第46話



「で、中央の軍の周辺を当たったら見つけたと」

『そうそう。中央からの帰還命令が来たのを知ったセンダイの軍で一部の配置が変更されてる。後は行政側からもとある部隊に連絡があったみたいだ』

「動物園だろ」

『さっすがリーダー、ご明察。陽動にでも使うんかね?』

「地下鉄の跨線橋の上側が道路になってて、大学跡地から渡れるぞ」

『ま? え、じゃあ、そこ行くんかね?』

「いや、多分そっちに行くぞ」

『そっち? ああ、あの二人拾いに来るってことか』

「資料回収してないらしいからな。最初は陽動頼まれたらしいが自分たちも志願したらしい。俺には事後報告だ」

『ああ、だから千聖があんなにブチギレてたのか』

「なんかしたのか?」

『とりあえず兄貴の方は蹴りで吹っ飛んでた』

「妹の方は?」

『胸倉掴んで顔つき合わせてメンチ切るだけに留めた、っていうか中谷里が止めてた。顔はやめとけって』

「猫は気まぐれだからな」

『古なじみながら怖えよ、あいつ』

「で、他には何かあったか?」

『中央の隊員にあてられた美人局のデータとか? あとは未だに不透明な行政部のいるタワマンのデータとか』

「……後で見せてくれ。一旦切る」

『あいよー』


 昨夜の連絡で主人公のセンダイ脱出のカウントダウンが始まった。用意が整うギリギリではあったがしっかりと迎えることが出来た。

 その片平兄妹はといえば俺に連絡で謝ってきたので一つ貸しとすることで手を打った。犬のデータ? とうの昔に採取済みだ。問題は母体代わりとして使えないことだが、じっくりやって行けばいい。八木の負担を抑えるためにいろいろと機材を回収する仕事が増えるが大きく戦力が減るわけでもなし、研究に関しては時間はこちらの味方だ。

 片平兄妹と主人公とヒロインに関してはセンダイで待ち合わせるようなら地下鉄の跨線橋ルート、アジトまで来たならあのピックアップトラックに別れを告げることになる可能性がある。行政からの手垢のついた車なんぞ即行解体するに限るが、持ってきたものによるか。


 離れていたとはいえ流石に話し声が聞こえる状況でのんびり寝てはいられないのか、戸襖を挟んでこちらの様子を窺う女の気配を感じる。


「八木さん」


 がたんとわかりやすく反応した彼女はゆっくりと襖を引き、顔だけこちらに出す。


「判君と彩さんですが、しばらくこちらには戻らないでしょう」

「な、……なんでですか」


 自分でも予想だにしなかった声量だったのだろう。一度息を入れ小声でこちらに尋ねる。

 まあ既に深夜というか、ほとんど明け方だ。動物以外は石田くらいしかいないが、声を潜めてしまうのは習慣によるものか。


「トウキョウへ戻る防衛隊の一部に相乗りさせてもらって、佐沼さんの足跡をたどるようです」

「そう、ですか……よかった、のでしょうか」

「さて、私には何とも。ですが、これも彼らの選択ですから」

「先生は良かったのですか?」

「この機を逃したら後悔する。そう思うのなら、そんな予感があるのなら躊躇うことはないと、伝えました」

「そうですか……ありがとうございます」

「……子供たちを送り出してくれて、ですか?」

「感傷、なんでしょうね」


 黄昏る彼女に何かを返すこともなく、また彼女もここではない何かへと思いを馳せながら、夜は更けていった。




 明けて翌朝。俺からすれば数時間経過しただけだが、通信機に続報が届いた。


『リィダァア?』

「うるさ。なんだ」

『特異結晶ぉ』

「交渉に失敗したお前が悪い」

『まさか足があるとは思わないじゃない……』

「いや、あるだろ」

『最新EVだとは思わないじゃない!』

「え、まじか」

『愛美さんがトラックと交換してたけどいいのぉ?』

「ふうん。まあディーゼル車の当てはあるし、いいんじゃねえか」

『聞いてたんじゃないの?』

「可能性の話はした。判断も任せてあったから問題ない」

『はあ……あのサイズの特異結晶なんてそう見ないのに……』

「切るぞ」

『はあい。またね』


 あいつ何処にいたんだ。まだ朝早い時間帯だぞ。もしかしてアジトにでもいたのか? いや、センダイから出る車と動きの慌ただしい軍の情報を神社庁の網から拾いでもしたか。

 そしてすぐさま通信機が反応する。


「俺だ」

『おはよ』

「おはよう。小屋姉か、何だ」

『サムライ君と彼女ちゃんと片平兄妹がうちのトラックで裏道抜けて行ったよ。行政の欺瞞情報で大学跡と動物園に増員されてたみたい。しばらくは31号線で南下、スゴウで高速道路使って離れる予定だろうって』

「平野部を避けて山間を抜けるルートだな。まあありきたりだな。強行突破が必要な場面もあるだろうな」

『機銃下ろしちゃった……』

「? お前のだろう。何でテンション下がってるんだ」

『トラックに据え付けられた機関銃が可愛いのに』

「かわいい……?」

『代わりの車はAlbaアルバだった。車交換しよ』

「はあ? いや待て。車やるから一回全部ばらせ。ナビが車両管理システムと連携してるはずだから、最低限GPSとそれだけでも外せ」

『あっちの情報だと外してあるんだって』


 Albaといえば外国産の高性能EV車の代名詞ともいえるブランドの車だ。しかしその車両自体は国内に然程多くはなく、そのすべての車両が自ブランドで管理、整備を行うために位置情報を送信する機能があったはずだ。恩を売って、新しい車両も手に入れられるなら飲み込むリスクと判断したのか。


「車両のチェックは?」

『錦と愛美がやってる。一応大丈夫そうっていうのが二人の意見』


 元々Albaを手に入れた段階で中央の隊員が手を入れていた、か? まあそれも車両のチェック次第、か。


「実用までに必要な時間と物は?」

『何もなければすぐにでも。……一応遮断シートとかあれば、だって』

「……北部の工業地帯にあったか?」

『……調べてみるって』

「取りに行くなら俺が行くから、その時は連絡するように伝えろ」

『了解』


 中央の隊員がわざわざトレーサーを外しておく理由なんて、今回の件以外には無いはずだ。これでセンダイの軍は動き出しが少し遅れるな。ただまあ。利益分配の行方次第では他の軍が敵になるんだよなあ。そのあたりの交渉が出来そうなやつ、はいないか。ヒロインはどうなんだろう。あんまり覚えていないが、記憶にある情報通りなら能力的には平均だから難しいと思うが。


「ここに来て新車が2台か。持つのも維持するのも大変だな」

『すっごい静か。ちょっと物足りない』

「わかる。後ででいいから、お前の妹にもう一台の車にも手を付けるように言っておいてくれ」

『ああ、キャンピングカー。素材足りてるんだっけ?』

「あるはずだぞ。まあいい、夏は少し遠出することが増えるかもしれん、それだけ伝えておいてくれ」

『了解。具体的にはどこに』

「酪農に必要な機械や場合によっちゃ養殖だな」

『山と海……? 北と東?』

「一応西も考慮してる」


 そろそろ暑さの厳しい夏が来る。畑には遺伝子組み換え済みの作物がすくすくと育っている。作物に関しては良いが、動物たちにとっては、特に毛皮を持つ動物は大変だろう。川から引けるようなポンプも必要か。水道を通す、というのは流石に無理がある。ニッカワの村落内で一時的に引っ越すというのはアリかもしれない。酪農に関しては北に高原地帯などがあっていくつか大きな牧場があったはずだ。シカマの北西から県北に向かってそう言った場所が多かった覚えがある。

 遠征は現段階ではあくまで予定。海や山のモノ、動物たちを育てるのに必要なモノを探して遠出する予定だ。EV車を利用するのであれば充電用のサブバッテリーを構築、持ち運べるタイプの充電器がまずは必要か? 充電するのに便利なソーラーパネルでは現状の効率を考えると採用するには力不足。風力や水力などもあるが、それ自体は急ぐ必要はない。

 キャンピングカーはディーゼルだがBDF自体はある程度の量を小屋姉妹がアジトで保管していたはずだ。まさか丸ごとやったわけではないだろう。EV車をつくると意気込んでいた小屋妹が連絡してこなかったのは立て続けにEV車を手に入れたことに対するぶつけようのない不満というか蟠りがありそうだ。とはいえ車両に関しては小屋妹と錦に任せていたから、EVキャンピングカーなんてのが出てきても俺は特に文句はない。EVバスなんていうのもあったが、それこそ維持するのは大変だろう。

 いや、拠点から出入りする分には使えるのか? まあその辺は小屋姉妹に任せておこう。俺よりこの地で長い時間過ごしているあいつらが何も言わないのであれば恐らく手に入れることはできない、または難しいものなのだろう。


「一先ずセンダイでのバタバタも一段落付くだろう」

『そう? ……そうかも。サムライ君、何か重そうだったもんね』

「トウキョウ行って、研究成果を研究所に持って行って、ついでに強化薬でも打った日にゃあ大変なことになりそうだ」

『強化薬って、リーダーのやってるやつ?』

「お前が最初に打ったやつともいう」

『……』

「嘘だよ」

『心臓に悪いからやめてね? 納得しちゃった』


 何に納得したんだこいつ。強化レベルで言えばほとんど最低限で、小屋姉の場合は感染の進行度に合ったものでしかないのに? それでも強化されていると自身が感じているだけか、それとも何か知っているのか。まあ、いいか。中谷里に強化薬を打つ際にはある程度の情報を開示する予定だ。そもそも研究内容に関しては元々知ろうと思えば知ることが出来るように、資料などは隠してない。あのファンタジースライムは流石に教えるつもりは無いが。


 さて、最速なら今日。遅くても明日。主人公がいなくなったこの地で何が起こるのか。それとも何も起こらないのか。これまでは確実に現実だったのに、主人公が来てこの世界がゲームのような文字通りの仮想現実に化した。あれだけデータとして頭に入れていた情報も正しくはあるが、発生がまさかのタイミング過ぎて後手後手に回っている。

 よくよく考えてみればゲームのストーリーをクリアするのに数十時間かかったところで、日数にしてしまえばわずか数日分でしかない。移動時間などもあるが、思ったよりも早く過ぎ去っているような感覚さえする。

 置いて行かれてしまえばそこで終わりだ。主人公はゲームのそれより遅いはずなのに、あっという間に強くなっている印象がある。トウキョウまでは途中の寄り道を考えても、早ければ2週間程度で到着してしまう。彼らがセンダイに戻ってくる可能性が一つだけあるが、その頃にはこちらは高みの見物が出来るようになっている。はずだ。

 必要なこと、できればやっておきたいこと、後に回していいもの。処理すべき内容はいくつもあるが、まずは日課の水汲みからか。実験のデータも整理したいし、時間があるなら久々にスカベンジャーに、いや群狼時代に戻るのもいいかもしれない。

 日の出前の薄暗い山間のぽっかりと開いた土地。冷え込むこともなく爽やかさだけを感じる風が目の前のすべてを撫ぜる。この独特な空気感の中で、俺は朧げな明日を思い浮かべた。

 

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