第50話



「久々の集合だねー」

「全員集まるの久しぶり」

「片平兄妹なかったことにすんなよ」

「元気でやってると良いけど」


 そんなこと欠片も思っていないけど。

 リーダーによる久々の集合で全員がニッカワの拠点に来ている。Albaの外装に可能な限り手を加えること5日。見た目はもう完全の別の車になっている。元々ガワを調整するだけなら2,3日で済むという話だったが、色や重量について愛美ちゃんと錦で齟齬があったようで、一時期かなり激しい言い争いをしていた。半日争った結果、リーダーに判断を委ねることで決着を見たが、今度はサブバッテリー案でぶつかった。本当はもう数日かけるつもりだったようだが、リーダーの鶴の一声で一先ずの完成を見たのだ。

 Albaは電気自動車ながら運動性能に優れたステーションワゴンのような形の車だったのが、今ではそれが見る影も無いほどに厳つく攻撃的な車になっている。既存のバンパーガードを曲げたものやルーフキャリアを取り付け、それを装甲の骨子とするやり方で作っている。

 しかしサブバッテリーを乗せるなら重量を考えなければバッテリー効率が落ちる。それでは本末転倒だ、じゃあどうするか。既存のボディから余計なもの外して軽量化するしかないだろ。この車から取り外すべきものなんてないんですけど。うるせえお前ら、とりあえず外見誤魔化して最低限人だけでも問題なく運べるようにしとけ。

 リーダーの言葉に渋々従っていたが、多分その車リーダーが使うことになるから余計なことしない方が良いよ、とは言えなかった。だって楽しそうだったし。

 この件についてという訳じゃないけど、元々リーダーに判断を仰いでいたのは私の独断だ。意見が割れたりしたときはそうした方が早いから。リーダーの答えはAlbaとXlitを交換するという案。

 SUVの形であるXlitも手は加えられているが最低限だ。リーダーは恐らく小屋姉妹の使いやすい車としてキャンピングカーの方を先に何とかしろと言いたいはずだが、スカベンジ用に使いやすいのはXlitであると理解していたはずだ。今まで使っていたピックアップトラックが使いやすかっただけに今回期せずして手に入れた電気自動車2台がどうしても使い辛く思えてしまう。

 まあしばらくBDF屋のおじさんに会わなくなるのはいいことだと思う。キャンピングカーが使えるようになった段階でまた世話になるのだろうから、残念ながら再び顔を合わせることになると思うが。

 ちなみに本題はそれではない。リーダーに打診した強化薬の件だ。

 集団としてスカベンジに集中する期間をつくってその間にリーダーの秘密裏に確保した拠点で強化薬の投与をするらしい。そのため私はリーダーと二人で行動することになる。実際二人だけで行動するなんて随分久しぶりに思う。あれ、もしかしてそれこそ10年ぶりくらい? トウキョウにいた頃はそれこそちょっとした用事で出かけたりしたような記憶しかない。


「ていうか祭りなんてよくできたよねー」

「儀式は行うけど、それ以外は蚤の市なんかをするみたいね」

「江戸時代か? ああ、いやそうか。品物持って参加するっていうことが出来るのか」

「そーね。正直そんなに人抱えてどうするのかっていうのはあるけど」

「どうしようもないだろ。ドクターはそのまま破綻させるつもりなんだろうし」

「エグぅ」


 そうして誰かが責任を取る形で、尚且つ人を分散させるために組織から抜けるっていうのがドクターの算段なのだろうけど。闇医者なのは調べればわかることだし、軍から逃げても町じゃやっていけないでしょ。目端が利くなら求心力と医術がある女を放っておく手はないのだし。だから千聖ちゃんに護衛をつけるってことなのかな? まあドクターも千聖ちゃんも、もちろんリーダーも一筋縄でいくような人じゃないから大丈夫でしょう。多分。


「皆さん、おかえりなさい」

「……」


 居間で待っていると八木さんが石田さんを連れてやってきた。グラスに入っているのは薄い緑色の飲み物だけど、お茶かな?


「自生していたって言っていいのかわかりませんけど、ローズマリーやレモングラスなんかのハーブ数種類で作ったハーブティーです」


 お、何かオシャレな飲み物だ。研究所時代からこういうのはコーヒーしか飲んだことなかったから新鮮だ。縁側で動物たちと戯れていた瞳さんもやってきた。

 鼻を抜ける爽やかな香りと、水で淹れられたからか口当たりの良いお水感。苦みや変な雑味も無く質のいいテイストウォーターを飲んでいる感じ。お湯で淹れたらもっと違う感じになるのだろうか。


「あ、これ好きかも」

「この暑さにあってるな、うまいわ」

「うん、美味しいです」

「お口にあって何よりです」


 千聖ちゃんは少しだけ苦手そう。ちょっとだけ口をつけただけで置いている。ハッカっぽい風味が苦手なのかな? 口にするモノに関してはあんまり好き嫌いが無いと思っていただけに、意外なものを見ることが出来た。

 石田さんはプラスチックの容器に入れられたハーブティーを置いた後は縁側に向かっている。クッションも置いてあるし、そこが彼女の定位置なのだろう。少しずつ誰かの手伝いができるようになってきたのは良いことだと思う。この子もしばらくしたら何かしら変わった反応を示すようになるのだろうか。


 抗体保持者。確率的に数万人に一人と言われるその体質の人間は先天的にゾンビ症に感染し辛いという特性を持っている、らしい。ゾンビに感染するというのを、自己の消失、理性的な行動をとれなくなり、非感染者に対して非常に強い攻撃性を示す状態とした場合、抗体保持者は明確にゾンビと接触、ほとんどの場合は被食されるのでそのことを指すが、そうなった場合にも感染した者のような症状が出ずに、肉体が変質し生存し続けることが出来る者のことを指す。

 私が知る抗体保持者は十数名。そのうち今も生きているのは片手で数えられるくらい。その中でも研究所の薬を使わずに覚醒した先天的な抗体保持者は恐らくリーダーと千聖ちゃんの二人。瞳さんは遅延薬の投与を続けた結果、偶発的に抗体を獲得したいわゆる人工型と呼ばれる人だ。

 世間や地方の研究所では天然と人工の違いすら知られていないと思う。それくらい瞳さんの回復は珍しいものだ。リーダーも火種になるくらいなら黙っておけというのも分かる。

 この情報はブランド以外の群狼で共有されたものだ。ドクターに教えていいのかと思ったが、詳細を伏せた実験結果だけを残していたようで、そのせいでいっそうマッドに拍車がかかったらしい。千聖ちゃんが言っていた。ただしそれも以前の瞳さんとの邂逅で、もしかしたらバレたかも、と付け加えていたが。

 ゾンビ化による影響は人間を人間ではなくしてしまうものでもあるが、細かく見ていけば部分的に進化したともいえる反応を示すことがある。リーダーや千聖ちゃんの殲滅力はその肉体の強度が上昇していることに由来する。瞳さんは強化具合が薄いみたいだが、シカマでは大活躍だったそうだ。話に聞いただけだが大型ゾンビ相手に立ち回ってかすり傷一つつかなかったというのはすごいことだと思う。

 感覚器が強化されることもあるらしいので、私としては目が良くなればなあ、なんて期待をその強化薬にしているのだ。

 強化薬はゾンビ研究のうち、結晶の研究から派生したものだと聞いている。それなら恐らく、私は強化薬によって部分的にゾンビになるんじゃないかと思っている。強くはなりたいけど、ゾンビみたいになるのは嫌だなあ、なんて間抜けな考えを晒しているのは、その強化薬をつくっているのがリーダーだからだ。

 身近にいる研究者の代表がドクターなせいで、ゾンビ研究自体がマッドな部分はあるが、リーダーはどちらかと言えばそのあたりの線引きは慎重で一般的だ。自分がすべて行うとなれば、それこそ常軌を逸した作戦を嬉々として立案、決行するが私や錦に大立ち回りさせることはまずなかった。

 能力を信用していないのとリスクヘッジをしたのと理由はいくつかあるだろうが、少なくとも簡単に使い潰すようなことはない人だ。特に私と錦は付き合いの長い方だ。強化薬も恐らく大丈夫だろうという不完全な理由を信じるくらいにはリーダーは無駄なことをしないタイプだから。


「待たせた。全員いるか?」

「おそーい」

「待った」

「お疲れー」


 すっと戸襖をスライドさせて入ってきたリーダー。肩にはイタチみたいな動物、テンだったっけ。を乗せて、足元には猫を纏わりつかせて。随分動物に好かれているみたい。まあ基本はここにいることになってるし、接する時間が長いからこういう風にもなるか。


「とりあえず今後の予定を説明する。質問はその都度聞いてくれ。先ずは振り分け。俺と中谷里で西側。それ以外でイズミの病院跡を当たってくれ」

「はい」

「却下」

「ぶー」


 挙手した千聖ちゃんの質問は聞く前に却下された。まあこっちにいることが多いうえに、姿を隠して動かなくちゃだから窮屈なんだろうね。


「俺と中谷里は畜産系設備の回収。お前らは医療器具を頼む」

「了解。何で?」

「他の勢力に匂わせろ。独立準備だと思わせられたら及第点」

「ドクターに助け舟出すんだ」

「あいつに与えちゃならんのが権力と設備だ。好き勝手に動かれるくらいならこっちで抑えたほうがいい」

「なるほど」

「続けるぞ。ドクターが合流したときはそれに付き合ってやれ。千聖、目を離すな」

「殺していい?」

「基本ダメ。頭は使えるから」

「基本?」

「あいつ次第だ。俺を強請ろうとお前らに目をつける可能性が無いわけじゃない」

「了解」


 千聖ちゃんはこういう時話が早い。別にどんなことが起こるかとかどんな事情があるかとかどういったことを一切勘案しない。やるかやらないか。ドクターが変な動きを見せれば千聖ちゃんは即座にナイフを振り抜くだろう。


「愛美ちゃんがちゃんとドクターに言い聞かせないと、ほんとにすぐ死ぬよ?」

「1回だけ! 1回だけ寸止めで勘弁してあげて!」

「……わかった」

「渋々で草」


 この空気感が懐かしい。アジトで話していた時もこんな展開はしょっちゅうあった。


「ドクターのいる神社庁が市内で祭りを計画している。そこで使う資材を集めているらしい」

「祭りねえ……」

「何か懸念でもあるのか」

「どうせ何処も止めないんだから、スパイくらいは紛れさせるだろうな、と」

「そうだな。というかもう入っているはずだ。だから軍も反応した。別件の対応に手間取って出遅れたようだがな」


 まあサムライ君や片平兄妹の件があったしね。行政と軍の関係性が良くないのがわかったのも収穫の一つかな。少なくともAlbaの管理情報がスムーズに連携されてもいなければ、トウキョウの隊員にリンクシステム解除されて裏かかれるって流石に抜けてない? 監視つけてなかったのかな? それともあの二人が上手く撒いた? 出来そうになかったのになあ。


「なるほどね。続きどうぞ」

「ああ。さっきも言ったがお前らはスカベンジに動け。印東は千聖の動きに合わせろ」

「いいんだ?」

「張り付くほどは必要ないと思っている。祭りまで一月以上だ。規模の差からしてこちらはあちらほどの準備は必要ないからな」

「了解ぃ」

「小屋妹はキャンピングカーの改修を急げ」

「まあそろそろ本腰入れてやるつもりだったけど、なんで?」

「EV使いにくいだろ」

「それな!」

「できれば足回りも強化しておきたいところだがどうだ?」

「どうだろ? 出来なくはないと思うけど」

「改修と強化案は別にしておけ。先ずはスカベンジに不自由しないようにしておくように」

「了解」

「こんなところか。何か聞きたいことがあるやつは?」

「私はリーダーにお任せ?」

「最初は北。無ければ戻って来て南だ。場合によっては狩りもする」

「なるほどね、了解」

「特に集まる必要もなかったがたまにはいいだろう」

「家に帰るのは普通のこと」


 そっか。千聖ちゃんの言葉で思い出したけど、この拠点が家になるのか。トウキョウのアジトにいた時は秘密基地で生活しているようで少しだけドキドキしていた。研究所所属になってからは買い上げたマンションの一室を使っていたけど、その部屋自体はただのカモフラージュ。別の場所にリーダーが拠点を用意していた。やっぱりちゃんとした生活というか、キチンと家と呼べる場所があるという状況自体がかなり久しぶりに感じる。

 ふと縁側から外を見れば牧場代わりの柵の向こう、この暑さからかどの動物も日陰で涼んでいるようだった。一軒家で広い庭があって、ペットがいて。実情は違えど夢の暮らしをしていることに少しだけ可笑しく思えてきて、思わず笑ってしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る