第54話
高速道路を降りて下道を走っている。関東に入ってからはゾンビと人の過密地帯がはっきりとしており、センダイ周辺と比べるとだいぶ人間の手が入っていることがわかる。軍かもしれないし、自治組織やスカベンジャーの集団かもしれない。人の行き来が少ない田舎であれば村や町、集落全体で外との境界を封鎖しているなんてこともあるらしい。
今は僕と判くんが後部座席で話合っている。この車は判くんや彩ちゃんが参加する前から既に強化を施されていたらしく、詳しいことは分からないが、装甲という防御面と重量的な意味での燃費のバランスがとれたもので、多少無茶な使い方もできるらしい。
とはいえ、ゾンビを轢き潰すというのは既に行った。強行突破を敢行した張本人から言わせてもらうと、あれはあまりやらない方がいい。車というのはあくまで移動に用いられるもので、決して武器ではないのだと主張させてもらおう。
「俺は西側を推したい」
「ウツノミヤからトウキョウまでまっすぐに南下したほうが良くない?」
「間にどんだけの人がいると思ってんだ。俺らは交渉なんてできないんだからそういうのは避けたほうが良いだろ」
「僕一応軍属なんだけど」
「誰が信じるんだ誰がありがたがるんだ誰が得するんだ」
「・・・・・・そんなに?」
「そっちのほうがわかってるんじゃないのか?」
そもそもとして高速道路を使うことを避けた理由は危険だからだ。判くんが情報をもらっていたらしいが、なんというか小屋姉妹は一体どんな情報網を持っているのだろうか。
とはいえ情報は情報。高速道路には軍が設置したゾンビの忌避剤が設置してあったらしいのだが、情報のリークなのかそれともただの妨害なのか、どうやら装置ごと奪われているとのこと。忌避剤は効果があるらしく今までゾンビのいなかった空白地帯いゾンビが流入するようになり、更に高速道路を利用した人がゾンビを引き寄せることで高速道路にゾンビを貯めるという現状になったらしい。
こうした流れがトウキョウから高速道路に沿って頻発している。忌避剤の設置自体は輸送網の確立なのだが、安全地帯となるならば人が集まる。人が集まるとその場で様々な考えが生まれ、ぶつかり、派閥を形成し、そうしてそれらを管理できる、自分たちの要求を通すことができる勢力と合流し、抗争に発展する。
それ以外にも、忌避剤を持ち去る。忌避剤を設置したことによって生存域にゾンビを押し付けられた集団が生きる道を求めて他の街とぶつかる。忌避剤の効果範囲無いの土地を管理し、一国の主かのように振る舞う等。忌避剤の設置による諸問題はいくらでもある。特にカントウは都心に近づくに連れて縄張り争い、パワーバランスが複雑なので慎重に立ち回ることが要求されるという。
武力という点で最も有利なのは軍だ。軍は忌避剤の設置に関わることもあり、喜ばれたり憎悪を向けられたりする筆頭であり、それこそ場所によって立ち回りが違う軍はそれこそピンキリらしい。
「まあ、そう、なるね」
「愛美さんが言ってたけど、キュウシュウだかシコクは軍属がほぼ国として振る舞ってるとか何とか」
「行政が機能していないってこと?」
「機能させなくしたのかもな。知らんけど」
「えぇ・・・・・・」
「ぶっちゃけ興味ないんだよな。遠すぎて」
「それなー。ところでどっち行くか決まった?」
彩ちゃんが判くんに同意するように応え、振りかえる。僕は真っ直ぐ進むのが早いと思っているが、これからゾンビや行く手を塞ぐ人々街と時のことを考えると、どうしたって時間がかかるようになることくらいは理解している。それこそ積み荷からして下道で人口密集部を避けて、賄賂で通れとでも言いたげばラインナップだったのだ。
元々僕らの大凡の事情を察していたとはいえ、短い時間で車に物資にと揃え、更に情報までお膳立てされているのだ。急いていた訳では無いが、甘く見ていたのは事実だ。
「西に行こう」
「オッケー」
「悪いな」
「いいさ、少し落ち着いて、慎重に進もうか」
県道を南下していたトラックは、一路西へ向かう。人がいなくなって久しいのか田園地帯跡には背の高い草がまばらに生え、頻繁に視界を遮る林の足元には落ち葉が積もっている。国道293号に合流してそのまま道なりに西へ進路調整。ウツノミヤ市街地方面にいるゾンビたちを脇目に、僕らはカヌマ方面へ向かった。
緩やかな斜面と曲がりくねった道をのんびりと進んでいた僕らの様子が一変したのは、ある一頭のゾンビを目撃したためだ。
「どうする? どこかで待つにしてもかなり厳しいぞ」
「このままちぎれればいいんだけど」
「文字通り、腐っても犬だ。鼻の良さとゾンビってことを考えると逃げ切れるか怪しい気がするが」
判くんが言ったことが全てだ。いくら犬とはいえ車がスピードを上げれば簡単にちぎれる。しかしタガの外れたゾンビ犬はどれほど距離をとっても徐々に近づいてくる上、鳴き声に反応した他のゾンビまでもどこからともなく現れる始末。今はまだ余裕があるがたどり着いた先に人がいたりした場合は更に敵を増やすことになりかねない。
匂いに反応して吠えているたんぽぽという問題はあるが、野外という開けた場所であっても犬の走るスピードは人間など比べ物にならないほどには速い。いや、トップスピードよりも敏捷性、機動力という意味で圧倒的に上だ。遮蔽や段差のないなだらかな土地を横切ってこちらに迫ろうとすることもある。
「開けた真っ直ぐな道とかないか?」
「ちょっと待ってー」
判くんの声に助手席の彩ちゃんがナビに手を伸ばす。このナビは道路やランドマークのいくつかが表示されているが地形には対応していない。とりあえず真っ直ぐ伸びる道を走れれば良いのだが、この国道を進むのはあまりいい考えではない。
国道293号はカヌマまで伸びているが、カヌマ駅やカヌマ市役所まで伸びている。そもそもそこまで行く前にカヌマの市街地を迂回して南下する予定だったのだ。
「これいけそうじゃない?」
「ハイ決定!」
ナビをぐりぐりと動かしていた彩ちゃんが南へ伸びる細い道を指差す。その道がぐいーっと南へ伸びているのを見て霧瀬が即断した。現在位置へナビを戻せばその曲がり角まであとわずか。
「霧瀬頼む!」
「牽制入れとくか? 流石に食料ばらまくのは嫌だし」
田園地帯跡にぽつんと立つ丁字路と信号機。犬の声が遠吠えのように聞こえ遥か後ろに見える追跡者を尻目にトラックは南下を開始する。田園地帯を抜け、緩やかな斜面を大きな孤を描くかのようなカーブでコンクリートが続いている。木々に囲まれる山間の道を越えたかと思えば、今度はガードレールもない農地の跡の間を走る。僅かな住宅群の中に在処を示す寺標が立ち、すぐに途切れる。緩やかな斜面が平地に変わったかと思えば、少し角度のある交差点が見えてきた。
角のうち3箇所は工場や倉庫らしき場所の駐車場。手前となる場所には色褪せた食堂の看板が掲げられた家屋がある。どの道も片側1車線の交差点だが、4つの角は縁石で仕切られているくらいで見た目はそれなりに広い場所だ。
角度的には走ってきた道くらいしか無いであろう角度で、追手を振り切るのであれば一つの答えになる場所でもあると判断した。厄介な犬だけ始末すれば、後は放っておいていい。そもそも犬のスピードについてくるかといえば流石に無理だろう。処理する際に遠吠えでもされなければここでの時間は大したことはないはずだ。
「このあたりで一度待とう。休憩と見張りで別れようか」
「了解。車どうする? 路上で良い?」
「いつでも出れるようにしておこうか」
「順番的には俺が運転かな」
「私とぽぽは見張り頑張りまーす」
彩ちゃんは判くんのタレコミと自己申告により運転を回避している。運転できなくはないけど、判くん曰く運転を回避すべき人間らしい。自分自身ではそうは思わないらしいが、どうやらハンドルを持つと性格が変わるタイプらしい。
まあそれがなくても、彼女自身はサポート向きの性格をしていると思う。たんぽぽの世話に始まり、あまり気が回らない僕に変わって霧瀬のケアをしてくれている。やはり女性同士というのがいいのだろう。霧瀬より年下だというのもいい。霧瀬からしても楽に付き合える相手であるので、そういう意味ではこの4人の雰囲気は悪くない。もちろんそれは判くんにも言える。
シカマでの共同作戦が大きかった。役割が全く被っていないというのもあるし、僕とは違う地獄を見てきた少年だ。だからこそ理解し合えるとまでは言わずとも、お互いを慮ることに全くの抵抗がない。
「食料は後どれくらいある?」
「節約して3日、かなあ」
「どこかに寄らなくちゃな」
「あのー申し訳ないんですけど・・・・・・」
「たんぽぽの分でしょ? わかってるって」
センダイを出るときは可能な限り早くトウキョウに戻ることを考えていた。そもそもの話として、こちらに来るときには海岸線を使いイワキまで北上し、内陸に向かって進路を変えてフクシマを経由してセンダイまで行った。日程としては4日ほどかけた。あの時とは人数も物資も装備も状況も違い、本当に大変だったセンダイへ到達する直前の時のような感覚。
言い換えれば軍という組織での行動でなければ、僕たちが負うリスクというものは非常に高いものになっているのだ。そこで参考にしたのがスカベンジャーと呼ばれる組織、集団の動き方だ。
ときには取引で、時には武力で自らの道を切り開いてきた彼ら、彼女らの持つノウハウを求めたのだ。それが現状である。
売れるものは何でも売れる。欲しいものはなんとしてでも奪う。力がないのなら命を惜しむべきであるが、武力という物事を解決する切り札を持っているのなら、それを見せ札にして交渉で切り抜けるというのが基本方針である。
武力をちらつかせれば容易く奪おうとはしてこない。相手が誰であれ武力や暴力に対するリスクヘッジというのは誰しもが当然のように持っているものだ。もちろんその限りでない時はあるので油断厳禁ではあるのだが、そこはそれ。正当防衛であれば引き金を引く指は軽くなるのだから、風が吹いただけで引けてしまうのだ。
それを言っていたのが彩ちゃんだったことに驚くも、判くんも納得した様子を見せていた。僕としては迷う問題でも霧瀬は渋々納得するという反応だった。
「南って言うと、どこだろ?」
「ザックリと南下で良いと思うが。急いで進んで罠にかかったら目も当てられねえよ」
「人がいそうなとこにはゾンビ用の罠とかバリケードとかあるから目印自体はあるはずなんだけどね」
人がいた形跡と、人がいる形跡の違いというのは意外とわかりやすい。このあたりなら踏み均された道とか一本だけ残った轍だろうか。今までは町や建物内で誰かがいるかどうかは気配でわかっていたが、こういう開けた場所だと雑音が多くて少し分かりづらい。このあたりは比較的静かだが木々や草花がさざめく音、風が家屋を撫でた時に鳴る振動音、単純に風の音も耳に入ってくる。
このあたりは風が通りやすいのか匂いこそあまり感じない。自然豊かな場所では爽やかな空気も感じるのだろうが、人が多かった場所、無人となった村や町ではどこかカビ臭さというか、古臭い匂いといえばいいのか。過ぎ去った時を感じさせる空気がある。
結局運転席に判くんを置いたままその直ぐ傍で話し合いつつ僅かな休憩時間を過ごしていた。
「ワンッワンッ!」
「来たかも!」
一瞬でピリついた空気に切り替わる。
「彩は助手席! ぽぽも前に乗せちまえ!」
「ぽぽ! おいで!」
「康史朗!」
「わかってる!」
持っていた刀を荷台に投げ込む。荷台には大物がいくつかのっているが、そのうちのいくつかのケースから小銃を取り出す。この小銃は僕らが持ち出したものではなく、荷台に載せられていたものだ。それでいてガンケースに入っていたのは軍で使うものであり、ツールボックスにアモボックスもあるという充実っぷり。中身は若干寂しかったがそれでもすぐに無くなるような量でもなく。
一緒に入っていた消音器を取り付け弾薬の確認。装填完了。ロックも解除して体勢完了すれば、やけに犬の鳴き声がすることに気がつく。目の前にはまだ来ていない。鳴き声は後ろから。たんぽぽが叫ぶように鳴き声を上げていた。
「・・・・・・すごい反応」
「嫌な予感がする・・・・・・」
僕じゃなくてもそう言っただろう。徐々に近づいてきた気味の悪い遠吠えが耳に入る頃には遠目に地を這うような影が見えた。弾薬も節約するつもりだがここで仕留めないとこれから向かう先で人間の敵を作ることになってしまう。
「康史朗! あっち!」
そうして近づいてくる影に銃口を向けていた僕に霧瀬が声を上げる。目線だけ向けて、その光景に思わず呆気にとられた。
ざわざわと揺れる農地跡をもぞりもぞりと動く影。おそらくは犬なのだろうが、その数が圧倒的に多い。まだ遠目であるが、予想していた何倍も見えた。見えていない数も合わせれば、下手をすれば50頭はいるのではないだろうか。
「車出して!」
「あいよ! 振り落とされんなよ!」
交差点を走り出した車を見てか伏せていたゾンビ犬たちがこちらへ向かって走り出した。僕らの後をコンクリートの道路に沿って走ってくるものに照準を合わせて引き金を引く。初弾は右に外れた。そのまま補正しての次弾。頭を抜いた。叫び声も挙げずに崩れ落ち、走る速度そのままにコンクリートを滑ってゆく。黒い波に空いた穴がすぐに埋まるようにしてこちらに迫ってくる。
「多すぎ! あと揺れて当て辛い!」
パシュッと空気を抜くような音が断続して響いている。霧瀬は僕よりも射撃の腕がいいのかパスパスと犬を撃ち抜いてゆく。
霧瀬も言っているが真っ直ぐな道でもなければきれいに均されている道路でもない。縦揺れ横揺れを何とか抑えつつ走り迫る犬を迎撃しているがどうも数が減っているようには見えない。
周囲の家の裏や物陰、農地跡の荒れた土地で姿を隠しながら先回りしようとするものなどがいて、それがどこからともなくこちらを追跡する集団に合流しているようなのだ。
幸いなのは南下した先には雑木林に囲まれた先、開けた場所になっておりタイミング的には各個撃破できそうだということだろうか。僕らの目の前のゾンビ犬を倒してゆけば削り切れるはず。
そこまで考えて現状の異常性に気がついた。
「こいつら速くなってる!」
「元々この速さが出せた可能性は!」
ある。あるけど、それはつまりコイツらに知能があるっていうことになるわけで。
そしてもう一つ。僕が思い出したのはセンダイの動物園で起きたあのジャッカルの挙動だ。種が違うのに周囲の動物を従えていた。組織的な動きというのとは違ったが、そういったゾンビや動物に強い影響を与えるような存在がいるのではないか。
耳元で煩く喚く風切り音に紛れてたんぽぽの鳴き声とエンジンの唸る音が聞こえる。
グリップを握る手がじっとりとする。狙い過たずゾンビ犬の頭を抜いても目前に迫る黒い波が衰える様子は無い。背中に冷たい汗が流れるが、その時車が大きく揺れた。
「高速に寄って行くぞ!」
「忌避剤狙いです!」
進路を変えたと思ったら運転席側から片平兄妹から声がかかった。彼らも現状のまずさに気づいたのだろう。
逸れた道は下り坂になっており土地を固めるブロックと雑木林に囲まれた細い道を抜けてゆく。先ほどのゾンビ犬たちの動きを考えると道が細くなったことによる狙い易さよりも、気を付けるべきことが増えるかもしれない。今もたんぽぽの鳴き声はやんでいない。
「霧瀬代わって!」
上には雑木林に住宅などもあったが、迂回して待ち伏せしてくる可能性だってある。僕と位置を入れ替えた霧瀬が文句を言ってくるが、あまり気にしている余裕はない。置いてあった刀を掴み雑に抜刀する。横向きに片膝を立て片手に刀、片手に小銃を構える。
回転数を上げるエンジン音に、タイヤがコンクリートを踏み鳴らす音が響く中、何かが高速で擦れるような音が進行方向左側、上から聞こえてくる。
「上から来ます!」
「任せてくれ!」
彩ちゃんも聞きとったようで僕らに声をかける。正直車の前の方に来られると手を出すのは難しい。こちらに近い方は刀で。車の前の方に出てきたゾンビ犬は可能な限り素早く倒すしかない。指切りしながら当てるのは難しいのでばら撒くしかない。
しかしそんな道は長く続かなかった。緩いカーブの先に開けた土地が見えたとき、視界の端に黒い影がかかった。飛んできた犬に素早く銃口を合わせばら撒く。下から敵を打ち抜いた瞬間に自分のものではない空気が抜けるような音が聞こえた。霧瀬もとっさに反応したからか思わず飛び込んできたゾンビ犬を撃ってしまったようだ。
とはいえそれで事が済んだわけではない。飛んできた黒い物体を蹴り飛ばし黒い波にぶつける。
「クリア!」
「まだいるけどね!」
黒い波はまだこの車に押し寄せてきていた。とはいえ高速道路にあるかもしれない忌避薬の効果範囲まで来ればこちらへの追跡の足が鈍ることも考えられる。とはいえどこにあるかという情報自体はあくまで参考程度に判くんが抑えているだけだ。情報自体が2年近く前のものらしく、この辺りだとウツノミヤインターのものはもうないらしい。最寄りはカヌマインターだがそもそもそこに忌避剤があるかどうか。ウツノミヤを避けたのは人が多いであろう都市部を避け交通の要衝でもあるウツノミヤインターを避ける判断によるものだが、人を見なかったのはつまりはそういう事なのかもしれない。
高速道路沿いを走り始めるころには、こちらを追跡してきている犬はかなり減少していた。
「悪ぃ! 曲がるぞ!」
「左に!」
「うわ」
減速には反応出来たが左折に反応しきれず体が流れる。その先にいるのは見慣れた幼馴染がこちらを見て目を見開いている様子。視線がかち合い思わず口に出る。
「ごめん!」
「きゃっ」
物資が荷台の半分を占めているので僕たちのスペースというのは本来無い。しかしある程度の狭さがあるから体を固定できている部分もあったのだが一時的に左右と上を警戒するために体勢を上げていたのが仇となった。
荷台の縁とガンケースで体を固定していた霧瀬にぶつからないようにと銃を手放して伸ばした手が荷台の縁を掴んだのは運が良かったが、おかげでお互いの顔の位置が近づきすぎてしまった。まずいと思った次の瞬間視界が霧瀬の顔で埋まり、突き抜けるような衝撃が互いの脳を揺さぶった。
無理矢理引きはがし元の位置に投げ出した僕は頭を押さえながら明滅する視界で何とか黒い波を捕らえようとし、同じようにしているだろう幼馴染に声をかける。
「ごめん霧瀬、大丈夫?」
「……別に、いいから。……」
何かを続けたと思った瞬間、すっと太陽が消える。ごうという反響音にひんやりとした空気が体を撫で、そしてすぐに明かりが戻る。どうやら短いトンネルを抜けたようだ。
「おい! 大丈夫か!?」
「なんかすごい音しなかった!?」
「だ、大丈夫だから! っていうかちゃんと運転して!」
「ミラーじゃ距離感よくわからん!」
「次曲がるのはもうちょっと先だから!」
黒い波がトンネルによって大分削られていた。トンネル自体が狭いこともあったのだが高速道路の両側に建つ壁が高いのも幸いしてここで大分絞れたように見える。僕はすぐさま小銃を確認し追跡者たちの漸減作戦を続行する。
「県道まで行きゃカヌマインターまで直ぐだ!」
「もうちょっとだけ頑張って!」
「任せてくれ! 僕らは後ろ集中するから前と左右はお願い!」
じんじんと鈍い痛痒を額に残しながらも、ゾンビ犬に対して銃を構える。トラックの排ガスの匂いに田舎特有の青さを感じる空気の中、気付けば黒い波は徐々におさまり、県道に合流する際、判君から注意を促された時には両手の指で足りるくらいになっていた。
交差点を曲がる時にわずかに減速した際に詰まった距離。目の前のゾンビ犬ならとびかかれるような距離になったのかもしれないが、それはこちらも同じことだ。抜き身の刀身を構え片膝を立てたタイミングで腰のあたりをがっしりと掴まれた。ちらりと視線を向けると霧瀬が片手で小銃を構えながら僕の腰辺りを掴んでいた。
「……体制崩してさっきみたいになんないように、よ」
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。わざとではないとはいえ女の子に頭突きしてしまったのだ。正直に言えば離してもらった方が刀も足も振り切れる。それを飲み込むくらいには気まずい空気。
慎重に刃を納めて、弾丸をばら撒き牽制しながら右手一本で抜き打ちが出来る状態を維持する。
残り5頭。僕の小銃から放たれた弾丸がゾンビ犬の前足の付け根をとらえる。これで一頭脱落。
残り4頭。一番近かった一頭が荷台に飛び上がろうとして霧瀬の放った弾丸に撃ち抜かれる。これまでほとんど外していないのではないだろうか。素晴らしい命中精度だ。
残り2頭。見逃していた訳では無いが、距離を間違えたのか荷台の縁に捕まるようにしてこちらへ来ようとしている一頭に刃を突き入れる。それと同時に残りの2頭が荷台へと飛びかかってきた。
僕が放った弾丸は胴を掠めるに留まる。霧瀬もおそらく倒しきれなかった。咄嗟に唯一動きの制限されていない右足を振り抜いた。
ゾンビ犬の首元で骨を砕く感触。みしりとも、ぐしゃりとも取れる感触をそのままに蹴り飛ばした先にはもう一頭の犬。2頭まとめてこちらの荷台の上から叩き落した。
僕と霧瀬の銃口が地面に叩きつけられたゾンビ犬に向けられ、ほぼ同時に狙いを撃ち抜いた。
「おい、大丈夫か!?」
「後ろに来てたのは全部やったはず!」
「流石だな!」
「たんぽぽも大人しいんで少し休んでてください!」
ふうと息をついて銃を下ろし刀を仕舞い、荷台に座り込む。変則的な追走劇だったが何とか退けることが出来て一安心だ。
「こんなことがあと何回あるのかしらね」
「出来れば避けたいとこだけどね」
銃を下ろした霧瀬と笑い合う。額をわずかに赤くしていることに気付いたからか、俄かに彼女の頬は染まっていた。
僕たちは予想もしていなかった。戦いはここからは本番であるという事に。
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