第48話



 少しおかしな報告が届いた。報告を寄越したのは錦。内容は多岐にわたるが、一言で言えば軍と神社庁に軋轢が発生しそうだという事だ。

 事の次第はこうだ。先ず軍曹が風間康史郎と笹美霧瀬の二人の異動をセンダイの軍に報告した。時間としては二人が出立した日の午後一番。しっかり警戒していたはずのセンダイの軍の上層部は泡を食って捜索指示を出したり、各地を守る部隊へと連絡を出すが痕跡は得られず。行政側が提供した電気自動車があることを思い出し、行政側へ問い合わせるも指揮系統が違うことを理由に断られる。この時、軍曹が申し出た内容の一つにセンダイの研究施設、つまりは大学病院に協力し、いち早いゾンビの駆逐に協力するという名目の元、実質的に行政の指揮下に収まっていたのだ。

 これまでは特定の部隊に影響を残している程度だった行政の指揮下に武力が集まることを危惧した軍の上層部だったが、ここでたかだか1小隊に目くじらを立てる必要は無いと余裕を見せる一派と、縄張りを荒らすような行政の采配に腹を立てる一派とで話がこじれる。

 そのタイミングでやってきたのがセンダイの神社庁に集った主教団体だ。彼らが以前から申し出ていた結界の基点となる神社や建物、土地の確保に関して、軍が抑えていたある土地の割譲を求めてきたのだ。土地を渡したところで防衛線は変わらないが、もし神社に人が集まるのであれば防衛線に近い場所に人間が集まってしまうことになりかねない。メリットもデメリットもあるが、軍はこれを拒否。渡す理由がないのだと突っぱねた。

 土地に関して言えば、そこは元々寺があった場所だ。過去の防衛拠点だが今では軍が利用する都市内の中継地点となっている場所で、現状を見れば重要度はさほど高くはない。とはいえ数百年以上前に建てられた由緒正しい仏閣であったため今度は組織集団が反発する。

 都市を維持するうえで治安は良くあるべきだ。特にパンデミック後は得体の知れない、訳の分からないことを声高に主張し富の分配や利益の強要をする連中も多い。気持ちはわかるが、だからといってそれを野放しにしていれば無法がまかり通る土地となる。結局は鎮圧されるのがオチだが、宗教団体の厄介なところはその後だ。彼らはこれまで町の中で無法を働いたこともなく、なんなら民心の慰撫に尽力してきた真っ当な者たちだ。軍事的に重要度の低い場所に人が安心して集まれる場所を用意し、弱った者たちを再び立ち上がらせるための場所と言えばそれらしく聞こえてくるのだ。少しでも実績があれば、彼らは正義を主張し、それを抑圧するものを悪と断じる。

 それがセンダイで起きているらしい。錦の報告を聞いてピンときた。これ、銀花の仕業だ。アイツがどこまで差配しているのかは知らないが、これが落ち着く頃には移動したいという意思表示だろう。

 理由は思いつく。今回手に入れられるはずだった特異結晶が手に入らなかったからだ。現状一番手に入れられる可能性のある俺の元に来たいというのは理解する。とはいえ、アイツはここまで手段を選ばずにことを進めるようなやつだったか? いや、アイツのことだ、何をするか分からん。可能性はゼロではない。


 結局その日の夜に銀花から通信が届いた。


「おい」

『なあに?』

「神社庁けしかけただろ」

『そうよ?』


 そうよ、じゃないんだが。というかここまであっさりというからには何かしらの理由があるのだろう。あってくれ、頼むから。


「理由は?」

『お祭りよ』

「祭りぃ?」

『そう。名前はまだ決まってないけど』


 夏の祭りと言えば盆祭りだ。この辺りだと同じ時期に規模の大きい七夕祭りもあるか。イベントごとであるのは間違いないだろうが、死者を悼む、願いを乞う、そう言った意味合いの祭事をまとめて行う、と。


「よくやる気になったな」

『前々から話はしていたのよ。小規模でも文化的なことしてコミュニティの維持やネットワークの構築に繋げて、勢力を維持していきましょうって』


 そんなに上手くいくか? むしろそれにかかる費用はともかく、物資なんかも集める必要出てくるだろ。

 ああ、そういうことか。うん。神社庁と軍の軋轢が生まれそうって、こっちがメインだったか。


「スカベンジャーを抱え込んで総ざらいする、と」

『そうなるかはわからないけど、トミハラでしくじった軍が悪いのよ?』


 スカベンジャーによる県北、トミハラ自動車工場の偵察だが、実はゾンビによる大きな被害が出ている。

 俺が対峙した時にもあの特異ゾンビは別の建屋からやってきていた。俺が倒したのは間違いなくゲームにおけるボスクラスだと思う。実際使用した形跡の見られない報酬が存在したのだから。しかしスカベンジャーが対峙したゾンビは大きかったとも強かったとも聞いていない。であるなら俺の知る一般的な特異ゾンビであった可能性がある。

 俺が知る一般的な特異ゾンビというものは、所謂特殊と呼ばれるもので、他のゾンビの指揮をする者や、非凡な跳躍力を持つ者、貧相な下半身に対し何倍にも膨れ上がった両腕を持つ者などが存在していた。それぞれコンダクター、ジャンパー、ボクサーなどという名前があったゾンビだ。

 特異ゾンビといっても強さはピンからキリまである。これらに関しても指揮能力に特化しているから耐久力は紙、跳躍力に秀でているから動きが比較的直線的、両腕による破壊力に秀でているから機動力は皆無、等々。既に攻略法が存在しているものばかりだ。もちろん知っているのであれば、だが。

 そういう意味では俺からすれば見慣れた雑魚に混ざる的くらいの存在だが、知らなければコンダクターが指揮する集団に誘導され、死角から強襲するジャンパーに陣形を乱され、待ち伏せしていたボクサーに滅多打ちにされ各個撃破されるのではないだろうか。

 そんな風に散々な目に合ったスカベンジャー達を受け入れる組織として神社庁が横入りしてきた。だからこその軍との軋轢なのかもしれない。


「分かった分かった。で?」

『食料に関しては海沿いの方にお願いするつもりだから、他の資材ね』

「手伝えって?」

『逆、逆。お手伝いするからちょっと分けて欲しいなーって』


 なるほど、そういう風にしてスカベンジャー達に誘いをかけているのか。メンツを立てて控えめに。使ってやる、ではなく手伝わせていただく。なんとも卑屈というか、ねじ曲がっているというか。まあ、コイツの狙いはコイツだけのものだろうが。


「お前がこっちに来ると」

『付き合い自体は長いし、こっちに来てからも何度かお願いしてる相手だからね。全く怪しまれなかったわ』

「だろうよ」


 実際に成果も伴っているからそりゃ反対はされんだろうさ。契約内容を反故にもしなけりゃ気前よく資材の分配もする。まあ借りたトレーラーを中身を詰めて返してくるスカベンジャーなんて俺たちくらいだろうし。


「まあいいさ。やってやるよ」

『助かるわぁ』

「お前は小屋姉妹と一緒な」

『リーダーは?』

「中谷里と二人だな」


 強化薬の件もあるし、しばらくは中谷里をこちらに置くつもりだ。小屋姉妹だけでもある程度身軽に動けるだろうし、千聖が空くから勝手に暴れてくれて、いや銀花がいるならまた護衛か。後で千聖に謝っておくか。


『デート?』

「そうともいう」

『あら~』

「せいぜい千聖に殺されないようにな」

『そこは言い含めておいて欲しいのだけど』

「詳細は錦と詰めろ。じゃあな」


 こいつは勝手に動いてもそうおかしなことにはしないだろうという予感めいたものがある。最悪でも俺が骨を折る程度で済む。そもそもアイツの狙いであるゾンビ研究に必要なモノは大抵こちらにあるのだからあいつが無茶をするようなことは無いはずだ。

 研究で思い出したが、ゾンビの変異結晶や特異結晶を用いた人体強化薬はトウキョウにいた頃から理論上は生成は可能になっており、こちらに来てからはあの不思議スライムによって完成はしている。しているが、ここで問題になるのが強化薬の仕様だ。

 そもそもゲーム内で主人公が使用する強化薬はレベル依存の規定レベル内に収まるように薬効を調整して身体能力や特殊能力を強化するものだが、投薬時の演出の関係もあるのだろうが、効果が出るまでに明らかに

 強化薬のキーは人体に意図的に変異結晶を生成し身体、または脳に作用する何らかの効果を表出させる、というものだ。主なものでは物理的な肉体強度の上昇に、反応速度の上昇。視覚や嗅覚、聴覚を強化することで索敵範囲を広げる、壁越しでも隠れているゾンビの場所がわかる、など。ゲーム的にはアクション性や操作性を高める要素でもある。

 これに関してだが、以前からの考察通り、変異結晶は早くても生成に2日かかる。ゲームではインターフェースを開いてあれやこれやを決め、投薬。あ、間違った、やっぱこっちだ。はい投薬。あ、この効果入れ忘れた、やり直し。はい投薬。そんなことが日常茶飯事だ。正直こんなことに突っ込むのもナンセンスだが、何回投薬したかよりも、複数回の投与を予定しながら肉体に作用する結晶量を上限を超えないように調整する術がピンと来ていない。要は投薬の度に体内に残留する結晶を除去し、再投与していることになる。

 無視してもいいことだが、これをあのファンタジースライムが実行できるようになれば変異結晶除去薬が出来ることになる。一番早いのはあのファンタジースライムそのものを投与することだが、俺の予想ではあの不思議軟体単細胞生物は変異結晶よりも質が悪いと予想している。

 俺とある程度の意思疎通ができ、インターフェースで中身を知ることが出来るとはいえ、アレは生物で意志を持つ。撃ちこまれた生物を則って動き出したりする絵が予想できてしょうがない。そしてそれを実験して実用化しようと考えている自分自身に少しだけ引いている。

 これを一番有効活用できるのが中谷里で、その中谷里が自ら強化薬の被検体になると申告してきたとき、俺は確かに喜びを感じていた。、と。元々中谷里の百発百中のエイム力は弓で高い効果を発揮する。銃では引き金が軽くて実感がない、当て感が思ってたのと違うなんて言いながら当てるので正直どちらでもいいのだが、ランニングコストを考えれば弓一択だ。

 狩猟用のコンパウンドボウは元々使っていたが、他の物を行為する必要があるかどうか。矢の方を工夫する必要があるかもしれないし、これは中谷里次第か。強化薬をいくら調整したところでゲームの主人公のような反応が出るかと言えばそういう訳でもない。強化薬を投与された側によって出る影響が違うのだ。俺が知る限りの結晶は集めてあるが、どうしてもが足りない。

 深度とは強化薬に用いる変異結晶の効果量のことだ。変異結晶よりも特異結晶の方が単位量当たりの効果が高く、当然最上位は特異覚醒個体の変異結晶になる。しかし現状で特異覚醒個体はトウキョウとキュウシュウに一体いる程度だ。しかもキュウシュウの特異覚醒個体はゲーム本編には名前すら出てこない。距離的にも関わるのは難しいし単純に面倒も多い。

 最近手に入れた中で一番の大物と言えばトミハラの工場に出てきた特異個体の変異結晶くらいだろう。ああ、いや。カワサキにも反応はあったんだったか。わざわざ回収する価値のあるものなのかは疑問だが、一応頭に入れておこう。


 俺の研究と言えばもう一つの研究がある。動物たちのクローニングである。ヤギ乳を採取できる環境になったこともありヤギのクローニングを進めているが、あと2月ほどはかかる見込みだ。あの培養槽代わりになっている不思議生命が魔法を使って成長促進をしながらでもそのくらいかかるだから根気のいる作業でもある。とはいえ、通常の6割程度でしっかりと成長させることが出来るのだからここは我慢する必要があるだろう。

 ぶっちゃけ成長促進の魔法を掛け続けてどのくらい早めることが出来るのか実験したことがある。成功したことはないのだが。ラットで実験した時は大抵細胞が異常な進化を起こしラットという名の謎生物に進化したりしたので失敗したとするのはもったいないが、それでも狙い通りとはいかなかった。まあ数をこなして上手くいく方法を探ればいい。ここに来てまだ数か月。忙しいのも一区切りまでもう少し。八木に負担がかかるが楽しそうにやっているので頑張ってもらおう。


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