではあるが。若い人が少ないというのは戦力的な意味での言葉だろうか。


「まあいいですよ。俺たちだってスカベンジャー。取引できそうなら裏口でも用意しておいてほしいもんですけど」

「ふむ。それはもう少し整備が進んでからだな。何分、慎重に慎重を重ねて秘密裏に動いておるのでな。そう言えば、君たちの縄張りはどのあたりなのだ?」

「普段はもっと南だ」

「であればトウキョウか。ご苦労なことだ。関東平野の北限まで東奔西走とは」

「北なのに?」

「……ああ、くっくっく。確かに。だが都市部は人とゾンビが多い。トラブルを避けようとすれば東西南北関係なくうろうろせねばならんか」


 ああ、そういう状況なのか。そう察することが出来た。物資を持ち込めば取引に応じるような人たちだけではないのだ。勢力として敵対しているところを経由すれば、僕らにとってはただの経由地でも相手からすれば姿を偽った敵対組織の人間ということもあり得る。

 危うきには最初から近づかなければいい。まっすぐ行けば時短になるなどと考えていた自分を脳内で殴りつけるが、まだ話は終わっていない。


「さて、いろいろと寄り道しちまったが、そろそろ仕事の話をしよう。俺たちは道具を売る。その売値を上げるために依頼を受ける」

「こちらはそれに対し食料を都合する。この条件で相違ないか?」


 こちらを見て顎をしゃくる判君。霧瀬も頷いている。ここまでいろいろあったが前に進むことは出来ていた。ここで一度息を入れ、考えを整理する必要があるのかもしれない。


「依頼の内容を聞きましょう」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る