第55話



 アジトを起点としてスカベンジとドクターへの物資の輸送、余剰物資の売却、愛美や錦の車の調整などで日々を過ごしていたそんなある日。ドクターから連絡があった。

 今の私たちの編成では大規模なビルなどの制圧は向いていない。単純に戦力が足りていないからだ。錦の索敵によるクリアが無ければ深くまで入り込むのは難しいのだ。だからこそ入念な準備を整えてから侵入という手順を踏む必要があった。


「こういったことは慣れておらん。よろしく頼む」


 何でこんな対人戦最強連れてきちゃうかな。

 ドクターと待ち合わせた先にいたのはあの生まれてくる時代を間違えた、いや間違えていないのか? ともかく現代で物騒な技を持つ本田さんおじいちゃんがいた。


「……なんで?」

「何故とは随分な挨拶だな。今この時、この身は先生の護衛をしておる」

「だからついてくるって?」

「そうだ。おかしいか?」


 私はつい気狂いドクターを睨みつけてしまった。

 護衛任務はやったことがある。護衛は護衛対象が護衛の指示に従うことが原則だ。断じて護衛対象に指揮権を譲るべきではない。それがどんな結果をもたらすか知らないわけないだろうに。


「私はいいって言ったんだけど、本田さんのご厚意でね」


 表情筋が勝手に動く。少なくとも眉間にしわが寄っているとは思うが、自分がどんな表情をしているのかは推して知るべし。愛美が変な表情してるし。


「ふむ。回収業者と聞いていたが、この組織のリーダーは?」

「いない。別の任務してる」

「では次席は?」


 私ではないと思う。そうなると錦なんだけど、あの男は人を率いるという事が全く持って向いていない。本人も引きこもりに何を期待しているんだと言い出すのは目に見えている。じゃあ小屋姉妹かと聞かれればそれも違う。結局ドクターを見るしかない。


「その子よ」


 やっぱり裏切り者だ。私はどちらかと言えばリーダーのサポートをするくらいが関の山。組織運営に携わったことはこれまで一度として無い。


「……はぁ。リーダーとサブが二人で別の仕事。私と瞳さん、あの人が前衛。つなぎ着てるのがドライバー。キャップ被ってるのがスカウト」

「ふむ……。役割は後で確認しよう。年長者は誰だ?」

「瞳さん」


 首を傾げていたのは役割のことだったのか。スカウトがピンと来てないのか。言い方間違えたけど、まあいいか。

 いろいろと思うところはあるが、やっぱりこういった組織で序列をつけるのであれば、番手はつるだよなあ。

 瞳さんと話をするおじいちゃんを尻目にマッドに詰め寄る。私の方が背が低いので見上げる形になるが右手の位置で察せ。

 

「何で連れてきた」

「戦力が不足していたのは確かでしょ?」

「変に腕が立つやつがいても連携を乱す」

「連携の必要ない陣形にすればいいんじゃない?」

「……おじいちゃんに足手まとい、まとめて面倒見てもらう」

「あら? 一応私も前線に立つ準備はしてきたのよ?」

「……リーダーならいらないって言う」

「私が手伝う必要ないものね。でも今回はどう?」


 こいつの薬剤は確かにゾンビに一定以上の効果を生み出す。それは群狼時代から証明されているものだ。効果の強い薬剤や有害物質に頼ることなく、ゾンビだけに効果のある薬剤を研究していたのは知っている。ゾンビを引き寄せるフェロモン剤なんかは、ゾンビにゾンビを集めることも出来るし、罠に誘引するのにも使えたが、いかんせん使い方が限られるうえ、リーダーが処理するスピードについて行けず、費用対効果も悪いため群狼では主流ではなかったもの。

 ただし効果自体はリーダーも認めていたし、もしかしたらコイツの技術と久間先生の研究が、今国内に広まっている忌避剤の基礎研究になっている可能性があるのだ。そんなコイツが軍を避けるようになったってことは、相当何かを可能性がある。

 とはいえこいつの運動性能が終わっているのは今に始まったことでは無いので、結局何もさせない方がいいと私は思う。


「……こっちに被害を出すな」

「人には影響ないものばかりよ?」

「うっかり得物が飛んでいくかもな」

「ふふふ、気を付けてね」


 こいつのこういうところが本当に嫌いだ。別に私のいう事を聞く必要もないし、従えようとも思ってないが、こいつは。こいつは知らないが何時もそれなりにリーダーが配慮しているからこその余裕であって、それと同じ働きがあのおじいちゃんに出来るとは思わない。

 戦闘力は問題ないだろう。私より強いのだから。とはいえ対ゾンビとなった場合に、最悪対人戦となった場合にその刀の冴えが本当に曇らないと言い切れるのか。


「……お前は私と前だ。一番後ろに瞳さんを置く」

「ふーん、本田さんは?」

「お前の護衛」

「後ろは良いの?」

「瞳さんに任せる」

「そう」


 もういい。コイツと話をしていてもイライラが募るだけだ。余計な事したら一発ぐらいぶん殴ってやる。愛美に頼まれたから一発だけだ。




 群狼時代、コイツとは精々1年と少し、2年は行かない程度の付き合いしかないがとにかく合わなかった。普通にウマが合わない。あと邪魔。

 群狼は私の覚えている範囲では最大30名を超える大所帯で、解散時でも22名を超えていた。群狼にいた面々は基本的にマックスが必要だとした人物を加えて運営されていた。メンバーは別のエリアでスカベンジをしていた少数だったり、都市部での争いに敗北し防衛圏外に出てきたものだったり、様々な人間がいたが総じて自ら動き出した人間が多い。元役人なんて立場の人間もいたが、ある時いなくなっていた。まあこれはいい、別の話だ。その中でも希少な人間であったのがドクターという女だ。

 医療に詳しいものがおらず、元料理人が何故か応急処置に冷静に対処出来ていたくらい。その中で現れた医者は頼りにされるであろうと予想されていた。

 しかし、だ。あの女の特異性を知った者は表情筋を痙攣させながら、もう怪我はしないと口をそろえる。理由は後から知ったが、アイツは処置室でゾンビを切り刻んでいた。マックスがゾンビを解体するときはせいぜいが摘出と呼べるものであるのに対し、あのマッドはミンチだ。単純に汚い。

 マックスが言っていたからという訳でもないが、ドクターの研究は有用なものであるのは多くのメンバーが認めるものであったのに対し、あの特異性、猟奇的な言動にメンバーの入れ替えがあったこともあるし、解散するその時まで嫌悪感を抱いたままの者もいた。マックスは都合がいいなんて言ってほぼ完全に制御していたが、私はそこまで信用しきれなかった。だってあいつは


 数えきれないほど殺してきたマックスも私も、基本的には首を落とすか脳天を潰すようにしている。それが効果的であるというのもあるが、。逆に言えば、それで死なないのは人間ではないのだ。これが私の、多分マックスの線引き。

 この殺伐とした世の中では、こんなことですら綺麗ごとだと思われる。殺し、殺され、奪い、奪われ、侵し、犯される。この国が平和だった時を知っているからこそ現状が地獄であると多くの人間が認識しているのだろう。


 総合病院までやってきた私達は錦のザル偵察のおかげで院内のゾンビをフロア単位で丹念に処理している真っ最中だ。隘路にバリケードを築きおじいちゃんと瞳さんで受け持ち、私が各所から釣ってくる役目。ある程度設備が一方面がまとまってくれていて、壁に利用できる物も残されていたからこその手法の一つだ。

 病院には医療器具、医療器材などがある。こういったものはトウキョウであれば大抵漁られていたし、数を求めるところもあるから大層高値で売れる。しかしその分競争が激しい。大きな病院では軍が守りについていたりするが、立地や規模によっては激戦区の一つともなっていた。

 しかし地方に来ればこんなものだ。ゾンビの方が多くて、返り討ちになったであろうスカベンジャーらしき姿のゾンビも多数確認できた。よくあることなのだが、今回ここにはまともな感性を持った人もいる。


「ふう……。お嬢さん方は随分手馴れておるな。どれくらいのあいだ、こういったことをしているのだ?」


 バリケードを背後に瞳さんが長物を振り回し、討ちもらしをおじいちゃんが。背後には小銃を構えた小屋妹がいる。アイツ、クソエイムじゃなかったっけ?


「……8年くらい?」

「私も同じくらい」

「ふむ。スカベンジャーとはこういった立ち回りをするのが常か?」

「いいえー。物資回収するならわざわざゾンビと戦う理由はないですよ。音や光、匂いなんかで誘引できますからね」

「では何故待ち伏せのような形で感染者を狩る?」

「後ろに敵を残していく理由なんてあります?」

「無いな」


 それで納得するのか。いや、まあそうか。多分だけど、この爺、。剣術がどうとかじゃない、相手を殺すために剣を振るっていう経験があるような感じ。直感だけど、外れていない気がする。


「それにしても、話に違わぬ剣の冴え、御見それしました。私の出番無かったです」


 バリケードの上から小銃を掲げていた小屋妹がそう告げる。普段は何でも屋でしか聞くことの無いような言葉遣いで、初参加の老剣士とコミュニケーションを取っている。まあ交渉事には慣れているし、会話することに一番慣れているのも間違いないので、おまかせしよう。


「なに、そちらの姉君が凡そ打ち取ってくれたのでな、儂がやったのは精々が後片付けといったところであろうよ」

「またまたー。私達結構長い間こんなことやってますけど、そこまで剣の上手い人は、見たことありませんよー」


 小屋妹が一瞬詰まった。多分マックスを引き合いに出そうとして、私と目が合ったからやめたな。まあ正しい判断だ。いずれ会うことになるのだろうけど、どうもこのお爺さんがマックスに興味を持っているのは間違いない。変に関心を募らせても面倒だ。マックスは気軽に贈り物したりしていたけど、私は気が気じゃない。

 戦ったらどちらが強いか。興味が無いと言えば嘘になるが、お互いに一線を越えている者同士、どうなるか分からない。勝負の行方も、その結果の関係性も。


「はっはっは! 若いお嬢さんにそう言われたのでは儂の剣もそう捨てたものではないな」


 呵々大笑しているがわざとかな? 待ち伏せしているんだから敵を引き寄せればいいという考えは何も間違っていないのだ。

 バリケードの奥では処置室の他にいくつかの検査室があり、そこにある設備や機材なんかを錦とドクターが選別している。ドクターが神社庁で使うものもいくつかあるだろうが、機材解体後の部品の売却額も馬鹿にならない。そもそもマックスが必要とする物資は意外と多くないし、なんなら血液センターで事足りる可能性もある。

 今回はドクターがいるから総合病院に来ているが、本来ここは後回しにしても良いところだ。フロア毎の面積は然程多くないが、高さがあるタイプ。それに対して回収できる資材の種類の豊富さ、フロアごとの面積が広く、縦にはさほど高くないのがアウトレットモールだ。

 どちらが得意かと言われれば、必然的に狭さを感じる病院のような高層タイプの方がやりやすいのは確か。しかし。それには精度の高い索敵と情報が必須。マックスがいないとやはり少しやりにくい。マックスがいれば掃討しながら攻略が出来るので踏破するまでの速さが違うのだ。踏破後に回収部隊が回収する際の護衛を残し周囲や次の目標までのエリア調査や目標周辺の敵対勢力の調査まで済ませるのだからやっぱりマックスは頭おかしい。

 とはいえ当時と違う事と言えば格段に少ないメンバーと、慣れない土地であること。更にはゾンビの変化を含む情勢の移り変わり。ここに来てからやや慎重になっている感のあるマックスも、きっと今回は派手にやるんじゃないだろうか。そんな予感がある。一緒にいるのがつるだし。


「愛美、回収はあとどれくらいかかりそう?」

「うーん、まだあと一部屋残ってるなあ」

「私は上見てくる」

「あ、じゃあこれ」

「いらない。錦に言っておいて」


 小屋妹が拳銃を渡そうとするのを断って階段のある方へ向かう。


「これ、お嬢。一人で行くとは、ちと無茶が過ぎんか?」

「私が最適。錦がドローン使って、愛美がスカベンジ補助した方が効率的」


 こちらへ声をかけてきたおじいちゃんに振り向いて答える。慣れた相手ではないけど、その表情は阻止しようというものではなく、確認程度に聞いているような印象。

スニーキングミッションは得意では無いが、それはするすると隙間を縫うように抜けていくマックスという手本がいるからなだけで、私個人としては出来ないわけではない。好き嫌いで言うなら好きな方だし、なんなら敵の死角を縫って殺して回るなんて、だ。


「そうか。気を付けるんだぞ」

「……うん」


 なんだろう。ただ普通に心配されるのって久しぶりな気がする。マックスやつるからの信頼とはちょっと違う形の言葉に少しだけ面食らってしまった。少しだけ胸の奥がこそばゆい感覚に包まれるが、一つ息をついて新たな戦場となる場へ足早に向かうのだった。


 階段は玄関から直結している待合ホールを回り込むように角で折れて登ってゆくようになっており、待合ホールの名前の通り天井部分は広く高く抜けている。ホール1階部分から階段部分、2階の受付近くに敵はいないことはわかっているが、少なくともそのあたりから見える範囲にゾンビはいなかった。

 今は2階の受付の中を軽く探索している。後から追いついてきた錦のドローンが偵察しているのを待っている状態だ。小型でプロペラの音が五月蝿いものでゾンビを誘引する役割を担っており、時折物音が響いていることから数体、10体前後のゾンビがいるのが音でわかっている。

 2階受付の前には開けた待合所があり、そこからは3方向に通路が伸びている。2階受付は通路の角に置かれているので、受付を背にすればまっすぐ伸びる廊下からある程度見渡せるのだ。まあ受付を左に行ったはずのドローンが受付正面の通路から出てきたのを見て、そう言えば案内図を見るのを忘れていたことに気付いたのだが。

 2階はいくつかの処置室に手術室などもある。何処にバリケードをつくろうか考えて、やはり階段前かと考える。ガラスの仕切りのある手すり越しではあるが射線が通り援護しやすい場所だ。1階はそれこそ窓から逃げられるし籠る場所を考える必要なんてなかったが、ここからは一つ油断すればゾンビの仲間入りだ。気をつけすぎて悪いことはない。非常階段もあるだろうし、そこを開けておくことで万が一の避難路を形成しておくことも大事だろうか。

 ふう。いろいろと考えることが多い。というか今まではこういったことは全てマックスがやってきたのだと考えると、マックスへの少しの申し訳なさが頭に浮かぶ。まあ今後自分からやろうとは思うことはないだろうし、言われてもやる気はないので思うだけなのだが。

 つるがいればもう少し楽が出来たか。そんなことを考えつつ、待合室とは別の建物中央の階段をちらりと見た時に、地下への案内があることに気が付いた。

 検査室が並んでいるが、これはどう判断するべきか。私は医療に詳しいわけではないし、今日はドクターというクライアントもいることだから、アイツに任せるか。

 私は2階にいた目につくゾンビを奇襲で始末しながら、一度引き返すことにした。胸の奥にわずかな違和感を、頭の奥にちかちかと存在を主張するゾンビの反応にも、私はただいつものことだろうと、興味を示さなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る