孤独と夏と
第47話
「いや、まじで瞳さんと愛美さん何者なんだ」
「ね」
慣れない車の運転をしながら誰に聞かせるでもなく呟いた言葉に、妹が反応する。
自分でもどうかと思うが、先生には背中を押してもらったし、それでもって怒れる少女こと千聖さんに何とか許してもらったので大丈夫だと思いたい。千聖さんの怒りももっともで、短い間ではあるが衣食住に武器や戦闘技術、対ゾンビの秘密兵器である特製ボルトなど、遠征に必要なモノも全て頂いた挙句、対価であるぽぽに関してはほとんど出していないのだからその怒りも正当なものだと言えよう。
その上、今は後ろで隠れている二人が乗ってきた車もどうやら問題があったらしく、愛美さんが今まで使っていたトラックに燃料までつけてくれて交換してくれた。死にたくないなら交換しておけばという愛美さんの脅しは今もまだ冗談のままだが、何より便利だったのは愛美さんの持っていたトウキョウで発行された許可証だった。フクシマで検問を行っていた軍の目を回避することが出来たのはこの許可証のおかげだった。まあしっかり止められて名前について問われ本人に通信したらその場ででっち上げてくれたおかげであっさりと通過することが出来た。何で座席の下や荷台の下に人一人が余裕をもって隠れられるスペースがあるのかは聞かないでおこう。これも少人数でスカベンジャーをしていた彼女たちの知恵や技術なのだろう。
いまのところ検問を除けば時折ゾンビがいるくらいで然程問題なく進めているが、この先の問題地点を迎える前に休もうという話も出ている。コオリヤマではスカベンジャー勢力と軍の衝突が激化しているらしいので気をつけろとフクシマの隊員から聞かされている。手前のインターで降りるか、突破するか。一度車を停めて話し合いをしなければ。
「そもそもあの人たちとどんな関係だったのよ」
後部座席に隠れていた笹美が会話に加わる。椅子の下は狭かっただろうが面識のある人間に対面する危険性を考えれば仕方ないだろう。揺れの激しい荷台の下に収まった康史郎には申し訳ないがもう少し我慢していてもらおう。
「んー、なんだろ」
「一応八木さんの伝手だな。八木さんがつるさんに渡りをつけてくれていたみたいでさ」
「へえ」
「女性中心ですからね、あそこ」
「ひどく肩身が狭かった」
「ふうん。八木さんとの関係は?」
「俺らのか? まあ直接的な関係はないわ」
「お父さんの知り合い、くらい?」
「それでよく信じたわね」
「アンタは
彩はぽぽと一緒にいることが多かったが、ぽぽに芸をさせる度に、いいぞ、よくやったなど言いながら眉尻を下げていた記憶がある。決して楽な暮らしではなかったし、今思えばよくやれていたと思うが、それでもあの生活は俺にとってかけがえのない時間だったと思う。だからこそ、こんなところまでやってきたのだが。
「親父は言葉を尽くされるより行いを重視するタイプだ」
「いきなり親切にされるより、ぶっきらぼうでも毎朝挨拶してるような人とかね」
「ふうん。でもこういう状況になった時こそ本性って現れるじゃない?」
「挨拶してくれてた変わり者の婆ちゃんは家のもん全部残して出て行ったよ」
「姪御さんのところに行くって言ってたけど、見たことないんだよねえ」
「あー、そういう」
「いや、状況考えればあの田舎に来なかった時点でなんとなくわかるだろ。山降りた婆ちゃんもさあ」
ぽつんと山の中にあった家に最も近かったのが、温泉街の外れで一人暮らしていた婆さんだ。親父はいつも獲物を分けていた。何かしらを代わりにもらっていたようだが、恐らくは温泉街の連中に対する窓口代わりとして、一人暮らしの婆ちゃんの立場や重要性、価値を高めるためだったんじゃないかと俺は予想している。山を下りたのは温泉街の連中に嫌気がさしたからか、それとも限界を悟ったからか。いるかもわからない姪の家に行くと言っていなくなったらしいが、それこそ親父か、本人ぐらいしか知らないだろう。
「そう言えば、元居たところはどういうところだったの?」
「県北の温泉地の外れです。温泉街入り口にはそれこそ旅館とかホテルとかあるんですけど、うちはその更に奥。道も繋がっていないような山奥でした」
「温泉街から外れて狩猟可能地域に入る手前辺りらしくてさ。昔は集落に来る害獣を退治するために猟師が一定数いたらしいんだよな」
それがいつしか人が集まるようになり猟師が増え、役割は変わらずに集落を守るために集団による狩猟、巻き狩りなんて言うものになった。親父からはそう聞いている。実際、俺と彩が親父の元に来た時には他にも数名の漁師がいたし、俺たちが集落から離れる時もまだ猟師と呼ばれる人はいた。どのくらい狩りから離れているのかは知らないが。
時折出向いていた公衆浴場も手入れが間に合っていなかったようだし、量感やホテルが軒を連ねる通りもパンデミック以前から寂れていたが、より輪をかけて過疎化が進んでいたように思う。一部で避難してきた人がいるようだったが、それがどこにいるのかは温泉街に詳しくない俺にはわからない。
やがて限界集落と呼ばれる元観光地、なんて言われ方をするような場所。それが俺たちがこれまで10年を過ごしていた場所だ。
「ふうん。……え、車は? 免許取る時間なんてなかったでしょ」
「そうだが?」
「……代わりましょ。というか一応私も康史郎も練習くらいはしてるから」
「練習くらいなら俺もやったぞ」
「私はダメって言われました!」
本格的な車の運転は愛美さんに習った。操作自体はそんなに難しくないし、どちらかと言えば慣れるまで運転すれば出来るようになるからと、アジト周辺をぐるぐる回ったりしていた。整備なんて車載工具の使い方を習った程度で全然わからないけど、パンクした際にスペアタイヤに履き替えるくらいは出来る。いや、それでいいのかはわからないが。
それに今回は俺が運転してきているが、これも愛美さんの仕込みだ。検問超えるなら軍の二人がネックになるからアンタが運転しないとヤバいかも、なんて。流石に普段から検問で軍人と賄賂使って世間話して検問スルーしてる人だ、嗅覚が違うぜ。
今回に関しても一応取引に使えるかもという事でいくつかの物資などが積まれている。食料が最低限なのは鮮度的な意味もあるが狙われやすいというのもある。そういう意味ではインバーターやバッテリーのセットなんかは相手の鞄の口をあけさせ、口を割らせやすい傾向にあるのだと言う。
電気が使えるというのは単純に生活が便利になる。しかもこれは規格としては大したものではない。規模が大きいスカベンジャーや大きな集団では買いたたかれる可能性があるから、人目を避けつつ食料を補給することを考え、こういった低品質の電力供給設備の一部が売れ筋と読んだ愛美さんの采配だ。
今は康史郎が潜むスペースの上にあるので後にしよう。
「次のサービスエリアで会議だな。高速突っ切るなら最低限目をつけられないように俺が運転した方がいいだろ」
「そうだった……とにかく、安全運転でお願いね」
「あいよ」
この辺りは森林と田園地帯が続く緩やかな丘陵地帯で西側には綺麗な山が見える。田園地帯跡にはぽつぽつと家が見えるが人の気配というものは感じない。高速道路を囲むコンクリートの壁に遮られて時折見えなくなるが、それでもこんな景色を見るのは、こんな景色を楽しむのは久しぶりのことだ。
道路の上にある緑色の看板にサービスエリアの表示が見えた。何事も無く目的地まで行けることを期待しながら、俺はハンドルを握り直した。
「コオリヤマの手前っていうと、どこだ? 多分サービスエリア、かな」
「突破前の休憩かな?」
「普通に相談じゃねえ? そのまま行くか一回降りるか」
「この辺って忌避薬あるの?」
「コオリヤマはあるぞ。その前後と誰が管理してんのかは知らねえけど」
私は車の整備もほどほどに錦と発信機の行方を見守っている。
明け方に来たサムライ君たちの最新、と言っても数年以上前のものだが所謂高所得者が乗るような車で来たので驚いたものだ。EV車両の一番の問題はエネルギー管理、つまりは充電の問題だと思う。はっきり言えば普通の充電なら都市圏内で出来るだろうが時間がかかりすぎる。急速充電でも平気で数十分かかることを考えると運用する人間は限られる。
もちろんトウキョウ圏内であれば充電施設も充実しているので比較的乗り回すことは可能だろう。しかしここはセンダイだ。トウキョウと比べると圧倒的に受電設備や施設が少なく、ここからトウキョウへ向かうまでの間にエネルギーがなくなっても驚かない。真っ直ぐ最短距離を進めるわけでもないのだから、必ず充電をする必要に迫られる。それを軍から追われるかもしれないような立場の人間が、悠長に充電なんてしていられるわけないだろうに。
そう言って車両を交換したが一応手が無いわけでもない。要は急速充電に必要な電圧と対応した蓄電池があれば話は別だ。それでも今度は重さがネックになるのだが、そんな問題を抱えていてもその電気自動車のスペックというのは優秀だった。
一応、車両情報と共に位置情報を送信、連携するシステムに関しては停止状態にあったが、アジトに来るまでの情報が相手に伝わっても困る。この車も外見が特徴的なので派手に手を入れなければ普段使いできないものになる。リーダーの持つ
この車は整備が終わるまでは使用が出来ないだろう。また一応車両用のバッテリーには余裕があるので、増設して走行可能距離の延長もして。そうすると荷物を載せるスペースがなくなるが、スペックだけなら牽引も可能なパワーはあるようだし運用方法を考えないといけない。後は、通常充電に何十時間もかかるようでは運用の仕方が制限されてしまう。これは本当に充電設備を回収しないと後々面倒になりそうだ。運用機会が少ないリーダーのXlitは丸一日近い通常充電でのんびり使っているだけらしいから、ぜひこっちに。
「さあ、どうすんのかね、アイツら」
「上か下か?」
「おう。上なら強行突破。下ならゾンビと燃料と物資の回収」
「下でしょ」
「だろうなあ」
高速道路周辺はトウキョウの輸送網や移動経路の構築のためゾンビを避けるための忌避剤が設置される予定があったはずだ。設置自体は数年前から行われているがそれもトウキョウを中心としたエリアに限られる。ゾンビを退ける特効兵器でもあり、安心を売って忠誠を買おうとする中央の策でもある。
リーダーが
生産された時期が遅かったというのもあるが、それまでその土地で権力を握っていたスカベンジャー集団と新たに又はこれまでのように秩序による統治を計る行政と、実際に衝突の現場に対応する軍とで意図やその裏にある思惑が交錯しすんなりと事が運ばないのもよくあることだ。
彼らはそんな土地に突っ込もうとしているのだから、バランスの取れた中央や行政と軍が仕切っていたセンダイのような土地ではない鉄火場に不慣れな彼らでは時間も苦労も膨大になるだろう。
基本は譲った方がいい。継続した交易はかなりの切り札になるが彼らは使えない。調子に乗るようなら脅して、心配なら殺した方が後腐れが無い。理屈をこねたところで最後は力比べや感情論になるのだ。間違いない。
「どんくらいかかると思う?」
「うーん……。サムライ君次第?」
「交換条件のゾンビ狩りってことか?」
「それもあるけど、感情論に弱そう。あとは、そうだなあ。なんならスカベンジャー同士の抗争に巻き込まれても驚かないけど」
「それは流石に。そうしたら片平兄妹も生きて無いだろ」
「あ、そういえば犬いるのか。じゃあ基本敵対になるんじゃない?」
「
彼らにのしかかるストレスの雪崩が見える見える。片平兄妹にとっては大事な相棒だもんね。リーダーもあっさり手放したなって思ったけど、特別な価値を見出していたわけではないそうで。そう言っておいた方が変に卑屈にならずにいてくれるんじゃないかと思って、だってさ。嘘ばっかりだ。
最近のリーダーの本音と建て前はわかりやすくなってきたように思う。アジト近くにある中古車販売店のガレージに戻ってきた私は錆の残るトルクレンチを持ちながら思う。
この作業場では時折入口に近い場所の窓際で千聖ちゃんが日向ぼっこをしているが、たまにダクトの上で横になっていると作業に集中できないので勘弁してほしい。本人曰く群狼時代を思い出せて懐かしくなるのでたまにやると言っているが、窓の方向が西向きなので私としては何となくニッカワの方向だなあ、なんて思うのだが。もちろん口に出す愚行は侵さない。それを言ったところで千聖ちゃんも怒ったり照れたりせずに、そうかも、なんて言いそうな気もする。愚行か?
最近は立て込んでいて、これからの情勢の変化によりさらに忙しくなるのだろうが、一先ず溜まった仕事を片付けたい。二台分の車の整備、難しいことはできないだろうが安定運用に必要なバッテリーの追加増設方法の考案、同じく充電機の解体設置。車に関するものだけでもこれくらいある。
ちらりと視線を上げればいつの間に来ていたのか入口傍の窓の上、ダクトに腰掛けるようにしてこちらを見下ろす千聖ちゃんがいた。
「順調?」
「もうちょっと。いつ来たの?」
「さっき」
片膝を立て横向きになって膝を抱くようにして窓から外を見やる。窓際で帰りを待つペットのような彼女に猫耳と尻尾を幻視して、表情が歪む。
「なに」
訝しげな声。思った通り、些細なことにも反応している。不機嫌になったというよりは、意図が理解できないといった反応だろうか。
「何でもないよ。いつもありがとね」
「どーいたしまして」
私に万が一が無いようにという配慮だろう。私が作業場に行くときはお姉ちゃんかつるちゃんと一緒だったが、リーダーたちと合流してからはこうして千聖ちゃんが陰から護衛してくれる。何故隠れるのか。
リーダーと一緒で、ここに来るまではあまり直接的に話したことも無かった相手だが、つるちゃんや錦が仲立ちしてくれたおかげで直ぐに仲良くなれたと思う。私が会った中でもすごく深い愛情の持ち主。私とお姉ちゃんと同じように、リーダーと千聖ちゃんという兄妹のような繋がりに見える。気性が猫に近いので飼い主とペットともいう。そんな関係。
Albaは車体の床面のほぼ全てを覆うようにバッテリーパックを満載したものになっており、下からはあまり手が加えられない。後輪駆動でエンジンも無いこの車のどこをいじるのかと言えば、ボンネットを開けた先にある電子制御部品に繋がっていたであろう場所だ。今朝方急ぎでここに運んでボンネットを開けて、そう言えばここじゃねーじゃんとジャッキアップして後輪の駆動部を覗き込んで、いやそうでもないと再びボンネットを開けてと寝坊助が二人で騒いでいただけだった。
トウキョウにいた頃の元群狼、というかリーダーとの付き合いは秘密裏に行われていた。本人は少し抜け出してきた、なんて言っていたが時間もバラバラだし、労働基準法なんてあってないような作業現場でどう立ち回っていたのか。まあ上手くやっていたのだろう。
物資に関してもそうだ。車に始まり、生活雑貨、食料品、武器、果ては許可証に燃料業者の伝手とありとあらゆるお膳立てをされたら乗るしかないじゃない。なんてことない風にしてたけど半ば脅迫に近かったと思う。とはいえ、当時の私はそれに対して利用してやるなんて強かさも、唯々諾々と従うような従順さもなく、かといって反発するほど周りを見れていないわけでもなく。
仕事として車を運転している間はそう言ったことを考えずに来たが、今考えてみれば最初からリーダーは何も期待していなかったように思う。急に目の前に出てきて、こんなんあるけどどうする? 俺はどっちでもいいぞ、みたいな。言葉通りに本当にどちらを選んでもいい、良くも悪くも無関心な態度。私は割とすぐに飛びついたけど、求められないとやる気が出ないタイプの人だったらどうなるんだろ。錦とかそういう風に見えたんだけどなあ。
「ねー千聖ちゃん」
「なに?」
「昔のリーダーってどんな感じだった?」
「……? 愛美も知ってるでしょ?」
「私の目線からじゃあんまりわかんないよ」
「んー……変わった人?」
「それは今もじゃない?」
「じゃあ強い」
「知ってる」
「んー……。つるに聞いて」
投げ捨てたね。多分詳しく聞けば話してくれるんだろうけど、本人が余りそう言ったことを語るの好んでいないというのと、彼女にとっては経験で知りえていることだから言語化しにくいのかも。
「つるちゃんって同級生なんだっけ」
「そう。パンデミック前から知り合いだって言ってた」
「そっかー」
んー、別にそこまではいいかな。どんな学生だったかとか何部にいてどんな友達がいたかとか。以前少しだけ聞いたことあるけど、印象自体は今とさほど変わらないし。研究所勤めを経験している分だけ今の方が大人っぽさはあるだろうけど、パンデミック後に群狼を組織、指示する立場になったことを考えるとやっぱり元々が非凡な人だったように思う。まあそんなことはとうの昔に理解させられていたのだが。
「よし、終わり! チェックしたけど、もうわかんない!」
「おつかれー」
日は既に西に傾いていた。ほとんどすべての部品をチェックして、それを3週はしたと思う。これでダメなら何か考える必要が出てくる。まあどうするかはリーダーに任せるとして。
「試運転するけど来る?」
「アジトの前まで」
100mも無いんだけど。まあ彼女はあまり表で動くつもりはないようだし、人目につくような場所ならお姉ちゃんのほうが適任なのはそうなんだけどさあ。
これまでのトラックよりずっと低い視点に静かな駆動音、近未来的なインテリアにおおー、なんて声を上げながらわずか数秒のドライブを楽しんだ。
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